新宿異能大戦61『忠義の行方』
――狂気。
――飢餓。
――殺意。
――獰猛。
まさしくそれらの形容が似合う、いや、それ以外に形容のしようがない怪物たちだった。
そしてそんな異物どもが、虚ろな穴をこじ開けて次から次へと溢れてくる。
互いの体で押しつぶされようが、互いの爪牙で裂かれようがお構いなしに。
「ちょ――――!」
誰よりも早くそれを目の当たりにしたのは、
だが避ける間すらなく彼女はそのまま濁流に呑み込まれる。
「赤天!」
轟く英人の叫び。
しかし底すら見えない『魔獣』の奔流は、容易くそれをかき消した。
「ははははははははは!
そうそう! これが見たかったんだよ!
この退屈な世界に『異世界』の存在が
「な、なんという……!」
「ははっ、いいのかい自称『英雄の生まれ変わり』さん!?
このまま僕を追ってちゃ全員噛み殺されるぜ! ほら!」
「ぬうっ!?」
次の瞬間、トラ程の図体をした『魔獣』が飛びつき、牙を突き立てようとする。
ギレスブイグは自慢の膂力でそれを振り払うが、その間にも二匹目三匹目の『魔獣』が次々と襲い掛かる。
「ちいいいいいっ!」
『
その隙に有馬は『魔獣』たちの中へと消え去ってしまった。
「おおおおおおおっ!?
何だコイツラ!?」
一方、
何が起こったのか把握できない以上、これ以外に取る手段などある筈もない。
辺りに噴き上がる黒い血と肉。
今はそれすらも受け入れ難い異物に映り、巽の恐怖をますます駆り立てる。
「そんなに怯えなくても大丈夫。
クリア者は襲わないようにしてるから」
「な……」
振り向くと、有馬が屈託のない表情を浮かべて立っていた。
「ちょっとー、何だよその顔。
いくら僕でもせっかく育てた苗を危険に晒すヘマはしないよ?」
「そう、なのか……」
有馬の言葉に促されるまま巽は恐る恐る銃撃を取り止める。
すると確かに彼の言う通り、化物たちはこちらに見向きもしなかった。無秩序な行進の中で自身の周囲だけを綺麗に避けている。
「……はは」
それは地獄を俯瞰するという快感。
麻薬のように作用したそれは、すぐさま巽の心に平静を取り戻した。
「どうだいこの光景?
中々に非日常的でワクワクしないかい?」
落ち着いたお陰だろうか。
今ではこの悪魔じみた少年の放つ一言一句がスーッと心地よく入り込んでくる。
心がワクワクしてくる。
「ああ、そうだな……!」
そして自然と笑みが零れてくる。
「ははは良い笑顔。
入口の方はもう用意してあるけど……もう少し見てくかい?」
言葉より前に、反射的に頷く。
「流石。
じゃあ最後にしっかりと見ていくといい、」
「――『魔都』と化す新宿をね」
その時、『
◇
「……成程。
無秩序に見えて、クリア者はしっかりと避けるのか。
『
一方、二人目のクリア者であるCIA工作員ジェイソン=サリヴァンは眼前を素通りする『魔獣』を見て小さく呟く。
「リチャード・L・ワシントン」
その視線の先には、数多の怪物と相対する『
――――ゴオオオッ!
引き金を引く度に、轟音が、響く。
その一発一発に凝縮された高純度の『魔力』が込められており、『魔獣』たちをまるで紙の如く穿ち、抉る。
しかもその動作は流麗で、一切の隙がない。
構えて、狙って、撃つ――何気ないこの三つの動作をただ早く、ただ正確に。
故にたった二つの銃口に、『魔獣』の群れは一歩も近づけないでいた。
「――律儀も何も、『
そしてそれを自ら違えることはない」
まるで日々のタスクをこなすように『魔獣』を裁きながら、冷めた口調でリチャードは言った。
「……ほう?」
「故に行き着く果ては破滅以外にないのだよ。
この意味が分かるか?」
「確かにわが国でも契約書をしっかり読まずに足元を救われた、なんてケースは多々ありますね。
ですがそれは不注意な人間に限った話では?」
「やはり分かってなかったか」
迫る『魔獣』の脳天を貫きながら、リチャードはジェイソンの方へと振り向いた。
「契約とは、言うなれば両脇が崖となった一本の道だ。
約を違えて横へと逸れれば、すなわち奈落へと落ちる。生き残る為には終着点までただただ定められた道筋をなぞるしかない。
そして『
「それはいささか極論な気もしますが」
「だがそれが奴等にとっての普通だ。
……見事に付け入られたな」
言葉を紡ぐたび、陽気がトレードマークだった表情が徐々に憤怒に染まっていく。
「『異世界』なぞに夢を見るのは止めろ。
でないと合衆国を破滅に導くぞ……!」
いつしかその蒼い双眸から放たれる眼光は、魔弾よろしくジェイソンの体を突き刺していた。
あまりの迫力にジェイソンはほんの一瞬たじろぐが、
「……破滅とは異なことを。
これは合衆国の国益を最大限に考えた結果ですよ?」
「ならば『
これが国益に繋がることは決してない、今すぐに中止せよ」
声を荒げ、リチャードは言う。
「…………老いたなあ」
だがジェイソンは呆れたように溜息をついた。
「……何?」
「だって、そうでしょう?
あらゆる資源が枯渇しつつある現代にとって『異世界』とは可能性の詰まった
たとえどんな困難が待ち受けた世界であろうと、開拓すべきだし、開拓せずにはいられない。そしてその
長らく合衆国で働いてきた貴方なら当然持ち合わせていると思っていましたが……どうやら忘れてしまいましたか」
「……ふ、確かに今の今まで忘れていた。
巷で使われなくなってから長いからな」
「だが今こそその言葉は蘇る。
『異世界』という
言いながら、ジェイソンは口角を深く上げた。
同時にリチャードの持つ端末が通話の受信を告げる。
『リチャード・L・ワシントン』
「…………大統領」
何度も聞いた声色だった。
『単刀直入に言おう、異世界への進出はすでに決定事項だ。
君が何と言おうと覆ることはない』
「……そうか」
リチャードは短く答える。
一方で引き金を引く手は些かも緩んでいない。
『【異能】の存在が公となった今、世界情勢は新たな局面を迎えつつある。
……もはや我が国の自由と平和を守るためには【異能】と核だけでは足りないのだ。
どうしても【魔法】と【異世界】の資源が要る』
「……外相を殺したという事実を踏まえてなお、与するのか」
『我々は時として非情な選択をしなければならない。
……貴方なら分かる筈だ』
『最高』の男は語らず、ただ銃声と怪物の断末魔だけが響く。
大統領は一拍おいて、言った。
『リチャード・L・ワシントン、この時より貴方を【
後任はジェイソン=サリヴァンだ。独立時から今に至るまで、本当にご苦労だった。全ての合衆国民を代表して礼を言う。
…………分かっていると思うが、』
「ああ分かっている。
そちらの決定である以上、私が邪魔をすることはないさ」
『……それを聞いて安心した。
それではさよならだ、合衆国最高の戦士よ』
ぶつり、という音と共に通信が切れる。
おそらくもう此方から掛けても繋がることはないだろう。
「…………では」
視界の端では、現『
残ったのは夥しい数の『魔獣』と、己が身ひとつ。
「…………」
その胸に去来する想いは捨てられたことに対する恨みか、はたまた国家そのものに対する失望か。
――――否。
(合衆国が『
この身命を賭して――!)
彼はなおも終生の忠義を誓った国の事を、想っていた。
「……済まないな、ジョージ、エイブ。
だが安心しろ」
呟くは共に国難を乗り越えてきた戦友の名前。
確かに『
しかし、やれることはまだ残っている――それを証明するかの如く、男は『魔獣』の前に立ちはだかる。
「今も昔も変わらない。
自由と平等を守る為、私は銃を取る……!」
いつか切り落とした耳の痕が、僅かに熱くなった気がした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【お知らせ】
こんにちは。
そしてここまで拙作をお読みくださり、ありがとうございます!
突然ですが、次回の更新についてはお休みさせていただきたいと思います。
ついに筆者の身の回りにもコロナの波が……皆さまも感染対策および体調にはくれぐれも気をつけてください。
次回更新は2/5(土)です!
宜しくお願いします!
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