新宿異能大戦㊵『正義という名の好敵手』

「やぁ。

 確かギドウセイイチ……だったかな? 元『英雄』の友人の」


 紅き髪をはらりと振り、フェルノは軽々と地面に降り立った。


 十数メートル以上の高さだというのに、顔色一つ変えた様子すらない。

 見た目こそ麗しい人間の美女。だが確実にそれは人外と言えた。


「ああそうだ。

 ……加勢、してくれるのか?」


「芳しい『戦火』の匂いに釣られて来たはいいものの、今度は出られなくなってしまってね。

 この『悪魔デビル』の力を宿した連中を叩きのめせばいいのだろう?」


「どういう原理で新宿が封鎖されているかは不明だが、主催者は彼等だ。

 倒すに越したことはない」


「そうか、ならば利害は一致したな」


 フェルノは髪をかき上げ、ヴェガの方を見た。

 人のカタチをした炎は、静かに燃え盛っている。


「……『異世界』からの迷い込んだ『魔族』ですか」


「正確には好物の匂いを追ってたらいつの間にか世界を渡っていた。

 迷ったのではなく、辿り着いたという表現が正しい」


「成程。

 しかし『魔族』だというのなら、わざわざこの世界の人間に義理立てすることもないでしょう。

 聞くにここから出る方法を探している様子。

 もし介入を止めて下さるのであれば、私の方から脱出の手筈を整えさせて頂きたいと思うのですが……如何でしょう?」


 ヴェガは微笑み、静かに頭を下げた。

 フェルノが自身の目的を話した以上、確かにここは戦闘よりも交渉が最適解と言える。

 義堂は内心焦ったが、相手は『異世界』の『魔族』。下手に口を挟めば藪蛇にもなりかねない。


「そうか――」


 ふむ、と顎を押さえるフェルノを義堂は注視した。

 彼女の返答如何では、形勢は圧倒的に不利になる。


 焦りの汗を伝わせつつも、義堂は腹を括る。

 しかし、


「だが全然ダメだな!」


――ゴオオオオオオオオッ!


 その返答は炎と共に返された。


 煌々と輝く炎は一直線にヴェガへと向かい、その身を包む。

 しかし炎に炎。

 今や炎の化身と化したヴェガは軽く手を払っただけでそれを飲み込んでしまった。


「……拒絶、ですか

 一体なぜ?」


 明らかに失望の混ざった表情でヴェガは言った。


「義理立てすることはない、と言ったな? 舐めるなよ! 

 この世界に来てから数ヶ月、私とて立てる義理くらいはある!

 貴様、この私に不義理をしろと言うか!」


「いえ必ずしもそういうわけでは、」


「それともう一つ!

 貴様、見ていて普通に不愉快だ!

 大味な炎といい、餌ならまだしも手を組むなど我が一族の恥にしかならん!」


――ゴオオオオオオオオッ!


 再び炎がヴェガの身に迫る。

 力を込めたのだろうか、先程よりも威力が強い。


「――成程、」


 しかし対するヴェガは、何をするでもなくただ立ち尽くしていた。

 だがゆっくりと瞼を開き、


「やはりただの獣に、慈悲は理解できませんでしたか」


 瞬間、炎の身体が、迫る炎を焼き落とした。


「……驚いた。

 ここまでやる人間なんて、元『英雄』くらいだと思っていたよ」


「慈悲は怒りと表裏一体です。

 拒絶するというのなら、私は怒りの業火で貴方を焼くしかない……!」


 炎が、さらに勢いを上げて燃え上がる。

 その明るさと熱さと凄まじさはまるで爆心地のよう。近づけば即ち死であると本能が叫んでいる。


 でも、やるしかない。

 義堂は一歩前に出た。


「……奴の炎、どれだけ吸える?」

 

「これでも一族有数の大食いだという自負はある、それなりにいけるさ。

 ……が、さすがにあれだけの量となると食事に注力しないと厳しい」


「分かった。なら俺が前線に出る。

 フェルノ=レ―ヴァンティア、貴方は炎の吸収に専念してくれ!」


 それだけ残し、義堂はヴェガに向かって吶喊した。


「来ますか、義堂さん!」


「おおおおおおおおおおおおっ!」


 義堂は吠えた。

 一メートル進むごとに、鎧越しでも温度が上がっているのが分かる。

 ここからは忍耐の勝負。

 己の意地と、奴の狂義。どちらが先に燃え尽きるか。


「ははっ、顔に似合わず直情的な御仁だ!

 いいだろう、今日は喰って食って喰いまくる!」


 嬉々とした笑顔を浮かべ、フェルノが炎を吸った。

 その後からは、人差し指を構えるヴェガ。


「『煉獄の裁きプルガトリオ・フィーシオ』!」


「『十四式・不動剛体ふどうごうたい』!」


 発動したのは、直立している間自身の耐性を高める『異能』。

 義堂は腕を交差させてヴェガの攻撃を耐え忍ぶ。


「ぐっ……く……っ!」


 受けた時間は、僅かに刹那。

 しかし既に腕の感覚が定かでない。


(だが、それがどうした!)


「あ”あ”、あああああああああぁぁぁぁっ!」


 しかし、どんな力であれ最後の最後で物を言うのは根性。

 義堂は気力だけで腕を振り上げ、熱閃を弾く。


「『二十八式・丹羽にわ破り』!」


 さらにそのまま距離を詰め、全力の拳を見舞った。


(――! 

 炎の身体だが、当たった感触は微かにある!)


 右の拳を振り抜きながら、義堂はさらに左の拳でヴェガを追撃する。

 あまり効果がある感じではなかったが、当たっているという感触さえあれば十分。

 このまま殴り続ければ、いつかは倒せる。


「くっ、やりますね!

 その甲冑の効果ですか……ならば!」


 だが、それを許す第二位ではない。

 ウェガは熱波を放出しようと全身に力を込める。


「フェルノ=レ―ヴァンティア!」


「分かっているとも!」


 しかしその直前に、フェルノがその熱気を吸って無効化した。


「くっ……!」


「まだ!

 『七十三式・振動波鳴しんどうはめい』!」


――ドオオオオオオオッ!


 それは、全身に自由に振動させる『異能』。

 全霊の振動を込めた拳は、炎を抉ってヴェガを貫いた。


「が……っ!」


 炎によって形作られたカラダが揺らめき、後方に吹き飛ぶ。


 炎のカラダ故、地面や瓦礫にぶつかる痛みはない。

 ただ義堂誠一の放った拳の感触だけが、染みるように全身に伝わっていく。

 そして同時に心を駆け巡る、まるで指先だけが引っかかるようなあまりにも儚い死と敗北の予感。


「素晴らしい……!」


 ヴェガは笑った。

 慈悲ではなく、悦楽から来る笑顔を浮かべた。


「人と、人外がああも見事に連携して……!」


 ヴェガは身体を起こし、敵を見た。


 正面では、義堂誠一がこちらに真っすぐ向かってきている。

 『火竜サラマンダー』という『異世界』から来た人外と共に、脇目も振らずこちらを見据えて。

 つい先程までその瞳は絶望に染まりかけていたというのに。


 ヴェガは視線をさらに後ろに移した。


「ああヴェガ様!

 今お助けします……!」


「馬鹿、そっちに向かうな! 死ぬぞ!

 一緒に来るんだ!」


 警官たちが自身に縋る信徒たちを一生懸命引っ張っている姿が見えた。

 彼等も自らの命が惜しいであろうに、ああも額に汗を掻いて目の前の命を護ろうとしている。


「離せ!

 そもそもお前たちは敵だろう!?

 何故我々に構う!」


「舐めんじゃないよ!

 私たちは警察官、元より犯罪者に構うのが仕事だ!」


足立あだち、そっち側にいる連中も早く連行するんだ!

 一秒でも時間を作れば、その分義堂が活きる!」


「はい!」


 彼等の中に、無傷の者は一人もいなかった。

 それでもなお、敵である信徒たちにすら己が職務を忠実に遂行している。


「これもまた、正義……!」


 ヴェガはさらに笑った。


 これまで彼はずっと、小悪を殺し、小善を従えてきた。

 だからこそ真の正義はひと目で分かる。


――戦いたい。


――彼等と本気で戦って自身の正義が真に正しいのだと、確かめたい。


――だから、その為には――!


「私はただ、正義になる……!」


 そのカラダから舞い上がったのは、歓喜の炎だった。


 正義という、初めての好敵手。

 だからこそフランシスコ=ヴェガの闘志はかつてないほどに燃えていた。


「……種族柄、目は肥えている。

 しかしそいつを差し引いても、これは凄まじい……!」


 被害を考えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの炎を目にし、フェルノの頬に汗が伝う。


「避難はギリギリ、間に合ったか……」


 対する義堂は、安堵していた。

 おそらくはヴェガの奥の手であろうこの炎の前では、フェルノによる援護も限界がある。

 だから繰り出されるのが、仲間たちの撤退が済んだ今で良かった――それは嘘偽りない義堂の本音だった。


「貴殿……」


「少なくとも、これで全力で戦える。

 いや、今も全力ではあるのだが」


 フェルノは僅かに目を見開いて義堂の横顔を見る。

 そして少しだけ俯いた後、


「……ギドウセイイチ。

 貴殿に『神器』を手にするだけの気概と器はあるか?」


 覚悟を決めた表情で、言った。

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