新宿異能大戦㊶『誠義の男』

 『異世界』に住まう『魔族』のひとつ、『火竜サラマンダー』。


 炎を主食とし、火山地帯に好んで居を構えるこの種族は古来より平原との交流を極力断ってきた。

 他の『魔族』とも慣れ合わず、かといって人間とよしみを通じるわけでもない。


 千年前の第一次魔族大戦の時も、二年前の第二次魔族時も。

 『異世界』でどのような戦乱が起ころうと、彼等は誰にも与することなく静観を保ってきた。


「――何故だと思う?」


 午後11時45分、代々木。

 目が焼けるような大炎を眺めながら、フェルノ=レ―ヴァンティアは呟くように言った。


「……戦いを好まないからか?」


「まさか。 『火竜サラマンダー』ほど戦を好む『魔族』もいまい。

 戦いの際に出る炎――『戦火』を何より好むからな。

 我らにとって食事と闘争は同じだ」


「では何故」


 フェルノは小さく笑い、自身の胸にそっと手を置く。

 するとその身体は俄かに燃え上がり始めた。


「戦いは好んでも、破滅は好まなかったからさ」


――ゴオオオオオオオオオッ!


「過ぎたる力は、濫用すれば必ず破滅を呼ぶ。

 『神器』を代々管理してきた我ら一族にとってその言葉はカビの生えた警告ではなく、実体のある危機感だった。

 だからこそ、我々は歴史の表舞台に立つことをよしとしなかったのさ」


 炎が、煌々とフェルノの全身を包む。

 弱まる気配すらないその勢いは、まるで自身をそのまま焼きつくすかのようだった。


「そして『火竜サラマンダー』の歴代当主には、その標としての役割が与えられている。

 それは『神器』を持つ者を見定め、託すというものだ。

 ……まぁ私はまだ当主ではないのだが、そこは遺産の前借ということで」


「託す……?」


「いま一度聞こう。

 ギドウセイイチ、貴殿に『神器』を振るう覚悟はあるか?」


 その横顔は、炎に包まれて既に見えなかった。

 だがそれでも義堂には分かった。

 彼女が今、自らの誇りと身命を懸けてそれを問うているということを。


「……覚悟があるかどうかは、分からない。

 現にいま俺はこの鎧すら持て余している」


 だからこそ義堂は偽ることなく真実を言った。

 それに応えるにはこれしかないと思ったから。


「でも進むべき道は、今はっきりと分かった。

 護るべきものも、目指すべき背中も、共に戦う仲間たちも。今俺の目にはその全てが鮮明に映っている。

 ……後は真っすぐ走り続けるだけだ」


「――フッ、いいだろう。

 ならばこれを携え走るがいい」


 その言葉にフェルノは微かに笑い、炎に溶け込むようにして完全に消えた。


「――其に宿りしは、神すら灼く根源の炎」


 そのまま静寂が数舜、厳かにそれは始まった。


 フェルノの声が、空気を震わし周囲に響く。

 炎はまるで力と熱を溜め込むようにより静かになっていく。


「其が生み出したるは、誇り高き我が一族。

 其を鍛えしは、原初の英雄。

 ひとたび振るえば大地の果て、大海の際、大空の彼方、その悉くを焼き払わん。

 その名も――」


 炎が、どんどん小さくなる。

 でも反比例するかのようにそれは急激に密度を増していって――


「『炎神ノ滅刀カグツチ)』――!」


 いつしか義堂の手には、一振りの日本刀が握られていた。


「これ、が……」


 義堂はゆっくりと持ち上げ、その刀身を見た。


 それは奇を衒った所の無い、綺麗な反りをしていた。

 だがその存在感の強大さは、他と比べるべくもない。

 まるで触れたらたちまち焼失しまいかねない程の静かな熱気が揺らめいているようだった。


 義堂は滅刀をそっと下ろし、今度は己が敵をしっかりと見据える。


「――――」


 つい先刻まであれほど雄弁だった炎は、今やひと言すら発さずに佇んでいた。

 しかし火炎で成り立つ肉体は、さらに爆発的に燃えている。


「…………」


 真なる正義に言葉は不要。

 だからこそ最早何も喋らないのだろう。

 何も示さずとも、誰も導かずとも、悪さえ燃やせば彼にとっては即ち正義なのだから。


「……でも俺はそこまで捨てられないし、見過ごすこともできない。

 だから、」


 ヴェガが、動き出した。

 ゆっくりと上げた掌の先からでた炎は静かに、だが凄まじい速度で一直線にこちらに向かってくる。


 義堂は目を閉じ、構える。


「――『滅刀めっとう阿吽炎掌あうんえんしょう』」


 最初の技はまるで息をするかの如く自然に繰り出された。


 刹那の間すら置かず義堂の両側から大炎が巻き起こり、迫る炎を左右から包み込む。

 それは一切の慈悲すらない炎の掌。

 ヴェガから放たれた炎は全て、その中で焼き消えた。


「――――!」


「『二十八式・丹羽にわ破り』!」


 驚いたように佇むヴェガに対して一気に間を詰め、義堂は刀を振り上げる。

 対するヴェガも己が右腕を炎の刃と化し、その刀身を受け止める。


――ゴオオオッ!!!!


 瞬間、凄まじいまでの熱気と炎が広がった。


「おおおおおおおおおっ!」


「――――ッ!」


 鍔迫り合いの音と共に、常に何かが蒸発する音が響き続ける。

 現世の炎と、異世界の炎。

 二つの火力が合わさる衝撃は、さながら星の誕生の如き光と熱を放った。


「――――!」


 ヴェガの目から、熱戦が放たれた。

 義堂は身をよじって寸前の所でそれを躱す。


「っ、はぁぁっ!」


 そのまますかさず斬りかかった。


 最強の武器と鎧によって、現状は攻防共に義堂の方が一枚上手である。

 しかし、最大の懸念点が一つ。

 それは義堂自身が生身の人間であるということ。

 いくら『無双陣羽織むそうじんばおり』によって護られていたとしても、この苛烈な環境においては活動限界があるのだ。

 というより、既に身体の感覚が既におかしくなり始めている。

 先程まであった熱さと痛みが、今はまったく感じられないのだ。


「おおおおおっ!」


 おそらく、終わりが近い。

 だからこそ義堂は攻め続けた。残り少ない活動時間で勝つために刀を振るい続けた。


「――――」


 眼前では、ヴェガが炎の腕を増やして応戦してくる。

 限界が近いことを感づかれたのだろう、防御に徹するつもりだ。


「だが、関係ない!」


 義堂は一直線に走り、刀を振り下ろした。

 炎の腕に阻まれたが、じりじりとそれを押して切っ先をヴェガに近づけていく。


「ぐ、く……!」


「――――」


「く――!」


 刀と炎越しに、ヴェガと顔を向き合わせた。

 炎と化したその頭部は文字通り人の頭と同じ大きさカタチをした炎の塊で、目はない。

 けれど義堂には、一瞬目があった気がした。


 それは果てすらない程の怒りに燃える、灼熱の瞳だった。


「……何故そうなってしまったのか、などとは聞かない」


 僅かに、炎が揺らめいた。


「そもそも俺には、正義を背負ったり語ったりする資格なんてない」

 もちろん人の正義を批判する権利も」


 義堂は兜の下で目を褒める。

 同時に脳裏にはこれまでの出会いと過去が走馬灯のようによぎった。


「俺はかつて、過ちを犯した。

 さらに俺の父に関しては、その死では到底贖いきれない罪がある。

 多分俺は一生、これらの罪を拭い去ることは出来ないだろう。

 ……でも、」


 義堂は刀を握る手に力を込め、炎を斬り裂く。


「それでもそんな俺を信じ、支えてくれる人たちがいる!期待してくれる人たちがいる!

 俺はそんな人たちに誠実でありたいし、報いたい!

 だから俺は誰よりもまっすぐ、進まなくてはいけないんだ!」


 眼前には、四方八方から迫る炎の腕たち。

 だが、狙うは一つ。


「そして誠実であるということは、己の過去から逃げないということだ!

 俺自身の過ちも、父の罪も! それらに対する全ての批判や追及も!

 たとえどんなに痛くても、苦しくても、俺は全てを受け止めて前に進んでみせる!

 そいつを抱えて沢山の人々を護ってみせる、救ってみせる!

 それが俺の正義だ!」


 義堂は走った。

 一直線に走った。

 迫る炎の腕を弾き、裁き、受け流し、『狂義きょうぎ』の徒へと真っすぐ進んだ。


「――――」


 だが腕の数と温度はさらに増し、義堂の行く手を阻む。

 その時、義堂の身体が自然に動いた。


「あ……!」


 それはかつて京都で刀練とねり白秋はくしゅうが義堂相手に実践した、先手を取る動き。

 敵の手が無数にあろうと、初動で潰してしまえば恐るるに足らず。


「先を、読む――!」


 炎の雨を抜け、敵まであと一歩。

 義堂は静かに、最後の一太刀を振り上げる。


 刹那、ヴェガの口が驚いたように開かれ、


「私の、正義こそが――」


「『滅刀めっとう終耀灼火しゅうやくしゃっか』!」


 人のカタチをした炎は、頭から真っ二つに焼き切られた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【お知らせ】

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


次回の更新ですが、所用によりお休みすることにいたします。

最近休みが多くて申し訳ありません。


次回は10/13(水)更新予定です。

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