新宿異能大戦⑱『会議は踊り狂う』

 十二月二十二日、午前11時30分。


『本日、北京にてアフター早応後初の外相会談が開催されます。

 既に各国の外相たちが続々と専用機で現地入りしており、日本の外相についても――』


 テレビでは、北京の人民大会堂を背景にリポーターが今日の会談についての報道を行っていた。

 事が事だけに、教育チャンネルを除く全てのチャンネルがほぼ同じ内容だ。


「…………」


 英人は呆然とその様子を見ながら、ベッドを背もたれに座っていた。

 ちなみにあの後はすぐにヒムニスらに連絡、いったん落ち着いて状況を整理した方がいいという結論になり、二人を家まで送って帰った。



『――心ここにあらず、だなぁ。一晩寝てもこれかい。

 おい絶剣の、あいつはいつもこんななのか?』


 一方でクローゼットにしまわれた『聖剣』こと刀煉とねり一秀かずひでが、念話でミヅハに話しかける。

 口調は軽いが、一応は英人を気遣っての行為だ。


『まー仲間と奥さんいっぺんに失った時はこんな感じだったかねぇ。

 あん時は流石のアタクシでもいたたまれなかったよ』


『そうかい……にしちゃああんま心配している風じゃねえな?』


『当然さぁ、だって契約者はその悲しみを乗り越えてここまで来たんだぜ?

 なら今回も、大丈夫な筈よ』


『信頼されてるねぇ』


『そーゆーアンタはどうなんだい? 原初の英雄』


『心配なんざハナからしてねぇよ。

 奴は英雄だ、なら必ず立ち上がる。それだけのこった』


『聖剣』は笑ったように刀身を震わせた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 十二月二十二日、午前10時。

 警察庁本庁舎資料室。


「…………」


「なーにやってんですかー義堂ぎどうさーん」


「水野か」


 埃を被った資料を閉じながら、義堂は振り向く。

 視線の先では異能課の同僚である水野みずの加奈かなが埃っぽい空気に顔をしかめていた。


「昔の事件資料ですかー?」


「ああ。

 謹慎で急にやることがなくなったからな……こうして少し前の資料を漁っている」


 言いながら、机の両脇に山積みされた資料の束に手を置く。

 警察庁勤務である加奈は知る由もなかったが、義堂は神奈川県警時代から資料漁りに没頭することがままあった。


「ふーん、どれどれ……未解決の行方不明事件が多いですね。

 それも地方の」


「ついこの前ケネス=シャーウッドが『サン・ミラグロ』のアジトを見つけただろ?

 そこに残された設備や資料によれば、どうも奴等は遅くとも数年前からこの国に居ついているみたいでな。

 もしかしたら過去の事件に手がかりがあればと思って探しているんだ」


「へぇー……」


 加奈は興味半分、無関心半分といった面持ちで頷いた。


 確かに、人体実験を主とする彼等の行動には誘拐や拉致がつきものだろう。

 加えてひと目につかない環境かつそれなりの規模の土地を確保となると、自ずと地方に限られてくる。


「まぁ自分でやっていて何だが途方もない作業ではあるし、そもそも手がかりがあるかどうかすら分からん。

 とはいえ今はこうでもしないと落ち着けない……」


 義堂は自嘲するように言った。

 日々高まる『サン・ミラグロ』の危機に、今回の報道。いくら強い自制心を持つ義堂であってもさすがに応えていた。


 ふと、机の上に置いたスマホに目をやる。

 最近は英人とも碌に連絡を取っていない。

 おそらく彼も、こちらを気遣ってあえて声を掛けてこないのだろう。このような状況は今の関係になって以来、初めてのことだ。


「それでわざわざここに来たってことは何か用か、水野?」


 義堂はスマホから目を切り、加奈に尋ねた。


「別に同僚なんだから用がなくたってもよくないですか? まぁあるんですケド」


「何だ?」


「課長からの伝言。

 日本時間の16時に北京会談が始まるから、一応それまでに切り上げとけだってー」


「ああ、分かった」


 義堂は袖をめくり、時刻を確認する。


「あと五時間か……」


 そう小さく呟きながら、資料のページをめくるのだった。

 



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 午後15時50分。

 東京都赤坂、合衆国大使館。


『……ひと言いいかな、「国家最強戦力エージェント・ワン」の諸君』


 会議室に備え付けられたスピーカーから、覇気のあるドイツ語が静かに響いてくる。

 それに間を置いて答えるのは、革製の椅子に脚を組んで座る金髪の合衆国人。


「……どうぞ、ギレスブイグ=フォン=シュトゥルム」


『では遠慮なく…………嗚呼!!!! 退屈極まる!!!!!! 

 極まるぞオオオオオッッッ!!!!!!』


 その咆哮は、部屋ごと真っ二つに割らんばかりに響き渡った。


『ちょ……っ、いきなりなんなんですの!?

 連邦共和国の殿方は盛りのついた野獣でありまして!?』


 四分割されたスクリーンの右上では、第五共和国の『国家最高戦力エージェント・ワン』ミシェル=クロード=オートゥイユがカップ片手に取り乱す。


『何を言うかオートゥイユ女史、咆哮もまた立派な人間の情動だろう!

 その証拠にほら、あそこの鉄面皮はいつも通りではないか!』


『……体質上、大音量への対処法を心得ているだけだ。

 客観的に見れば五月蠅いことに変わりはない』


 一方画面左上では、連合王国の『国家最高戦力エージェント・ワン』であるケネス=シャーウッドがいつものように無表情で腕組みをしていた。


『全くだよ、特に日本は会議中静かにするのがモットーだからねぇ。

 せっかく各大使館からのリモート会議だってのに、騒音で中止なんてのは勘弁してくれよ』


 さらに左下では長津ながつ純子じゅんこが警察庁異能課のオフィスから中継している。


「確かに純子の言う通りだ。こんな機会、そうそうあるものじゃあない。

 『国家最高戦力エージェント・ワン』としてその場に居合わせることが出来ないのは心苦しいが、北京の会談は今後の世界の行方を占うものだ。静かに見守ろうじゃないか。

 いいかね、ギレスブイグ=フォン=シュトゥルム?」


 画面を見ながら、合衆国の『国家最高戦力エージェント・ワン』リチャード・L・ワシントンは脚を組みなおす。

 右下には、カメラに映された彼自身の顔。

 各国から待機命令が出たことを受け、『国家最高戦力エージェント・ワン』はそれぞれの大使館で会談の様子を視聴することとなっていた。


『く……仕方ない、か。見苦しい部分をお見せした。

 しかしこの緊急事態の折に我等「国家最高戦力エージェント・ワン」が待機を余儀なくされるというのは、まこと心苦しいな』


『あら待つのも使命の内でしてよ?』


『私は待たん。

 むろん待たせることもない!』


 興奮した面持ちで、ギレスブイグは顔をどアップに寄せる。

 ミシェルはあからさまに眉を吊り上げ、


『……分かりましたから、さっさとそのむさくるしい顔を遠ざけてください。

 せっかくのカフェオレが不味くなります』


『……そう言えば、義堂の奴遅いねぇ。

 時間も忘れて没頭してるのかね?』


「あの男なりの事情があるのだろう。

 とにかく、さっきも言った通り粛々と待機していようじゃないか。

 ……もしかしたら、世界が変わる瞬間を見られるかもしれないぞ?」


 不敵に笑いながら、リチャードは頬杖をついた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 北京 現地時間15時ちょうど(日本時間16時)。

 外交交渉の為に設けられた専用の会議室では、独特の緊迫した空気が流れていた。


「……」


 用意された席に険しい顔を浮かべて座るのは、各国の外相たち。さらにその周囲ではその関係者たちが資料片手に忙しなく動き回っている。


 何故ならこの会談の結果こそが、『異能』社会と化した世界における新たなリーダーを決めるのだ。

 そのことを全員が痛いほどに理解しているからこそ、会議室も俄かに殺気立つ。


「……まずはこのような情勢の中、はるばる我が国までお越しいただきありがとうございます」


 そんな中、ある程度空気が落ち着いたのを見計らい、進行役と思しき人民共和国の高官がマイクを取った。


「今回このような意義ある会談が実現する運びになりましたのは、決して我が国だけの成果ではありません。

 偏に各国からの積極的な支援とご協力……そして何よりも、十字教の教皇であらせられるユリウス六世猊下げいかのお言葉があればこそです」


 そう言うと、中央の壇上に純白の法衣に身を包んだ白人男性が登った。

 年齢は今年で六十二。一昨年に就任したばかりの、比較的若い教皇だった。

 だが既にその風格は総数二十億とも言われる十字教徒の頂点に立つに相応しく、まるで光をそのまま纏っているかのような佇まいだった。

 俗世において最も聖なる者は、ゆっくりと静かに口を開く。


「十字教会教皇、ユリウスです。

 まずはこの場に集まって下さった皆様のご尽力と主の導きに、深い感謝を」


 言って、ユリウスは祈る様に深く頭を下げた。

 礼をする――言葉で言ってしまえばただそれだけのことだが、彼のような人間が行えば自ずとその意味も厳粛なものとなる。それを如実に示すように、室内の空気は一気に荘厳なものへと変わった。

 長らく政治の世界で生きてきた外相たちですら、思わず息を呑むほどに。


「今、世界は大きな節目を迎えようとしています。

 むろんその原因は皆様もご承知の通り、人類に宿る不思議な力――『異能』によるものです。

 科学が宗教に優越するようになってよりおよそ数百年、人類は再び超常の存在と向き合わねばならなくてはなりません。

 おそらく、我々の前には様々な試練が待ち構えていることでしょう。特に『サン・ミラグロ』なるテロリズムの存在は、まさに格好の例と言えます」


 ここでユリウスは自らの緊張を宥めるように息を深く吸った。


「もしかしたら、この中には既にこの事実をご存じの方もおられるやもしれません。ですが、あえて私の口から告白しましょう。

 ――『サン・ミラグロ』はかつて、我ら十字教に属する修道会でした。

 時は十三世紀レコンギスタの最中、我らは現地で地下活動をしていた彼等と協力することで、半島奪回を成功させたのです。

 そうつまり我々は、かつて彼等とは共犯者とも言える関係だったのです」


 ユリウスの言葉に、室内は俄かに騒めいた。

 むろん『サン・ミラグロ』の歴史についてはここにいる誰もが承知している。しかし教皇自らが過ちを認める発言をするとは思いもよらなかったからだ。


「戦いの中で彼等は自らの信仰を守るために『異能』の研究に没頭し、いつしかそれは非人道的な行いも厭わないようになりました。

 当時の教会は愚かしくも、その悪魔の所業をレコンギスタが終わるまで気づくことが出来なかったのです。

 ですから教会はその過ちを覆い隠すように、彼等『聖ミラグロ修道会』を非公式に異端認定し、関わったその全てを闇に葬ったのです。

 ですが、それは教会における最大の過ちでした。

 地下に潜った彼等は数百年の時をかけ、その悪意をより深く醜いものへと変質させていったのです」


 ユリウスは壇に手を置き、乗り出すようにして語気を強める。


「私は当代の教皇として、この過ちから目を背ける気はありません。神の教えを守るため、身命を賭して彼等と相対する覚悟です。

 おそらく、とてつもなく危険な戦いになるでしょう。ここにいらっしゃった皆様におかれましても、命の危機を肌に感じながらの道中であったと思います」

 

「ですが、その点にもうご心配には及びません。

 この会議室は建物ごと我が国の『国家最高戦力エージェント・ワン』率いる『異能者』部隊が護衛しております。万が一すらありえません」


 ユリウスの言葉にかぶせるように、人民共和国の外相がすかさず言った。

 明らかに話を遮る行為であったが、ユリウス自身は小さく頷いているようにつまりは事前にある程度了解されたやり取り。

 この点一つをとっても、この会談のイニシアチブが人民共和国にあることは明白だった。


「……無論とたとえ私一人だけでも立ち向かう覚悟ですが、彼等のような悪意に対抗するためには各国の協調が不可欠です。

 それゆえ、今回の会談開催に微力ながらご協力させていただきました。

 立場上、直接の参加は控えさせていただきますが……この会談の結果が、先の世を照らす道標にならんことを心より願っています」


 そう締めくくって深く頭を下げると、室内は余韻のような静寂に包まれる。

 しかしその後すぐに、外相や関係者たちから盛大な拍手が沸き上がった。


 それを見た人民共和国の外相は満足気な表情を浮かべる。


「素晴らしいお言葉をありがとうございます、猊下。

 お話に便乗するようで恐縮ですが、我が人民共和国も猊下と心を同じくするつもりです。どうか共に世界の脅威を排除致しましょう。

 では――」


「いやー本当、心が洗われるようだったよ。

 さすが教皇サマともなれば、説教のレベルも違うね」


「…………何?」


 喧騒の中やけに響いたその声に、全員が視線を寄せた。

 いや正確には響いたのではない、その声を発した少年そのものがこの場においてはあまりにも異物過ぎたのである。

 外相の一人が目を見開き、その名を呼んだ。


「……有馬ありま、ユウ……!」


「Hello、你好、Bonjour、Guten Tag、 Здравствуйте、そしてこんにちは、世界の皆さん。

 自己紹介は……別にいっか、教皇サマが散々説明してくれたし」


 空いた席に座りながら、『サン・ミラグロ』総裁有馬ユウはケラケラと笑う。

 突然の出来事に固まる会議室だったが、その中で人民共和国の外相はいち早く声を荒げた。


「な……くそ緊急事態だ! 呂中佐早く来い! 呂中佐!」


「まーそう焦んないで。

 そう言うと思って、ちゃぁんと持ってきてあげたからさ、ホラ」


 するとボーリングの球程度の大きさの何かが、机の上を転がる。

 それは人民共和国が誇る『国家最高戦力エージェント・ワン』、りょ秦明しんめいの首だった。


「な、な……ぶ部隊は、彼の下にいた一個大隊はどうした!?

 早く救援に!」


「そんなん全員死んだに決まってるでしょ。

 それよりさぁ、せっかくの外相会談なのに僕をハブるのってヒドくない? 僕だって一応当事者でしょ?

 こっちの言い分も聞いて欲しいなー……いいよね?」


 有馬は頬杖をつき、笑みを浮かべて室内を見回す。

 その異様さに、教皇ユリウス六世を含め誰一人として言葉を返す者はいなかった。


「反対ゼロ、んじゃ僕から提案いたしまーす。

 ――まずは君たち全員、ここで死んでくれ」


 次の瞬間、あまりにも一方的な殺戮が始まった。

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