新宿異能大戦㉕『異世界に興味あったり、する?』

 突如脳裏に映る、暗い会議室のような所に座る学ラン姿の少年、有馬ありまユウの姿。


「んだこれ……脳に直接響いてるってのか……!?」


 たつみはこめかみに手を当てて思わず立ちすくむ。

 いま自身の脳内に浮かんでいるのは妄想や幻の類ではない、完全なる映像である。こんな不可思議な体験は生まれて初めてであるが、本能がそう確信している。

 やや慌てながら周囲を見回してみると、


「オイこれ見えてるか!?」

「すげぇぇぇぇっ! テレパシー!? これテレパシー!?」

「『異能』だよなこれ!」


 同様の映像が映っていたのか、群衆たちはみなはしゃいだように湧き立っていた。

 どうやら全員が同じビジョンを共有しているらしい。


『ハハ、ビックリさせちゃってゴメンね。

 いやせっかくの新宿だし、どうせなら大型ビジョンとかジャックするのもいいかなーって思ったけど、色々手続き面倒だしそもそも全員が見れる訳じゃないからね。こっちの方にさせてもらったよ。

 ま、そんな前置きはさておいて……とりあえず新宿に来たみんな、盛り上がってるー?』


 ニッコリと笑顔を浮かべ、有馬はヒラヒラと手を振る。

 当初は歓声もまばらであったが、まるで波紋が広がっていくようにボルテージが上がっていく。


『おお、じゃあもう一回。

 盛り上がってるかーい!?』


 有馬がもう一度声を掛ける頃には歓声は怒号の如く夜の新宿を覆うようになっていた。


『うんうんいいね。やっぱりクリスマスイブはこうでなくっちゃ。プレゼントだってあげるんだし。

 でもその前に……』


 有馬パチン、と指を鳴らす。

 すると脳内の映像が上空から新宿の街を映したものに切り替わった。

 さらに間髪入れずに指が鳴り、


『新宿、封鎖させてもらうね』


――ゴオオオオオオオオオッ!


 赤色をした半透明の薄壁のようなものが、轟音と共に新宿を囲んだ。

 ちょうど新宿駅を中心として展開した、円筒のような形状をしている。

 突然の出来事に群衆はにわかに動揺するが、それを見越したように有馬は微笑み掛ける。


『ああ心配しないで。

 こっちとしても外から邪魔が入ったら困るし、「異能」をあげるにしても範囲を指定しなきゃってだけだから。

 儀式が終わったらちゃーんと解放するつもりだよ。

 というわけで第二段階頼むよ、「覚者かくしゃ」さん』


 有馬が右を向く。

 すると黒いローブのようなものを纏った、実体のない影のような人型の何かがぼんやりと浮かび上がった。


『みんなも最近耳にしただろう?新宿には「異能」を授けてくれる「覚者」なる存在がいるって。

 彼がその「覚者かくしゃ」さ』


 その影は、静かに佇んでいた。

 それは黒く、暗く、さらには深いのにどこか捉えどころがない。まさに都市伝説に相応しい異様さだった。

 群衆の中には思わず「おお……」と感嘆の混じった溜息を漏らす者もいる。


(ん……?)


 するとその溜息に釣られたのだろうか、影はより黒く実体を持ったように巽には見えた。


『それじゃ、始めて』


 映像の中で「覚者かくしゃ」は静かに手を上げる。

 束の間、黒いもやのようなものが新宿全体を一瞬だけ覆う。同時に巽の身体は俄かに熱を持ち始めた。


「お、お……?」


 それは身体の芯から湧きだすような、じんわりとした熱さ。

 まるで自分の身体の中で何かが産声を上げたような――そう思い手の平に視線を向けてみると、薄っすらと発光している。

 顔を上げてみると、周囲の人々の身体にも同様の現象が起きていた。


「れ、レベル1……?」


 さらには視線を右下に下げると、視界の端にまるでゲームで表示されるステータスバーのようなものが映り込んでいた。

 周囲でも同様のものが見えているらしく、その反応をみた有馬がニヤリと嗤う。


『うん、早速気付いた人もいるみたいだね。

 そうそれが君たちの「異能」のレベルだ。多分大多数の人が1だと思う。

 ちなみに最高レベルは10』


(大多数、ってことは上げる手段があるってことか……。

 けどどんな力なんだ、俺の『異能』って)


 巽は右手を上げて「山北やまきたたつみ Lv:1 0pt」と書かれた表示に触れようとするが、すり抜けるだけで特に何の反応も感触もない。どうやらただ単に状況を表示しているだけのようだ。

 とはいえこれだけでも通常では考えられないような超常現象であることには違いなく、早速周囲では『異能』をもらえた喜びで盛り上がっていた。


『あ、「異能」の中身ついては開始後にアンロックするから自分自身で確認してみてね。

 で、多分みんな気になってるレベル上げについてだけど……聞きたい?』


「「「「「「「「おおおおーっ!」」」」」」」」


 まるでライブのように拳を上げて応える群衆たち。

『異能』という超常に直に触れ、新宿のボルテージは最高潮に達する。


『よし。じゃあ――』


 うんうんと無邪気に嗤って頷く有馬。


『早速今から殺し合いをしようか。

 もちろん僕たち全員でね』


 しかしその次に放たれたひと言が、新宿全体を凍らせた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 十二月二十四日午後10時07分。

 新宿御苑。


「やっぱそういう流れになったか……!」


 点在する木々の間を飛びながら、英人はひとり毒づいた。

 ちなみに彼が新宿に入ったのは9時50分過ぎ。直前での到着となったのは人質である美智子の存在と、早い段階で敵に補足されることを防ぐ為。

 とはいえそれまで無策でいるつもりは毛頭なく、英人自身は新宿周辺を不規則に動きながら『千里の魔眼』で動向を絶えず注視していた。

 もちろん『サン・ミラグロ』のメンバーが出てくるか、外から何らかの人員および設備を運び込むかするなら直接出向くつもりではあったが。


「が、結局影も形も現わさなかったな……予想以上に徹底している」


 そう零しながら、英人は目当ての場所に着地する。

 そこは新宿駅中心からちょうど1.5キロメートル、つまりは壁がある場所だった。

 周囲を見回すと、思ったよりも人はまばらで少ない。おそらく大多数は新宿駅周辺に集中しているのだろう。

 だが、傍から見ても動揺している様が見て取れるのは明らかに有馬の殺し合い宣言の効果と言えた。


「オイもう出ようぜ! 殺し合いとかワケわかんねーし! 

 『異能』ももらえたっぽいから用済みだろ!?」

「いやでも出て大丈夫なん、コレ?」

「ぱっと見薄そうだし何とかなるだろ――」


 その中で群衆の一人が壁外に出ようと手を伸ばす。


「やめとけ」


 しかし寸前で英人がそれを掴んだ


「え……あ、アンタ、まさか八坂やさか英人ひでと……?」


 驚くのを余所に英人は赤い壁向かって腕をそっと伸ばす。


――ブシュウウウウゥゥッ!


 すると壁より外に出た部分はまるで蒸発したかのように跡形もなく消え去ってしまった。


「ひ、ひぃっ!」


「見ての通りだ。

 壁については俺が何とかするからそれまで大人しくしていろ、いいな?」


「は、はい……!」


 腰を抜かしながら男たちがコクコクと頷くのを確認すると、英人はスマホを取り出す。

 どうやらアンテナは立っている所を見るに、あくまで有体物のみが遮断されているらしい。

 そんな中、再び脳内の有馬が口を開いた。


『ああ、壁から出るのは自由だけど止めといた方がいいと思うよー?

 ひぃふぅみぃ……あー既に10人くらい死んじゃってるね。脚か腕が吹き飛んじゃった人もたくさん。

 さすがにこれはちょっと間抜けすぎるなぁ、儀式が終わったら解除するってちゃんと言ったのに。

 まぁいいや、とりあえずルールの説明するね』


 有馬はケロリと表情を変え、再び指を鳴らす。

 すると映像が切り替わり、何かの表のようなものが全面に映し出された。


『この儀式、もといゲームの目標……それはポイントを集めることだ。

 100ポイントでゲームクリア、しかも先着10人にはご褒美がもらえる。

 そして手に入るポイントについてはこの表の通り。

 レベル1能力者が1ポイントで、レベル10能力者が10ポイントってことだね、分かりやすいでしょ?

 ちなみにしっかり自分の手で殺さないとポイントは入らないから注意してね」


『そしてここからが大事なんだけどこのポイント、消費することで自身の「異能」レベルを上げることも出来るんだ。

 上昇に必要ポイントはそのレベル×2。つまり1レべの人がレベルアップするには2ポイントが必要、だから同じ1レべ二人か2レべ一人を殺す必要があるってことだね。

 もちろんゲットしたポイントをどう使うかはその人の自由。

 だから1レべのまま最速クリアを目指すのもいいし、徐々にレベルを上げてじっくりと挑むのもいい。

 全ては君たち次第さ』


 その言葉を受け、英人はチラリと視界の右下を見る。

 ステータスバーには八坂英人の名と、その横に「Lv:EX」とだけ表示されていた。


(まさか……)


 EX――つまりは通常のルールから外れた、特殊な存在。

 この時点で英人の脳裏に嫌な展開が横切った。


『とはいえ、どデカい逆転要素があるからこそゲームはより面白くなるというもの。

 だからこちらで特定の人物には超高ポイントを設定しておいたよ。

 具体的には我が「サン・ミラグロ」の幹部の五人に、各国から派遣された「国家最高戦力エージェント・ワン」たち。彼等を殺せば、50ポイントゲットだ

 そして――』


 有馬は椅子から立ち、左手を上げる。

 すると英人の姿がホログラムとして映し出された。


『この僕、有馬ユウと八坂英人は100ポイント。

 つまり即ゲームクリアってわけさ』


 そう言った瞬間、英人を包む空気が変わった。

 遠巻きに見つめる者、ジリジリと距離を取る者――それらの視線にはポイントを取ろうといった欲望はない、ただ腫れ物に触れたくないという感情が強かった。

 事実、さきほど助けた男もそそくさと去って行っている。


『さて、とりあえずのルール説明は終了。

 あ、ちなみに今の説明はステータスバーを見ながら「ルール」と唱えればいつでも見れるから安心してね。

 それで肝心要のご褒美だけど……実は二つの内から選べる。

 ひとつは現金でなんと100億円、せっかくのお祭りだから奮発したよ。

 そしてあともうひとつなんだけど――』


 コホン、有馬はもっともらしく咳ばらいする。


『――みんな異世界に興味あったり、する?』


 それは、あの世界の存在が初めて認知された瞬間だった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――【更新日についてのお知らせ】

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本日迄とさせていただいた週一回更新ですが、本当にすみません。諸般の事情によりもう一週間だけ延期させてください。

ですので次回の更新は8月7日(土)となります。

更新頻度の復活を楽しみにして下さった読者の皆様方に置かれましては、大変申し訳ありません。

引き続き応援の程、宜しくお願い致します。

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