第一章 魔王族の末裔・その5
「ぶっ」
俺は噴いた。ミレイユが妙な顔をする。
「アメシストアイズだったら、どうだと言うのですか?」
「なんでもない」
ヤベーな。俺のひい爺さんがアメシストアイズを滅ぼした権俵寅吉だと知ったら、この娘、どういう行動にでるだろうか。――ま、考えても仕方がない。名字が違ってて良かったよ。とりあえず、視聴覚室へ急ぐことにする。
で、一応は問題なしに視聴覚室へ到着した。
「失礼します」
言って俺は視聴覚室の扉をあけた。ちらっと横目で見ると、ミレイユは無言で立っている。呼ばれてるわけでもないからな。視聴覚室のなかまで入る気はないらしい。
俺は視聴覚室に入って扉をしめた。沢田先生の机まで行く。先にきてた沢田先生は書類の整理をしていた。その手をとめて、ちらっと俺を見あげる。
「ミレイユさんは?」
やっぱりか。
「外の廊下にいますよ」
「呼んできてちょうだい」
「はい」
俺は返事をして、あらためて視聴覚室の出入り口まで行って、扉を開いた。
「沢田先生がこいって。ミレイユにも用があるみたいだぞ」
「え?」
外で立っていたミレイユが意外そうな顔をした。
「沢田先生は、わたくしがここにいると、どうしてわかったのですか?」
「あの人も『レギオン』の人間だからな。連絡員だけど」
面倒くさいからぶっちゃけ、俺はミレイユを視聴覚室に招き入れた。――さっきと室内の雰囲気が違う。俺だけじゃなく、ミレイユも気づいたらしい。不思議そうな顔で俺を見る。
「これは、なんでしょうか?」
「空間閉鎖だよ。人間の側がつくる、“忘却の時刻”と同じもんだと思ってくれたらいい」
沢田先生はマジックユーザーだ。サモナーかソーサラーかネクロマンサーかは知らないが。これで、でかい声で話しても外に俺たちの会話は洩れない。
俺はミレイユと一緒に沢田先生の前まで行った。
「で、なんですか?」
俺が聞いたら、沢田先生が俺とミレイユを交互に見て、少しほほえんだ。
「もう自己紹介は済んだみたいね。じゃ、わかるでしょう?」
「『レギオン』と魔王族の間でとり決められた休戦協定の一環とか、そんなですか?」
「ご名答。それで、ミレイユさんは日本にきたのよ。簡単に言うなら留学ね。もちろん、いろいろとわからないこともあるでしょうし、霧島くんが面倒を見てあげてちょうだい」
ホームルームと同じことを言ってきた。
「それって、学校の教師として言ってるんですか?」
「学校の教師としてもお願いしてるけど、それだけじゃないわね」
「すると、報酬もでるんですか?」
「ちゃんと『レギオン』に申請すればね」
「断ったらどうなるんです?」
「仕事を選べる立場だった? あなた、借金が」
「わかりましたよ」
沢田先生の言葉をさえぎり、俺はミレイユに目をむけた。
「じゃ、そういうわけで、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ミレイユが言い、笑いかけた。それはいいけど、どう見ても育ちのいいお嬢様である。と言うか、お姫様だ。魔王アメシストアイズの血をひいているとは思えない。
「あのー、質問いいですか?」
俺はミレイユじゃなくて沢田先生に訊いた。
「何?」
「ミレイユって、本当にアメシストアイズのひい孫なんですか?」
「そうですが?」
これはミレイユの返事だった。沢田先生もうなずく。
「そのとおりよ」
「――わかりました。じゃ、信用します。俺、魔王族って、どいつもこいつも人間に悪意を持ってて暴力的で口が悪くて無茶苦茶なことをやる犯罪者みたいな連中だと思ってたんですけどね」
なんとなく言っただけなんだが、ここで、隣に立っているミレイユの気配が一変した。
横をむいたら、なんだか険しい顔で俺を見つめている。
「それは差別でしょうか?」
「は?」
「わたくしの曽祖父は、確かに魔王アメシストアイズでした」
ミレイユの言葉はずいぶんと硬質に聞こえた。
「祖父である魔王アメシストアイズが何をしたのか、わたくしも存じております。そういう意味では、わたくしも魔王族を代表して、皆様に謝罪をしなければならないでしょう。ただ、わたくし自身は、魔王族というだけで、魔王そのものではありませんし、罪も犯しておりません。暴力的だの口が悪いだのというのは、偏見で差別ではありませんか。そのようなことを言われる筋合いは、少なくともわたくしにはないはずです」
言い、ミレイユが俺を見据えた。さっきから目つきが少し違う。ひょっとしたら、にらんでるつもりなのかもしれない。
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