新宿異能大戦54『それは自然な成り行きだった』
お待たせしました、修正版54話です。
主に後半部分を大きく書き換えております。
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「どういうことなんです……?」
僅かに震える声で、義堂は尋ねた。
その三文字の意味する所はもちろん合衆国中央情報局だろう。他にあろう筈もない。しかし問題はそのCIAの人間がわざわざ100ポイントを稼いで『新宿異能大戦』をクリアしてしまったということ。
いったい何故――義堂の脳裏には大国の思惑という名の陰謀が俄かに浮かび上がった。
「どうもこうも、言った通りだ。
もう一度言った方がよかったか?」
「…………!」
一転して冷めた口調で返すリチャードに義堂はさらに詰め寄ろうとしたが、堪えた。
この状況で仲違いしらた敵を利するのみである。責務を負う以上感情を先走らせるのは許されることではなかった。
「そもそも今のもリップサービスのようなものだ。状況を鑑み、私自身の親切で言ってやったまで。
当然だが同盟国といえど開示できない機密などいくらでもある。
『親しき仲にも礼儀あり』、だったか?」
「だったら礼を欠いているのはアンタらの方だろう、リチャード。
こっちは街まるごと地獄にさせられてんだ、その上火事場泥棒なんてこっちが見過ごすと思うか?」
「…………」
「いいから今からする質問に答えな。
そのジェイソンとかいう奴、今どこで何してんだい?」
しかしリチャードはそれをひらりと躱すように「やれやれ」と腕を振り、
「だから機密だと言っているだろうに。
そもそもクリアしたという事実はあったからといって、その動機や原因が決まったとは言えまい。
迫りくる『異能者』たちを返り討ちにしていたらいつの間にか達成してました、なんて普通に有り得そうな話だろう。違うか?」
「へぇ、なら実際にそういう報告を受けているのかい?」
「似たような質問を何度も繰り返すとは君らしくないな、純子」
視線が交差し、空気が張りつめる。
ただ一人赤天だけが興味なさげにひとり棒遊びと洒落こんでいるが、明らかに一触即発の状況。
「リチャード・L・ワシントン」
義堂は再びリチャードを睨んだ。
「何だね?」
「貴方ひいては合衆国にとっても、『サン・ミラグロ』は排除するべきテロリスト……この認識は変わりませんね?」
「もちろん」
即答する様子に僅かに眉を
「おや、追及は終わりかい?」
「現状における最優先はあくまで有馬ユウです。
彼の元に辿り着く前に確保すれば問題ありません……たとえクリア者が誰であろうと」
そのまま義堂が駆けようとした時、これまでにない爆音が鳴り響いた。
振り向くと、その方向は新宿茅ヶ崎ビル。
「……佳境だな。確かに急いだほうがよさそうだ。
先陣を切るなら援護は私に任せ給え」
そう言って、二丁拳銃を構えるリチャード。
義堂は返事すらせず駆け出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午前0時31分。
新宿茅ヶ崎ビル屋上。
【――ほう、立て続けに二人目か。
思ったより早いな】
アナウンスに耳を傾けながら、感心するように
依然としてその肉体には存在感は欠片もなく、空気のように希薄なまま。
【さて、聞いての通りだ。情勢は目まぐるしく変わりつつある。
後の祭りにならぬよう我等も急ぎ決着を着けねばならならない――違うか、元『英雄』?】
その虚ろな視線の前で、英人は片膝をついて息を切らしていた。
「……確かに、同意見だな。
さっさと倒して次に行かなきゃならない」
【そうだ。だが如何とする?
確かに君の力は強大だ、この状態の私にすら甚大なるダメージを幾度となく与える程に。
だが分かるだろう、そんなものには何の意味もない。
どんなに破壊したとて、自然は死にはしない。ただ形を変えて永らえるだけだ】
「……俺の相手は自然じゃない。
口に溜まった血を吐き捨て、英人は立ち上がった。
その瞳に宿る闘志は些かも衰えていない。その様子を見、十然は落胆したように目を細めた。
【一人の人間。
なるほど確かに間違いではない……が、もはや正解でもない。その程度の
「おおおおおおおおおおおおっ!!!」
英人の姿が消え、右拳が十然の鳩尾に突き刺さった。
異世界におけるドラゴンすら打ち倒しうる拳撃――それは人体如きを容易く消し飛ばし、さらにその前方100メートル超にわたって凄まじい衝撃波をまき散らした。
――――ゴオオオオオオオオオッ!!!
たった一発の拳で空気が割れ、暴風が巻き起こる。
【――うむ、素晴らしい。
これは効いた】
だが。
それほどまでの一撃を以てしても、
【……で、次はどうするのかね?】
茅ヶ崎十然の肉体は何事もなかったかのように再び英人の眼前に再構成された。
「…………!」
【どうした、早くしてくれ。
急いでいるのだろう?
ならばなおのことより強く、より速く、より重い一撃を君は早急に放つべきだ。その極限まで練り上げられた体力と精魂を一滴残らず絞り尽くして。
それを完全に呑み込んでこそ、私は君に勝ち得る】
その唇の震える音すら、よく聞こえる。
もはや間合いは一歩にも満たない。
「八坂、先生……!」
後ろからは、己の身を案じる生徒の声。
確かに倒しようがないなら勝ちようもない――もはや誰が見ても形勢の不利は如何ともしがたい状況となっていた。
「…………っ」
背中が僅かに軋むのを感じた。
使用者本人でない以上、際限のない『強化』はいずれ自身の肉体に牙を向く。分かり切っていたことだ。
「さぁ早く最高の一撃を叩き込め、『異世界』の元『英雄』よ。
そして決着を着けよう」
再び来る催促。
しかし、次はどこに拳を放てばいいか分からない。
極限まで『強化』された第六感すら結局は彼の本体を特定するにいたらなかったのだ。闇雲に攻撃しても消耗するだけなのは明白である。
「……くっ、うおおおおおおおおっ!」
英人は再び『強化』された拳を振り上げた。
今の自分にとって最高の一撃――思い当たるのはただ一つ、それは『
だがあれは消耗が大きい。出来ればこの後に控えた有馬戦に取っておきたい……が、最早そうも言っていられない。
英人は声を張り上げ懐の『聖剣』に尋ねた。
「おい!
森羅万象を斬ったことはあるか!?」
『はっは、禅問答みてぇだな』
「いいからさっさと答えろ!」
『そんなもん、斬ってみなけりゃ分からんよ!』
「よし!」
英人は飛翔の力を『再現』したまま『聖剣』を抜いた。
未だ十然の核は知覚出来ない。が、今はこれを叩き込むしかない。
「『
『聖剣』から、光の奔流が放たれた。
【いかん――】
それは魔族の王すら滅した破魔の極光。
その威力と密度は大自然すらも容易く消し飛ばす――
【…………本当に、いかんな。
まるで響かなかったぞ、元『英雄』】
筈だった。
「な……!」
なおも夜空に響く抑揚のない声に、英人は愕然とした。
『聖剣』の一撃が、まるで聞いていないのである。というより、当たった感触すらなかった。
(『聖剣』でも、奴を捉えられないのか……!)
【……失望した。
『聖剣』の一撃、それは善の最たるものではないのか? ならば何故、私ごときを傷つけられない?
これでは私の求める解がますます遠のくではないか】
冷や汗を頬に伝わらせる英人を余所に、十然の言葉は続いた。
【ずっと、私は答えを追い求めてきた。
善と悪、この相反する二つの概念に果たして黄金比は存在しうるのかと。
あらゆる哲学、思想を取り入れて考えてきた。実際に試行錯誤も続けてきた。
そしてようやく出会ったのだ。
私は喜んだよ。君と全力で戦えば、その答えの一端を掴めると確信していたからな。
だが、結果はこの有様だ。
息子の件といい、どうして君はそうまで私の期待を裏切る?】
「息子……?」
渾身の一撃を防がれたショックを押さえながら、英人は何とか言葉を返した。
【あれはまさしく典型的な放蕩息子だった。
親の威光を笠に着、他者を傷つけることに躊躇はなく、自身の欲望を満たす為ならなんでもする――――そうなるよう、一から丁寧に
殺せばすなわち「善」となるように、な】
「………………は?」
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。
わざと息子をクズに育てた?
それも、いつか殺される為だけに?
まさか自分が殺す為に息子を作ったというのか?
次々と湧き上がってくる思考に思わず脳がパンクしそうになる。
【――ずっと、私は無になりたかった。
そして私が思う無とは、善と悪が絶妙な比率で混ざりあった境地――すなわち
焦燥する英人の前に何体もの肉体が現れる。
全てが本物で、全てが抜け殻。それらは代わる代わる口を開き始めた。
【何故、零がよいのか? それは自然を見ればすぐに分かる。
水が高きから低きに流れるのを見ろ。
風が高気圧から低気圧に向かって吹くのを見ろ。
そう、自然は得てして平らになりたがる、元に戻ろうとする。
つまり自然とは
そしてかくいう私もまたその中の一つに過ぎない】
【だから無になろうともがくのは、ごくごく自然なことだった。
……思えば、昔から何でもした】
【年寄りに、席を譲った。
妊婦の為にタクシーを手配した。
友人の為に徹夜で勉強に付き合った。
心臓発作で倒れる人を介抱した。
会社を起こして環境問題を解決した。
あらゆる団体に多額の寄付を行った。
そして父として、放蕩息子を自らの手で殺そうと思っていた】
【迷う年寄りに、まったく別の道を教えた。
急に産気づいて倒れる妊婦を、長時間放っておいた。
罪をでっち上げ、友人を退学に追い込んだ。
理由もなく人を殺した。
現地の武装組織に金を送り、わざと紛争を起こさせた。
国際テロ組織に入り、多額の資金を援助し続けた。
そして父として、息子をわざと屑となるよう育てた】
【しかし善行悪行を積み重ねようと、その正確な比率が分からなければ零に至ることはない。
だから私は知りたかった。
君と戦えば、それが分かると思っていた】
【【【【【【――残念だよ、八坂英人】】】】】】
放たれた言葉はあまりみも暗く、重く、そして無味乾燥だった。
「…………うる、せぇ……っ!」
『無駄に話なんか聞くんじゃねぇ、後輩。
引き込まれて負けるぞ』
「分かってる……!」
英人はよろめきながら『聖剣』を構えた。
光明は未だ見えないが、だからと言って手を止めればそれこそ一巻の終わり。
たとえ闇雲でも剣を振り続けるしかない。
【ダメだな、それでは。
そのように焦燥した状態では最高の一撃など望むべくもない】
【鑑みるに気分の問題か?
ならば私が少々手を貸してやろう】
肉体の一つが、ゆっくりと手を伸ばす。
その先にいるのは磔にされた
「まっ――!」
その十然につかみかかろうとする英人。
しかしそれは僅かに口角を上げ、笑った。
【こちらではないよ、元『英雄』】
「――――っ!」
英人は瞬時に振り返った。
しかし物理的に開いた距離が残酷に立ちはだかる。
そうだ、人質に取られている以上、こうなることは簡単に予期できたはずだった。
茅ヶ崎十然は普通の感性を持った人間ではない。たとえどんな状況であろうと、こういう手段を取ることは文字通り自然なことではないか――!
回転した視界が止まり、背後の光景が映し出される。
「――――あ”っ」
美智子が、刺されていた。
秘書と思しき女が、美智子の胸を、ナイフで深く深く刺していた。
「………………み、」
【うむ、いい刺しっぷりだ】
「美智子……ッ!」
【後のことは私がやっておく。
君は下がってクリスマスを楽しみ給え】
「美智子おおおおおおっ!!!」
聖夜の屋上に、元『英雄』の雄叫びが鳴り響いた。
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