新宿異能大戦52『森羅万象我に在り』
「おおおおおおおおおおっ!」
男の咆哮が、新宿の夜空に木霊する。
先手を取ったのは英人、その初手は『エンチャントライトニング・フルボルト』からの正拳突き。まさしく彼の十八番だった。
音速に迫る速度の攻撃に、自然互いが共有する時間は極限まで圧縮される。
「ほう――!」
が、
彼はまるで子供のように目を輝かせ、初めて見る光景を眺める。
「『
さらには喜びと興奮のまま、彼は左手を前へと向け、
「『
次の瞬間、その掌からは雷鳴が轟いた。
――ドッ、ゴオオオオオオオオオッ!!
「ぐ……ッ!」
突如雷撃した落雷に、英人の体は急ブレーキを掛けられた。
直撃こそしてしまったが、所詮は掌から出たサイズのもの。衝撃は大きくともその威力は小さい。
だが問題はそこではない。これまで雷魔法を多用してきたからこそ、英人は直感的に気づいてしまった。
今食らったのは『魔法』や『異能』で作られた雷撃ではなく、
「本物の、雷……!」
「理解が早いな。
そう、私の『
――ゴオオオオオオオッ!!!
「くっ!」
今度は右手から目を塞がんばかりの突風が吹き荒れた。
時折、直径一センチにも満たないサイズの礫が体を打つ。
(射線上に鉢植えやアクアリウムの類は置いてない……!
突風で飛ばされる石も、自然現象として奴の掌から出ているのか!)
「『
戦い方を変える必要がると素早く判断し、英人は左腕を土属性を司る上級魔導士のものへと『再現』。
詠唱破棄で簡易なコンクリの塁壁を築いて風を防いだ。
「流石に多芸だな……だが、」
「遅い!
『
十然も何やら繰り出そうとするが、それを許す八坂英人ではない。
左拳を握って詠唱するとたちまち周囲の床や壁が変質変形し、十然を綺麗に取り囲んで閉じ込めた。
「……確保」
一気に静寂に包まれた室内で英人は小さく呟いた。
トップクラスの魔導士による土魔法は、その物質すらも大いに変容させる。
いま茅ヶ崎十然を囲む石牢はダイアモンド以上の固さに加えて相応の柔軟性を持たせた『異世界』においても最上級に堅牢なもの。
並大抵では、傷つけることすら叶わない。
(そう、そのはず。
だが……!)
英人の頬に一筋の汗が伝った。
殺しはしてないが、手は抜いていない。最大限の力と手段を以て彼を確保した。
しかし同時に数多の死線を潜り抜けた直感が、一つの疑念を過らせる。
――
英人が僅かに顔をしかめた時、
「……安心しろ。
その不安と期待に、私は応える」
答えるような声が、石牢の中から響いた。
「――『
その詠唱はまるで凪のように静かで抑揚がなかった。
英人はさらに拳に力と魔力を込め、石牢を強化する。
しかし、
――サアアアアアアッ
「な……っ」
石牢はまるで幾千年の月日が経過したかのようにひび割れ、音を立てて崩れ始めた。
【――驚くこともあるまい。
風化もまた、ごくありふれた自然現象だ】
その声は、脳内に直接響いていた。
どこから発せられたかは、分からない。何故なら石牢の中には誰もいなかったからである。
【――ああ、見えるようにしなければ駄目か。
これは済まない】
言って、石牢の跡地に人の肉体が浮かび上がる。
現れたのは平均的よりもやや大きめの体格をした六十代男性――それは間違いなく人間の茅ヶ崎十然だった。
完全記憶能力によって記憶した彼と比較した上で出した結論であるのだから、本来疑う余地などない。
だが、
(違う……!
ガワは同じでも、その存在感はまるで……!)
英人は反射的に『看破の魔眼』を再現してその姿を見る。
そして再び驚愕した。
魔眼が、彼を認識しないのだ。
視線ははっきりとその肉体を捉えている筈なのに、虚空を見ているかの如く僅かの反応も示さない。
そう、今の彼には肉体こそあっても存在感のようなものが完全に失われていた。
「…………どこにも、いないってのか……?」
八坂英人は熟練の戦士である。その戦歴の中には姿を消す相手との戦闘も勿論含まれる。
だが見えている筈なのにそこにはいない――そんな冗談みたいな敵は初めてだった。
【それは買い被り過ぎだ、元『英雄』。
まだまだ私も個という器から抜け出すには未熟すぎる。
ただ少々茅ヶ崎十然というものの解釈が広がった……それだけのことだ】
ただ見えるだけの肉体は無表情のまま言い、祈る様に右手を上げる。
瞬間、先程とは比べ物に成らない程の落雷が社長室全体を包み込んだ。
「く……『
英人は石牢を生成して即座に自身を取り囲み、雷撃から身を護る。
しかし数秒もしないうちに石牢は再び崩れ去ってしまった。
【抗うな。
この世に循環はあっても逆行は有り得ん……人も同じだ】
「う……………っ!?」
そして今度は全身から力が抜け、思わず膝をつく。
感覚から言って、毒や痺れ薬の類ではない。恐る恐る自分の腕を見てみると、
「老化か……!」
まるで己の物とは思えない程に皺と染みが刻まれていた。
「『
英人はすぐさま元の体を『再現』して立ち上がる。
だが急速な老化は止まらない。やむなく英人は『再現』を一定間隔で発動させながら距離を取った。
(……まずい。
これじゃ近づくことすら……!)
しかし、このまま手をこまねいているわけにもいかない。
英人は虚空より『
「『
それは傷の再生すら拒む、一転集中の超高圧水流。
その速度と貫通力は幽体にすら致命的なダメージを与える代物である。
【――凄まじい、な。これが
さながら自然の脅威をそのまま凝縮したかのようだ】
しかし十然は表情ひとつ崩すことはなかった。
むろん、肉体には風穴は開いている……が、ほんの僅かでもダメージを与えたという手応えがまるでない。それこそ虚空を穿ったかのよう。
ミヅハを水壁の展開に割いているため最大出力でこそなかったが、それを差し引いても異常だった。
――ドッ、ゴオオオオオオオオオッッ!
「――――っ!?」
そして今度は、フロアのあちこちから灼熱の半液体が噴き出す。
噴火――それは自然界の中でもまさしくトップに君臨する脅威。まさしくそれを誇示するかのように、溶岩の波はたちまち英人の身体を飲み込んだ。
【少し、やり過ぎたか……これでは後日の業務に障るな……。
とはいえ、】
「『
【相手が本気なら、それも止む無し!】
「『
『強化』を何重にも重ねた拳が、十然を象った肉体を貫く。
物理的な感触はある。しかし手応えに関しては全く別。
腕を振ると、肉体は真っ二つに裂けて血と臓物が飛散した。無論そこには命や魂などと言うものはない。
既に床は足首の辺りまで溶岩で満たされている。が、絶えず『強化』される体には全くの無意味。
(それに予想通り、飛翔レベルの『強化』なら急速な老化も食い止められる……!)
眼前に迫るは、雷撃と疾風。
極限まで凝縮された感覚の中英人は静かに息を吸い、
「らあああああああああああああっ!!」
ただ一つの拳で、その全てを跳ねのけた。
【凄まじい、練り上げられた拳は風雷すら撃つか!】
「――――、そこだっ!」
十然の言葉に答えることなく、英人はノーモーションで跳躍し一気に社長室の外――上空150メートル付近まで距離を詰めた。
そして極限まで研ぎ澄まされた直感は十然の気配――正確には周囲よりもほんの僅かに濃くなっている存在の感覚を突き止めた。
「おおおおおおおおおおっ!」
【気付くか!
いや、これは私自身の未熟か!】
空中で、衝撃と衝撃がぶつかった。
「また会ったな、茅ヶ崎十然!」
【想像以上だ、八坂英人!】
空中で再び十然が形作られ、両者の拳がギリギリと音を立てて軋み合う。今度の体は肉ではなく金属で構成されていた。
「らああああああっ!」
【むぅっ!】
『強化』の連続に、自然の猛襲。
互いの放つ衝撃はすぐに臨界点に達し、両者は勢いよく吹き飛んだ。
「つ……!」
英人は素早く体制を整え着地すると、そこは茅ヶ崎ビル屋上。
顔を上げると、そこには磔にされた生徒の姿があった。
「
その言葉に少女は無言ながらも気丈に頷く。
英人が安堵で僅かに表情を緩めると、
『――緊急連絡、緊急連絡。クリア者情報が更新されました!
記念すべきその一人目は、
プレゼントがございますので、至急ステータス画面に通知された場所まで赴きゲームマスターへと接触してください!』
けたたましいサイレンと共に、新宿全体にアナウンスが響き渡った。
「山北、巽だって……?」
【――ほう。
ようやく出たか、100ポイント達成者が】
怪訝な顔のまま振り向くと、十然の肉体が音もなくそこにいた。
おそらくは移動したのではなく、英人の後ろで再構成されたのだろう。
「景品は『異世界』行きだったか。
笑えん冗談だ」
【冗談すら真実となるのが悪魔の恐ろしさだ。
それより分からんか】
「何がだ?」
英人が返すと、十然は目を細めて口角を上げる。
【ようやく開かれるということだ。
『異世界』への扉がな】
今や森羅万象と化した男は、心底喜ばしそうに嗤った。
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