新宿異能大戦64『悪の聖地』

 午前1時03分。

 新宿駅跡地北。


「…………すっげ」


 感嘆の音が、たつみの口から思わず漏れた。

 新宿を慮外の化物が覆いつくそうとしている。


「……はは」


 痛快だった。

 日本最大級の大都会が音立てて崩れていく景色。

 単に人やビルが呑み込まれていくのが面白いという訳ではない。

 これまで自分を上から押さえ込み、抑圧してきた全て――「常識」が崩壊していく様が、あまりにも爽快だった。


「ははははははははは!」


 花火の如く、夜空に向かって弾丸と砲弾の雨を巽は放った。

 今、かつてない程自分は興奮している。

 さらにそれを証明するかのように、『異能』はさらにその規模と凶悪性を増した。

 今なら核とは言わずとも、大抵の武器や物質は『創成』出来てしまうだろう。


 強くなったという事は、すなわち見下せる相手が増えたという事に繋がる。

 巽は思わず表情を綻ばせた。


「……この調子でまずは日本を征服するのが目的か?」


 その横で、ジェイソン=サリヴァンが神妙な表情で有馬に聞いた。


「んー?

 あーやっぱり同盟国としてその辺りはやっぱり気になっちゃう感じ?

 集団的自衛権、だっけ」


「もちろんそれもある。

 が、交渉というものの本質は詰まるところ妥協点の探り合い。

 これまでの価値観に固執せず柔軟な判断を下すことが何よりも重要だ」


「と、言うと?」


「言葉の通りだ。

 友好な関係を結べるのなら、我々はその相手にはこだわらない」


「ははははははは!」


 ジェイソンの言葉に、有馬は顔を上げて笑った。


「え、何それ!?

 じゃあ今日から僕がこの国の王様になっても良いってことなの!?

 太っ腹過ぎるって!」


「あくまで友好関係が結べたらの話だ。

 それに君の暴力と悪意がこの島からはみ出るようなら、我々としても看過は出来なくなる」


「あはははは! 大丈夫大丈夫!

 そんな心配しなくても、僕にはこの新宿だけで十分だから!」

 

 有馬はジェイソンの肩をバンバン叩いて言った。

 予想外の返答にジェイソンは思わず首を捻る。


「……?

 それにしては随分と手が込んでいるように思えたが」


「分かってないなー。

 さっきも言ったでしょ、僕がやりたいのはあくまで啓蒙。

 支配や抑圧なんて楽チンな単純作業じゃないよ」


 言って、有馬は新宿を囲む壁を指さした。


「あの壁、もちろん内外の出入りを阻む為のものでもあるけど、実はもう一つ、と言うより本来の機能があるんだよね。

 それは『魔素』を留め置く、って機能。

 そして今『異能者』たちの殺し合いによって大気には『魔素』が満ち、さらには『異世界あちら』との道も繋がったことによって追加でどんどん流れ込んできてる。

 つまり――」


「この新宿は『異世界』さながらの『魔素』濃度となるわけか」


「正確には『異世界あっち』以上だ」


 有馬は口角を上げ、笑った。


「……人の意識を変えるには、気付きが必要だ。

 そして気付きを与え続けるためには象徴シンボルが要る。絶えず人々の耳目と畏敬を集めてやまない、圧倒的な象徴シンボルが」


「……それがこの『魔素』の充満した新宿だと?」


「ああ。

 なんだかんだ人ってそういう目に見える物をありがたがる傾向があるからね。

 宗教ひとつ取っても偶像崇拝を禁止している所はあれど、聖地や祭壇のない所はない。

 いち動物であるヒトにとって、場所とはヒト以上に絶対普遍の価値観だ」


 言いながら、有馬は足元の小石を蹴とばす。


「さっきも言ったけど、この世界の『悪』は濁っている。それこそ『善』の価値すら歪めかねない程にね。

 だから僕は正しい『悪』を啓蒙しなければならない。

 『悪』だってこの世界には必要なんだと叫び続けなければならない」



「――だからこその『悪』にとっての楽園であり、聖地。

 僕はここをそういう場所にしたいんだ」



「――――!」


 ジェイソンは思わずたじろぎ、サングラスを直した。

 どう考えたって悪魔的としか言い様がない、狂気と悪意に塗れた計画である。

 しかし一瞬、それがまるで崇高な理想のように響いてしまったのだ。

 同時に彼がその実現に向けて努力する気高い理想家であるようにさえ。


「そりゃー思う所はあるかもしんないけど、世界に一つくらいそういう都市があってもいいじゃない?」


「そ、そうかもな……」


「はは。

 まー長々と話しちゃったけど、とりあえず世界征服とか考えてないから安心してよ。

 それより今はあくまでクリア報酬だよね……ほら、ここが入口」


 有馬が指し示す先には、人ひとり通れるくらいの穴が虚空に空いていた。

 やや毛色は違うが先程『魔獣』が溢れだした穴と雰囲気が似通っている。


「さ、早く通っちゃいなよ。

 その先のことは保証できないけど、まぁ君たちなら上手くやるでしょ」


「言われずとも上手くやるさ

 国益が懸かっていることだしな」


「巽くんは?」


「…………」


「ん?」


「………………はっ」


 有馬が顔を覗き込むと、巽は呆れたように鼻を鳴らした。


「いや、こう目の前にすると途端にどうでもよくなってきちまってな。

 『善』とか『悪』とか、世界とかさ」


「……へぇ」


 有馬は僅かに眉を上げた。


「結局、ムカつく奴等全員くたばって欲しいんだよ

 見下す奴、バカにする奴、偉そうな奴――全員、苦しみ抜いて死んでほしい」


「それが君の願いなんだ?」


「ああ。だって俺を蔑む奴等が平和な世界でのうのうと暮らすなんて絶対に許せねえだろ?

 だから全部ぶち壊す、全部ブチ殺す。

 俺を見下すバカが完全に消えるまで……!

 だから――」


 刀剣。

 機関銃。

 大砲。

 ミサイル。


 それら全てを前方に向け、巽は全力で目を見開く。


「邪魔すんじゃねぇよ、テメェ等ぁ!!!!!!」


 その先には『魔獣』の群れを抜けた、八坂やさか英人ひでと義堂ぎどう誠一せいいちがいた。

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