新宿異能大戦58『最後へ』
十二月二十五日午前0時40分。
横浜市某所。
「…………でさ、」
ベッドの上で体育座りになりながら、青髪の少女――
ちなみにその体にはややサイズの合っていないパジャマが着せられている。
「ん?」
「ん? じゃなくてちゃんと状況説明してよ。
三日近くも寝るとかどー考えても普通じゃないし」
「んー、なんつったら言いのか……のわッ!?」
ひとり唸っていると、下から伸びた白い何かがマッシュマンを加えて机から下ろす。
「あ、ピザチョコ!」
それは白く美しい毛並みと堂々とした巨躯が特徴的な、都築家の飼い犬であった。
「だーっ! 何でいちいち俺を咥えやがんでぇこのワン公は! せめて背に乗せやがれ!
てーか嬢ちゃん、金持ちなんだからいい加減それ用の使用人雇って躾させろ!
このままじゃいつか食われちまわぁ!」
「そーだよピザチョコ。
得体の知れないキノコなんで絶対食べちゃダメだからね」
「そーいう意味の躾じゃねぇやい!」
涎まみれになりながらツッコむマッシュマン。
結局ピザチョコが彼を放すのに数十秒ほど掛かった。
「……ぜぇ、はぁ……っ!
クソ……と、とにかくこんな感じで、俺はここまでいきなり連れてこられたんだよ……!」
「い、行きも咥えられてたんだ……」
ピザチョコの背をさすりながら美智子は苦笑いした。
「まぁ丁度『サン・ミラグロ』の
そんで着いたら勉強疲れで既にぐっすりの嬢ちゃんと友達の娘さんがいて、何とか事情説明して入れてもらったんだよ。
それからはさっきも言った通り俺が自慢の胞子で三日間ぐっすり眠らせてたという訳さ」
「ふーん……ありがとね、ピザチョコ」
そう言って撫でると、ピザチョコはやや誇らしげに喉を鳴らした。
「まぁ日頃盗み聞きしていたお陰で敵さんが嬢ちゃん家を狙っているだろうこたぁ分かってたからな。
ならいっそ全く関係ない所で匿っちまったほうが安全だと踏んだのさ……おかげさまで嬢ちゃんは今でも五体満足という訳だ」
「でも三日も眠らせたままって酷くない?」
美智子は口を尖らせた。
「つってもこれが一番確実だったんだよ。
敵がどんな手段でこっちを探知してくるかてんで分からねぇ以上、仮死に近い状態まで眠りを深くさせた方がてっとり早ええだろ」
「へぇー仮死かぁ…………って、今仮死って言った、ねぇ!?」
目をくわっと開き、美智子はマッシュマンを両手で握りしめた。
「ちょ、やめ……ぐるし、」
「え、私三日も死んでたってこと!?
てーかそーゆー事は早く言ってよ! ねー!」
「い、いやだからあくまで仮死に近い状態だって……!
それとし、絞るな! お、俺は雑巾じゃない……!」
体が一回転するほどに捩じられ、マッシュマンはパンパンと美智子の手をタップした。
しぶしぶ、といった表情で美智子は手を離す。
「むむう……」
「ね、ねじ切れるかと思った……!
ったくほぐすなら縦の繊維に沿ってやりやがれ!」
「え、問題そこ……? まぁいいや、とにかく皆が私を助けてくれたってことね。
とりあえず今はそれで納得するとして……」
美智子はキョロキョロ室内を見回す。
「あの子はどこ?」
「ん、まぁ…………ちょっと買い出し行ってくるってよ。
こんなに大勢で詰めかけたお陰で色々入り用なんだとさ」
「ふーん…………」
ベッドから長い脚を伸ばしながら、美智子は再び窓を見る。
外はやっぱり深夜の静かな住宅街で、そのさらに奥には自身の顔がうっすらと映っている。
「早く、帰ってこないかな――」
呟くと、窓がちょっとだけ白く濁った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同刻。
新宿茅ヶ崎ビル屋上。
「…………」
「…………勝った。
そしてまだ生きてる」
横たわる少女の寝顔は依然として都築美智子そのものだが、浮かべるその表情は彼女だけのもの。
……安堵した顔だと、信じたい。
英人は冷たくなった手をそっと握った。
「……ありがとう」
英人はそのまま『聖剣』をしまい、少女の遺体を抱きあげて歩き始める。
出口に差し掛かろうとした時、
「社長の仇……!」
十然の秘書だった女が、ナイフを構えて立ちはだかっていた。
「…………」
しかし、英人は無言で歩き続ける。
まるでそこに障害などないかのように。
そして、ただ一言。
「………………どいてくれ」
「…………!」
脅すわけでもなく、懇願する訳でもない。
彼女の語彙では到底表現しきれなかった眼を前にして、秘書は思わず狼狽えた。
「な、なら……っ」
だが何もせずに終わらせてしまっては主に合わせる顔がない。
殺せないくらいならと秘書はナイフの切っ先を自分に向ける。
しかし、
「…………う、ぐ……!?」
言い様もない倦怠感に襲われ、秘書は膝を着く。さらにそのまま倒れ込んで泥のように気絶した。
からん、と虚しく響くナイフの音。
「…………悪いな」
英人は再現した『魔眼』を元に戻し、屋上を後にするのだった。
――――――
「第一位の撃破、お見事ですわムッシュー・ヒデト。
今はあえて、この言葉をお送りします」
エレベーターで一回まで降りると、ミシェル=クロード=オートゥイユがエントランスで待っていた。
「…………ああ。
そっちこそ第三位の撃破、見事だった。お陰でこっちに集中できたよ。
出迎えか?」
「後詰めという奴ですわ。第三位撃破の後、ギレスブイグ=フォン=シュトゥルムと別れて私だけ来ましたの。
もっとも、必要なかったようですけれど」
そう言って満身創痍の淑女は優雅な佇まいを崩さないまま、腕の中の少女に目をやる。
「…………
まるで本懐を遂げた騎士のよう」
「……騎士、か。確かにその通りだな。
この娘は愛する人を護り切った。それも自身を身代わりにして……本当に立派だ」
英人もまた慈しむような視線を下ろす。
その表情は血に濡れてこそいるが、心なしか微笑んでいるように見えた。
「…………さて、時間もあまりありません。
後は私が受け持ちますわ、ムッシュー・ヒデト」
「御苑まで運んでくれるのか?」
「ええ、貴方には一秒でも早く新宿駅まで向かってもらいます。
代わりにこの淑女に関しましては私が責任もって搬送致しますわ」
言って、ミシェルは両手を差し出す。
正直この申出は目先の利益だけで見れば英人にとってありがたかった。
ここから見て新宿御苑と新宿駅は全くの別方向という訳でもないがそれでも寄り道することには変わりない。それに、彼女の亡骸を抱えたまま全速力で移動することは英人の心情的にも憚られた。
しかし一方で自分自身が責任もって最後まで運びたいという想いもある。
けれど、
「…………だよな」
少女の微笑みが、英人の背中を強く押した。
「宜しいですか?」
「ああ、頼む」
英人は少女の遺体を優しく手渡し、歩き始める。
「ご武運を」
後からは淑女の激励。
そのまま英人の返事すら待たず、軽快な足音が瞬く間に遠のいていく。
そう、もう余計な言葉は要らない。
互いが互いのやるべきことを知っているから。
「――『エンチャント・ライトニング』!」
委ねるは、飽くほど唱えた基礎の『魔法』。
雷光を帯びたその全身は新宿の夜闇を一直線に裂いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午前0時43分。
新宿駅構内。
「――やぁ。
そしてゲームクリアおめでとう、
人ひとりいない地下の最奥に佇む有馬を見、山北巽はニヤリと笑った。
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