新宿異能大戦60『人よ、誠実であれ』
「――はははっ。
前にクリア者、後ろに『
新宿駅構内。
午前0時45分。
「加えて元『英雄』か。
まさにこの世界における上澄みだね。
うん、そうじゃなきゃ面白くない」
世界最高峰の戦力に囲まれながら、『サン・ミラグロ』総裁である少年はしみじみと言った。
英人は一歩前に出て『聖剣』を構える。
「打ち倒されるのが望みなら、すぐにでもその通りにしてやるぞ?」
「解釈が極端すぎるなぁ。
そりゃ一方的に勝つのが一番楽だし僕も好きだけど、今は違うじゃん。
だって最終決戦だよ? 有馬ユウだよ?
その位の情緒は持っとかなきゃ」
「……こんなことしでかすのも、その情緒とやらからか?」
「ああそうだ。
僕はその情緒というのを啓蒙したくて、今こうして『悪』をやっているんだよ」
「啓蒙だ?」
「そうだとも。
この世界に生きる人々の為、本当の『悪』を伝導しなければならない――その使命に燃えるからこそ、僕は『新宿異能大戦』という儀式を作り出した」
「……なるほどねぇ。
つまり『サン・ミラグロ』の総裁サマも、結局はそこらのテロリストよろしく幼稚な夢想家だったわけだ」
純子が拳銃を構えて言った。
しかし皮肉交じりの言葉とは裏腹に、その両肩は怒りで小刻みに震えている。
「…………うん、そうだね。
普通はそういう返答になっちゃうよね」
が、当の有馬は心底失望したように溜息をついた。
「そしてこれこそが、この世界の最も憂うべき現状だ。
誰もが『悪』というものから本能的に目を背けてしまっている。
彼女のような警察の人間はおろか、犯罪者ですらも」
徐々に険しくなっていく表情。
少年はガラにもなく両の拳を握りしめる。
「…………現実世界に住まう、全ての人間よ……。
君たちは……君たちは……っ、」
「君たちはあまりにも『悪』に対して不誠実過ぎる!
どうしてそんなにも『悪』に無関心でいられるんだ!? 蔑ろに出来るんだ!?
本来なら君たちの半分を構成する大事な要素だっだ筈じゃないか!」
その表情は一気に憤怒と悲嘆に染まり、頬には涙が流れる。
この世界において、彼がここまで感情を爆発させたのはおそらく今この瞬間が初めてだろう――そう思える程に、今の有馬には鬼気迫るものがあった。
「この世界の犯罪を見てみてよ! なんだあれは!?
ささいな恨みによる殺し、くだらない保身の為の不正、制度の穴を突くことしか考えてない無心!
あまりにも矮小! あまりにも醜悪! あまりに破廉恥!
これでは盛りのついた獣だ!
知恵足らずの獣どもが『悪』を無神経に浪費している!」
「『悪』とは本来、とても深くて、とても冷たくて、とても美しいものだ……。
殺すのに恨みなど要らないし、盗むのにも利害なんて必要ない。犯すのだって欲望じゃあダメなんだ!
そうまるで運目のように当然に、全身全霊で『悪』を為すからこそ尊いんだ!
そして今、そのことを伝えられるのはこの僕をおいて他にない……!」
「『
リチャードが呟くと、少年は涙を拭って顔を上げる。
「……そうだ。
故に僕は、この世界に『悪』を啓蒙する」
そうして現れた微笑みは、まるで天使の慈悲のようであった。
「………………」
「………………」
全員が、ひと言どころか一歩も動けなかった。
別に彼の思想に共感したという訳ではない。
しかし正真正銘の『
「……そしてその点で言えば、彼はすごく良い」
「……あ、え……?」
その場を完全に支配する存在から目を向けられ、山北巽は間の抜けたような返事をした。
もはやクリア得点のことなど忘却の彼方である。
「見ての通りだけど、彼は『異能』の才能はずば抜けてはいるが、生まれながらの『悪』と言うには少々足りない。
こうなってしまったのも事故による殺人という切っ掛けがあったというだけ。
でも、だからこそ良いじゃないか。
才能なんてなくても、不安定でも、恐る恐るでも、一歩ずつ踏みしめて『悪』へと至る……啓蒙の成果としてこれ以上のものはない。
…………ねぇ君、」
「え? あ……」
いきなり距離を詰められ狼狽する巽に、有馬は畳みかける。
「弱いのは、嫌だろ?」
「………………ああ」
「見下されるのも、嫌だろ?」
「……そう、だ……」
「だから力が欲しい。
それも、誰もが恐れるような強大な力が」
言葉は発さず、巽は大きく頷く。
すると有馬はにんまりと口角を上げ。
「なら行くべきだ、『
「止めろ!!!!!!!!」
瞬間、有馬のいた場所を光芒が一閃した。
それは英人が放った『聖剣』の一撃。並大抵の相手であれば姿形すら残らぬ程の威力であったが、
「――さすれば君は『英雄』なれる。
こんな風にね」
有馬はまるでそよ風に吹かれたかのような涼しい顔のままだった。
その右手は軽々と『聖剣』の剣身を受け止めている。
巽は目を見開いた後、ゆっくりと口を開いた。
「………………別に、『英雄』なんてものには興味はねぇ。
言った通り、俺は力が欲しいだけだ」
「えー興味ないの?
勿体ないなァ」
「いくら力もらったって、見ず知らずの世界なんざ行ったら意味ねぇだろ。
俺はこの世界で強くなりたいんだよ」
「ふーん意外、てっきりお父さんと同じ道を歩むと思ったのに」
「え――」
――――ゴオオオオオオオオオッ!
再び、有馬の全身を光が包みこんだ。
炎と見紛うほどの荒々しい輝きだった。
「ははははははは!
何だよ滅茶苦茶キレてるじゃないか元『英雄』!」
「黙れ、それ以上の口は開くなよ……!」
英人は『聖剣』を振り上げ、第二撃へと入る。
その瞳は明らかに有馬の排除を急いでいた。
「何故?
大事な大事な君の仲間のことじゃないか!」
「『
周囲への被害を鑑み、英人はその剣身に光線を集中させて斬りかかる。
だが有馬は「おっと」と零しながらそれをひらりと躱し、跳躍して数メートル後方に着地した。
「危ないなぁ。
そんなの食らったら流石に死んじゃうって」
軽口を叩く有馬に英人は無言のまま一気に距離を詰める。
しかし、
――――ガガガガガガガガがガガガ!!!!
「ぐ…………っ!?」
突如後方より降りかかった弾丸の雨が、英人の脚を止めた。
振り向くと、巽が周囲にミニガンを展開させながら額に青筋を浮かべていた。
「さっきから鬱陶しいんだよ、テメェ……!
こっちの話を遮りやがって……!」
「ちっ……、『
英人は即座にアスファルトで生成した土塁を築き、銃弾の追撃を防ぐ。
だがこれで有馬との距離は完全に開いてしまった。
「それで!?
親父が何だってんだよ!?」
けたたましい銃声の中、巽は声を張り上げた。
「言ったまんまさ!
君のお父さんは
こっちじゃしがないサラリーマンだったみたいだけどね!」
「―――――!」
「いやーホント、人は見かけによらないよね!
とても勝負とか戦いとかに向いているようには見えなかったのに、あんなに強『おい!!!』……ん、何だい!?」
「前言撤回だ。
俺もその『異世界』とやらに行く……!」
「……はは、そうこなくっちゃ!」
巽の返答に、有馬は満面の笑みを浮かべた。
「『二十八式・
だが刹那の間すら空くことなく、真紅の鎧武者が有馬へと突撃した。
「『
「じゃー私はこっち」
その後ろにはギレスブイグが続き、
有馬は距離をとっていなそうとしたが、
「『
その体は彼の意に反して義堂の眼前へと瞬間移動した。
「逃がすわけないだろう、有馬ユウ……!」
「ははははははは!
そういやそーいう能力だったね! 煙が広がる時間を上げちゃったか!」
有馬が笑う間にも、義堂の振り上げた大太刀が迫る。
だが次の瞬間、
「『
有馬以外の全員が、上に落ちた。
「うおおおっ!?」
「まさか……重力の方向を変えたのか!?
これが有馬ユウの『異能』……!」
「違う!」
純子が義堂の言葉を遮って叫んだ。
「こいつは
「さっすが元奥さん。
ひと目でバレたかー」
あちゃー、と額を押さえながら有馬は言った。
全員が天井に押し付けられる中、彼の脚は未だ地面についたままだ。
「あ、もちろん僕にも効果は掛かってるよ?
引っ張られないように対策講じてるってだけ」
「知るか!
それよりも私の前でよくも……よくも!!!!」
純子は有馬に向かってすかさず引き金を引く。
しかしその弾丸は横から引っ張られたかのように有馬を避け、明後日の方向へと向かっていった。
「だからこういう風に、前任者よりも上手く使うことだって出来るんだよね」
「ぐ、く……っ、有馬あぁっ!!!!」
「落ち着いて下さい長津さん!
奴のペースに乗ったらそれこそ思う壺です!」
叫びながら床の有馬に飛び掛かろうとする純子を、義堂は後ろから押さえた。
「そうだ、そのまま押さえていろ日本の『
その横からはギレスブイグの巨体が風の後押しを受けて飛び上がる、もとい飛び下がる。
「覚悟!」
勢いのまま放たれた拳。
またも有馬は躱したが、床には深い穴が穿たれた。
「うわ、素手でこれとか君ホントに人間?」
「妻君に及ぶべくもないが、我とて奴とは知己だった。
……戦士の魂を汚した罪、高くつくぞ!」
ギレスブイグは『
「…………」
その後方ではリチャード・L・ワシントンが銃口をそっと有馬へと向けた。
「……おっと。
貴方はこのまま待機を。上からの命令です」
だがCIA工作員であるジェイソン=サリヴァンが、割り込むようにしてその射線上に立つ。
「上からだと?」
「お疑いのようなら、問い合わせても構いませんよ。
……まぁ、貴方ほどの愛国者が合衆国を疑うとは思えませんが」
ジェイソンの言葉にリチャードは眉を顰める。
だが数瞬の沈黙の後、二丁拳銃はそっと下ろされた。
「リチャード……!? クソ、山北巽! 有馬の口車に乗るな!
君にだって奴がろくでもないこと位分かるだろ!」
「うるせぇ!
お前みたいな持ってる人間が偉そうに指図すんな!
俺は俺の意志で『異世界』に行く……!」
「止めろ! 『異世界』はそんな生易しい所じゃない!
「うるせぇっつってんだろ!
あの親父にも出来たってんなら、俺だって出来る!
そこをどけぇっ!!!」
――――ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!
激情を反映したのだろうか、ミニガンに加え今度は榴弾をも織り交ぜた波状攻撃が放たれる。
その異常なまでの火力量に英人も一瞬の足止めを余儀なくされた。
「となると、手空いてるの私だけか!
うーんいきなり責任重大!」
そんな中、それぞれの戦闘を尻目に赤天はひとり『道』前へと着地する。
当然重力の方向は変動を続けていたが、そこはもう慣れた。
後は目の前の穴をどうにかするだけである。
「……とりあえず突いてみるかな」
刹那、棍による神速の突きが『道』に突き刺さった。
「感触があるようなないような……いやないよりはいいか」
そのまま赤天は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、棍を上下左右に動かして『道』を抉り始める。
そうこうしている内にギレスブイグに追われる有馬が後方より迫り、
「おいおい、無闇にほじくるのはやめてくれよ。
そこには――」
「僕らの夢と希望が詰まってる」
次の瞬間、濁流と見紛うほどの『魔獣』の群れが『道』より噴き出した。
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