新宿異能大戦63『最強のように捌き、英雄のように刺す』

「――――それで、ジェイソン=サリヴァンからの連絡は?」


 十二月二十四日、午前11時00分。

 冬特有の灰がかった陽光が差し込む執務室。

 その最奥のデスクに直に腰かけながら、白髪の男はやや語気を強めていった。


有馬ありまユウと共に北方向に移動している模様です」


 それに答えたのは、色の薄い金髪をしたやや恰幅の良い男。

 彼は矢継ぎ早に送られてくる書類に淡々と目を通している。


「そうか……」


 白髪の男は、僅かに息を震わせて言った。


 どうも先程から落ち着けそうもない。

 それは自身も……そして、この白い家もそうだ。

 意見が飛び交い、情報は錯綜し、感情と論理が度を超えた熱を持ち始めている。


「……確認だが、海兵隊マリーンの準備は既に整っているんだな?」


「後は貴方のひと言だけです」


 緊張を紛らわす為だけに放った質問。当然の答えが返ってきた。


「分かった。

 なら私はいつも通り発言に気を付けておけばいいという訳か」


 白髪の男は気障に言う。

 だがポケットの中にある手の震えは収まりそうになかった。


「大統領」


「ハハ、今日は特に冷えるな。

 手がかじかんでサインでも書き損じたら大事だ」


「あれは正しい決断でした」


「…………そうか」


 恰幅の良い男――国務長官からの言葉に、大統領と呼ばれた男は苦笑した。


「『異世界』という開拓地フロンティアの存在が確実となった以上、調査および進出は最優先事項です。

 万が一にも他国に遅れを取るわけにはいかない。

 ……それがたとえ建国時からの功労者を切り捨てることになったとしても」


「分かっている……と言うより私が心配しているのはそこじゃない。

 私が憂慮していることはただ一つ……それは未知なる世界との接触という事象がこの国にとってどのような結果を生むかということだけだ」


「当然ながら大きなリスクはあるでしょう。

 ですが得られるリターンは限りなく多い。

 皮肉にも、それは彼を見れば明らかです」


「……核の次は、『魔法』か…………」


「あるいはその両方か。

 ですがそう言う意味では、」


 国務長官は書類を置き、顔を上げた。


「日本で良かったですな」


「…………同感だ」


 大統領は再び息を吐いて答える。

 それは日本時間十二月二十五日午前1時00分、ちょうど新宿駅が地上から消えた時であった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 同刻、新宿。


「――いやぁ久々に全力でぶっ放した。

 やはり周りを機にせず打てるというのは戦場の醍醐味だな」


 全てが崩れ去った瓦礫の上で、元『国家最高戦力エージェントワン』リチャード・L・ワシントンは肩を回した。

 右を見ても左を見ても、つい先程まであった巨大構造物はない。

 見渡す限り、とまではいかないが辺りは完全な更地となっていた。


「――GAAAAAAAAAAAAAAッ!」


「おっと」


 瓦礫を跳ねのけ飛び出してきた『魔獣』を躱し、ついでのように魔弾を見舞う。

 高密度の魔力はいとも簡単に怪物の肉体を貫き、大きな風穴を開けた。


「もう来たか……っておおっ!?」


「GUUUUUUUUUUUUUUッ!」


「OOOOOOOOOOOOOOOッ!」


 だが間髪を入れず、今度は群れが一斉に飛び出す。

 リチャードは思わず目を見開くが、


「らああああっ!!!」


 その後ろより放たれた斬撃が、それらをいとも容易く切り裂いた。


「遅かったじゃないか元『英雄』。

 穴掘りは苦手だったかね?」


「こいつらの相手しながら這い出てきたってだけだよ。

 ……それより、」


 『聖剣』を肩に担ぎ、英人は前を見据える。


「UUUUUUUUUUU…………っ!」


「AAAAAAAAAAA…………っ!」


 そこでは既に瓦礫より溢れ出た『魔獣』たちが新たな波を形成しようとしていた。


「さすがに全滅するとは思ってなかったが、ここまでペースが早いとはな。

 有馬の奴、この時の為にどんだけ数集めてやがったんだ」


「奴もそれだけ本気ということだろう。

 とは言え、我々にとって数はさほど懸念事項ではない……分かるな、元『英雄』?」


「……と言うと、つまり」


 そう英人が言いかけた瞬間、二か所の瓦礫が同時に爆ぜた。


「ハッ、ハハハハハハハハハハァ!!

 地震大国とは聞いていたが、まさか地下ごと潰れさるとはな! 少々驚いたぞ!

 しかしこの我には効かん!!

 我は不死身だからな!」


 現れたのはギレスブイグ=フォン=シュトゥルム。

 そして、


「ようやく出られた……怪我はありませんか、長津さん」

 

「ああ、お陰様でね」


 義堂ぎどう誠一せいいち長津ながつ純子じゅんこ

 どちらも『魔獣』の返り血を大量に浴びながら、地上へと降り立った。


「おお義堂、君なら生きていると信じていたぞ」


「そちらこそご無事で……しかし、何故いきなり崩れて……」


「はっ、大方『こう狭いと戦いづらい』とか言ってぶっ壊したんだろ?

 こいつはそういう男だよ」


 首を捻る義堂の横で、純子が目を顰めて言った。

 と言うより、明らかに頬をヒクつかせて怒っている。


「ハハハハ!

 流石は純子、よく分かってるじゃないか!」


 だがそんなもの露知らずとばかりにリチャードは豪快に笑い飛ばした。


「えぇ…………」


(関わってないフリしとこ……)


 気持ち視線を逸らす英人。

 だがその間にも地下より『魔獣』は溢れ続け、地上を真っ黒に満たし始める。


「……連中、意外と纏まってるね。

 地上に出たら無秩序に散開すると思ってたけど」


「人だけを殺すように躾けられているのだろう。

 だから人の集まる場所に一直線に向かっていく……つまり連中の目指す場所は、」


「御苑か」


 英人は眉を顰めて言った。

 確かに現在、新宿御苑では多数の戦闘意志の無い参加者を保護している。

 『魔獣』からすれば絶好の狩場だろう。


「参考までに聞いておこう。

 あの水壁、『魔獣』の群れ相手にどこまで保つ?」


「…………10分だな。

 それ以上は保証できない」


「十分だ」


 リチャードは二丁拳銃を構えて前に出た。


「聞いての通りだ、諸君。

 たった今我々の勝利条件は至極単純なものとなった。

 つまりは連中が御苑の壁を突破する前に有馬を討つ――どうだ、簡単すぎて欠伸が出るだろう?」


「欠伸は知らんが、まぁそうするしかなかろうな」


 肩を回し、ギレスブイグは言った。

 英人たちも追従して頷く。


「よし決まりだ。

 次に攻守の配分をどうするかだが……義堂、元『英雄』、」


 リチャードは振り向き、二人を一瞥する。


「我々は捌く。

 君たちが刺せ」


 その瞳には、かつてない程に覚悟の炎が灯っていた。

 

「……いいのか?

 役割的に人手はいくらあっても足りないだろ」


「何、問題ないさ……ほら、」


 リチャードが銃口で前方を指し示す。

 すると『魔獣』の群れの一部が前触れも無しに跳ね上がり、そこから一人の女性がすらりと身を乗り出した。


「ふーやっぱ四足獣って基本下がお留守だね」


こう赤天せきてん!」

 

「お、八坂殿さっきぶりー」


 笑顔を見せたと思うと、赤天はすぐに『魔獣』の群れを通り抜け英人の前へと着地する。

 その様はさながら自宅の庭は駆け回るようであった。


「お前無傷なのか……?」


「まあね。

 いやーでも流石の私もビックリしちゃったよ。テキトーに穴ほじくったらアホみたいに化物出てくんだもん。

 ま、濁流の流れには逆らうよりも乗っかっちゃった方が良いってね」


「これでとりあえず四人。

 それにあと一人――いや、この単位は不適切かな?

 とにかくまだ彼もいる、何とかなるさ」


 言い終える瞬間、リチャードは魔弾を放った。

 普段よりも規模も強度も大きい一撃。

 まるで流星のようなそれは、一筋の道を『魔獣』の群れに穿つ。


「さぁ行け、そしてこの国と世界を守れ。

 これ以上『異世界やつら』の好きにはさせるな」


 その背中は、もう振り返らない。

 ただ追い越して行け――そう言わんばかりに微動だにせず佇んでいる。


「……行くか、義堂」


「そうだな」


 余計な言葉は不要だった。

 八坂やさか英人ひでと義堂ぎどう誠一せいいち、二人の男はそれぞれの獲物を構え、前に出る。


 前方には、『異世界』から溢れ出る『魔獣』の群れ。

 だが恐れることはない。

 後ろには『最高』の戦士たちがいる。


 そして――


「……八坂」


「ん?」


「やっと、肩を並べて戦えるな」


「………………ああ」


 英人は僅かに微笑み、目を伏せる。


「行くぞ!」


「ああ!」


 二人は同時に駆け出した。

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