第二章 魔族来襲・その1
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「それにしても、人間界では、魔界の存在は本当に知られていないのですね」
俺の住んでいるアパートまで行く途中、ミレイユが言ってきた。少し不思議そうである。
「わたくしのいた魔界では、人間界の存在は常識でしたのに」
「あー、それはちょっと違うな」
俺は訂正した。ま、聞いている一般人もいないし、喋ってもいいだろう。
「正確に言うと、人類は魔界の存在を紀元前から知ってる。ただ、なかったことにされてるんだ」
「それは、なぜでしょうか?」
「知られたら大騒ぎになるからだよ。各国政府は真実を隠蔽している。情報操作は必要悪なんだ」
「そういうものなのですか」
「こっちで暮らしていれば、そのうちわかるようになるさ」
情報操作で隠蔽された話なんていくらでもある。あとからダイヤモンド研磨剤の痕跡をつけられ、近代の制作物とされた水晶髑髏。ネット上の都市伝説として片付けられた青森県杉沢村。現実に存在する偽書『アル・アジフ』。ノストラダムスの予言書『百詩編集』に至っては、すべてが改稿されている。魔界もそうだ。中世ヨーロッパでは魔女裁判等、あれほどの騒ぎがあったのに、いま現在も魔界の存在は公式に認められていない。
「ま、なんだかんだ言って、結局は情報が漏れるんだけどな」
俺は過去に『レギオン』で聞かされた記憶を思い返してみた。
「たとえば、一九〇〇年代初頭、米軍が、魔術的な儀式なしで魔界との通路を制作しようとしたことがある。当初は、少しだけ窓をあけて、なかをのぞこうとしただけらしいんだけど、これが大失敗した。あげくに、魔界から魔力が放出されまくってアメリカの州のひとつが焦土になりかけたって聞いてる」
「わかります。パラレル・ワールド・ウォーⅠが、それで勃発したと、わたくしも教わりました」
「正解」
俺は返事をした。相手が知っていると話が早い。
「で、この事件は完全に隠蔽されたはずなんだけど、七〇年以上経って、スティーブンなんとかって小説家がどこからか情報を得た。で、その話を元に発表された小説が『霧』だよ。確か、映画化もされたはずだったな。似たような経緯で制作された映画に『死霊のはらわた』があったっけ」
「お詳しいのですね」
「これでも『レギオン』のソードファイターなんでね。ああいうフィクション映画やタブロイド紙のゴシップの一部が事実を元に制作されたっていうのは、俺たちみたいな人間だけが知る話だ。ま、普通の人間が知ったところで、まったく信用してくれないのが救いなんだけど」
あるいは、皆、本能的に知っていて、それでいて信用しないふりをしているだけなのかもしれない。自分にとって都合の悪いことからは目を逸らすのが人間の習性だ。
「あ、あたし、こっちですから」
商店街の途中で宮古がミレイユに言った。同時に、俺にからませていた腕にぎゅーっと力を入れてくる。
「おい」
「いいじゃない、これくらいのスキンシップ」
言いながら宮古が離れた。
「じゃ、またね霧島くん。それからミレイユさんも」
「じゃーな」
「ごきげんよう」
俺とミレイユのあいさつを聞いた宮古が笑顔で手を振り、背をむけた。俺たちとは違う道を歩いていく。
このあとは、ミレイユとふたりきりか。
「なぜ、霧島さんは宮古さんと交際なさらないのですか?」
黙って歩くのもおかしいし、どうするかな、と思っていたら、ミレイユのほうから話題を振ってきた。
「俺は臆病者なんでね。恋愛が嫌いで怖いんだ」
「宮古さんは、霧島さんのことを、強くてワイルドだと言っていましたが」
「喧嘩と恋愛は違うだろ」
「それは、そうですが。でも、男性は、むしろ女性よりも恋愛に興味を持っていると思っていました」
「世のなか、何事にも例外がある」
「そう言われたら、そうかもしれませんね。わかりました。霧島さんは、そういう方だったのですか」
ミレイユがうなずいた。しばらく歩く。
「前は、どれくらいの広さの家に住んでいたんだ?」
今度は俺が質問してみた。ミレイユが俺のほうをむく。
「なぜ、そのような質問を?」
「見たところ、かなりのお嬢様なんでな。狭い部屋はいやがるんじゃないかと思ったんだ」
「郷に入っては郷に従え――霧島さんがおっしゃった言葉だと思いますが」
ミレイユが笑顔で答えた。
「こちらにくる以上、多少の不満は我慢する覚悟でいました。不満に思うにしろ、満足に思うにしろ、こちらにいるのは高校を卒業するまでですので」
「そうか。そりゃ助かった」
こいつ、留学じゃなくて、観光できたんじゃないのか? と俺は思った。
で、俺たちはアパートに到着した。ま、どこにでもある、ひとり暮らしか、なんとかすればふたり暮らしも可能になる面積の、風呂付きアパートである。俺はミレイユのほうをむいた。
「俺は一階の三号室だけど?」
「わたくしは四号室です。お隣同士ですね」
ミレイユが言い、アパートまで歩いていった。
「では、ごきげんよう」
ミレイユが言い、制服のポケットからキーケースをだした。俺も三号室の鍵をあける。
部屋をあけて、靴を脱いで俺は部屋にあがった。カバンを転がし、右手から指輪をはずす。
「じゃ、頼んだぞ」
「任せておいてよ」
ヒジリの返事を聞き、俺は部屋に転がっている、メイド服の人形の胸の上に指輪をのせた。
ひょいと人形の腕が動き、胸の上の指輪をとった。自分の指にはめながら身体を起こす。外見は、一〇歳くらいのハーフの美少女だ。俺を見て、ニコッと笑いかける。
「じゃ、ご飯つくるからね」
「おう」
俺は居間に座りこんでスマホをだした。魔王族のミレイユの面倒を見る件を『レギオン』に報告しておく。さて、仕事は終了。あとはTVでも見るか。それともネットでゲームでもするかな。いや、やっぱりトレーニングに専念しようかな、と思っていたのだが。
キンコン、とドアチャイムが鳴った。ガス台に火を点けていたヒジリが振りむく。
「誰だろう?」
「さあ?」
家賃はちゃんと払ってるから、大家さんが怒鳴りこんでくることはないはずである。不思議に思った俺が扉の前に立った。
「どちら様でしょうか?」
「わたくしです」
声は、さっき別れたばかりのミレイユのものだった。
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