新宿異能大戦㉟『かつての姿』

 代々木、どこかの定食屋。

 画面の右上に表示される時刻は11時35分。


『――きゃっ! 

 す、凄まじい音と振動がこちらまで伝わってきました!

 どうやら八坂やさか英人ひでと氏はあの黒い影のような怪物と戦闘……いえどうやら他に二人、一緒に戦っている人もいるようです!

 女性の方でしょうか!?』


 画面の中で、小学校以来の親友が戦っていた。


「………や、」


 義堂はその名を口に出そうとして、止めた。

 今の自分にその資格はないと思ったから。


 でも、見るだけなら――


 外では、自身を追い詰める信徒たちの声が徐々に大きくなっていくのが聞こえる。

 捕まるのも時間の問題だろう。

 だから、それまでの間だけなら。


 義堂は拳銃をテーブルに置き、手を膝に乗せる。


「…………っ」


 そして背筋を僅かに正し、義堂は画面をじっと見つめた。



 ◇



 僅かに時は戻り、西新宿。


「君たち……何故……」


 黒い影の異形は、驚いたような声を上げた。

 英人はともかく、彼女たちまでがこの新宿に来るとは思いもしなかったのであろう。


「……泉代表、私は貴方を止める為にここまで来ました」


「モウやめましょう泉さん!」


 二人の少女は英人の前に立ちはだかる様にして、『覚者かくしゃ』の前に立つ。

 守られるのではなく、前へ――その光景は、彼女たちの覚悟を鮮明に表していた。


「二人とも……」


 二人の背中を見、英人も『覚者かくしゃ』同様に驚きの声を漏らす。

 すると二人は同時に振り返り、


「イッショに、泉さんを助けましょう、英人さん」


「……確かに私は英人さんみたいに強くないですけど、こればかりは任せきりにしたくはないんです」


 瞳に強い意志を宿して、笑った。


「ですから私たちは貴方と戦います、泉代表」


 再び向き直って、美鈴みすずはきゅっと手を握った。

 傍らではカトリーヌが空手の型を構えている。


 静かに、『覚者かくしゃ』は頭を上げた。


「……そこをどきたまえ。

 私は八坂君にしか用がない」


「ダメです。

 私たちとの用を済ませてからにしてください」


「ダメ? 何をほざく。

 私の恋路を邪魔する権利が君たち如きにあるとでも?」


「コイジでは、ないです。

 これは私たち全員の問題です……!」


 カトリーヌが返答すると影は揺れ、ぞぞぞとそのカタチを歪めていく。

 それは明らかな、異形の怪物。

 それでも二人はその場から一歩たりとも退こうとはしなかった。


「……何だい、何だい、何だい。

 そりゃあ君たちは八坂君に色々助けてもらって満足だろうけどさ、だからといってそれはないだろう。

 私だってドラマチックに助けて欲しかったのに。

 そして、愛して欲しかったのに……!」


 ミシミシと、空気の軋む音が響く。

 英人の言動と、美鈴とカトリーヌの登場。


「――ならもう、君たちも纏めて殺すしかないじゃないか」


 いずみかおるの忍耐は、とうに限界を超えていた。


――ビュウゥッ!


 突然、二本の影が触手のように伸びて一直線に二人へと迫った。

 英人は防ごうと前に出るが、そちらにはご丁寧に数十もの触手の束が襲い掛かってきている。時間稼ぎのつもりだろう。


「く……っ!」


 英人は冷気を纏った手刀でそれらを捌く。

 しかし、この場面においては致命的ともいえる遅延を食らってしまった。


(カトリーヌはいい、だが美鈴は――!)


 このままでは間に合わない。

 英人が捨て身の覚悟で特攻しようとした時。


「――大丈夫です、英人さん。

 だって私は、」


 圧縮された時間の中で、美鈴の呟きが聞こえた気がした。


「世界を救った『英雄』の妹なのですから――!」


 刹那、眩い光が美鈴を包む。

 すると周囲の触手はまるで崩れるように消え去った。


「何だと……!」

「な……!」


 眼前の光景を見、『覚者かくしゃ』と英人は同時に驚く。

 だが英人はその力が何であるかを知っていた。

 それは、


「『変換』……!」


 あらゆる物質を分解し、自らの力として吸収する能力。

 かつての『英雄』、清川きよかわ鈴音すずねの持つ『異能』であった。


「実は田町祭の事件の後から、ちょっとずつ力が芽生えてきてて。

 それからはこっそり一人で練習して……今ではここまで使えるようになったんです」


「そう、だったのか……」


「本当は英人さんにも相談しようと思ったんですけど、状況が状況だったので迷惑をかけたくないなと思って。

 ごめんなさい」


「いや、いいんだ。お陰で助かったしな。

 カトリーヌも大丈夫か?」


「ハイ!」


 カトリーヌは心配ご無用、とアピールするように軽く構えて笑った。


「しかし五分の時間制限もある。

 ペースは考えて置かないと、」


「その点なら大丈夫です英人さん、私の『変換』でカトリーヌさんの力も強化しましたから」


「……え」


「ソウなんです!

 おかげでチカラも上がりましたし、イマなら三十分以上いけますよ!」


 英人が呆けたように口を開けると、カトリーヌは得意げに拳を握った。


 一度発現した『異能』が短期間にここまで成長することは、まずない。

 例外があるとすればそれこそ『新宿異能大戦』におけるレベルアップ位なものだろう。

 むろん彼女らが殺人などする筈がない。

 となると――


「そうか、『魔素』か」


 英人は納得したように声を上げた。

 『魔素』が『異能』の発現および成長促進に繋がることは、これまで何度も指摘されていたことである。

 その点自由に『魔素』を収集できる『変換』なら、多少の成長程度は思いのままということなのだろう。


「『異能』による攻撃には『魔素』も含まれますからね。

 それにただでさえあちこちで起きている戦闘のお陰で空気中にも大量に散っていますし、まさに『変換』し放題です」


「美鈴さんが敵の攻撃を消して、強化された私が倒す。

 コレでここまでやって来ました!

 本当に最高のコンビです! すごいです美鈴さん!」


 カトリーヌは横から美鈴に抱き着く。

 ヒーローが夢である彼女としては、強くなれる、戦い続けられるという事は本当に嬉しいことなのだろう。


「…………もう、いいかい?

 そんなおぞましい光景、見ているだけで心も身体もどうにかなってしまいそうなんだが」


 心底嫌そうな声が、背中越しに響いた。

 おそらくもう待てないという事なのだろう。


「――そうですね」


 英人は小さく応える。

 次の瞬間、


――シユウウウウゥ!!


――キイィンッ!


「美鈴、カトリーヌ!」


 英人は伸びる触手をロングソードで弾くと、声を張り上げた。


「ハイ!」

「はい!」


「行くぞ! 俺たち三人でだ!」


 その激に二人は大きく頷き、英人の両隣に立った。


「挟み撃ちで行く。俺が前、二人が後ろ。

 美鈴、『変換』はまだ使えるか?」


「全然大丈夫です。

 むしろ体力の方が心配なくらい」


「上等!」


 英人は一気に距離を詰め、『覚者』に飛び掛かった。


「っ、八坂君!」


「『エンチャントライトニング・フルボルト』!」


 迫りくる数十の触手を全て弾き返し、英人は『覚者』の眼前に着地する。


(やっぱ思った通り! 攻撃の瞬間は、影は完全に実体化する!

 つまりいちいち凍らせなくても捌けるってことだ!

 サンキューカトリーヌ!)


 おそらく、ある程度実体化せねばダメージを与えられないからこその性質なのだろう。

 依然として攻め手が限られる状況ではあるが、防御の仕方が定まっただけでも上々。

 英人は爪先に力を込め、突撃を重ねた。


「おぉおおおおおおおおっ!」


「八坂く、チィッ!」


「コッチもいますよ!」


 すかさずカロリーヌも距離を詰め、前後から波状的に攻撃を仕掛ける。

 『覚者かくしゃ』は迎撃として数本の触手を伸ばすが、全て拳と蹴りで弾かれ彼女には届かない。というより完全に動きを読まれている。

 これは『スーパーヒーロータイム』のもう一つの力、危機察知能力による賜物。直感による察知が絶妙なタイミングでの防御を成立させているのである。

 これならそう容易くやられることはない。


「ぐ、あああああああああっ!」


 苛立ちを募らせ、次に『覚者』は無差別に触手を伸ばし、参加者もろとも殺害しようと目論む。


「させません!」


 しかし届くより先にカトリーヌの後ろに控える美鈴の『変換』が、それを弱めた。


「カトリーヌさん、魔素!」


「ハイ!」


 他方で『変換』した『魔素』を渡し、カトリーヌの動きは益々キレを増していく。


(何だ……)


 前方に八坂英人。

 後方にカトリーヌ=フレイベルガと秦野美鈴


 そしてここに、苦戦する自分。


(一体何だ、この光景は……!)


 数分前には予想だにしなかった状況に、『覚者かくしゃ』は狼狽していた。


 彼等は真っすぐ、迷いなく、自分に向かってきている。

 それも殺す為ではなく、泉薫という人間を取り戻す為に。

 もう捨てたというのに、それでも諦めず向かってくる。


 いったい何故?


 かつての少女は、愛する人の瞳に映った自身の姿を見る。

 それはまごうごと無き怪物の姿。


(――ああ、そうか)

 

 でも心は? 精神は?

 自身が怪物であると感じてしまうなら、それはまだ怪物とは言い切れないのではないか?


(まだ私そのものが、自分に未練を持っていたんだな。

 ……なら、)


 才女は解を得、次なる領域へと手を伸ばす。


自分そんなもの、消し去ってしまおう)


 それは『いずみかおる』という名の自我との、離別。

 すなわち忘我だった。


「――AAAAAAAAAAAッ!!!!!!!!」」


 甲高い咆哮が、夜空を突き刺す。

 同時に数十にもおよぶ黒き閃光が空と地と人とを無差別に襲った。


「っ、『中級聖障壁ミドル・セイントガード』!

 『強化リィンフォース』、『強化リィンフォース』!」


 英人は瞬時にカトリーヌと美鈴を抱き伏せ、障壁を展開した。


「『変換』いけるか!?」


「はい! 『魔素』も送ります!」


 『変換』による威力減衰とその『魔素』を利用した強化の繰り返しで凌ぎ、何とか身を守る。

 閃光が止んだ後、三人の視線の先には、


「AAAAAAAAAAA……ッ!」


 人とも獣とも魚とも虫ともつかない、

 それどころか有機物、無機物、果ては固体、液体、気体の判別すらおぼつかない、


 そんな何かが、そこにいた。



 ◇


 数分後。


「AAAAAAAAAAAッ!」


 完全なる異形と化した『覚者かくしゃ』を相手に、戦況は早くも膠着していた。


「おっ、とぉっ!」


 英人は空中で身体を捩りながら触手と閃光の弾幕を躱し、着地する。

 しかし次の瞬間にはその第二波が眼前に迫って来た。

 英人はそれをロングソードで薙ぎ、防ぐ。


「大丈夫かカトリーヌ!」


「ハイ!」


 土煙越しにはカトリーヌの返事が響いてきた。

 続いて聞こえる拳と脚の風切り音もますます鋭さを増している。

 だがいくら身体能力が向上していると言っても彼女は生身の人間、英人のような再生能力を持たない以上そう長く戦わせるわけにはいかない。

 よっていち早く『覚者かくしゃ』を止める手段を探さねばならないが、


(――核が見えない!)


 右目に再現した『看破の魔眼』を以てしても、その本体を見極めることが出来ないでいた。


(確かさっき、触手の先端と本体を入れ替えていた……そして自我すら失った今、おそらく本体の場所は自由自在。

 いや下手すれば「本体」という概念すらなくなった可能性もある)


 猛攻を捌きながら、英人の脳裏に一抹の不安が芽生え始めていた。

 もし『覚者』が完全に泉薫の人格を消し去ってしまったならば、彼女を救い出すことは不可能となる。

 何故ならその場合、既に彼女は死んだも同然なのだから。

 対象がいなければ救うも何もない。


 また同時に、時間と余力の問題もあった。

 ただでさえ各所で殺し合いが置き、美智子も救助出来ていない状況である。徒に時と力を費やしてよいものか――長い戦場での経験が、かえって英人に迷いを生じさせようとしていた。

 しかし、


「「英人さん!!!」」


「!」


「大丈夫です! 泉代表は絶対に!」


「ダカラ最後まで諦めません!」


 二人の少女の覚悟が英人の迷いを引き留めた。


「二人とも――」


「AAAAAAAAAAAッ!」


――スガアアアアアアアッ!


 瞬間、黒き閃光が英人に直撃した。


「ぐ、あ……っ!」


「「英人さんっ!!」」


「つ…………」


 血をまき散らしながら吹き飛ぶ英人。

 霞む意識の中では、彼女たちの悲鳴が響いている。


(――全然、だな)


 その時英人は、己の無力を考えていた。


(……有馬ありまの言う通り、俺の力も名も、所詮はお膳立てされたものだった。

 何も、特別なことじゃない)


 確かに最初は、貧弱な力だった。

 でも愛すべき師と最高の環境が用意されていたし、旗印として保護もされていた。

 つまり強くなるための道が最初から用意されていたようなものだ。

 さらに持っていた能力は、『再現』。

 これによって人の技や力をほぼ何でもマネ出来たし、それでいて自身の肉体はいくらでも再生することだって出来た。

 とんだ反則だ。

 俺が『英雄』と呼ばれるような存在になれたのも、ひとえにその反則のおかげ。そこに死の恐怖などなく、同時に心からの覚悟もない。


(……でも、彼女たちは違う。なけなしの力を振り絞り、必死に戦おうとしていた。

 結果として俺が助ける形にはなったけど、最初は一人で立って歩いていた……!

 そして、それは――)


『八坂を苛める奴は俺が許さない!!』


 ふと脳裏に、かつての親友の姿が浮かんだ。



 ――――――


 ―――


 ――


 吹き飛ばされた英人は、目を開く。


「あ、あの……大丈夫、ですか……?」


 二十代半ばあたりだろうか。

 顔を埃で汚した女性が、こちらを覗き込むようにして尋ねてきた。

 右手にはマイクを持っていて、後ろにはカメラマンのような男性もいる。

 十中八九、テレビのクルーだろう。


「――なぁ」


「え?」


「これ、全国に映ってんだよな?」


 夜空を仰ぎながら、英人はポツリと言った。

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