新宿異能大戦㉜『クリスマスプレゼント』

 午後11時20分。


『お分かりでしょうか! このように現在新宿ではっ、大規模な暴動が発生しています!

 詳しくはお伝え出来ませんが、今新宿は完全な無法地帯と化しています!』


 テレビ画面の中で、埃と汗と血で顔面をくまなく汚したリポーターが、必死の形相でカメラに向かって叫んでいる。

 その後ろにあるのは、瓦礫と煙と血。

 むろん死体などあくまで決定的な物は映らないが、それでもその異様さを現わすには十分。

 平和な筈の日本で、それも最大級の都市で、日本人同士が殺し合う悲劇が起こっている――その事実はカメラを通じて日本全体を震撼させていた。


「こんな、ことって……」


 悲惨すぎる光景に釘付けになりながら、真澄が両手を握って声を漏らした。


 今日の10時に『異能』を配るという『サン・ミラグロ』の声明は、もちろん知っていた。

 そこで何らかの波乱があるとも当然に予想がついた。

 しかしこれは明らかに真澄が想像できる範囲を超えていた。


『ただいま入りました情報によりますと、国連安保理の決議によって国連軍が――』

『「サン・ミラグロ」系列の宗教団体と思われる集団が大量殺戮を行っているという情報が――』

『新宿御苑に巨大な水の壁が出現――』


 テレビではなおも新宿についての情報が錯綜している。

 とはいえ映像については殆どがヘリから遠巻きに撮影したもので、詳細まではよく分からない。

 現地からリポーターが中継出来ているのは先程の一局だけだ。


(今回の事は元々予告されていたものだったし、他局の人たちも新宿にいたはず。

 なのに中継がないってことは……そういう、ことですよね……)


 真澄の心臓が、ドクドクと重い鼓動を打つ。

 先の田町祭の時でさえ、死人が出ることはほぼなかった。

 もちろんそれは英人の活躍による所は大きかったが、それでも日本の優秀な警察や治安の影響もあっただろう。

 しかし、今の新宿では当たり前に人が死んでいる。

 当事者ではないというのに、その事実だけで真澄は吐き気がしてしまいそうだった。


『とりあえず遠目からの印象ですが、新宿駅周辺はかなり混乱している模様です!

 また、どうやら「サン・ミラグロ」幹部と各国の「国家最高戦力エージェント・ワン」および八坂やさか英人ひでと氏が戦闘を始めたようであり、混乱はなおも続くと見られています!』


『状況はわかりました!

 中継はもう大丈夫ですので、まずは身の安全を図ってください!』


『はい、出来るだけ気を付け――きゃあっ!』


 画面が切り替わろうとした時、凄まじいまでの爆発音が鳴り響く。

 最後に見えたのは、東京都庁の上階が崩れる光景。

 その後画面は砂嵐となり、中継は終わった。


「………………」


 スタジオのアナウンサーと同様に、真澄は絶句した。

 おそらくテレビを見ている人たち全員も同じ表情をしていることだろう。

 人はあまりにも容易く殺し、そして殺される――その状況に、理解がとても追いつかない。


 徐々に、背中が不安で大きく震える。

そう言えば隣室にいたはずの黄赤天もいつの間にか消えていた。おそらく彼女も戦っているのだろう。

 同時に、幼い頃より懸想してやまないあの人と一緒に。


 隣にいることのできない寂しさと悔しさをぐっと堪え、真澄はただ一人の生還を切に願う。


「どうか、無事でいて下さい、英人さん――!」


 両手をきつく握りしめるその様は、さながら祈りであった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 同刻、西新宿。


「ああああああああああああああっ!」


 悲鳴のような叫び声が、夜空を割った。

 わずかに低くなっているが、その声は紛れもなくファンタジー研究会代表である泉薫のもの。

 しかし、


 まるで剣のように伸びた翼

 無秩序に生えた爪。


 それは影絵のように黒一色ではあったが、その姿は明らかにヒトのそれとはかけ離れていた。


「……代表……!」


 崩れた瓦礫を押しのけ、英人が『覚者かくしゃ』と化した薫と対峙する。


「……非道いじゃないか、八坂君。

 こんなにも君の事を愛しているのに、突き飛ばすなんて!」


「最初に襲い掛かって来たのは貴方だ」


「それを言うなら最初に私を挑発したのは君だっ!」


 ぎぃん、と瞬時に距離を潰して『覚者かくしゃ』は不揃いな爪を振り上げた。

 完全に人の領域を超えた疾さ。しかし、疾過ぎはしない。

 英人は冷静に距離を測って最小限の動きで初撃を躱す。


「らああああああっ!」


 続いて振り上げられる第二撃。

 英人はポケットの中の『最小化ミニマム』したロングソードを元に戻し、受け止めた。


「……ふふ、さすがにやるね八坂君。

 しかもそのロングソード、まさに剣と魔法の『英雄』じゃないか。ますます惚れ直したよ……!」


「そうです、かっ!」


 英人は右足を強く踏み込み、ロングソードを思い切り振り上げた。

 吹き飛ばされる黒いシルエット。

 しかし『覚者かくしゃ』は翼を使ってふわりと空中で回転し、悠々と夜空に浮かんだ。


「私の能力、『愛する者の為に粧うトランスフォーメーション』は周囲の望むままの姿になる能力。

 見給え八坂君、この姿を。

 人は面白いもので一旦ヒトから外れた姿になったら、さらなる異形を求めてしまうものらしい。

 怖いもの見たさ、という奴なのかな?」


「なら、俺が貴方に望むことはただ一つ。

 泉薫でいるということだけです」


「だからそれじゃあダメだと何度も言っているだろう!」


――ゴオオオォッ!


 風を切り裂く、『覚者かくしゃ』の突進。

 先程よりも数段速い。


「く……っ」


「さぁ私を見ろ! 

 そして救ってくれ、望んでくれ!

 このまま私を化物のままにしていいのかい!? 

 どうか私を君に愛される姿にしてくれよ!」


「だから、貴方は貴方だ!」


 ロングソードの腹で攻撃を受け止め、英人は叫ぶ。

 しかし必死の願いにも関わらず『覚者かくしゃ』は冷めたトーンで溜息をひとつ。


「――そういうのはもう、いいから」


 ゆっくり頭と思しき部位を上げ、


「早く私を愛してくれっ!!!!」


 その中心から、黒い閃光が吐き出した。



 ◇



 同刻、新宿駅南口。


「……『サン・ミラグロ』の、使徒第二位……?」


 眼前の男の自己紹介を、義堂はオウム返しに呟いた。


「然り。

 確認ですが、貴方は日本国における『国家最高戦力エージェント・ワン』、義堂ぎどう誠一せいいち氏でいらっしゃいますね?」


 なおも友好的な表情を浮かべながらヴェガは一歩ずつ歩み寄って来る。

 まるでそこに理由などいらないように、悠然と。


「動くな――!」


 これ以上近づかれたら、その存在を許容してしまうような気がする――義堂が反射的に銃を構えたのは、その恐れからだった。


「ほう」


「俺が『国家最高戦力エージェント・ワン』であろうとなかろうと、お前が『サン・ミラグロ』の幹部であることに変わりはない。

 ここで倒す……!」


 義堂は睨むようにヴェガの姿を正面に見据え、引金に指を掛けた。


 『国家最高戦力エージェント・ワン』どころか警察の肩書まで捨てた今、何をすべきなのかは分からない。

 だからこそ自分はただ一人、この修羅の巷と化した街でひたすら目の前の人間を救っている。たとえそれが、焼け石に水だと知りながらも。


(……そう、これも同じ。

 奴は『サン・ミラグロ』の幹部、つまりは明白な敵。

 だからこそ、俺は――)


 義堂は自らを追い込むように、指先に力を込めようとする。

 だがその時。


「……素晴らしい」


 敵であるはずの男の頬に、一筋の涙が伝っていた。


「え、な――」


「素晴らしい、本当に素晴らしい人間だ貴方は!」


 涙の溢れるままに、ヴェガは興奮した面持ちで拳銃ごとその手を両手で握った。

 義堂が思わず指の力を緩めてしまったのは、そのあまりの意外さに他ならない。 


「どんなに絶望的で、危機的な状況に置かれたとしても、挫けずに必死に己のやるべきことを見つける。

 すわなち、悪を倒し正義を為すという使命を。

 嗚呼まさに君は、正義の為に生まれたようなお人だ。

 私の心は今、感激で溢れかえっています!」


「一体、何を……」


「しかし同時に、無念にも似た気持ちが私に涙させてもいる。

 何故貴方ほどの人物が、このような不遇な扱いをうけてしまうのかと。

 『国家最高戦力エージェント・ワン』にしても、警察官にしても、これほど相応しい人物はいないと言いますのに!」


 ぽた、ぽた、とそのシャープな顎からは絶え間なく涙が滴って地面を濡らす。

 義堂は思わず息を呑んだ。


「……っ」


 警察官とは、人の嘘に向き合う仕事である。義堂自身あらゆる嘘を看破し、暴き、時には諭してきた。

 だが驚くことに、その涙には義堂から見ても嘘がなかった。

 つまりフランシスコ=ヴェガは本気で義堂誠一という人間の身を案じて泣いているということなのだ。

 しかし状況が状況だけに、とても心地いいものではない。


「未熟な私にとって貴方は憧れなのです、義堂誠一さん。

 だからこそ、こんな路地裏ではなくもっと大きな舞台でその強き意志と力を活かして欲しい。

 ……我々と共に、来ませんか?」


「何……?」


 呆けた声を漏らしたのも束の間、ヴェガは義堂の手を引いて歩き始めた。


(何て、力……!)


 突然の強引な行動に義堂は抵抗を試みるが、それでも時間すら稼げない。

 人間離れした腕力を前に、転ばないようにするのが精一杯だった。

 先程まで話していた筈の少年の身体が、どんどん遠ざかっていく。


「失礼、こんな路地裏で決断をいただくのも時期尚早と思いまして。

 まずは我々のことを知ってもらわないと」


 言いながら、ヴェガは涙と笑みを同時に浮かべる。

 そして彼に引かれるままに大通りに出た先には――



「クズに生まれてきてくれてありがとう!

 今から私がしっかりと殺すから、どうか安心していてくれ! 大丈夫、たくさん痛くするからね!」

「ありがとうありがとうありがとうありがとう!」

「一人殺した!? あーダメだもう死ぬしかないね!」

「痛い、苦しい!? そうだそれが救いの感覚だ! 大事にしろ!」


「――どうです、いい景色でしょう?」


 地獄が、あった。


「な…………!」


 それは、おそらくこの新宿のどこでも巻き起こっているであろう殺戮の光景。

 しかし目の前に広がるそれは性質を全く異にしていた。


 殺す側の者の目が、まるで無垢な子供のように光輝いているのである。


 欲に駆られることもない。

 死を恐れることもない。

 血と悲鳴を忌み嫌うこともない。


 ただ悪と呼ばれるモノを殺すことを最上の喜びとしている。


 それも『サン・ミラグロ』のメンバーや信徒だけではない。

 中には一般の参加者はもちろん、機動隊や警察官と思しき人間も混じっている。まさしく正義の狂宴きょうえんだった。


「地獄とは、本来罪をあがなう為にある。

 つまりこの光景こそが正しい姿。

 ……ああそうだ、これは私から貴方へのささやかなる贈り物です」


 言いながら、ヴェガは信徒から手渡された桐箱を開く。

 するとその中には、


「……父、さん…………?」


 実父である義堂ぎどう貴康たかやす――の首が、入っていた。

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