新宿異能大戦㊲『相手を振るのも命がけ』

 そのあかき具足は、千年に渡る武の結晶。

 その紅き羽織は、千年に渡る血の累積。

 その紅き兜は、千年に渡る覚悟の証。


 身に着ける者、すわなち護国の壮士たらん。

 それが、『無双陣羽織むそうじんばおり』。


「これが、羽織の真の力――!」


 面頬の下で、義堂の眼は驚きに見開いていた。


 視界は、生身の時よりやや狭い。

 そして頭の中では絶えず歴代の西金神社当主の声が反響し、精神を浸食しようとする。

 それはまるで自身のアイデンティティーすら塗りつぶしてしまうような思念の奔流。

 実際、刀練とねり白秋はくしゅうすらも耐え切ることは叶わなかった。


 しかし、心は落ち着いていた。

 自分でも不思議な位に。


(……生身の時よりも、ずっと視える。ずっと聴こえる。

 何より、時間がゆっくり流れているように感じる……!)


 義堂はそっと、掌を見た。

 まるで自分の手ではないような感触がある。だが妙に馴染んでいる、とも思った。

 身体を駆け巡る違和感、今はそれすら自身の力なのだ。


 徐々に力が、漲って来た。

 義堂は視線をゆっくりと上げる。


「……どうしても我らの同志にはなっていただけないのですか、義堂さん」


 第二陣の先頭には、使徒第二位ことフランシスコ=ヴェガ。

 彼の意志は率いる信徒や参加者たちとも共鳴し、今や炎は夜天を焦がす程に湧きたっている。


「……そうだ、俺はこの国を護る」


 だが、恐れはない。

 義堂は手を下ろし、毅然と返した。


「国を護る……ですか。

 しかし果たして貴方が命を賭してまで護る価値が、今の日本にありますか?

 あまり申し上げたくはないのですが、お父君のことを思い出して下さい。

 この国にはあのような悪が蔓延っているのですよ? 

 なら貴方は殺さなければならない、貴方が貴方である為に」


 ヴェガは再び、慈悲を含んだ微笑みで手を差し出してくる。

 おそらく本心からの誘いなのかもしれない。

 しかし、


「……ああ。

 俺は、俺でいたい」


「では、」


「だがそれ以上に、俺を俺でいさせてくれる人たちを護りたい。

 だから俺は、お前たちと戦う。

 仲間と共に、命を懸けて」


 言って、義堂は静かに構える。

 同時に背中越しに仲間たちが微笑んでいるのを感じた。


 そう、自分は今から此処で仲間たちの為、仲間たちと共に戦うのだ。

 それこそが義堂ぎどう誠一せいいちが迷いながらも信じてきた、正義の道。


「……そうですか」


 眼前ではそっと手を下げたウェガが落胆したように手を伏せる。

 おそらく次にくるのは突撃の合図だろう。


 だがいい加減、奴等に主導権を握られたままなのはもう沢山だ。

 多分それは仲間たちも同じで、


「……行くよ、『国家最高戦力エージェント・ワン』」


「…………はい」


 義堂は兜の下で、大きく息を吸った。

 心の炎に出来るだけ多くの酸素を送り込むために。


「――『サン・ミラグロ』、この国に仇なす者たちよ。

 この国を守護する者として、今からお前たちを制圧する。

 参る!」


 守護者は走り、数多の雄叫びがそれに続く。

 正義の吶喊は『サン・ミラグロ』の陣形を一気に引き裂いた。


「な、なんだこれは……!」

「クソっ、止まらない!

 早く固めるんだ!」


 優勢を確信している集団ほど、脆い。

 それを証明するかの如く信徒たちは慌てふためき、『連鎖万獄ヘル・ゲヘナ・インヘルノ』による炎を使う暇もなく制圧されていく。

 もちろんこれはここまで生き残った警察官たちが格別優秀であったのも大きかったが、


「おおおおおおおおっ!」


「ぐっ!」

「がぁっ!?」

「つ、強い……!」


 それ以上に先陣を切る義堂の勢いが、その形勢を絶対的なものとしていた。


(……すごい、無限に近い技と型がまるで自分の物であるかのように……!)


 信徒たちを蹴散らしながら、義堂の全身は感動に打ち震えていた。

 『無双陣羽織』には歴代西金にしのかね神社当主の力と技が染み込んでいる。着衣者である義堂は今、それを思うがままに行使できるのだ。

 しかもそれは単純なコピーではなく、義堂自身の適正と能力に合わせて上手く調整され、最適なタイミングと威力で繰り出すことが出来る。


 自分のスタイルを保ったまま、技を得る――まさに翼を得たような心地だった。


「義堂、後ろからヴェガだ!」


「了解です!」


 純子の言葉に振り返ると、凄まじいまでの大炎が部隊の後背を脅かしている。ヴェガだ。

 義堂は静かに脚に力を込め、叫んだ。


「――『二十八式・丹羽にわ破り』!」


 そして鎧に宿りしは、歴代当主の技だけではない。

 『異能』もまた、然りである。


 『丹羽破り』――それは二十八代目当主の能力。

 自身の視界内に対象を設定し、一気にその十分の八の地点まで瞬間移動する『異能』。


 無事警官隊の最後尾に出、迫りくる大炎を前に義堂は静かに手を上げる。


「『十式・土土普請どどぶしん』!」


 今度は十代目当主による、周囲の土石を集めて塁壁をつくる『異能』。

 アスファルトと土を押し固めて生成された塁壁は、大炎の脅威から仲間を難なく護った。


「……なるほど、複数の『異能』が使えるということですか。

 私の『連鎖万獄ヘル・ゲヘナ・インヘルノ』とは全く逆の力……成程面白い」


 塁壁を戻すと、視線の先ではヴェガが変わらず慈悲の笑みを浮かべていた。


「しかしまさか私を無視して信徒を襲うとは。些か驚きました。

 この国には……そうそう、空気を読むという文化があったはずですが?」


「空気?

 そんなのもの、お前が勝手に作ったものだ。こちらが大人しく従う道理はない。

 それに支持者の数が強さに直結する以上、まずは頭数を減らすのが定石。

 そしてお前がわざわざ先頭に立っていたのも、そこへと意識を向けさせない為――違うか?」


 義堂が言うと、ヴェガは眼を丸くし、顔を伏せて笑い始めた。


「……ふふふっ」


「……何が可笑しい?」


「……失礼、我が不明をせせら笑っておりました。

 まさか貴方がここまでやる方だとは……成程、これはもう殺すしかないようだ。

 最高の同志が手に入ると思ったのですが、これも試練ですか」


 ヴェガは静かに顔を上げ、両の眼で義堂を見据える。

 慈悲で塗りたくった表情に、僅かの歓喜を漏らしながら。


「――本気を、出しても?」


「遊びに見えるか?」


 答えると、ヴェガはさらに笑みを深くして両手を上げる。

 

「『憑魔来臨デモニック・ポゼッション』――!」


 その体から、さらなる大炎が巻き上がった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 西新宿。


――どすっ。


 英人の胸に、大穴が空いた。

 貴方と愛し合うことは出来ない――そう言い放った直後である。

 かつてない速度での攻撃だった。


 血が食道を逆流し、口から洪水のように溢れ出る。

 触手が胸から向かれると、噴水のように胸から血が噴き出す。


 『再現修復トランスリペア―』と呟くように唱え、英人は傷を修復した。

 そのまま二言目を紡ぐ。


「……だから貴方と付き合うことは出来ません」


 今度は腹に風穴が空いた。


「結婚することも、」


 肩、脚。


「もちろん身体だけの関係なんて、以ての外です」


 そして、喉。


「「英人さんっ!!」」


 背中越しに美鈴みすずとカトリーヌの悲鳴が響いた。


 だが英人はそれを左手で制し、右手でゆっくりと触手を引き抜く。


 ずるりと肉が擦れる度に、凄まじい息苦しさと痛みが全身を駆け巡る。

 しかし今の英人にはそんなことはどうでもよかった。

 いち早く喉を直し、言葉を紡ぐ――ただそれだけしか頭になかった。


「……くり、返します。

 俺は、貴方とは愛し合えません。

 その理由は、」


「AAAAAAAAAAAッ!」


 今度は直径二メートルほどもある閃光が、黒い影から放たれた。

 周囲の地面すら綺麗に削り取るほどの鋭さと威力。

 辺りは爆音と土煙に包まれる。


 しかし英人は『再現』した足柄あしがら飛翔ひしょうの左腕と共に粉塵の中より現れ、


「……その理由は、俺は貴方に敬愛の念は抱いていても、恋愛感情は抱いていないからです……!」


 いずみかおるを、振った。


「――AAAAAッ!」


 間髪を入れずに、触手が英人の脳天目掛けて迫った。

 その速度はもはや音すら置き去りにしている。

 しかし『最強の戦士ウォリアー・オブ・ストロンゲスト』の恩恵を受けた眼は容易くそれを見切り、掴んでみせた。


「AAA”ッ!!」


「俺は貴方を、愛することは出来ない」


 影を睨み、英人は続ける。

 すると数十、数百――夥しい数の閃光と触手が降りかかってきた。


 今度は防がない。

 『最強の戦士ウォリアー・オブ・ストロンゲスト』による『強化』は青天井、つまりひたすらに強くなる。

 だから今はただ鋼と化した己の肉体のみを信じ、英人は一歩ずつ前に進んだ。


「俺は貴方のことが、好きじゃない」


「AAA”A”A”A”ッ!!!!!」


 刹那を経るごとに肉が削げ、皮膚が焦げる。

 それでも英人は少女を振る。


「俺は貴方と同じサークルの仲間、それ以上でもそれ以下でもない」


「A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”ッッッ!!!!!!!」


 今度は眼が潰れた。

 だが英人は少女を振る事を止めない。


「だから、」


 そんな応酬を繰り返すこと、数十秒。


「だから――」


 英人は血まみれの腕で『覚者かくしゃ』を掴み、


「だからアンタとは付き合えないっつってんだろ、泉薫!」


 今度は大声で、泉薫を振った。


 両者の身体を大きく震わすほどの本気の声。

 まるで時が切られたかのように辺りは静まり、『覚者かくしゃ』の攻撃も、いつしか止まった。


 長い、長い静寂。


「……………い」


 だが黒い化物は徐々に徐々にカタチを変えていき、


「いやだああああぁぁぁぁ……………っ」


 再び泉薫の姿となった。

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