新宿異能大戦⑰『告白 後編』
『やぁ、
私の名は
突然だが君、ファンタジーに興味はないかい?』
『さぁようこそ八坂英人君!
ここはファンタジー、オカルト、都市伝説を始めとした世界中の不思議と神秘を探求するサークル、ファンタジー研究会だ!』
『今日の活動は……読書だ!』
『というわけでサシ飲みに行こう、八坂君!』
『ツーチャンくらいならあるかもしれないよ?』
『八坂君の誕生日を祝って……乾杯!』
『君も一人が楽などとは言わず、どんどん私たちを使いたまえ。
我々は四人で「ファンタジー研究会」なのだからな?』
『――八坂君、君はとても強くて、そしてすごく優しい人間だ』
――――――
「…………」
夜を迎えた部室。
涙を浮かべる薫の顔を、英人はただ黙って見つめていた。
突然の告白。
だが思ったよりも驚きはなかった。何故なら薄っすらと予感があったからだ。
決め手になったのは、来夢に会っていた時に放った言葉だった。『サン・ミラグロ』のコードネームの話になった際に、彼女は「問題は何位か」と言った。だが、これはおかしい。
何故なら『サン・ミラグロ』の幹部である使徒についてはほとんど世間に公表されていないからだ。当然第何位とかの情報はない筈だし、英人も伝えてはいない。
じゃあ何故、薫が知っているのか――導かれる答えはたった一つだった。
「……いやぁ、緊張したけど、いざ告白してみたらスッキリするものだね。
これでようやく私は君と対等になれたというわけだ」
眼前では、薫はホッと胸を撫で下ろしている。
そのまま彼女は右手で代表席の机を指でなぞった。
「……君を此処に招き入れてから、実に一年半以上か。
最初に君の事を知ったのは、総裁から聞いた時さ。『異世界帰りの英雄がやって来る』とね」
「……それでずっと俺の監視を?」
「君を見てきた、と言ったろう?
……ふふ、最初は面白かったなぁ、周囲とのギャップや変化した時代に戸惑いながらキャンパスライフを過ごす君の姿。すごく可愛らしかったよ。
でもそれ以上に、誰かの為に戦う君の姿はこれ以上ないほどに逞しかった。
だから私は、そんな君の姿をもっともっと見たくなった」
薫は顔を上げ、湿っぽい瞳で英人を見つめた。
「……まさか」
「気付いたようだね。
そう、これまで君は様々な事件に巻き込まれてきたが、そのいくつかは私がそうなるように誘導したものさ」
その言葉に、英人は無言で目を細めた。
「まぁ誘導と言っても、あくまで関わる可能性をほんの少し高める程度のものさ。さすがに直接的にやりすぎれば、君も感づいてしまうだろうし。
ほらたとえば、カトリーヌ君の事件。最初に仮面ウォリアーの話を振ったのは私だったろう?
それにわざわざ君をサシ飲みに誘ったのも、カトリーヌ君もしくは『異能者』と鉢合わせさせる為だ」
「……京都とかは、まさにそうでしたね」
「ああ。
あれも三人で話し合って決めたということにしていたが、その実私が発案したものさ。ちょうど君の誕生日という材料もあったからね。
あとは……そうそう実は
そう言うと、薫は首をコキリと鳴らして息を整える。
すると女性的だった身体は見る見るうちに引き締まり、まるで男、いやどこをどう見ても華奢な体格の男にしか見えない体格に変貌した。
「これは私が私立探偵をやっている時に使う姿さ。
まぁ万が一も考えてさらに変装は重ねたけれど、私はこれで
「彼の証言を聞くに、見つけるまで三か月以上……探偵の仕事にしては少々遅いと思っていましたけど、今の話で合点がいきました。
むしろ引き延ばしていたと言うわけですか。巫女参り直前に俺たちが接触するように」
「あまり早いと事件が起こる前に解決されてしまう恐れがあったからね。
とはいえ時間をかけ過ぎて契約を切られても困るし、諸々考えると七月辺りがリミットだった。
残る問題は如何にして秦野君に悩みを打ち明けさせるかだったが……偶然にも
他所からの提案に乗っかる形なら、こちらの意図も隠しやすいしね」
ちょうどよい機会とは、夏に行われた都築家のバカンスの件だろう。
確かにあれが切っ掛けで、
「
「いやあれは総裁案件だ。私はほぼノータッチ」
「となれば残るは田町祭ですが……ふっ、思いっきり誘ってましたね。しかもひと月くらい前から」
「あれ関しては八割がた私情さ。
そもそも君と白河君の関係を知っていれば、遅かれ早かれ君が介入することは明らかだったからね。労力掛けて誘導する必要性もなかったというわけさ。
……とまぁこんな感じだがどうだい、納得してくれたかな?」
薫はそう言って再び体格を女に戻し、英人の眼前に立った。
もはや互いの息や鼓動すら聞こえそうな近さ。
しかしそれでも英人は、距離を取ろうという気にはなれなかった。
「……やっぱりずっと騙してたから、失望してしまったかい?」
上気した頬のまま、薫は英人の胸板を見つめる。
しかし英人は窓の方を向いたまま、言葉を発することはない。
二人の間に、重い静寂が流れる。
「どうした、八坂君……?」
「――もし、」
痺れを切らした薫にかぶせるように、英人は口を開いた。
「ん?」
「もし代表の話が事実なら、感謝しなければいけないですね、俺は」
「………………どういうことかな?」
薫が首を傾げると、英人はゆっくりと視線を下げた。
「だって、そうでしょう?
代表が導いてくれたお陰で、俺は事件を解決してこれた訳なんですから」
「……ほう」
「たとえどんなにすごい力を持っていたとしても、間に合わなければ意味がない……なまじ力を持っちまったからこそ、痛いほど理解しているんです。
だから代表の意図はとにかく、誘導してくれたおかげで俺は間に合ったし、沢山の人を助けることもできた。そこに敵かどうかなんて関係ないです。
貴方のおかげで、俺は戦ってこれた。
だから、ありがとうございます」
そのまま英人は小さく頭をさげた。
薫は目を丸くしてその様子を見ていたが、
「……やはり君は、素晴らしい。本当に最高だ」
やがて、頬を紅潮させてそう呟いた。
「顔を上げてくれ、八坂君」
そして言われるまま、英人は顔を上げる。
すると薫は息を大きく吸って、
「――私は君のことが好きだ、愛している」
愛と言うには直接的すぎる感情を、言葉にしてぶつけた。
「……何を」
「思えば、一目惚れだった。一目見た時から、私は君の虜になっていたんだ。
何故だか分かるかい?
それは君が剣と魔法の世界における本物の『英雄』だからだ」
言いながら、薫は熱っぽい息を吐いた。
「君も知っての通り、私は昔からファンタジーが大好きだった。中でも英雄譚は特に好んで読んでいた。
だからこそ憧れていたんだ、魔法やモンスターといった非日常、そして何より『英雄』という超常の存在に。
私が『サン・ミラグロ』に入ったのも、それを求めてのことだった」
「じゃあ、俺に会う前から」
「総裁には感謝しているよ、約束通り本物の『英雄』に引き合わせてくれたのだから。
しかもその男は、私の想像の遥か上を行っていたんだ。その時の胸の高鳴りが君に分かるかい?
優しく、強く、逞しく、そして時おり可愛らしい……本当に、すごいよ。
……ああ、大好きだ」
上目遣いのまま、薫はさらに一歩詰める。
英人はそれでも退かずに、潤んだ瞳を正面から見据えた。
「……今日俺と一緒に歩き回ったのは、訣別のためですか?」
「正確には告白の下準備という奴さ。
今日こうして君の過去と巡り合うことで、私自身が君の魅力を再確認したかった。
それにね、君の選択次第では訣別とはなりえない」
「……俺に、『サン・ミラグロ』に入れと?」
「なんなら私が『サン・ミラグロ』を抜けたっていい!
君が私と一緒になってくれるというなら、すぐにでも離脱しよう! 追手は来るだろうが何、君と私なら問題あるまい!」
薫は瞳を輝かせ、英人の顔を真っすぐ見つめる。
それは恋する乙女のようであり、同時にヒーローに憧れる無垢な子どものようでもあった。
「一緒になるかは別として、もし代表が『サン・ミラグロ』を抜けるというなら、俺は全力で代表を守りますよ」
「それじゃあダメだ!
君と恋仲になれなければ意味がない! 私は君と一緒にいたいんじゃない、愛し合いたいんだ!」
薫は人が変わったように目を見開き、英人に掴みかかった。
その衝撃で部室の机が僅かに揺れる。
「無論君の気持ちは知っているさ! 亡くなった奥さんのことを今も想っているのだろう!?
でも大丈夫、私の『異能』は『愛する者の為に
つまり私は、君が望めばどんな姿にだってなれる!
そしてあのリザリア=ブランシーヌにだって!」
その表情は、必死の一言だった。
英人は思わず歯噛みして答える。
「……たとえ俺がはいそうですかと頷いたとして、代表はそれでいいんですか?
そんなの、辛くなるのは貴方自身だ……!」
「何を言う、辛くなどあるものか。
たとえ偽りでも愛は愛、そこに嘘などない。
私はね八坂君、君の一番になりたいんだよ。その為ならたとえどんな姿になろうとも構わない。
だからどうか、私だけを見てくれないだろうか」
「代表……」
薫の手が、そっと英人の首筋に触れる。
その感触は生々しくも悲しかった。
「……ダメかい?
そうか、ならこうしよう――もし偽りでも私を愛さなければ、君の周囲の女の子たちを一人の例外なく殺す」
英人は目を細め、薫の顔を見下ろす。
「ふふ、目つきが鋭くなったね? 素晴らしい。
でも君だっていけないんだよ? いつもいっつもああやって魅力的な女性を侍らせているのだから。
嫉妬で身体が張り裂けそうな私の気持ち、考えたことはあるのかい?」
そう言い、薫はさらに距離を詰めた。
「さぁ、答えを聞かせてくれ八坂君。
愛するのか、愛さないのか」
「……俺は、」
「んん?」
薫は期待するような表情で耳を向ける。
「俺は、戦います」
しかしその答えは、彼女の意に沿うものではなかった。
かわりに強い意志の込もった瞳が、真正面から彼女を見据える。
「……振り払うんだね、私を」
「たとえ冗談でも、周囲の人たちを殺すなんて言う人を俺は愛することはできません。
なら、正面からぶつかるしかない」
「敵として?」
「ファンタジー研究会の部員としてです」
英人は敬語を止めることなく、答える。
それはあくまでいち部員としての立場を貫こうとする英人の覚悟であった。
「強情だね。
私としては、恋の障害になるくらいならこんなサークル壊してしまいたい位だよ」
「……壊させませんよ。
ここは俺たち部員の居場所であるように、泉代表の居場所でもあるんですから」
「それは余計なお世話というものだよ、八坂君」
英人の言葉に、薫は嘲る様に笑う。
だが英人は首を左右に振り、
「……そんなことはない」
「その根拠は?」
「……貴方が俺を見ていたように、俺も貴方を見ていたから」
英人は視線をずらし、パイプ椅子の上に手を置いた。
「このサークルに勧誘されてから一年半以上、俺はこの椅子から色んな景色を見てきた。
静かに頷く美鈴に、カトリーヌの無邪気な笑顔、そしていつも変な話題をしたり顔で振ってくる代表の姿。
たとえ真意が別の所にあったとしても、あの時間は確かにあった。もしこの部室の存在がなかったら、美鈴もカトリーヌもああは笑えなかった筈だ。
もちろん、それは俺もです。
この古ぼけた部屋に、俺たちは救われたんだ――」
英人はゆっくりと視線を上げ、薫を再び見つめる。
「いつか言ってましたよね、四人揃ってファンタジー研究会だと」
「…………そんなことも、言ったかな」
「だからこそ俺は、全力でこのサークルを守ります。
あの日俺をここに連れてきてくれた、大切な人の為に……!」
それは訣別ではなく、繋ぎとめるための言葉。
奇しくも英人の脳裏では、初めてこの部屋の扉を潜った情景が蘇っていた。
「……そうかい、それが答えか」
しばらくの間をおいて、薫は溜息をつく。
呆れの中に、微かな喜びが混じった表情だった。
「はい」
「なら私も、その時は全力で戦う必要があるかな」
零すように言うと、足元からは影が触手のように湧き出て薫の身体を包み込んだ。
「泉代表!」
「マッテ下さい、泉さん!」
それと同時に、美鈴とカトリーヌが勢いよく部室のドアを開けて入って来た。
おそらく美鈴が急いで帰って来た時に合流したのだろう、その額には冬だというのに玉のような汗が浮かんでいる。
薫はそれを一瞥し、
「ふっ、残念だがお呼びがかかったようだ。
最期にこうして話せて良かったよ、八坂君」
ふっと笑って俯いた。
最期にあえて視線を外した真意は、彼女にしか分からない。
「……代表」
「――――さよなら」
かつての恩人は、影に飲まれて消えていく。
後には、主のいない代表席だけが残った。
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