新宿異能大戦59『全員集合』
見下されたくない。
馬鹿にされたくない。
憐れまれたくない。
何より、弱いままでいたくない――そう思い焦がれながら、今日まで生きてきた。
「は、は…………!」
そして、今。
聖夜にその男の願いは叶えられようとしていた。
右下に表示される『
彼は今、この新宿の中でも最上位といっていい『異能者』だった。
かつかつと革靴が奏でる足音が地下室に響いていく。
脇には野ざらしになった死体たち。おそらく最初期に戦い死んでいった参加者たちだろう。
『新宿異能大戦』も佳境に入った今、わざわざ狭く複雑な新宿駅(ここで)戦おうとするものはいない。
いるとすればゲーム終了まで隠れようとする者か、
「死ねぇェェェェェッ!」
「……ああ、俺狙いか」
――ガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
死体に隠れて襲い掛かって来た参加者はものの数秒で肉片と化した。
如何な小細工を弄そうと圧倒的な火力を前に返り討ちに合う――巽にとって、それはもはや見慣れた光景となっていた。
「おら! 掛かってくんなら掛かってこいや!
相手になってやっからよぉ!」
10丁にもおよぶ
だが応える声も向かってくる敵もいない。ここまで残る人間が馬鹿正直に誘いに訳もないので、当然だろう。
――――ガガガガガガガガガガガッ!
「あ”あ”あ”あ”あ!!! ったくどいつもコイツも骨がねェなオイ!
こそこそ隠れてるだけかよ!
腑抜けてんじゃねぇぞコラ!」
大きな舌打ちと共に、秒間数百もの弾丸の雨が死体へと放たれた。
確たる狙いも着けずにばら蒔かれたそれはひたすらに壁、柱、肉を抉り、粉塵と血しぶきを巻き上げさせる。
それは、あまりにも分かりやすい暴力の構図。
「――はっ、ははははははははははははははははァ!!!!」
巽の口からは、自然と大きな笑い声が漏れた。
そのままゆっくりと血と埃と硝煙が舞う地下道を練り歩き始める。
「はははははははははははははははは!」
楽しい、楽し過ぎる。
力とは、強いとはこういう事なのか。
もはやこちらに掛かってこようという奴はいない。
隠れている奴も、おそらく隠れたまま肉片になっただろう。
もはや今の自分を阻むものなど、いない。
まさしくそれを証明するように、まるで実家の廊下をあるくような軽い足取りで死体塗れる地下道を歩いていく。
もっと奥。
さらに奥に。
そして、一番奥には――
「――やぁ。
そしてゲームクリアおめでとう、山北巽くん?」
己のやっていることが只の児戯と思える程の『悪』が、いた。
◇
十二月二十五日、午前0時43分。
新宿駅構内。
「……あんたが有馬ユウか」
展開させた
周囲に人影らしきものは見当たらない。それに死体の類も。
おそらく『新宿異能大戦』開始以来、ここまで来た者は誰一人としていなかったのだろう。
そのせいか新宿駅の地下という見慣れた景色が、巽の目には今や異様な空間に映った。
「そうだ、僕が有馬ユウさ。
既に地上波デビューは済ませてたし、顔くらいは知ってるだろ?」
「そう、だな……」
巽は神妙な面持ちで眼前に佇む学ラン姿の少年を見つめた。
「んー?
あーもしかして『こんな小っさいガキがこんな大それた事を……?』なーんてベタなこと考えてた感じ?
失礼しちゃうなー」
「い、いや……」
元より無邪気な奴だなという認識はあった。
しかし改めて間近で見てみるとなんと矮小で、捉えどころがなく、そして何ら害のなさそうなことか。
そう間違いなく今、この少年は巽に対し毛ほどの警戒心すら持っていない、
もしかして、今なら殺れる――?
「…………っ!
それより、クリアの件だ。報酬があんだろ……?」
渾身の力で拳を握り、絞り出すようにして巽は言った。
同時に展開していたミニガンも消失させる。
「大丈夫?
すごい汗だけど」
「大丈夫だ……っ!」
震える声で答えつつ、巽は深呼吸をして自身の心を落ち着かせようとする。
しかし恐怖による動悸がバクバクと鳴り響き、一向に収まる気配はない。
そう、巽は今、自身の恐怖心に気付くことがないまま有馬ユウを襲おうとしていたのだ。
(……ダメだ……コイツだけは絶対、ダメだ……!)
こと裏社会においは、様々なタイプの強さがある。
腕力、権力、冷酷さ、貫禄、人望etc――だがどんな領域においても、抜きんでた者たちにはたった一つの共通点がある。
それは、狂気。
言うなれば人の常識から離れている奴ほど、並外れて強かった。
そしてその点で言えばこの少年は最悪だ。
これだけの銃を前にして恐れるどころか無邪気に笑っている。それもただの強気やハッタリではない、心からだ。
この少年はまるで地を這う虫をいたぶって実験ごっこでもするかのように、ただの好奇心だけでこちらを誘っていたのだ。
外れすぎている。
人間ではないと断言出来る程に。
「……とりあえず、もらえるってことでいいんだろ……?」
一文字ずつはっきり発音するように、巽は汗を拭って言う。
流石にここまで落ち着ければ無意識に手が出ることはない、曲がりなりにも修羅場を潜ってきた経験が、今回彼自身を救った。
「ふーん……それより報酬についてだよね、分かってる分かってる。
ほら」
有馬は指をパチンと鳴らす。
すると、
「――――っ!?
なんだ、こいつら……?」
マネキンのように無表情な人々が、物陰からぞろぞろと現れた。
それも夥しい数。
「僕らの方で作った人工の『異能者』だよ。
全員に同じ能力を持たせ、出来る限りの量産をした」
「り、量産……!?」
「そしてその能力は大気中の『魔素』を収集し、その体内に貯蔵すること。
こんな風にね」
――バシャアアアアアアアアッ!!
有馬が指を鳴らした瞬間、全員が血しぶきを上げて破裂する。
「な……っ」
「血の雨なんて今更驚く事でもないでしょ。
それよりこっちこっち」
有馬は人差し指を下に向ける。
その先では、血がひとりでに動いてとある図形を描画しようとしていた。
「何かを、描いてる……?」
「下書きをなぞっているだけだよ」
言うように、血はまるで小さな溝を正確になぞるかのようにスムーズに流れていく。
そうして浮かび上がった図形は浅学な巽ではその意味を到底理解できないような――しかし同時に何らかのオカルトな意味を持つのだとすぐに分かるものだった。
完成する図形を見ながら、懐かしむように有馬は笑う。
「……さて、待たせてゴメンね。
――これが世界と世界を繋ぐ『道』だ」
その時、世界の理が変わった。
虚空に何かが開いた――それは穴と言うにはあまりにも濃密で、道と言うにはあまりにも果てしない、黒い円形のナニカ。
あまりにも理解の彼方にあり過ぎて、『異世界』に通じるという有馬の言葉が確固たる真実のように思えてくる。
――これが、『異世界』。
ごくり、と唾を呑み込みながら巽がそっと手を伸ばそうとした時。
「もちろん私もそこへ入れるという事でいいかな?」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、そこにはサングラスに黒のスーツといういかにも工作員といった風貌をした外国人の男が立っていた。
「あー確か君は、」
「ジェイソン=サリヴァン。
第二のクリア者になっている筈だが?」
男は巽を意に介すことなく歩き、その横に立つ。
その超然とした態度はまさしく彼の優秀さを物語っていた。
「お前……」
「順番は守るから安心しろ。
そちらが仕掛けてこない限りな……それより先程の質問についてはYESということでいいのかな?」
「もちろん。
そっちがルールを守るなら、こっちもルールを守るよ。
たとえそれが誰であろうとね」
さして問題もない、という風に有馬は答える。
「それは何より。
で、後はここを潜るだけか?」
「そうだね、でも――」
有馬はクスリと笑い、振り返る。
するとそこには、
「さっきぶりだな、有馬ユウ。
今度は分身なんてつまらん真似はよしてくれよ?」
合衆国『
「いやいや分身だろうが本体だろうが『サン・ミラグロ』は全て潰す。
それでこその我々だろう?」
連邦共和国『
「正直それ程やる気はないけど、ボスくらいは倒しとかないと本国が五月蠅いんだよね。
あ、でも八坂殿の前でもうちょいカッコいいとこ見せたいかも」
人民共和国『
「ここで会ったが百年目、だね。
悪いが情状酌量の余地は一切なしだよ」
『異能課』課長、
そして――
「有馬……」
日本国『
「ユウ……っ!」
元『英雄』、
結集した世界最高峰の戦士たちを見、有馬は口角をさらにあげて笑う。
「ははっ、いいねいいいねいいねいいね!
遂に役者が揃っちゃったよ!」
今、『新宿異能大戦』は最後の局面を迎えようとしていた。
【お知らせ】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そして新年あけましておめでとうございます!
今年も拙作を宜しくお願いします!
と、言いながら新年早々恐縮ですけれども、次週の更新はお休みさせて頂きます。
申し訳ありません。
次回更新は1/15(土)予定です!
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