新宿異能大戦㉒『いつの時代、どの世界でも』
十二月二十三日、午前10時。
警察庁本庁舎、資料室。
「……」
両脇に資料の山をそびえさせ、
ここに籠ってから、どれだけの時間が経っただろうか。
これまでどれほどの資料を眺めたか、義堂自身にも定かにならなくなってきた。
だが、もう止まらない。
(やはり、何かが引っかかる……まるで靄の先に真実があるような……。
あとほんの少しだけ取っ掛かりがあれば……!)
徹夜の疲れすら忘れ去る勢いで目を凝らしていると、
――ヒュッ
急に横から缶コーヒーが飛んで来た。
「お、っとと……」
義堂はややまごつきながらもそれをキャッチする。
振り向くと、そこには鼻を横切る傷が特徴的な、薄紫の長髪を後ろにまとめた女刑事が立っていた。
「
「随分と精が出るねぇ、徹夜かい?」
「それは長津さんたちも同じでしょう」
義堂が返すと、
よく見ると、その表情にはうっすらと疲労の色が見える。
「『サン・ミラグロ』のクソガキがどエラいことをしでかしてくれたからねぇ。
夜間ずーっと新宿のパトロールをするハメになったよ」
「やはり、『異能』を望む人々が続々と新宿に……?」
「ああ、すごい騒ぎだった。
実際暴れるやつも出たしね」
そう言い、純子は懐からジッポライターを取り出してカチャカチャと蓋を開閉させ始めた。いつもの癖だ。
「ま、今は機動隊が厳戒態勢を布いているし、乱暴する手合いも何とか逮捕出来てはいるが……今日明日はもっと人が増える。
正直どこまで持つか……」
「すみません、そんな大変な時に俺は……」
膝に手をつき、義堂は深く頭を下げた。
歯がゆさは、ある。そもそもこういう時に動けてこその『
しかし『
「ま、言っててもしょうがないさ。
それに謹慎を命じられたといっても『
違うかい? 義堂」
「ですが――」
純子と視線を合わせた瞬間、義堂は言葉を止めた。何故なら、見ただけで分かってしまったからだ。
もし何かがあった時、許可や命令を待たずに自らの意志で動け――彼女が自分にそう命令していることに。
口を結び、義堂は静かに頷く。
「それでいい。
ところで義堂、アンタ今何調べてんだい?
「ええ。
地方で起きた失踪を中心に探していまして、これは長野で起きた犯人が不逮捕のまま終わった未解決事件なのですが――」
答えながら、義堂は捜査資料のページをめくる
だがその瞬間、義堂の指と目がピタリと止まった。
「ん、どうした義堂」
「これは――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十二月二十三日、夜。
「とりあえず、今日はここで寝てくださいね!」
「悪いね、夕飯どころか寝床まで用意してもらっちゃって」
本日二度目の入浴を終えた
英人宅にて衝撃?の邂逅果たしてから十二時間以上、彼女の身柄は
「せっかくだから八坂殿の実家の方にも泊まってみたかったけど」
「それはダメです」
「なんで」
「なんでもです!」
真澄からすれば突如現れたこの美女は間違いなく(恋愛的に)危険なカテゴリーに入る存在。目の黒いうちは彼の実家に上がらせるわけにはいかない。
「えー」
対する赤天もさすがにガードが固いことを悟ったのか、あからさまにつまらなそうな表情を浮かべながらベッドに横になった。
(まるでスーパーモデルのような凛々しい外見なのに、このまるで子どものような無邪気な表情……。
英人さんくらいの年齢からしたら、まさにギャップ萌えからの庇護欲を掻き立てられるに違いありません……!
警戒レベルは文句なしの『5』ですね……!)
ちなみに
「とにかく、今後の予定が決まるまでこの部屋はお貸ししますから、くれぐれも英人さんにちょっかい出さないようにしてくださいね!」
「あっちがちょっかい出してきた場合は?」
「安心してください、私が身代わりになりま……ではなく、英人さんはそんな人じゃありません!」
真澄は咳ばらいし、すんでの所で言い直した。
「ははは、煩悩ダダ漏れ。
やっぱり好きなんだ、八坂殿のこと」
「……ま、」
赤天が軽く言うと、真澄は口を半開きにして固まる。
「ん?」
「まままままままままままままぁ、そう言い切るには色々と手続きとか決裁が必要と言いますか何と言いますか!?
色々と証拠とかも必要ですから!?」
「いやいや自明でしょ、どう見ても」
明らかに動揺する真澄の姿を見、赤天はクスクスと笑った。
「うぅ……まぁそれはそうなんですけど、初対面の人にカミングアウトするのは少し違うというか……」
「えー別にガールズトークってこんなものじゃないの? よく知らないけど。
それに私だってあの人に対して興味がすっごくあるし……武力的にも性的にもね。
ほら、これで同じ」
「そうかもしれませんけど、なんか納得いかない……」
むぅ、と真澄が眉を落とすと赤天はベッドの上で胡坐をかきながらうきうきとした笑顔を浮かべる。
「まぁいいでしょ細かいことは。
それよりさ、あの人のどこに惚れたの?」
「いやどこと言われましても……」
「教えて教えて」
言い淀む真澄に赤天は姿勢を前に倒してずいずいと距離を詰めた。
「まぁ強いて言えば……優しい所、世話焼きな所、なんだかんだとこちらを色々と気遣ってくれる所、嫌味とか悪口とか言わない所ですかね?
私の作ったご飯も美味しそうに食べてくれますし、年が離れていてもきちんと対等に接してくれるのもそうですね! あとそれでいて少しミステリアスな所も好きです!」
「うんうん、分かる」
「で、ですよね!?
後は――」
――――――
――――
――
一時間後。
「あと、本当にすごく優しい人で――」
「それもう聞いた」
「え、そうですか? じゃあ二倍優しいということですね!
それで――」
「いや、とりあえず分かったからもういいや。ありがと」
「え、そうですか? まだまだあるんですけど」
ずっと英人の好きな所を挙げ続けていた真澄だったが、赤天に止められてようやくきょとんと肩を落とした。
ちなみにあれからまるまる一時間。その間彼女はノンストップでまくしたてており、それでいてここまで誉め言葉が被らなかった。
いくら想いを寄せていると言っても、中々こうはならないだろう。赤天はまるで面白い動物を見るような目で笑みを浮かべた。
「うん、真澄さんが本当に八坂殿のことを愛しているって伝わったよ。
同時に彼の人となりもね」
「へ、へへ……」
「でも、まだ想いは伝えてないんだ」
「う、それは……」
真澄はうぐ、と明らかにバツの悪そうな表情を浮かべた。
「なんで伝えないの?
そこまで美しい容姿を持っているなら、何とかなりそうなものだけど」
「それは……」
「八坂殿の心の中には、既に別の人がいるから?」
赤天の言葉に真澄の肩がピクリと震えた。
「あ、やっぱりそうなんだ」
「……分かりましたか」
「私、そこまで感情の機微に興味がある方じゃないけど、ああいう影の差した表情をしてたら、ね。
多分愛する人を亡くしたって所でしょ?」
「英人さん自身から直接聞いた訳ではないですが、おそらく」
「ふーん……」
赤天は胡坐をかいた脚の上に肘を乗せ、頬杖をつく。
興味があるようでいて、全くないような、何とも言えない表情だった。
「つまり、死者には勝てないからってこと?」
「…………確かに、叶わないということを知ってしまうのが怖い、という想いはあります。
十何年も想ってきた分けですから。
でもそれ以上に、」
真澄は顔を上げ、赤天を真っすぐと見据えた。
「英人さんのことを困らせたくないんです」
「……へぇ」
「多分、英人さんはまだその人のことを引きずっているし、引きずったまま色んなことと戦い続けてる。
それなのに私が一方的に想いを告げるのは……何というか、違うと思ったんです。
少なくとも私自身は納得できません」
「でもそれだと先越されるかもよ?」
「そうなんですよねぇ、うう……。
でも英人さんが幸せなら……いやでもやっぱり辛いです……」
真澄は体育座りになって頭を伏せ、唸った。
独りよがりになりたくない、でもやっぱり独り占めしたい、恋人として一緒になりたい――そんな様々な想いが少女の胸の内でぐわんぐわんと反響し合う。
それは誰よりも英人のことを思うが故の、不協和音だった。
「想うからこそあと一歩に躊躇する、か……難儀なものだよね、色恋沙汰って。
まーとりあえず八坂殿はとても罪作りな人ってことはよく分かったよ」
「いえこの気持ちは私の問題ですから、英人さんに罪はないと思います」
真澄はすぐさま起き上がって真顔で返答した。
「えぇー……一応私なりのフォローだったんだけど」
「ふふっ冗談ですよ、ありがとうございます。
じゃあ私はそろそろ自分の部屋に戻りますね。何かあったら呼んでください」
「うん」
赤天が頷くと、真澄は部屋を後にしようと立ち上がった。
「……ますます見たくなっちゃったな、戦場でのあの人の顔」
「なんです?」
「いや、なんでも」
さらりと流しながら、赤天はカーテンを僅かにめくって外の景色を覗く。
「明日……か」
漏れた小さい呟きは、冷たい窓に白く広がって、消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同刻、八坂家。
『……どうやら、嬢ちゃんたちの方は盛り上がっているみたいだな』
部屋の片隅に立てかけられた『聖剣』が、英人の脳内に語りかける。
「……そうだな」
英人はベッドの上で片膝を立てて座りながら、短く答えた。
今、英人がいるのは実家の自分の部屋。隣家である白河家に赤天を預かってもらったこともあって、念の為今日はこちらで一夜を過ごすことにしたのだ。
窓越しからは、何やら二人が喋っている様子が微かに響いてくる。
『……今も昔も、こういう夜は心が踊る。そうは思わねぇか後輩よ』
「随分と奇妙な性癖を持ってるな」
『そういう意味じゃねぇ。明日だろ、決戦。
お前さんもいっぱしの武士なら昂るってもんじゃねぇか?』
「別に武士じゃねぇけどな。
かといって戦士でも兵士でもない……今の俺は分不相応な力を持っただけの、一般人さ」
『……』
「だから代表のことにも、気付いてやれなかった。
もっと早くに気付けていればもしかしたら――」
言いながら、英人は片膝の位置を少しずらした。
確かに『聖剣』の言う通り、昂りがあるのは事実だ。でもそれは不安や緊張に似ていて、どこか頼りない鼓動をしている。
『一般人、ね』
部屋の隅でカタリ、と剣身が揺れた。
『別にそれでいいんじゃねぇのか?』
発せられたのは、肩透かしのようなひと言だった。
「あ?」
『あっちの世界に行く前のお前さん、あれだろ、只の民草だったんだろ? どこにでもいるような。
そんなどこにでもいる男があっちに渡って、そっから名を上げて「英雄」になって、そしていま再び民草に戻った。
つまりは原点に立ち返ったわけだ、上等じゃねぇか』
部屋に響く、『聖剣』こと
英人は返事をせずに窓の外を見つめた。
『失ったから、どうした。敵になったから、どうした。
手前が一般人ならなおのことまた積み上げいくしかねぇだろうが、何度でもよ。
そもそも「英雄」なんてもんは後付けみたいなもんなんだ、こだわる方が馬鹿ってもんだぞ』
「……」
『臆するなよ、失うことと及ばないことを。
恐れるべきは立ち止まる愚かさのみ……そうだろ、後輩よ』
「……分かってるさ」
英人は右手の拳を静かに握り込む。
元々結論は決まっていた。もとより戦う以外の選択肢はなかった。
ただ、足りなかったのは覚悟。
大切な人と戦わなければいけなくなり、そして守るべき人を攫われたという事実が英人の決意を僅かに鈍らせていた。
『乗り越えるしかねぇのさ。
いつの時代も、どの世界でも』
「分かってるとも」
しかしかつての『英雄』の言葉によって、それは消え去った。
そう、今の自分は『英雄』ではない。そもそも厳密には『英雄』であったことすらないのかもしれない。
でも、戦う。戦うことをやめたりはしない。
それが己にできる、たったひとつの全力だから。
英人は強く、拳を握る。
『……武者震いだねぇ』
その背は僅かに震えていた。
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