第一章 魔王族の末裔・その6
「日本は、争いも差別もない国だと聞いていたのですが。失望しました」
「あー、すまなかったな。悪かったよ。俺が間違ってた」
面倒くさくなりそうなので俺は頭をさげておいた。無意味な喧嘩は好きじゃない。何かあったら謝っちまえば済む話だ。格闘技やってる奴ならわかると思うが、とにかく喧嘩は駄目。ヤバくなったら、まずは相手の顔を立てて謝って、それで駄目なら逃げろ。囲まれたら、打たれ強さにものを言わせて十分耐えればむこうが殴り疲れてやめる。これが外の世界でやっていく基本ということになっていた。
「魔王族にも、ミレイユみたいなお上品なお姫様がいるなんて、思ってなかったんだよ」
「日本人にも、人を殺した犯罪者と、怪我人を助ける医者がいると思いますが?」
「ふむ」
言われてみればそのとおりである。
「それに、わたくしは魔界で、人間こそが本能的に差別をする種族だと教わりました。わたくしたち魔王族とは根本的に異なる蛮族であると」
「はあ? 俺たちは差別をするなって学校で教わってるぞ」
「それは、本能的に差別をするから、差別をしないように教えているのでしょう? わたくしたちは教わりません。はじめから差別をしませんので」
「それは――それもそうか」
俺はうなずくしかなかった。
「わかった。魔王族が暴力的だとか口が悪いって考えは捨てる。赦してくれ」
「そうしてください。わたくしも、差別主義者とは、今後、積極的に仲良くしたいとは思いませんし」
相当いい教育を受けてきたんだろうな、と俺は思った。そういえば、娘に任せるとかなんとか、アメシストアイズが言ってたっけ。ミレイユは、その娘の孫か。育った場所がどういう環境だったのかは想像するしかないが、ミレイユを見る限り、悪い養育を受けてはいないようだった。
「それから、細かいようですが、日本では、魔王とは、男性の称号ではありませんか?」
「へ?」
「わたくしは男性ではありません。ですから、わたくしが曽祖父の跡を継いだとしても、魔王とは呼ばれません」
言って、少しミレイユが考えた。
「確か、日本語の法則では、魔女王になるはずです」
「――ああ、そういうことか。確かにそのとおりだ」
俺はうなずいた。
「ただ、日本の言葉ってのはアバウトなんだよ。感覚で、なんとなくしゃべってる奴が多いから。そういうところは気にしないでくれ」
「感覚で、ですか」
ミレイユが、少し困った顔をした。
「わたくしには難しいかもしれません」
「それだけ日本語ができれば問題ないだろ。あとは慣れの問題だ」
言い、俺は沢田先生にむきなおった。
「最後の確認です。つまり、ミレイユは要人なんですよね?」
「そうなるわね」
「護衛は?」
「ご心配なく。自分の身は自分で守れます」
これはミレイユの言葉だった。
「それに、こちらにきて、落ち着いてから、従者を呼ぶ予定もありますので」
「そりゃよかった。安心したよ」
と返事をしてから、我ながら、馬鹿な質問をしたな、とも俺は思った。魔王族なら、最低でも三メガトン級――戦略核兵器並みの戦闘能力を持っているはずだ。普通の人間なんか話にならないし、下級魔族なら無条件に命令を聞く。休戦協定の一環できてるんだから『レギオン』が何か言うはずもない。そもそも、ミレイユが要人であることを知っている人間なんて、こっちには存在しないはずだった。
「ただ、不測の事態っていうのは、どこにでもあるから」
安堵する俺の前で、沢田先生がいたずらっぽく言った。なんか悪い予感がする。
「もし、何かあって、いざというときは、霧島くんにがんばってもらうことになるでしょうね」
想像どおりのコメントを俺にむかって宣言してきた。まったく、どういう日なんだ。
「始業式の日ですが?」
「あーそうだったな」
反射でこたえてから、俺はミレイユのほうをむいた。
「おまえ、人の心が読めるのか?」
「調子のいいとき、たまに、ですけれど」
「あ、そう」
軽くうなずきながらも、まずいな、と俺は思った。思念閉鎖の法は心得がない。『レギオン』の無料カリキュラムにあったっけか?
「とにかく、これからはしないでくれ」
「そうでしょうね。不愉快なのはわたくしもわかります」
ミレイユが笑顔で俺を見つめた。
「いまのは、さっき、霧島さんが差別的な発言をした、その報復と思ってください」
「は?」
「他人にとって不愉快な言動をとると、不愉快な言動で返されるものなのですよ?」
「わかったよ」
俺は白旗をあげておいた。なるほど、こういう性格か。なんとなくわかってきた。自分には人を裁ける権利があると思っているらしい。
ま、仮にも王族だからな。
「とりあえず、話はわかりましたんで。ほかに何かありますか?」
「今日のところは、以上です。ミレイユさんの面倒を見るのが仕事だとわかってくれれば、それでいいから」
「じゃ、これで失礼します」
俺は沢田先生に頭をさげて視聴覚室をでた。当然ながら、ミレイユも一緒についてくる。いま気がついたが、ミレイユは俺と同じでカバンを持っていた。このまま下駄箱へ行くだけか。
「こちらにきて、わたくしの周囲を守ってくれる人間がいるとは聞いていましたが、あなただったのですね」
相変わらず、ミレイユが話しかけてきた。
「わたくしは、てっきり、勇者軍団に所属している勇者かと思っていたのですが」
「最近は勇者軍団じゃなくて『レギオン』と呼ぶのが普通だ。あと、みんな忙しいんだろ。勇者は万能の魔法剣士でエリートだから、妖魔退治の依頼数が半端じゃないし、そもそも数が多いわけでもない」
つか、どう考えても俺だからミレイユにあてがわれたんだが、これは言うべき話じゃなかった。ミレイユがうなずく。
「わたくしも、勇者――『レギオン』との休戦協定をすべて把握しているわけでもありませんし。そういうことなら、それでいいとしましょう」
とりあえず納得してくれたらしい。俺はホッとなった。カバンを左手に持ち替え、右手を見る。
中指でヒジリが輝いていた。
「大丈夫。黙ってるから」
そう言っているように俺には見えた。いままで、一言もしゃべってないし。空気の読めるAIジュエルで助かったよ。
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