第一章 魔王族の末裔・その8

 わかってない宮古が訊いてきた。ミレイユが笑顔で首を横に振る。


「わたくしが、アメリカからきたというのは、申し訳ありませんが、嘘だったのです。わたくしは魔王族で、魔界からきたのです。魔王族と『レギオン』の休戦協定の一環で」


「あ、そうなんですか」


 宮古が驚いた顔でうなずいた。


「そうか。昔とは違いますもんね。いまは勇者と魔王が仲良くしててもいいのかー」


 ここで宮古が予想外のことを言いだした。あ、ヤバい。俺がとめようと思うより先に、宮古が話をつづける。


「霧島くんはアメシストアイズを滅ぼした勇者の子孫なんですけど、ミレイユさんは、どの魔王の血をひいているんですか?」


「――え?」


 ミレイユが意外そうな顔をした。


「霧島さんがアメシストアイズを滅ぼした勇者の子孫とは、どういうことでしょうか?」


「あのな宮古」


「は? だから、そういうことですよ。霧島くんはアメシストアイズを滅ぼした勇者の子孫なんです。知らなかったんですか?」


「霧島さんは、自分は勇者ではなく、『レギオン』に所属しているソードファイターだと言っていましたが」


「どっちも本当」


 俺は小声で言ったが、ミレイユは聞いていなかった。


「あのー、霧島くんはアメシストアイズを滅ぼした勇者の子孫なんですけど」


 三度も言ったら冗談で片付けるわけにもいかないだろう。


「で、どうしてかは私も知らないんですけど、『レギオン』では、勇者じゃなくてソードファイターで登録して」


「あちゃー。いきなりばれちゃったね」


 俺の右手でヒジリがつぶやいた。まずいな。もう駄目だと思う俺の横で、ミレイユが静かに口を開いた。


「わたくしの曽祖父が、アメシストアイズだったのです」


「え」


「わたくしの母方の祖父が、べつの六大魔王である、シルバーウイングに仕える魔王族からの養子だったので、わたくしは、純粋な意味でのアメシストアイズの直系ではない、混血になりますけれど。それでも、わたくしはアメシストアイズの、第一王位後継者という立場になっています」


 あ、なるほど。雪みたいに純白な肌と髪の色はそっちの流れか。言うだけ言って、ミレイユが俺に目をむけた。


「そうだったのですか。あなたが、勇者権俵寅吉の子孫だったのですか」


 静かに言ってくる。どんな目つきをしていたのかって? 知るもんか。視線なんて合わせられるはずもない。


「霧島さん、こちらを見てください」


 宮古の腕を振り払って走って逃げようかな、と思っていた俺にミレイユが言ってきた。うわ怖えー。恐る恐る俺が顔をむけると、ミレイユが、なんとも言えない表情をしていた。怒っているのか、怒りたいのを我慢しているのか、なんか、そんな感じである。


「霧島さんは、何か勘違いをしていたのではありませんか? わたくしは、あなたを責める気などありません。勇者権俵寅吉の子孫を見たかっただけなのです」


 ここでミレイユが、予想外のことを言ってきた。


「は?」


「さきほども申しあげたではありませんか。わたくしは差別や偏見が嫌いです。あなたのご先祖が、アメシストアイズを滅ぼしたというお話はわかりました。ただ、あなたが罪を働いたわけではないでしょう」


「――そりゃ、まあ」


「でしたら、わたくしがあなたを責める理由もないはずです。そもそも、わたくしは魔王アメシストアイズと会ったこともありませんし。会ったこともない曽祖父を殺されたからと言って、殺した勇者の子孫に怒っても仕方がありません」


「それはありがたいな」


 俺は心のなかで胸をなでおろした。ミレイユは、こういうところでもしっかりしてる魔王族だったらしい。いきなり背後から襲われたらどうしようかと思っていたけど、本気で助かった。


 ミレイユが、あらためて俺に笑顔をむけた。


「そういうわけですので、先祖のことは全て忘れて、これからは仲良くしましょう。勇者霧島さん」


「いや俺は勇者じゃないから」


 まあ、とりあえず、今日のところは、問題なく話が終わりそうだった。冗談抜きでほっとしたよ。


「とりあえず帰るぞ。俺のアパートがどこにあるのか説明する」

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