一章 ウェンツべネルの絶対零度

両親が亡くなったのは5年前。

ウェンツべネルの太陽の石が盗まれた日だった。


その日は確か、幼馴染で同い年のミヅキが城に来ていた。


当時9歳の私は城の中庭で、メイド手作りのアップルパイとミヅキの入れたアールグレイを並べて、2人でピクニック気分になってひなたぼっこをしていたと思う。


ミヅキは小さな頃からお茶を入れるのがうまかった。彼は私にしょっちゅうお茶を入れてくれて、その度に私は同じことを彼に言っていた。

確か…


『ミヅキが私の隣にいてくれたら、毎日美味しいお茶が飲めれるね!』


と。

この頃の自分の言う"私の隣"とは、ようするに私の所に仕える…そう言う意味だったのではないか。

今考えれば、とてもおかしい話だが"私の隣"って…つまり。


いや、なんでもない。


私がそんな馬鹿みたいな話をすれば、ミヅキは必ず、その黒髪のおさげを揺らして、


「いつか…な。」


そう優しい笑顔で答えてくれていた。


今の彼からはとても想像できない愛くるしさと、優しさを持っていたに思う。


現に今彼は、私の幼馴染…としてではなく、私の従者…側近という位置で私をみている。


その日のその瞬間から、あの優しい彼をみることはなくなった。


警報ベルが鳴った時。彼は焦った顔のまま私を連れ出した…。


どこに連れ出されたかは忘れてしまった。


でも、言えることがある。その時の彼は…


とても怖かった。


もうあの頃の彼はどこにもいない…。


━━━━━━━━━━━━━━


両親の死を知ったのは、次の日の朝だった。


もちろん絶望した。

もう、あの優しい母も。

大きな背中の父も…。


二人とも消えてしまった…

そう思うと、自然となにも考えなくなった。


誰かに話しかけられても、何も答えることができなくなった。


人の顔をみることさえ、できなくなってしまっていた。


そんなある日。

「時期女王はリュカ王女か。」


城内が姉の話でもちきりになっていた。


当の本人は、また自分勝手に城を出て…無責任に私を置いていった。


「だが、あの風来坊に国を任せて大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないだろう。」

「だとしたら…。」


…。

突如むけられる期待の目。


こんなの知らない。

リュカが女王になる。

それが当たり前なんだ。私は妹。第二王女。


王の座がまわって来るはずないんだ。




だけど…



「我は国を治めない。」


帰ってきたと思えばリュカは城内の者にそう告げた。


でも、私は何も思えなかった。 


どうでもいい。


「リュカ…王にならないの。」

「なるわけねぇだろ。面倒くさい。」


そんな一言で、王の座をパスできる…。

そんな権力が彼女にはあったのか。


だけど、リュカが王の座につくことを周りは望まない。


リュカは知っていたんだ。

本当は面倒くさいじゃない、自分の自由な性格で…大切なウェンツべネルが乱れてしまうのなら…。


その座を妹の私に譲るしかない…と。


「私は王にはならない。」


姉として接する時のみの一人称に…。


その一言に。


姉の感情に。


その思いに。


本来なら感動するはずなのに…。

ごめんなさいって思えるはずなのに。


思えなかった。


感情が私の中から…時間のたった風船の空気のように…。



抜けていく。


私だって王にはなりたくない…

今は何も考えたくない。

私を急かさないでほしい。

ほっといて欲しかった。


「ユウリ王女。時期の王はユウリ王女だ。」

「あぁ、そうだ。とても真面目で心優しいユウリ王女に違いない。」

「気配りのできる娘だったからな。」


本当にそうなの?


みんなそんな風に思ってくれてたの?


なら、ごめんなさい。


私はザワつく城内に背を向けた。


「ユウリ王女。どこにいくのです?」

突如背後から声をかけられる。

やっぱり、痛い期待の目。

気持ち悪い。


少し息をはいた後、振り向きざまに私は低い声で呟いた。


「どこへだっていいでしょう。」


その刹那…私にむけられる視線の色が変わった。


冷たい冷たい冷たい冷たい。


周りはそんな風に私を見つめた。

その期待から絶望へと変わる瞬間を…

私は目撃した。


氷のように…冷たく。


案の定…私は冷たい王女と呼ばれるようになった。

優しいユウリ王女はもういない…。

皆そう言った。

確かにそうだった。

もう前みたいに笑えない。

ありのままでいられない。


やがて2年が過ぎていた。


━━━━━━━━━━━━━━━


『ウェンツべネルの絶対零度』


私はそう呼ばれるようになっていた。


虫けらをみるような冷たい視線…

感情のなくなった冷たい声…

氷のように冷たい性格…


いつしか残された二人の王女は国民から嫌われていった。


だけど…このままじゃ駄目だった。

ウェンツべネルに国を治める者がいない限り、国は成り立たない。


国は滅びてしまう…と。


そんな時に、1人の少年がウェンツべネルの王室を訪れる…。


「エレンデーン王国からユウリ様の側近として仕えさせていただきたく、やって参りました…」


幼かった容姿は打って変わって、大人な雰囲気がただよい…

サファイアの瞳はキリリと引き締まっていた…。

おさげだった黒髪は短髪に整えていて、


パッと見誰かわからないほどであった。


「ミヅキ・エレンデーンと申します。」


━━━━━━━━━━━━━━━


これは、

ウェンツべネルの第二王女が、

大剣王とまで名を轟かせ…

女剣士最強の名を手にするまでの物語。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る