新宿異能大戦67『ぼくあくま』

 十二月二十五日午前1時9分

 新宿御苑



「……ふぅ」


 植木に背を預け、一人の警察官――義堂の県警時代の後輩である足立あだち啓太郎けいたろうが小さく息を吐いた。


「とりあえずピークは過ぎた、ってとこすかね」


 目の前では今も人々が忙しなく動き回っている。

 しかしそれでも一時の混乱に比べれば大分マシになった。少なくともこうして一息つけるくらいには。

 正直これ以上ないくらいありがたい。


「……よし」


 とはいえずっとサボっていられる程余裕のある状況ではない。

 疲れた体に早々にムチを打ち、足立は自身の持ち場へと歩き始めた。


「……確か、犯罪者の隔離場所はあっちだったっけ」


 彼は元々独り言などあまり口に出るタイプではない。

 だが今はあまりの疲労の所為で、口だけでも動かしていないととても頭が回らない。


 有馬ありまユウによる外相会談から三日、さらには『新宿異能大戦』のスタートから二時間以上が経った今、足立に限らず全ての警察官は疲労のピークを迎えつつあった。

 そもそも田町祭の一件以降、『異能』関連犯罪の増加によって出動回数は加速度的に増えていたのだ。

 いずれ限界を迎えることは自明の理だったろう。

 事実、過労で倒れ始める警官も出始めていると聞く。彼自身いつ倒れてもおかしくない。


「……よい、しょ……っ、と……」


 だが、足立は歩いた。

 なけなしの力を足腰に込めた。


 彼は取り立てて熱意のある刑事という訳ではなかった。

 警察に入った動機だって世間体や安定が大半を占めていたし、普段の業務も100%全力で取り組んでいたかと問われるとYESとは言いづらい。

 そもそも辞めたいと思ったことだって何回かあった。

 しかし警察官と言う職業は不思議なものである。


「……すよね」


 ふと視界を横に向ければ、濃い疲労の色を浮かべながら賢明に働く同僚と仲間の姿。


 多分、皆がそうなのだろう。


 警察官――ただその肩書だけが、今も疲れた体に力を与えてくれている。

 今にも消えそうな心の火を、灯し続けてくれている。


 だから行ける所まで、行こう。

 やれる所まで、やろう。


 その思いを胸に足立がさらにもう一歩踏み出した時、



「なんだ、あれ……」


 水の壁の向こう側で、ドス黒い瘴気の柱が夜空を貫いた。




 ◇



「――――!」


 犯罪者隔離の為に確保された天幕の中で『サン・ミラグロ』使徒第五位、いずみかおるは突然目を見開いた。


「どうかしましたか?」


「代表?」


 傍らでは秦野はだの美鈴みすずとカトリーヌ=フレイベルガが心配の眼差しを向けるが、薫はますます取り乱す。


「何だこの感じは……!?

 知らない、こんなの私は知らない……!

 これが貴方の本当の姿なのか……!?」


 額にじんわりと滲み浮かぶ、玉のような冷や汗。

 普段飄々とした態度を崩さない彼女だからこそ、今のこの状況は異常と言えた。


「オ、落ち着いて下さい!」


 カトリーヌが咄嗟に立ち上がり、肩を押さえる。

 すると薫はようやく僅かに落ち着きを取り戻した。


「す、すまない……少し取り乱した。

 今更暴れ出したりはしないからそこは安心してくれ」


「一体、何があったんですか……?」


「詳細分からない……ただ、」


 額の汗を拭い、薫は息を整える。


「二人とも、いつでもここから動けるようにしておいた方がいいかもしれない……!」


「え……」


 目を丸くする美鈴を横目に、薫は言葉を続ける。


「彼の……有馬ユウの一部を受け入れたからかな、ハッキリと感じるんだ。

 彼は今、とてつもない変貌を遂げようとしている……!

 これは、これはこの世のものなのか……?」


「代表!」


 顔を青ざめさせる薫に、カトリーヌが声を掛ける。


「大丈夫だカトリーヌ君。

 しかし、ここまでとは……」


 薫は静かに呼吸を整え、再び座った。

 しかし汗は一向に引く気配は、その手は大きく震えている。


「八坂君……」


 ふと漏れ出た言葉は、彼の無事だけを案じていた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 同刻。

 新宿駅跡北側。



 その表情を見た瞬間、英人の全身に怖気が走った。


「――――!」


 幾百の死線を超えてきた男である、恐怖を感じたことなど数え切れぬ程あった。

 しかしこれ程までに深く、おぞましかったものは只の一度。

 おそらく完全記憶能力などなくとも、永久忘れることはないだろう。

 そう、それは『魔王』と対峙した時に感じたのと同じ恐怖であった。


「お、お――――!」


 声にならない声を上げながら、有馬に向かって英人は走った。

 本能は一旦距離を取れと言っている。

 しかしアレは今叩かねば、マズい――今はその直感にも似た経験則が、英人を攻めへと突き動かした。


 すぐ横では親友の気配も感じる。

 おそらく動いたのはほぼ同時。義堂もまた、アレのヤバさに気付いたのだ。


 『聖剣』に持ち替え、力を込める時間はない。

 今この手にある『絶剣』で、最大最速の一撃を叩き込む――!


「『絶剣リヴァイアス画竜点睛エストレイザ』!!!」


「『滅刀めっとう終耀灼火しゅうやくしゃっか』!!!」


 威力、位置、タイミング。全てにおいて完璧と言っていい同時攻撃。

 それを証明するように辺りの瓦礫は悲鳴を上げて吹き飛ぶが、


「――ほんのちょっと、遅かったね」


 まるで意に介さぬかのようにドス黒い瘴気が有馬の全身から放たれた。


「ぐ…………!」


 感じたのは、あまりに濃密な魔力の感触。

 その凄まじいまでの圧に英人の体が後方へと押し出される。


「そう有り得ないみたいな顔をするなよ。

 『異世界あちら』へと繋がる『道』を直接自身に繋げ、『魔素』を供給するだけ。全く持って単純なことだ。

 けどまぁ――」



「これで僕だけが、この世界で完全に『異世界あっち』の力を使える」



――――ゴオオオオオオオオオオオッ!!!


 湿った風が吹き荒れ、重く冷たい瘴気が辺りを包む。

 そして現れたのは、


「僕の名はザハド。

 正真正銘、本物の『悪魔デビル』さ」


 二メートル近い長身に漆黒に羽を生やした、堕天使の如き美青年だった。


 

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