ニ章 絶対の氷溶けるとき…


それからというもの… 

彼は私に仕えるようになった。


感情のない私に…懲りずに話しかけてくれたのは…唯一彼だけ。


「ユウリ様。おはようございます。」

「…。」

「お茶をお入れします。」

「…。」


優しく、言葉をかけてくれた。

でもそれは…、私が彼の主だから。


大切な幼馴染だから…という理由ではなかったんだと。

その時思った。




そんなある日のこと。

一人自分の部屋で、ミヅキの入れたお茶を片手に本を読んでいると…

リュカとミヅキの話し声が隣の王室から聞こえた。


私はティーカップと本を机に置き、部屋の王室側の壁に耳を押し当てた。


「ユウリとはうまくやってるか…?ミヅキ。」

久しぶりに聞くリュカの優しい声だった。

「はい。お陰様で。」

「そうか。とはいえ、お前は昔からユウリに付きっきりだったからな。今更か…」


笑い混じりな声でリュカはミヅキに言った。

だが、次に聞こえてきた言葉は、一段と低い声で発せられた、迷いのないミヅキの一言だった。

「もう、幼馴染ではありませんから。」


「…。」

なにも思うことは無かった。

ただ無言で話を聞き続けた。


幼馴染ではない…つまりどういうことなのだろう。

そんな疑問を、代わりにリュカがたずねてくれた。


「というのは…?」


急に真剣な空気が隣の部屋で漂った気がした。

こちらまでその空気がすり抜けてくるかのように…緊張がはしる。


「私はユウリ様の側近です。もう馴れ合うことなどできません。」

いつもこの部屋でお茶を入れてくれる時にかけてくれる声とは違い、冷たい響きをした声だった。


ゴクリ…

何故か喉がなった。


「面白いことを言うな…ミヅキは…。

うちのユヅハとは真逆な考え方をする。」

「ユヅハとは姉弟ではありますが、幼い頃から何かと相性が合わなかったので…」


ユヅハ…ここで、最近リュカに仕えだした側近の名が出る。

ミヅキの姉で、エレンデーン王国の第一王女。

第一王子であり、あまり弟妹達との関わりを好まないカヅキと1番親しみの深い長女である。


これまた昔からリュカと一緒にいたため、今更だと思うが。


「そうか。ユヅハは、幼馴染だからとてもやりやすい…と私に昔と変わらぬ態度で接してくれている。その方がやりやすいようだ。ミヅキも、ユウリと仲良く昔のようにやっていると思ったのだがな…」

直後、照れたような甘い声が後を追う。

「そういうわけにもいきませんよ…。

彼女ももう立派な女性です。」


彼の"女性"という言葉に限界を達したのだろう。とうとうリュカが声をあげて笑った。

「そう来たかミヅキ…だがまだ12だぞ?」

リュカの言葉に、少し間を開けて笑いを含んだ優しい声がした。

「そうですね。では前言撤回で。」


その時、何か熱い物が私の胸の中にあった。


二人が話を終え、ミヅキが部屋に戻ってくる頃には…私はベッドの上の毛布に潜り込んでしまっていた。


「ユウリ様…?どうしたのです?」

優しい声だった。


何かが私の胸にある。


なんだろう…これは。


本当に熱かった。


「ベッドに潜ったりして、メイドに怒られますよ?さっき手入れをしてもらったばかりでしょう…その髪。」


そう言ってパッと私の上の毛布をのけてみせた。

明るい日差しが私の瞳に入り込んでくる。


眩しかった。


「え…。」


そのせいか、何故か頬が熱かった。

どこもかしこも熱い。


「…。」

「どうしたんです。その頬…赤くして。」


何も言えなかった。理由がわからなかったからだ。


ただ、何かに反応していた。


「熱でもあるんじゃ…。」

いつの間にか、彼のひんやりとした細い指が私の額に触れていた。

「ふぁっ!!?」

びっくりして目を瞑る。


数秒後、目を開けると優しい瞳と目があった。

「よかった。熱はないみたいですね。」


あ…。


その時、私の中で眠っていた何かが目覚めた気がした。


ドキっというか、きゅんというか…

ぎゅんというか…


とにかく、胸が苦しかった。


感情がそこにあった。


「毛布にくるんだりするからですよ。」

心配して損した…。そんな呆れた口調に、どこか口元がほころんだ。


「ごめんなさぁい」

その時、ようやく彼は驚いた。

何かに気づいたのだ。

「ユウリ…」

しかし…そう私の名前を呟くと、ギュッと自分の拳を握りしめた。

「いいえ。こんな遊びごとをしている場合ではありません。」

彼はとても辛そうだった…。

それだけはハッキリと覚えている。

「仕事をしましょう。」


━━━━━━━━━━━━━━━


それから少しずつ、私は彼のおかげで感情を取り戻していった。


何が私の中の閉ざした心を開いてくれたのか…

ハッキリとはわからなかったが、

絶対零度の冷たさは、やがて溶け消えていった。


そうして、今。


15歳…

ユウリ・ウェンツべネルは、

ウェンツべネルを治める若き女王として、王の座を迎える準備をしていた。




「ユウリ様。明日はリュカ様が隣街のソウジュへ行かれるそうです。」

「何それ聞いてない!!」

「今日これ言うの5回です。」

「何それ聞いてない!!」

「ユウリ様…💧」


正直私が国を治めることには不安があったけど、少しずつ頑張ろうって思ってたんだ。


でも…



国を治めるためには、まだ私には無いものを手に入れる必要があったことを…

その時はまだ…知らなかった。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソード・アブソリュートゼロ 莉苑 @mion-rion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ