第一章 魔王族の末裔・その2
「おはようあーなた!」
翌日、クソつまんないから始業式なんかサボりたいけど学生の本分だと自分に言い聞かせながら高校の教室に顔をだしたら、いきなり後ろから抱きつかれた。振りむくと、黒髪でショートボブの、目のパッチリした、細身のくせに胸だけはやたらでかい美少女が俺を見あげている。これが宮古梢枝。中学のころから縁のある俺の同級生だった。
それにしてもあなたって。胸あたってるし。
「新学期もよろしくね。また、仲良くしてね」
「よろしくはいいから離れてくれ。それから、俺の名前は霧島だ」
なるべく乱暴にならないように意識しながら押しのけたが、宮古のニコニコ笑顔は変わらなかった。
「あのね霧島くん。今日、転校生がくるんだって」
俺の心境などどうでもいいっていう表情で話題を振ってきた。俺と話ができればなんでもいいらしい。仕方がないから付き合うことにする。
「転校生って、うちのクラスか? 男子か? 女子か?」
「うちのクラスで、女子みたいよ。さっき、ヤマガミチアキから聞いたんだけど」
「いま言ったヤマガミチアキって、新聞部の山賀・道明か? 放送部の山神・千秋か?」
「パソコン学校通信部の山ヶ道・亜希だけど」
「あ、あいつか」
なら信用できるな。前者のふたりはゴシップ好きで話をでかくする癖があるから用心しなければならないが。
「で、どんな話だったんだ?」
「アメリカ人と日本人のハーフなんだって。長いことアメリカにいたみたいなんだけど、日本語も教わってるから、言葉は問題ないみたい。身長は一六五センチ。スリーサイズと体重は秘密。ご両親の都合で、今度から日本で生活するって」
「肌の色は?」
「あ、そうか。白だって。髪も銀色でロングだって話だけど」
「へえ」
べつに肌の色で差別なんかする気はないが、アメリカ人ってだけじゃ、わかるものもわからない。
「ただ、アメリカ人か」
「え」
何気なく言ったら、宮古が表情を変えた。
「ひょっとして霧島くん、肌が白くて銀髪の人が好きなの? じゃ、あたしも銀髪に染めようかな」
深刻な顔でろくでもないことを言ってくる。俺は手を左右に振った。
「そんなんじゃない。仲良くしてから喧嘩になったら面倒くさくなりそうだな、と思っただけだ」
何しろ、意見をズケズケ言って、騒動を起こすと「あいつはきちんとものが言える大人だ」なんて判断される文化圏である。空気を読まないで無茶苦茶やられたら学校生活も楽しくなくなるだろう、なんて俺は思っていた。
あらためて、宮古が笑顔になった。
「じゃ、霧島くん、黒髪が好き?」
「べつに、黒髪でも銀髪でも、本人の趣味で好きにすればいいだろ」
「あ、そうなんだ。でも、好きなヘアスタイルとか、できたら言ってね。あたし、できるだけ合わせるから。あとスリーサイズも」
「そんなの気にしなくていいって」
「だって、あたし、霧島くんにフラグ立てられちゃったんだもん。仕方がないじゃない」
俺はフラグを立てた記憶なんてないんだが。同じクラスの女子がおもしろそうにこっちを見た。
「何よ、宮古と霧島、新学期もラブラブじゃん?」
「そうだよ。あたし、霧島くんのことが大好きだし」
恥ずかしがるでもなく、宮古が俺の腕に自分の腕をからませてきた。俺は恋愛なんか嫌いだって言うのに。
誤解のないように断っておくが、宮古が嫌いなわけではない。
「ま、とりあえず、転校してくるっていうアメリカ人とは、なるべく普通に接してやるか」
と、一応は俺も考えていたし、目の前の宮古も考えていたと思う。
で、体育館に行って、始業式もテキトーに終わらせて、教室に戻った俺たちが駄弁っていると、担任の沢田先生がやってきた。
「はい、ホームルームをはじめますよ」
という沢田先生の言葉に合わせて、俺たちは席に着いた。――相変わらず、沢田先生が教壇に立つと、机の上から頭だけがでているようにしか見えなかった。身長一四五センチだからな。ちなみにギリギリ二〇代だが、それより若く見える。おかげで男子学生の人気は高いが、教師としての威厳はほとんどゼロだった。
ついでに言うと、俺の元保護者である。いまは違うが。
「今日は特別に、転校生の紹介をしますから」
沢田先生が開口一発目に言いだした。やっぱり、その話か。
「先生、やっぱり外国人なんですか?」
誰かが質問した。沢田先生が眉をひそめる。
「なんで知ってるの?」
「ま、いろいろあって」
俺たちはニヤついた。学校の情報を垂れ流してるのが山ヶ道・亜希だってことは沢田先生に言ってない。
沢田先生がため息をついた。
「確かにそのとおりなんだけど。なんでみんな知ってるのかな。じゃ、入ってきて」
沢田先生の言葉に合わせて、教室の扉が開いた。なるほど、話に聞いていた通り、少し背が高めの、それでいてスレンダーで、うちの学校のブレザーを着た、長い銀髪の白人女子が入ってくる。穏やかな表情で、かなりの美少女だった。アメリカのなかでも、北欧の顔立ちである。さらに言うと、俺には見覚えがあった。うまく隠しているが、うっすらと魔王族の気配も。
「皆様、はじめまして。こんにちは」
教壇にあがって、沢田先生の隣に立った美少女が、流暢な日本語であいさつをはじめた。顔だけじゃなくて声も綺麗だな。
「わたくしは、ミレイユ・倖田と言います。アメリカ人と日本人のハーフです」
ミレイユってフランス人の名前じゃなかったか? と思ったが、とりあえず俺は黙って聞いていた。
「これから、皆様と、一緒にお勉強をすることになります。よろしくお願いします――?」
ここまで言いかけて、ミレイユと名乗った銀髪美少女が、急に首の角度を変えた。俺に気づいたらしい。
「オー!!」
たぶん、英語のОH!! だったのだろう。ミレイユの表情がいきなり変わる。
どうしたらいいのか、わからない顔つきだった。
「あなたは!」
「あんときはどーもな」
仕方がないから、俺も軽く手を振った。
ミレイユは、昨日、俺がヘルハウンドを追っ払ったときにいた、あの美少女だったのだ。
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