新宿異能大戦㊴『炎の饗宴』

 午後11時45分。

 西新宿。


「――お。

 どうやら終わったようだね、八坂殿」


 瓦礫の向こう側から、藍色の長髪をした長身美女があっけらかんとした表情で現れた。


こう赤天せきてん


「やっほ。

 こっちに殺到してた連中は半分ほど倒しておいたよ。もちろん殺しはナシ。

 因みにもう半分は逃げ出してどっか行った。

 ま、英断だね」


 さも当然のように赤天は言った。


 あれだけの人の群れともなれば、いくら半分とて千人は下らない筈。

 たとえ上位の『異能者』であっても困難を極める数だが、見る限り嘘をついている表情ではない。

 つまり本当に彼女はやってのけたのだろう。


 英人は僅かに驚いたような表情を見せ、


「……ま、『国家最高戦力エージェント・ワン』に常識を当てはめようってする方が間違いか。

 ありがとな、お陰で助かった」


 すぐさま笑って礼を行った。


「お礼にちゅーして」


「んで問題はこれからどうするかだが、現在俺の方で新宿御苑を安全地帯化している」


(英人さん、軽く流した……。

 というより、そもそもこの人誰?)


 赤天のふざけた発言を全スルーする英人を、美鈴は脳内ツッコミしながらおずおずと見た。


「だからまずは一旦代表をそこに移すことにする。

 それでいいか? 黄赤天」


「うーん、どうにも私の扱いに慣れてきてしまった感。まぁいいや。

 とりあえずあの水壁に囲まれてる所ね。

 そんでそこにこのフラれたばかりの人を運ぶという訳ですか」


 赤天は薫の顔を覗き込むように、そっと背を下げた。

 薫とて身長はそれなりにあるはずだが、180超えの赤天と並ぶとその差はかなり凄まじい。

 まるで前に立っているだけでマウントが成立しそうな勢いだ。


「……何か問題が?」


「いや何も?

 そんな険しい顔しないでよ、ほらフッたフラれたなんて恋愛じゃ日常茶飯事だし。

 そのうちイイ相手も見つかるって……ねー八坂殿?」

 

 赤天はしたり顔を浮かべ、わざとらしく英人の肩に顎を乗せた。


「……とりあえず、君が私に喧嘩を売っていることは分かったよ」


「別にそんなことはないって。

 まーでも安心して、八坂殿相手は私が受け持つから。

 そして彼と交わった暁には、配信サイトを通じてそいつを一般公開すると約束しよう。もちろん無修正で。

 うんうん、こういうのはお裾分けしないとね」


「……八坂君?」


 青筋を立てながら、薫がゆっくりと英人へと振り向く。

 顔には明らかに「こいつ、ぶっ飛ばしてもいい?」と書いてあった。


「ダメですよ代表。

 ここから先は忍耐が大事なんですから、こんなネジの外れた痴女相手にしちゃダメですよ」


「だが、」


「こんなつまらないことで年数増やして再会が遅れるなんて、俺は嫌ですからね?」

 

「八坂君……」


 英人の言葉に、薫は瞳をジーンと潤ませる。


「……うーん、ある意味私よりも性質が悪くない?」


 その後ろでは赤天が冷静にツッコんだ時。



 ――ゴオオオオオオオオオオオッ!!



「「「「「「!!!」」」」」


 南方向に、突如天を衝かんばかりの火柱が立ち上った。


「……ナ、ナンです、あれ……!」


 あまりの規模の大きさに、カトリーヌも開いた口が塞がらない。


「…………っ!」


 そしてそれは英人ですら同様だった。

 あれだけの火力、魔法でも相当上位でなければ出しえない。明らかに『異能』の範疇を超えている。


「あの距離と方角、代々木か……!」


 すぐに英人は『千里の魔眼』を左目に『再現』し、その地点を視た。


 視界一面を揺らめく、赤と橙。

 そこは瞳が焼けそうなほど、炎に包まれていた。


 まさか、全滅したのか――焦る気持ちを押さえながら英人は必死に人影を探す。

 すると、そこには。


「義堂……!」


 毅然とその炎獄に立ち向かう、鎧武者の姿があった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 午後11時47分。


 代々木は燃えていた。


「ぐ、く……っ!

 『十式・土土普請どどぶしん』!」


 義堂は咄嗟に塁壁を築き、後ろの警察官たちに炎が及ばぬようにする。


(なんて勢い……塁壁を使っても熱が伝わってくるなんて……!

 『無双陣羽織むそうじんばおり』がなかったら、今ごろ焼け死んでいた……!)


「大丈夫ですか、長津ながつさん! 藤堂とうどうさん!」


「ああお陰で全員無事だよ!

 背中はちょっと熱いがね!」


「こっちも問題ない!」


「分かりました!

 でも一刻も早く距離を取ってください! コイツは危険すぎる!」


 義堂は叫び、塁壁をさらに分厚く補修する。

 まるで洪水かと錯覚する程に凄まじい炎の勢いと量。

 後ろを振り向くどころか、瞬きすらする余裕もなかった。


 じじじ、と石が焼け弾ける音がする。

 だがそれを分け入ってくるようにして、


「――やはり、この姿は気分が高揚しますね」


 いやに落ち着いて声が義堂の耳まで届いた。


「おっと失礼。

 昂るあまり、少し飛ばし過ぎました。

 これでは相見えることが出来ませんね……少し、緩めましょう」


 ウェガが言うと、言葉通り炎の勢いは急速に弱まり、視界も元の夜景へと戻った。


(余裕の表れか? だが正直、助かった。

 あのまま防御一辺倒では確実にジリ貧だった……!)


 義堂は兜の下で汗を垂らし、塁壁を解除する。

 すると、その先には。


「……お互い、随分と姿が変わったものですね」


 業火が、人のカタチをして立っていた。


 両の手も、両の脚も、顔も、もちろん胴体も、全てが炎。

 おそらく、その下に人間らしい皮膚や骨や臓器があると思わない方がいいだろう。

 常人が触れればたちまち消し炭になってしまいそうなほどの深さと荒々しさを持った炎で、その全身は形作られていた。


「古来より、炎とは絶対的な力そのものであり、同時に正義の象徴でもありました。

 そして、そんな炎をこの身に宿すというこの能力――それは最早、その力や正義と同一になるということ等しい。

 非才の身にこれほどまでに素晴らしい『異能』を下さった主に、感謝致します――」


 ヴェガは片膝を付き、祈りを捧げた。

 明らかに人外だというのに、その姿はあまりにも堂に入っていた。


 狂気とは、必ずしも汚濁や歪を指し示すではない。

 正しさがいつも綺麗事とは限らないように。

 つまり、正と狂は両立しうる。

 それをまざまざと証明する姿に、義堂は嫌悪感を禁じ得なかった。

 

「……貴重なお時間を頂いてしまって、申し訳ありません。

 これをしておかないと、どうしても主への罪悪感が私の心を蝕むのです。

 では義堂さん、そろそろ」


「その前に、一つ提案がある」


「何でしょう?」


「場所を変えよう。それか、信徒や警察官たちを一旦避難させるんだ

 このまま全力で戦えば、俺達以外は全滅だ」


「何故?」


 まるで小首を傾げたように、炎が揺らいだ。


「……何?」


「質問したのは私なのですが……まぁ言葉足らずだったのは事実ですので、ご説明しましょう。

 別に、彼等は死んでもいいのですよ」


「――!」


 兜越しに義堂が睨むと、炎からくすりと笑う声がした。


「敵が相手だというのにその義憤、素晴らしい。

 弁明させていただくと、別にそれは私が彼等を軽んじているからではありません。

 元々そういう運命共同体なのですよ、私たちは」


 そう言うと、再び炎の勢いは強まった。


「この『連鎖万獄ヘル・ゲヘナ・インヘルノ』は信徒の想いが紡ぐ力。

 つまりこの能力で繋がった時点で我らは異体同心も同然なのです。

 だから私がすることは、全て彼等も承知している……心の底からね。

 下手な遠慮はむしろ侮辱に等しい」


「く……っ!」


 これは、彼なりの怒りなのだろうか。

 炎は僅かにその勢いを強め、チリチリと空気が焼ける音が義堂の耳を襲った。

 今でこそ文明の利器ではあるが、本来は全てを燃やし尽くす脅威――本能的にそれを想いだし、背筋に僅かに寒いものが走る。


「……行きます」


 ――ゴオオオオオオオッ!!!!


 そして、一瞬。

 炎は瞬時に周囲を包み込んだ。

 義堂の視界はもはや距離感すら掴めないほどに朱に染められる。


(熱い……が、熱すぎはしない! 鎧のお陰か!

 しかし今は俺よりも――!)


「『十式・土土普請どどぶしん』!」


 義堂は再び塁壁を展開し、炎を食い止めた。


「長津さん、退避してください!」


「分かっている!

 総員退避、退避だ! 後ろは義堂に任せな!」


 純子は声を張り上げ、警官隊の指揮を始めた。

 スムーズに部隊を誘導しつつ、同時に塁壁を超えて漏れる炎は『禁煙禁止区域』で飛ばして周囲に類が及ばないようにする。


「ふっ、便利だな『異能』というものは。

 とはいえ本庁の連中には負けられん、こっちも迅速にいくぞ!」


「ですが藤堂さん、シンパの連中は……!」


 藤堂は足立が声を上げた先に視線を向ける。


「……祈って、いるのか?」


 そこでは数百にもおよぶ人々が眼を輝かしながら手を合わせて膝を屈していた。

 信徒はもちろん、彼等に感化された参加者たち、さらには警察官まで。

 みな一様にその大炎を通じて啓示でも受けているかのように、真摯に祈りを捧げていた。


「――ああ、伝わる。彼等の正義を思う心と、祈りが。

 それは炎となってますます輝く!」



――ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!!!



「くっ、さらに威力が……!」


 『連鎖万獄ヘル・ゲヘナ・インヘルノ』とは、かき集めた狂気を糧とする力。

 まさにそれを証明するかの如く、炎は一気にその温度と勢いを増していく。


(強い……!

 だが少なくとも仲間が逃げ切るまで、この塁壁は絶対に維持する!)


 義堂はさらに力を込め、塁壁を強化した。


「――『煉獄のプルガトリオ』、」


 だがヴェガは不敵に笑い、ゆっくりと手を上げる。


「『裁きフィーシオ』」


 次の瞬間、人差し指の先から出た灼熱の光線が、塁壁を穿った。


「しま――っ!」


 義堂は声を漏らすが、既に遅かった。

 一点でも穿たれた塁壁は意外な程に脆い。

 もちろん能力によって修復することは可能ではあったが、今回はそれよりも炎が穴を焼き広げる方が早かった。


 瓦礫は溶け、堰を切ったように炎が塁壁を通って後ろに抜ける。

 義堂は後方に第二の塁壁を築こうとしたが、間に合わない。


 このままでは、仲間が焼け死ぬ――そう思った瞬間。


「――これはまた、中々の量の炎だな。

 喰い甲斐がある」


「な……」


 忽然と炎が消えた。

 温度や残り香といった余韻すら残さずに。


 義堂が眼を見開いていると、上から咀嚼するような音が響いた。

 咄嗟にそこへと視線を上げる。


「……ふむ、味はまずまずか。

 と言っても、祝い事で出すものにしては少々物足りないが」


 腰まで届く紅き髪に、金の瞳。

 それは義堂がかつて一度だけ会った、『異世界』の住人。


「フェルノ=レ―ヴァンティア……!」


 『火竜サラマンダー』の令嬢がビルの屋上に座って不敵に笑っていた。

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