新宿異能大戦62『ここは自由に』

 十二月二十五日午前0時55分

 新宿駅西口


「……くそっ」


 参加者の男が、舌打ちがてらに淡を死体に向かって吐き捨てた。


「もう目ぼしい奴は大方狩られるか逃げるかしちまったか……」


 男の現在のレベルは、8。所有ポイントは87。

 佳境を迎えた『新宿異能大戦』においても相当の水準である。というより、クリア目前と言っていい。

 彼としてもこのまま一気にポイントを稼ぐためきる為にわざわざ新宿駅まで来たわけであるが……どうやらその当ては外れたらしかった。


(一応他の連中もちらほら見えるが……くそ、どいつもこいつも染まった目ぇしてやがる)

 仕掛けるにはリスキーだな)


 ギャンブル、スポーツ、殺し合い。

 こと勝負ごと全てにおいて、勝ち続ける為の鉄則が一つある。

 それはカモを確実に殺るということ。

 そして今回、相手は自由に選べる――ならば男を含め、彼等がそれをしないわけがなかった。


「……ふぅ」


 男は踵を返して歩き始めた。

 もちろん警戒は解いてない。だが妙な確信があった。

 おそらく奴等は襲ってくることはない……自分が奴等を襲わないように。

 だからこそ自分たちはここまで生き残ることが出来たのだ。


 さぁ、次は何処に行こう。

 出来ればカモが沢山いるところがいいのだが。


「……確か、御苑の方に安全地帯があるって話だったか。

 一回行ってみるか」


 そう呟きながら、男は脚を少しだけ南の方へと向ける。

 その時、後ろが俄かに騒がしくなった。


「あん?」


 まさか、我慢できなくなったバカが現れたのか。

 面倒そうに頭を掻きながら後ろを向くと、そこには。


「…………は?」


 怪物がいた。

 正確には怪物という語彙でしか表現できないような何かが、いた。


 殆ど無秩序に生えた爪と牙と毛。

 狂気以外の何物も宿していない赤い瞳。

 そして此方を咀嚼することしか考えていないような、重く湿った吐息。


「――――!」


 ただの一瞬で男の全身は冷や汗に塗れた。

 気付けば、光景は阿鼻叫喚に染まっていた。

 互いに襲わないという奇妙な認識を共有していた同業者は全員が食われていた、全員が嬲られていた。

 なす術もなく、ただ一方的に。


「……あ、ああ…………っ」


 今度はそれらがこっちにも来る。

『異能』は使った、だがその濁流はまるで止められなかった。


「た、助け――――」


 通じる筈もない。

 その瞬間、彼等はただの餌だった。



 ◇



『異世界』より『魔獣』が漏れだしてから、およそ十分が経過した。


「――AAAAAAAAAAAAAッ」


「――OOOOOOOOOOOOOッ」


「――GAAAAAAAAAAAAッ」


 怪物たちの放つ唸り声が、この地下全体を揺らしている。

 おそらくこの広い新宿駅のどこに隠れていようとこの不快な振動からは逃れられまい。

 何処を見渡しても爪、牙、肉。

 かつて人で溢れていた筈の空間は、今や人外たちの巣窟となりかけようとしていた。


――――が、


「おおおおおおおおおっ!」


 それを良しとしない男が、雄叫びを上げて異形の群れへと斬りかかった。


 その手には先代『英雄』の魂を宿した『聖剣』。

 体には囂々と唸りを上げる雷撃を纏っている。


「らぁっ!」


 迫りくる幾百の爪牙。

 だが男は軽々とした身のこなしでそれを捌き、返す剣で敵を斬り刻んでいく。

 無論傷つくこともあるが、それも当然織り込み済み。怯むことすらなくすぐに再生し、戦い続ける。

 あえて防がぬことによる戦闘の効率化と、自己修復に裂く魔力を秤にかけた絶妙の塩梅。


 男は慣れていた。


 異形と戦うという非日常に。

 多勢に無勢という逆境に。


「『エンチャントライトニング・フルボルト』!」


 この光景は、元『英雄』にとってのかつての日常だった。

 しかし彼は不満足そうに唇を噛んだ。


(だがここまで複雑な閉所でやるのは初めてだ……!

 やりづらい……!)


 そう、それは狭く複雑な新宿駅構内と言う空間。

 数で劣る側としてはある意味では好都合ともいえる環境ではあるが、英人にとっては戦いづらいことこの上なかった。


 何故なら此処はあくまで駅である。

 地上への出入り口などそれこそ無数にあり、複雑な構造故にその全てを把握しきることは難しい。

 そして下手に狭いからこそ一気に大技で『魔獣』の群れを殲滅することも出来ないのだ。

 これでは駅構内から『魔獣』が流出する一方である。


 このままチマチマ戦い続けているだけで本当にいいのか?

 何か別の手だてがあるのではないのか?


 英人の額に焦燥の汗が浮かんだ時。


「――そう難しく考えるなよ、元『英雄』」


 光弾の雨が、壁ごと『魔獣』の群れを消し飛ばした。


「……リチャード・L・ワシントン……!」


「戦争も佳境だ。

 そうスケールの小さい戦いをしてどうする?

 その無駄に光る剣は飾りか?」


 消し炭となった『魔獣』の影から現れたのは、不敵な笑みを浮かべた合衆国『国家最高戦力エージェント・ワン』だった。


「……本気出したら、駅ごと吹っ飛んじまうだろ」


「別にいいじゃないか駅なんて。

 むしろ複雑化した構内を整理するには丁度いい。こう入り組んでいるとやきもきするだろう?」


「確かに戦いづらくはあるが、狭いお陰で『魔獣』が外に漏れ出るペースが抑えられているとも言える。

 壊したら一気に溢れ出すぞ」


「だろうな」


「だろうなって、お前……」


 英人が眉を顰めてリチャードに詰め寄るとする。


「八坂英人」


 だがそれよりも早く、リチャードがその距離を詰めた。


「君は『英雄』だ、たとえ元でも。

 だというのにそれが自らを狭めてどうする? この狭苦しい空間に合わせたのか、わざわざ?

 

「…………」


「もっと自由に行けよ、青年。

 自由とは何より己の可能性の為にある」


 顔は、いつものような軽薄な笑み。

 しかしその言葉は、いつになく重く、ズシリと響いてくるように感じた。


 前後からは、『魔獣』の群れが再び大挙してくる。

 考える時間は幾ばくもない。


「…………が、元から考える余地もなかったか」


「その通り。

 やはり気が合うな、私と君は」


 ふ、と笑いだけを返して英人は『聖剣』に魔力を込める。

 気付けば、どことなく心がスッキリとしている。

 腕も心なしか軽い。


「さぁ行くぞ元『英雄』、」


 そして共に、剣と銃を構える。


「『魔を断ちヘイ光指し示す剣ムダル』――!」


愛故に銃を取るパトリオット・バースト!!』


 眩いばかりの光弾と斬撃が、日本最大の地下迷宮を吹き飛ばした。

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