新宿異能大戦57『0<N<1』
それはあまりにも容易く、そして滑らかに突き刺さった。
【な――――】
【見失うってことは、強く認識しようとするってことだ。
怒りが仇となったな、
言って、英人は左腕を抜く。
【が、は…………!】
どぷり、と溢れる血液。それは留まることなく滴り、流れ落ちていく。
赤く輝いていた筈の恒星はいつしかただ一人の肉体へと変化する。それは紛れもない茅ヶ崎十然そのものだった。
「ぐ…………っ!」
人間は空に浮かんでいられる訳もないし、また胸に風穴が開いて無事でいられる訳もない。
当然のように十然の肉体は重力に引き寄せられて、屋上に叩きつけられる。
【まさかここまで効果が出るとは。
そんなに嫌だったか、真似されるのが】
「…………らしい、な。
……ふふ、我が身の未熟さに、唯々恥じ入るばかり、だ……」
同じく屋上に降り立つ英人を仰ぎ見、十然は震える足で立ち上がった。
落下時に何とか受け身の体勢こそ取りはしたが、それで無事に済むはずもない。深刻な程のダメージが体の中でぐわんぐわんと鳴り響いている。
「…………ふうっ」
それを少しでも吹き飛ばすように十然一つ、両手を広げて大きく深呼吸をした。
「……はは。
都市に吹く風も中々に趣があるな、悪くない。気付けには丁度いいな」
【……まだやるのか?】
「勿論だとも」
口から滴る血でシャツを汚しながら、十然はさも当然のように答えた。
その瞳は相変わらず暗く、その真意は見え難い。しかし嘘ではない――英人はそれを肌で感じ取った。
【死ぬぞ】
「おそらくな」
【生きて罪に服する、という選択肢はないのか】
「もちろんあるとも。
だが今はこれ以上のものなどない……!」
ふらつく脚で一歩、十然は前に出た。
「予定外の事に一時は心乱されたが、それもたった今克服した……君が余計な血を抜いてくれたお陰だ。
存在こそこの身一つとなってしまったが……後は君と全力でぶつかるだけ。
さすれば私は求める答えにようやく辿り着く……!」
十然は笑い、希望に燃える眼差しで英人を見つめる。
だがそうやって繰り出した二歩目は、膝から崩れ落ちた。
「む……。
いやすまない、今行く……」
そう言って立ち上がろうとするが、今度は前のめりになって倒れた。
血が止めどなく流れている。もはや脚にも腕にもまるで力が入らない。
ようやく自身の置かれた惨状を理解し、十然は小さく
「……参ったな。
胸を貫かれるというのは、こんなにもままならないものであったのか」
気付けば、体がひどく寒さを訴えている。だが自身の肉体は震えることさえもうしない。
視界も徐々に色が褪せていく中、その隅ではひとつの遺体が映った。
胸を貫かれながらも己に一矢報いた、とある少女の遺体を。
「…………成程、あれは奇跡を超えた芸当だったというわけか」
「いや、愛が引き寄せた必然だ」
視線を上げると、英人が立っていた。
既に『
二人の距離はおよそ10メートル。一歩たりとも動く気配はない。
「必然か、成程。
私には出来ないはずだ」
「不満か?」
「納得はしている。
もし敗れるとするならば、
掠れた声で十然は答える。
ついには首の力もなくなり、今度は頭がゆっくりと地に伏した。
でも、目の前の答えを諦めたくはない――ただそれだけを意地にして、十然は必死に手を伸ばす。
「…………ぐ、く……っ」
ま中途半端に踏み潰された芋虫のように、醜い姿だった。
口と胸から血を溢れさせ、それを潤滑油のようにして地面を這いずる。
もしただ永らえる為だけだったなら、彼もここまで執着はしなかっただろう。
だが答えを追い求めてきた六十余年の歳月と膨大な労力と資金が、この男をしてここまでもがき苦しませていた。
「少し……もう、少し…………」
少女が見せたのが愛ゆえの必然なら、十然が今見せているのは狂気ゆえの執念。
おそらく常人ならばとうに息絶えていたことだろう。だがそれでも、男はもがき続ける。
……が、それもいつしか終わる時が来る。
「あ…………」
体が、止まった。
まるで体内全ての血流が止まったかのように、鼓動と脈動が止んだ。
もう、何も見えない。何も聞こえない。
夜空に輝く星も、吹き荒れる風も。
唯一感じられるのは、こちらを見つめる八坂英人の視線のみ。
……そうだ。
これはあの時の、逆だ。
今度は私が見られながら、ただ一人死にゆくのだ。
今、私は彼の瞳にどんな風に映っているのだろうか――とても興味深いが、それを知る術はない。
「善」と「悪」を超え、「無」になりといという私の理想。
果たしてそれに近づけたのか? 遠のいたのか?
はたまた何一つ変わっていないのか?
――嗚呼、それすら分からぬままとは、
「…………………無念、だ――――」
そうして善でも悪でも無でもない、ただ一人の茅ヶ崎十然は、静かに果てた。
「……あまり、気分のいいもんじゃないな」
英人は目を伏せ、踵を返して少女の遺体を介抱しに向かう。
後に残るは答えを求めた男の死体。
それが描いた血の軌跡は歩幅ひとつにも満たなかった。
【更新日についてのお知らせ】
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これまでいただいてきた数々のコメントやフォローは大変励みになっております。
さて、これまで本作は長らく毎週水・土の週二回更新を原則としてきましたが、この度それを毎週土曜のみの週一回に減らすことを決断いたしました。
本当に申し訳ありません!
理由は生活環境の変化による執筆時間の減少です。
なんとか週二回を維持できないものか、とも考えましたがやはりこれからの生活の諸々を考えるとどうしても週一更新が限界という結論になりました(下手すれば週一ペースでも休載挟むかも、です……)。
繰り返しになりますが、本当に申し訳ありません!
その分これまで以上に面白い物語を提供できるように頑張りたいと思います!
話数にして290話以上、文字数にして120万字超。処女作でありながらここまで長らく連載できたのは、ひとえに読者の皆様の応援や叱咤のお陰です。
そして現在進行中の『新宿異能大戦』のいよいよ佳境を迎え、物語はいよいよあのプロローグのシーンに繋がる最終章へと突入していきます!
そこまでしっかりと物語を締めくくられるよう、私もこれまで以上に頑張っていきたいと思いますので引き続き応援の程、宜しくお願い致します!
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