第二章 魔族来襲・その3

「魔力の制御ができないとおっしゃっておりましたが、それは訓練次第で、どうとでもなるはずです。いまからでも遅くはないと思いますが。それに、とても素晴らしい戦闘技術を持っている頼もしい方だと、わたくしも思いました」


 ミレイユの言葉を俺は無視した。


「とりあえず、最低でも週に一回は細かい妖魔退治をこなして、月に一件のペースででかい仕事もやらないとな。これは生きるか死ぬかの大喧嘩だけど。それで六年後には借金も利子もチャラにできる。それ以降の収入は俺のがんばり次第だ」


「いろいろと大変なのですね」


「『レギオン』に入って、裏の世界の事情を知ったからって、大金が転がりこむわけじゃない」


 所詮、俺はでかい組織の末端で、命令どおりに動くだけの傭兵でしかなかった。そういう意味では会社員と変わらない。考えていたら、急にミレイユが走りだした。訳がわからず、俺とヒジリがつづく。


 ミレイユが立ち止まったのは、横断歩道の前だった。買い物袋を持った婆さんがいる。いきなりそばに立ったミレイユに、婆さんが不思議そうな顔で見あげた。


「お婆さん、よろしければ、荷物をお持ちしましょうか?」


 さすが魔王族だな。日本中の女子高生の、誰ひとりとして言わないようなことを言う。言われた婆さんが、少しだけ意外そうにして、次にうれしそうにした。


「ご親切にどうも。でも、お気になさらないでくださいね。ありがとうございます」


「どうか、お気をつけて」


 会釈する婆さんに、ミレイユが同じく会釈して返した。婆さんが笑顔で俺のほうも見る。


「お優しい方ですね。そちらの方は彼氏さんですか?」


「恋人という意味でしたら、それは誤解です」


 ミレイユがにこやかに返事をした。実際、彼氏でもなんでもないんだから、これは当然の反応である。


「さ、行きましょう」


 婆さんから背をむけて、ミレイユが言う。俺はうなずき、ミレイユと一緒に歩きだした。ヒジリもそばにつづく。いま気づいたが、ミレイユの歩く速度は、学校から帰るときよりも遅めだった。


「ヒジリの歩く速度に合わせてるのか?」


 試しに訊いてみたら、ミレイユがちらっとこっちをむいた。


「歩調のことでしたら、そのとおりですが?」


「ヒジリはオートマトンで、早歩きもできるんだけど」


「そういう問題ではないでしょう?」


 言われて俺も考えなおした。周囲の目がある。


「それにしても、本当の意味でのレディなんだな。魔王族って言葉のイメージからはずいぶんとかけ離れてるから驚いたよ」


 言ってから、俺は振りむいた。返事がないと思ったら、ミレイユが三メートルくらい後ろにいる。立ち止まっていたらしい。


「霧島、なんかヤバいよこれ」


 ヒジリが言いながら俺の服を引っ張った。ミレイユは周囲を見まわしている。ここで俺も気づいた。景色が白くぼやけている。人の気配や喧噪も遠くなっていった。


「どうして“忘却の時刻”が――」


 ミレイユがつぶやいた。意外そうな感じである。ということは、これはミレイユがつくったわけじゃないってことか。


「いま問い合わせたけど、時空のゆがみは兆候がないって」


 ヒジリが言う。つまり、バミューダトライアングルに代表される、自然発生的な異空間でもないってことだな。やはり、誰かが故意でつくったってことになる。


「ひょっとして、またタダ働きか?」


 俺は買い物袋を地面に置いた。それにしてもいきなりだな。どこのどいつが喧嘩を売りにきやがったんだか。


「ヒジリ、頼むぞ」


「もう召喚したよ」


「はん?」


 俺の右手に剣の感覚はない。顔を下にむけたら、ヒジリが剣を持っていた。そういえば、指輪に召喚されるんだったっけ。忘れてた。


「はい」


 ヒジリが俺に剣を渡してきた。受けとる。両手でも片手でも構えられる、日本刀と西洋のサーベルの中間くらいのデザインなのは俺のこだわりではない。単純に、ひい爺さんが使っていた聖剣をお手本にしたのだ。第二次異世界大戦当時は、日本刀をサーベルのなかに仕込むという、ハイブリッドというか、ごちゃ混ぜ形式が一般的だったらしい。


 さて、何がでてくるか。


「ミレイユと一緒にさがってろ」


「なりません!」


 俺が鞘から剣を抜こうとしたら、ミレイユが声をかけてきた。振りむくと、血相を変えて近づいてくる。


「争いなど、愚かな行為です! どなたかはわかりませんが、話し合いましょう」


 また無茶苦茶なことを言ってきた。目撃者のいない状況をつくるような奴が話し合いに応じると思ってるのか。


「あのな」


「とにかく、どなたがくるのか待ちましょう」


「いいから離れてろ」


 こんなそばに立たれていたら剣を振りまわせない。足払いでひっくり返す――いや、さすがに気がひけるな。くそ、どうする? 考える俺に気づいていないらしく、ミレイユが霧の彼方へ目をむけた。


「どなたかわかりませんが、きてください。わたくしたちは、あなたがたと争おうとは思いません。話したいことがあるのでしたら、聞こうではありませんか」


 駄目だこの娘。俺はヒジリに目くばせした。


「ほら、ミレイユさん」


 俺の意思に気づいたヒジリがミレイユの腕をとった。外見は一〇歳前後の美少女でも、ヒジリは『レギオン』の製造したオートマトンである。三五〇〇馬力のパワーで腕をとられ、ミレイユが引きずられるようにして俺から離れた。


 その直後だった。

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