第一章 魔王族の末裔・その4
「マジか?」
「マジとは、なんでしょうか?」
「本気で言ってるのかって訊いたんだよ」
日本語はわかってても、こういうのは通じないらしい。
俺の質問に、ミレイユがうなずいた。
「本気です」
「アメリカに強制送還されたくなかったら、たとえ本当でも、そういうことは黙っておけ」
と言ってから、俺は疑問を持った。
「ミレイユだったな。アメリカ人と日本人のハーフだって。本当にアメリカからきたのか?」
「そんなわけがないではありませんか」
ミレイユが、何を言ってるんだ? という顔をした。
「わたくしは魔王族です。魔族や魔王軍、魔王族は魔界にいるものでしょう? わたくしは魔界からきたのです」
「へえ」
俺は納得した。アメリカは人種のるつぼだからな。それで誤魔化しにかかったのか。名前はフランス。肌の色と基本的な顔立ちは北欧なのに、彫りの浅さだけがアジア。どこの国の特徴も持ち合わせているということは、どこの国の人間でもないということだ。
「じゃ、昨日の、あのヘルハウンドは?」
なんとなく訊いたら、ミレイユが少しだけ考えるような素振りをしてから眉をひそめた。
「あのヘルハウンドは、わたくしが召喚したのです。こちらで生活する上で、番犬が必要かと思ったので」
「あ、そうだったのか」
「それを、いきなりあなたがやってきて、問答無用で追い払ってしまいました」
「そりゃすまなかったな」
俺は頭をかいた。
「俺、ヘルハウンドが人間を襲おうとしてるんだって勘違いしてたんだ。それでやっちまったんだよ」
一応、謝罪したつもりだったんだが、ミレイユは眉をひそめたままだった。
「べつに怒ってはおりません。誰にでも間違いはあるものです」
表情はともかく、ありがたいことを言ってきた。
「そりゃどーも。それにしても、魔王族っていうのは正直者なんだな。驚いたよ」
「話しても問題ないと思ったから話したのですが」
「なるほど。でも、そういうことをベラベラしゃべるのは感心できないな」
「なぜでしょう?」
「こっちの世界の、普通の人間は、第一次、第二次異世界大戦のことを知らないからだ」
「イセカイタイセンとはなんでしょうか?」
「パラレル・ワールド・ウォー、Ⅰ、Ⅱって言えばわかるか」
「――ああ、日本語ではそう言うのですね」
ミレイユが微笑した。――かつて、こことは異なる世界に生息する、人間に似た姿でありながら、まるで系統の違う力を持った異形と、こちらの世界の、常軌を逸した能力を持つ超人類の、血で血を洗う死闘が、世界大戦時の陰に隠れて行われたことがある。
俺たちは、それを異世界大戦と呼んでいた。
ミレイユは、俺と同じで、それを知っている側だったのだ。
「わたくしの曽祖父が、それで滅ぼされたのです。その当時の勇者に」
話は終了したと思って歩きだした俺の横でミレイユがしゃべりだした。こっちにきてすぐだから、いろいろ知りたいことがあるんだろう。それで、質問の対象を俺に決めたらしい。
「それで、あなたが勇者かもしれないと思ったから、確認しておきたかったのです」
「俺はソードファイターだよ。『レギオン』には入ってるけどな」
正確には異世界大戦以降に設立された勇者軍団――『勇者レギオン』なんだが、大抵の奴は省略して『レギオン』と呼ぶ。言葉を選びながら俺は返事をした。
「それで、依頼を受けて妖魔退治をしてる。自分の信じる正義や、何かの主義主張があって行動する勇者じゃなくて、ただ金をもらって動くだけの傭兵みたいなもんだ。俺はその程度の奴だよ」
俺の返事に、ミレイユが少し、不思議そうな顔をした。
「勇者とは、退魔処理を受けた聖剣を振るう許可を受けた、万能の魔法剣士を指す。――そう聞いておりましたが?」
「そのとおり。ついでに言うと、勇者は『レギオン』での扱いも破格だし、妖魔退治のギャラも、勇者は俺の倍以上あるって聞いてる。自分から妖魔退治の計画発案もできるそうだ」
「そうだったのですか」
ミレイユがうなずいた。
「では、あの、昨日のは」
「俺が振るったのは、退魔処理を受けた聖剣なんかじゃない。ただ頑丈なだけの長剣なんだ。俺も魔法なんか使えないし」
「それはなぜでしょうか?」
「俺は魔力を制御できないんだよ」
できるだけ簡潔に事実だけを言っておいた。俺の前で、ミレイユが、納得いかないながらも、考える顔をしている。たぶん、俺を魔力の素養がない、肉弾戦だけの奴だと思っているんだろう。
「なるほど。お話はわかりました」
少ししてミレイユがうなずいた。
「つまり、霧島さんは、魔導士の護衛をするだけで、わたくしたちとは戦えないのですね? では、昨日、なぜヘルハウンドを追い払えたのかが不思議なのですが」
「ソードファイターがマジックユーザーとコンビを組まないと行動できないっていうのは古い情報だな。俺はひとりでも魔族と闘える」
「は?」
ミレイユが困惑した顔を見せた。
「ただの物理的な打撃では、わたくしたちは傷ついても滅びませんが?」
「ま、いろいろあってな」
俺ははぐらかしておいた。このレベルの話を魔王族に言っていいのかどうか、俺にもわからなかったからである。ミレイユが、それでも、さらに俺の横を歩いてきた。よっぽど人間界のソードファイターに興味があるらしい。ま、気持ちはわからんでもないが。
「勇者に知り合いはいますか?」
追加で訊いてくる。俺は少し考えた。
「知り合いにはいないな。『レギオン』日本支部に行っても、トレーニングルームは勇者メンバーとは違うし」
「そうですか」
残念そうなミレイユの声だった。無視して視聴覚室へ行く。
「もし、勇者と知り合うことがあったら、教えてくださいね。それも、権俵寅吉の子孫だったらうれしいので」
俺は無視できずに振りむいた。これで二度目だ。
「なんでしょうか?」
ミレイユが不思議そうな顔をした。よく見ると瞳が美しい紫である。
「あのな」
俺は少し不安に思いながら質問した。
「ちょっと訊くけど、殺されたひい爺さんの名前は?」
人間界にも、イギリスやフランスに、それぞれの王族やら貴族やら王そのものがいるように、魔界にも、大陸によって魔王が複数いたと聞いている。代表的なのが異世界大戦時の六大魔王。
ミレイユは躊躇なく答えた。
「アメシストアイズです」
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