新宿異能大戦56『原点観測』
――原点、というものが人にはあると言う。
曰く現在の自分を形作ったルーツのようなものであり、曰く現在の自分を突き動かす原動力のようなものであるそうだ。特に経営者やスポーツ選手、芸能人など所謂成功者にとってのそれが世間では殊更持て囃されているらしい。
具体例としては学生時代の経験、恩師の言葉、過去の挫折、故郷の風景etc.――なるほど確かに編集された番組を通してみれば、そういうものだと思えてくる。
では翻って自分自身の原点はどうだろうか。
いったい私という人間は何によって始まり、何によって突き動かされているのか?
……………………ひとつ、はっきりとした思い出がある。
そう、あれは五歳の頃。
「う、う”ぅうううう”――――!!
う”っ、う”うぐぐぐ……っ、あがっ!」
あの時私は初めて、「死」というものを間近で見た。
悲鳴にも似た呻き声、
流れる涙と涎。
真っ赤に染まっていく顔。
バタバタと忙しなく動く両脚。
場所は実家の裏山で、死因は首を釣っての自殺。
今となってはさして感動するものでもないが、五歳の私にとっては新鮮な光景だった。
多分、普通の感覚としては止めるか大人を呼ぶかするべきだったのだろう。
しかし私は見とれていた。
そしてもっと見たいと思ってしまった。
結局はそれが完全に動かなくなるまで、私も草葉の陰から動くことはなかった。
私の探求が始まったのは、まさにこの瞬間からだったように思う。
それから毎日、私はその死体の観察日記を付けるようになった。来る日も来る日も裏山の奥の奥まで行って死体が朽ちゆく過程を見続けた。
それはとても面白かった……と思う。
蛆がたかる姿も、腐り落ちる瞬間も、肉から骨が覗く隙間も。そのどれもが私にとって何物にも代えがたい代物に映った。
生命の神秘があるというのなら、死して腐りゆくことも又、神秘なのだろう。いつしか私は「自然」や「人間」をいうものにひどく惹きつけられるようになっていた。
そして幸福にも実家の裏山は、その興味を満たすのには最高と言っていい環境だった。
最初の死体を見つけてからしばらくして、二つ目の死体を見つけた。
おそらく死後丸一日も経っていない死体――ひとつ目くまなく観察してきた経験から、私はそう確信した。
私はすぐに手持ちの肥後守でその太腿を削り、食べた。何故なら、次見つけたらこうしようと決めていたから。
味は何とも言えない……いや、ただただ生臭かったな。血抜きをしていないのだから当然だったか。
それより、服に垂らしてしまった血を誤魔化すのが大変だった記憶の方が強い。とはいえ今も私の舌にはその時の感触と味が僅かに残っている。
…………味。
ああそう言えば、「思い出の味」というテーマでも取材を求められていたな――
――――――
――――
――
【――――ああ、】
新宿、上空約200メートル。
大都会の寒空の中、十然は刹那にも満たない気絶から復活した。
眼前では嵐と落雷と噴火が至近距離まで迫ってきている。もちろんこれは十然が繰り出したものではない。
…………いや、分かっている。
分かっているとも。
今、自分は押されているのだろう?
それも自分自身の力によって――――!
――――ドオオオオオオオオオオオンッ!
仮初の肉体に大災害が直撃した。
痛みはない。そもそも肉体は既に彼自身の核ではなく、彼の存在は今も拡大を続けている。自身の力と言えど物理攻撃など無意味だ。
しかし、
(……何だ、この不愉快な感触と状況は…………!)
胸に残る痛みのような感触に。何より、目の前の男に。
まず、刺されたタイミングがマズかった。
そもそも少女が都築美智子本人ではなかったという事実に驚き、まさに我に返った瞬間をやられてしまった。おそらく核をやられたせいか肉体ごと傷を消しても尚つかえるような感触が不快感を掻き立てている。
だが、それはいい。
そんなものは、己の不覚として甘んじて受け入れればいい。
それよりも問題は――
【八坂英人…………っ!】
――ゴオオオオオオオオオオオオッ!!!
豪雷と豪雷が空中でぶつかり合い、爆ぜる。
【……流石に本家に比べると、出力は少し分が悪いか】
煙が薄れその奥から姿を現したのは元『英雄』、
彼は先程までとは何一つ変わらない姿形で夜空に浮かんでいるが、纏う存在感と雰囲気はまるで違う。
まるで肉体など必要ないかのような希薄さ。
森羅万象全てと繋がっているようにすら思える広さと深さ。
【……何だ、その姿は……!】
拡大する意識の中で十然は歯噛みする。
それは『
今、八坂英人という存在は茅ヶ崎十然のそれとほぼ同一の状態だった。
【……何と言われても、見たまんまだよ。
こちとら真似だけが取り柄だ】
【それは承知している。
私が言いたいのは、そのあまりにもふざけた選択のことだ。
何故よりによってそれを選ぶ?】
【当然勝つ為だ。
嫌なら力づくで止めて見せろよ】
【――――!】
十然は間髪を入れず、上空に大量の水を発生させた。
それは地表およそ七割を占める最大質量の液体、海。さらには海底9000メートル級の超高水圧で固められた代物であった。
英人も即座に海水を発生させて対抗する。それらはまるで創世期のようなうねりを巻き上げて激突した。
地表どころかその遥か上空で波打つ海という光景。あまりにも荒唐無稽だが、今の彼等はそれすらも容易に操るだけの力を持っている。
とは言えそれでも本来の力を持つ十然に対し左腕に『再現』をしただけに過ぎない英人。
出力は完全に十然が上回っている筈である。
【――――!】
だが、押し切れない。
海も雷も溶岩も嵐も、その全てが巧みに受け流されて反撃される。まるで英人の方がずっとこの力を理解しているかのように。
経験の差なのか。
才能なのか
それとも名も知らぬ少女に死に感化されたのか。
様々な問いが脳裏を過るが、答えを出すこともなくすぐに切り捨てる。
今そんなものに露ほどの価値もない。それより八坂英人自身だ。
何故「善」の側にいる『
何故「善」の側にいる『
生まれ落ちてより六十余年、これほどまでに心待ちにした催しなどなかった。
「善」と「悪」の比率という自身がこれまで探求してきた真実の一端が垣間見えるかもしれないのである、当然だ。
だから金も労力も時間も命も惜しまなかった。それなりに手間を掛けた
結果、出てきたのが恥も外聞もなく「悪」の力を模倣する男の姿である。
【違うだろう、それは……!】
怒気を含んだ声が、夜空に響いた。
【仮にも『英雄』なら、最低限身に着けるべき分別がある筈だ……!】
そのまま周囲の空気が赤く変色し、熱を帯びていく。さらにそれは徐々に密集して球体へと形作られ、眩い輝きを放つ。
それは例えるなら、星。
まるでそれは怒りという感情を極限まで凝縮させたような、恒星だった。
【……これは、あまりにも当然で正当な報復だ。
掛けてきた時間と労力と資金と感情に見合うだけの、な】
高温の炎ほど静かに燃える――まさしくそれを体現するかの如く、その声は冷たく新宿の夜空を覆う。
【
それは、太陽表面にて発生する核すら超越する巨大爆発。
放出される莫大な熱エネルギー及びガンマ線、X線、荷電粒子は一切の生命の存在を許さない。
まさにその神の如き一撃が放たれようとした瞬間、
【――そこだ】
英人の左腕が、赤い星を貫いた。
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