新宿異能大戦⑲『悪魔の演説』

「えー緊急速報、緊急速報です!

 ただいま入りました情報によりますと、会場に不審者が侵入した模様!

 被害は確認されているだけでも三十名以上に――」


 十二月二十二日、午後16時20分(現地時間午後15時20分)。

 北京、人民大会堂記者会見会場。


 外相会談襲撃――突如聞こえてきた知らせに、待機していた各国の報道陣は俄かに浮足立った。


「なお被害者の中には、各国から来訪した外相も含まれているようです!」

「あ、いま合衆国政府が放送で緊急声明を発表しました!

 どうやら『サン・ミラグロ』によるテロのようです! 具体的な被害については続報をお待ちください!」

「えーこちらはまだ不確定な情報ですが、人民共和国の「国家最高戦力エージェント・ワン」であるりょ秦明しんめい氏も戦死した模様!

 さらには当局直属の「異能者」部隊も甚大な被害を被っているという情報もあり――!」


 記者たちは競うように入って来た情報をカメラに向かって披露し合うが、どれも要領を得ない。それだけ現場が混乱しているのだ。

 これ以上は人民共和国政府からの声明待ちか、と思われた時。


「また新たな情報が入り次第、中継致します――あ、いま会見場に誰か出てきました!

 ですがどうやら政府の報道官ではないですね……あれは日本人の少年、でしょうか?」


 記者たちが待機する記者会見の会場に、一人の少年が現れた。

 綺麗に整えられた黒髪に、少々着くずした黒の学ラン。どう考えてもこの場に相応しくない、ただの学生とした思えない風貌だった。

 だが全員が、まるで吸い込まれるようにその少年から目を話すことは出来ない。


 対する少年はその数百に及ぶ視線を軽く受け止めながら、マイクに手を伸ばす。


「初めまして、『サン・ミラグロ』総裁、有馬ありユウです。

 各国の外相及び関係者ですが……はい、たった今僕が全員殺しました」


 おそらくそれは、史上最も大胆に発表された犯行声明だった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『――さて、僕の為にこんなに集まってくれてありがとう。

 お礼も兼ねて、まずは皆さんには僕たちの目的を話しておこうかな。

 といってもその目的は至って単純――僕ら「サン・ミラグロ」は、「異能」の自由化を求めている』


 『サン・ミラグロ』総裁、有馬ユウの声明は各国のメディアを通じて全世界に中継されていた。


「なんだ、これは……!」


 英人はテレビに映る少年の姿を見、思わず驚愕の声を漏らした。


『……うん、まぁそんな反応にはなるよね。

 じゃあ一つずつ丁寧に話していこうか。

 まずはここにいる皆にひとつ質問なんだけど、この中で早応大学の事件より前に「異能」の存在を知ってたって人、いる?

 いたら手を上げて―。あ、別に殺したりするわけじゃないから心配しなくていいよ』


 有馬は手を挙げて記者たちに挙手を促すが、しばらく経っても手を挙げる者は誰もいない。

 すると有馬は満足そうに微笑み、


『うん、いないね……多分今カメラの向こうで見ている人達も、99.99%はそうだったんじゃないかな?

 まぁそりゃそうだよね、今までは「異能」なんて力がないほうが普通だったわけだし。

 でもさ、それっておかしくない? 

 「異能」って本来は人類みな等しく持っている才能の筈なのに、何で今まで表沙汰にならなかったんだろう?』


『と言うと……?』


 有馬の言葉に、記者が合いの手を入れた。

 テロリストの言葉に耳を傾ける――普通であればあり得ないことだ。しかしあまりに有馬の話に聞き入るあまり、ふと言ってしまった。

 気付けば会場の記者たちも、そしてスタジオのコメンテーターたちものめり込むようにその話に耳を傾けている。


鵠沼くげぬまの能力か……!)


 英人は瞬時にその可能性に思い至った。


『まー答えを言ってしまうと、要するに有史以来ずーっと特権階級の人たちが「異能」を独占し続けてたんだよね。

 「異能者」自身を囲い込むこともそうだし、「異能」の知識だったりノウハウだったりを長年その手で独り占めしてきた。

 世間を混乱させない為、ともっともな言い訳をつけてね。まぁ確かに一理あると思うよ。

 でもさ……そんなのズルいと思わないか、ねぇ!?』


 有馬は興奮したように身を乗りだし、言葉を続ける。


『「異能」というのは、無限の可能性だ!

 全人類みな等しくその資質を持っているかけがえのない個性だ。それを勝手に奪うだなんて、あまりにもひどすぎる!

 きっとみんなも思ってるはずだろう、自分も「異能」を使ってみたいと!

 どうだい、君!』


『わ、私ですか?』


『ああそうだ! 正直な意見を聞かせてくれ!

 君は「異能者」になってみたいかい!?』


 まるで心の全てを見透かすように、有馬は記者の瞳を覗き込む。

 記者は一瞬息を呑んだが、興奮しながら頷いた。


『は、はい……!』


『うんうんそりゃそうだよね! 自分に宿る才能を開花させたくない人間なんて、いるわけない!

 だからみんな、もっと正直になるべきなんだ! 我慢なんかせずにどんどん「異能者」になっていいんだよ!

 だって「異能」というのは人類一人一人が生まれながらに持つ、大事な個性なのだから!』


 画面いっぱいに映される、無邪気な笑顔。

 今、全世界の耳目はどこにでもいるような少年一人に注がれていた。


『皆も知っての通り、既に時代は動いた。

 「異能」という可能性は一部の特権階級の手から離れ、ようやく全世界に知れ渡たることになったんだ。

 この流れを、止めてはいけない。

 僕たちはこの世界に住まう者として、もっともっと加速させていかなければならない責務があるんだ。

 ……だから、決めたよ』


『……何を、ですか?』


『来たるクリスマスイブ……12月24日に、クリスマスプレゼントをあげるよ。

 場所は新宿、時刻は22時ちょうど。

 希望する人達全員を、僕たちが「異能者」にしてあげる。もちろんそこに年齢、性別、人種、階級、思想、宗教、性自認の区別はない。

 さぁこれまで搾取されてきた可能性と才能を、この手に取り戻そう。

 そして本当の自分を開放するんだ』


 そう悪戯っぽく笑い、有馬は壇を降りた。

 同時に、夥しい量のフラッシュが彼に向かって焚かれる。


『――僕たち「サン・ミラグロ」は、その欲望を全力で応援するものである』


 有馬それだけ残し、忽然と消え去った。




 ――――――


 ――――


 ――



 日本時間午後17時30分、早応大学港北キャンパスファンタジー研究会部室。


「まったく、好き放題言ってくれたな……」


 先程自宅のテレビで見た有馬の演説の様子をを思い返しながら、英人は毒づいた。


「英人さん、これ……!」


 その声に振り返ると、美鈴みすずがスマホをこちらに向けている。

 表示されていたのは、SNSの画面。


「とんでもない速さで拡散してるな。

 反応は……様々って感じか」


「ラトビアでも、かなり話題になっているみたいです」


 中央の机では、カトリーヌがスマホ片手に神妙な顔を浮かべていた。

 おそらく故郷のニュースサイトを見ていたのだろう。


「主要各国の外相を一気に殺したんだ、無理もない……加えて教皇だけ見逃したって点がそのあくどさを際立たせているな。

 あれじゃ十字教の権威もガタ落ちだ」


「それに、次は新宿で能力をプレゼントするって……」


「それについても多分、宣言通りマジでやるだろう。

 有馬ユウという存在は決して正直者ではない……が、経験上ああいうタイプはハッタリを言わない。

 世界を引っ掻き回す為に全力を出すだろうよ。

 問題は、それに賛同する人々がどれだけいるかだが」


 英人はパイプ椅子に座り、自身のスマホでSNSをチェックする。

 表示されるのは滝のように流れていく呟き。

 もちろんその内容は不安を訴えるものが一番多くはあったが、それでも『異能』を求める声、そして波乱と混乱を求める声が少なくない数見受けられた。


 不安ゆえに力と破滅を欲するのもまた、人の持つ情動である。


「……新宿における『覚者かくしゃ』の噂は、これを見越してのことだったということでしょうか……?」


 俯きながら、美鈴はポツリと零した。 


「十中八九、いやほぼ確実にそうだろうな。

 前もってそういう噂を定着させることで人々の注目を集めやすくしたんだ。新宿に行けば『異能』をもらえるって具合になるようにな」


 スマホを机に置き、英人は答えた。

 ちなみあえて口には出さなかったが、かおる自身の『異能』の兼ね合いもあっただろう。

 人の望む存在へと変化するというのなら、より耳目が集まればその力もより強力なものへと変貌する。


「……ヤハリ、そこには泉さんがいるんですよね……」


「……ああ。

 だから今日来てもらったのは、そのことについてだ」


「泉代表と戦うか否か、ですか……?」


 美鈴の問いに英人は無言で頷いた。

 二人は俯き、部室には長い長い沈黙が流れる。


「…………俺は戦わなければいけない、と思っている」


 静寂を破ったのは、英人の一言だった。


「いやこの言い方は卑怯だな……改めて言おう。

 俺は、代表と戦う。

 ……俺には、それ以外にいい方法が浮かばなかった」


 対して二人は無言で視線を落とす。


「言い切ってしまったが、とはいえこれは俺一人が決めたこと、二人が反対だというならもちろん考え直すつもりだ……どうかな、二人とも」


 答えは返ってこない。


「ん……」


 神妙な顔で俯く二人にやはりダメか、と視線を落とすと、


「英人さん」


「タタカイましょう」


 はっきりとした言葉と共に、美鈴とカトリーヌが真っすぐに見据えてきた。


「そうか……でもいいのか?

 一度戦えば最後、もしかしたらもう二度と元に戻れなくなるかもしれないぞ?」


「構いません。

 それに、今私たちが悩んでいたのは……」


「ハイ、英人さんと一緒に戦っていいのかどうか、という所です」


 そう言い、美鈴とカトリーヌは小さく頷く。その瞳に、迷いはなかった。

 英人は思わず感嘆の声を漏らす。


「二人とも……」


「だって泉さんには今回含めてさんざん振り回されて来ましたから。

 一度キツイお灸をすえてやらないと」


「ソレニ代表の暴走を止めるのは、部員の役目ですからね!」


「うん。

 でも今回の事件はあまりに規模も危険度も大きそうでしたから、私たちじゃ英人さんの足手まといになるんじゃないか、って。

 だから悩んでいたんです」


 そう小さく微笑む二人の表情に、英人は息を呑んだ。


(全く、俺としたことが……)


 秦野はだの美鈴みすずに、カトリーヌ=フレイベルガ。

 結果だけを見れば確かに、最終的には自分が彼女たちを助けた。

 でも伊勢崎いせざき村の事件の時も、末樹すえき恭弥きょうやの事件の時も、この二人は苦しみながら、打ちひしがれながら、限られた力を使って最後までもがき続けていたじゃないか。

 そんな彼女たちの心が強くないわけがない。


 むしろ、自分なんかよりもずっと――


「……足手纏いだなんて、とんでもない」


 英人は心の中で非礼を詫びながら、左右に首を振る。


「代表に一発かましてやろうぜ、俺たち三人でな」


「はい!」

「ハイ!」


 その次に放たれた言葉に、二人は笑顔で返した。


「よし。

 じゃあ話も纏まった所で今後の話をしよう。

 有馬の話通り本番を明後日とすると、問題はそれまでどう過ごすかだが――」


 そのまま気を取り直して話題を先に進めた時、机の上のスマホが鳴った。

 表示される番号は先日も電話した都築つづき敏郎としろうのもの。英人は「悪い」と二人に一言断り、電話に出る。


『もしもし八坂です。どうかしましたか?』


『美……が、……れた……』


『え?』


 電話口から響く荒々しい息遣いに、英人は問い返す。


『娘が、美智子みちこが……攫われた……!』


 しかし次に聞こえてきた知らせは、さらなる波乱を告げるものだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――【更新日についてのお知らせ】

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

これまでいただいてきた数々のコメントやフォローは大変励みになっております。


さて、これまで本作は長らく毎週水、土の2回を更新日にしていておりましたが、このたび所用により7月あたりまで執筆時間の確保が難しい状況になりました。


ですので今回、その対応策として次週より7月31日までの間は毎週土曜日のみの週一回更新にしたいと思います。

あくまで一時的な対応の予定ですので、8月以降は再び週二回更新に戻します。


毎回楽しみにして下さった読者の皆様方に置かれましては、大変申し訳ありません。

引き続き応援の程、宜しくお願い致します。

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