新宿異能大戦㉔『ここ日本?』

【東京都在住 Aさん(30代 女性)】


――修道会に入って、何か変化はありましたか?


『そうですね……入信前と比べて感謝されることも増えてきた気がします。

 ですから何というか、毎日が充実しているような感じですね。

 こんな自分でも、世の中の為になることが出来るんだなって』


――ちなみに以前は何を?


『専業主婦をしていました。

 夫と息子の三人家族です』


――失礼ですが、お仕事はされていなかったと?


『はい、結婚をしてからはずっと。

 なんというか、主人がかなり古い考えの持ち主の人で……パートとかも許してくれなかったんです』


――それは厳しいですね。


『ええ、だからずっと孤独感があったというか、社会から切り離されているような感覚がありましたね。

 子育ても上手くいってませんでしたし、自己嫌悪に陥りがちで……』


――その時出会ったのが、この修道会だと?


『はい、ある日主人と大喧嘩して家を追い出されてしまいまして。宛てもなくなく歩いていた時に、この修道会の扉を叩いたんです。

 当時は偶然だと思ってましたが、今思えば主の思し召しだったのですね』


――でも修道会での活動は辛くなかったですか?


『確かに最初は驚きました。死刑でもおかしくない悪人とはいえ、殺人ですし。

 今だから言えますけど、正直とんでもない所に来てしまったと思いました(笑)』


――とんでもない所(笑)。確かにそうかもしれませんけど。


『でも驚いたのはそこだけでしたね。

 信徒の方たちはこんな私に本当に親身に接してくれて……だから私も、その一員になれるように頑張ろうと思えたんです。

 ですから初めて勇気を出して石を投げた日ことは、今でも鮮明に覚えてますね』


――どのような感じでしたか?


『やっぱり最初は緊張して、変な所に当てまくっちゃってましたね(笑)。

 でも少しずつ狙いが定まるようになって、ぐちゃっぐちゃっていう肉の音や相手の断末魔にも慣れてくるようになった時、なんというか、込み上げるものがあったんです。

 ああ、今まで空虚に生きてきた私だけど、こういう形で善行が積めるんだなって。

 まるで胸の中に光が差し込むような……!』


――なるほど。


『そう感じられたことが本当に嬉しくて嬉しくて。

 多分私という人間はあの瞬間、真の意味で生まれ落ちたのだと思います……! 

 聖ミラグロ修道会には本当に感謝しかないです!』


――こちらこそありがとうございます。日ごろ様々な処刑と拷問に熱心に取り組んでくれる貴方の姿は、今や他の信徒の模範です。 


『恐れ入ります。

 ああそうそう、実は今日、幸運な出来事があったんですよ!』


――幸運?


『納品された罪人の中に、主人がいたんです。

 どうやら私が出た後に息子を虐待死させてしまったらしくて……ふふ、これも思し召しですね。今日はクリスマスイブですし、いつも以上に腕によりをかけて振舞いますよ』


――ほう、確かにそれは楽しみですね。


『ええ。信徒一同、今日という日の奇跡をお祈り致しております。

 ウェガ様、貴方にどうか主の加護があらんことを』


――お互いに。



――――ピッ



「終わった?」


「ええ。

 お待たせしてしまい申し訳ありません、有馬ありま様」


 タブレット端末の電源を落とし、フランシスコ=ヴェガは深く頭を下げた。

 会議用の楕円形の円卓の向こうでは『サン・ミラグロ』総裁、有馬ユウがケラケラと嗤った。


「まー別に時間なんて特に決まってないし。

 しっかし修道会のトップの大変だねぇ、毎日そうやってカウンセリングみたいなことやってんの?」


「正義の求める同志からの声です、怠るわけには」


「ハハ、そう言うと思ったよ。

 じゃあ用事も終わったし、ぼちぼち呼ぶかな」


 有馬はパチン、指を鳴らした。

 すると空いた四つの席の真下からは闇がそのまま具現化したような黒い何かが間欠泉のように噴き上がり、周囲を覆う。


「……さて調子はどうかな、僕の使徒たち」


「いつも通りだ、総裁」


 その中からは、茅ヶ崎ちがさき十然じゅうぜんいずみかおる、アンドレイ=シャフライ、そしてフードを被った大男――『サン・ミラグロ』が誇る幹部たちが姿を表した。


「それは何より、薫ちゃんは?」


「……ええ。

 八坂君が欲しくて欲しくてたまらない、今日も心からそう思っています」

 

 呟くように言った十然に、有馬は小さく微笑み返しながら彼等を見回した。


「ハハ、絶好調。

 アンドレイ君はどう?」


「うるせぇ、さっさと話を進めやがれ……!

 それより、いいんだよな?」


 血走った目を浮かべながら、アンドレイは有馬に尋ねた。


「うん。約束通り、今日は自由に殺していいよ。

 老いも若きも男も女も……もちろん、僕もね」


「……!

 言ったな、殺していいんだな!?」


「うん、言った」


「忘れんなよその言葉ぁ!」


 アンドレイは蹴るようにして脚を円卓の上に放りだした。


「もちろん忘れないとも。今日は年に一度のクリスマスイブ、派手にやってくれなきゃ困る。

 そうじゃなきゃ、君たちを集めた意味がない」


 言いながら、有馬はゆっくりと天井に視線を上げた。


「――十六年。僕がこの世界に生まれ落ちてから、それだけの年月が経った。

 まぁ、最初はそれなりに面白かったよ。色んな人間がいたしね。

 でもすぐに飽きちゃった。何と言うかこの世界、どうも善と悪が薄いんだよね」


「薄い…か。

 『悪魔デビル』にそれを言われれば、我ら人間としては反論の余地もない」

 

「持論だけど、やっぱり漫画とかドラマみたいな創作って善悪キッパリ分かれていた方が痛快で面白いでしょ?

 それは現実世界でも同じだと思うんだよね。

 善と悪、どちらもより純であればあるほど面白い……!」


 陶酔したような笑みを浮かべ、悪の総帥は再び使徒たちを一望した。


「――第六位。

 『利己』の徒、アンドレイ=シャフライ」


「……チッ」


 それは、誰よりも身勝手な者。


「第五位。

 『偏愛』の徒、泉薫」


「ようやくだ、八坂君……」


 それは、誰よりも歪んだ愛を持つ者。


「第三位。

 『暴虐』の徒、レックス=リガードマン」


「……」


 それは、誰よりも暴力を好む者。


「第二位。

 『狂義きょうぎ』の徒、フランシスコ=ヴェガ」


「はっ」


 それは、誰よりも狂った正義を持つ者。


「……そして第一位、茅ヶ崎十然」


「……ああ」


 そしてそれは、誰よりも純粋な者。


「嗚呼、この世に生まれ落ちた悪の使徒たちよ、君たちは正に奇跡だ。

 だからこそ、怠惰な人間たちに啓蒙しよう。

 力の限り暴れて、殺して、奪って、食して――この世には見とれるくらいに純粋な悪があることを、世界に思い出させよう。

 僕らにはその権利と義務がある」


 彼等を束ねる少年は腕を広げ、その道標を指し示す。

 彼が望むは凡庸という名の混沌カオスからの脱却、善と悪の二元化。それは神話以来の、もっとも単純な世界。


「――さぁ世界の半分を、歓喜で満たしてあげよう」


 悪魔の浮かべた笑顔は、いつも以上に無邪気だった。

 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 十二月二十四日、21時55分。

 新宿駅東口。


 よれた白スーツに身を包んだ男が、人だかりをかき分けながら進んでいく。

 辺りには散乱するゴミと、割れたガラス。さらには視線を上げると、


「抵抗する者は逮捕します!

 速やかにここから退去してください!

 繰り返します、速やかにここから退去してください!」 


「うるせぇぇぇぇっ!」


 暴徒化した群衆と機動隊が衝突する様子が目に入った。


「本当に日本かよ、これ……」


 男の口から、驚きが言葉となって漏れる。

 さすがにあそこまで暴れているのは一部のようだが、さながらニュース番組で見る反政府デモの光景だ。よく見ると、群衆の中には外国人も多い。

 川崎にて九死に一生の目にあってから数日。

 無法地帯と化しつつあるクリスマスイブの新宿に、山北やまきたたつみはいた。


 何故来てしまったのかを問われると、即答できるほどの理由はない。

 強いて挙げるとするなら、何かが起こりそうだった――それだけだ。

 十二月二十日、あの血にまみれた北京外相会談で、国際テロ組織の総裁を名乗る少年は言っていた。全員に『異能』をプレゼントすると。

 正直、未だに半信半疑ではある。単なる善意ではなく何かのテロの下準備とでも考えた方がよほど自然だ。

 しかし、何かが起こる。それは確かだ。

 もしかしたら、力をもらえる可能性だってあるかもしれない。

 組を失い、行く当てもなくなってしまった自分にはもはやこれくらいしか縋るものがなかった。


 時計を見ると、針はすでに59分を回っている。

 あと、数十秒で予告の時間だ。

 緊張からか、先程までヒートアップしていた暴動はまるで何事もなかったかのように沈静化していた。


「あと、10秒! 9! 8!」


 群衆の中の誰かが、カウントダウンを始めた。

 それに釣られるよう、周囲の群衆も一斉に声を上げていく。


「「「「「「「7! 6! 5! 4! 3! 2! 1!」」」」」」」


 さながらそれは、年末のカウントダウンのような盛り上がり。


「「「「「「「ゼロー!」」」」」」


 そして10時を告げる咆哮と共に群衆たちが手を上げた瞬間、


『――こんばんは、そしてメリークリスマス。

 「サン・ミラグロ」総裁、有馬ユウだ。

 今日は良い夜にしよう』


 新宿にいた全ての人間の脳内に、とある少年の声と姿が映し出された。

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