新宿異能大戦⑪『今ならサインもあげます』
金と赤。
川崎の路地裏で、二人の外国人が相対する。
「ギレスブイグ……ああ、『
何か用か?」
「用という程のものでもない。
『サン・ミラグロ』ならば、打ち倒す。それだけのことだ」
面倒そうに赤髪をかき上げる男に、ギレスブイグはゆっくりと歩きながら答えた。
命拾いしたか、と思いつつ静かにその光景を見守った。
「打ち倒すだぁ?
勘弁してくれよ、俺がお前に何やったってんだよ」
「つい先程殺していたじゃないか、それも数十人も」
「だからそれはここのヤクザだろ?
テメェには関係のねぇだろ」
「フッ、見苦しい言い訳だな。
いい歳して感心しないぞ、『サン・ミラグロ』よ」
「ああん!?」
「前置きは終わりだ、そろそろ行くぞ」
ギレスブイグは軽く構えを取り、立ち止まる。
「――ふっ」
それに対し、赤髪の男は小さく噴き出した。
まさか笑っているのか、と巽が思った瞬間、
「っっざけんなよテメェらあああああああああああああぁぁあっっ!!」
「っ!?」
赤髪の男は凄まじい勢いで地団太を踏み始めた。
「オイ、オイ、オイ、オイ、オイッ! ああ糞が! ただでさえ有馬に色々命令されてイラついてるってトコによおおおおっ!!
一体何なんだよテメーら、頭湧いてんのか!? あ”あっ!?」
(ま、なんだコイツ……イカれてやがる……!)
そのあまりにも脈絡のない怒りと剣幕に、思わず巽は一歩退いてしまった。
もちろんヤクザの中にも、沸点の低いタイプは吐いて捨てる程いる。しかしあれほど狂ったように感情を露わにする巽ですら見たことがなかった。
「今すぐ俺に謝れ! そして死ねやぁっ!」
声の限り叫びながら、男は突進してくる。
対するギレスブイグは仁王立ちの如くその場に立ち尽くしていた。
なぜ何もしないんだ、と巽が思うのも束の間。
「ハァッ!」
――ドゴォッ!
「が、は……!」
男の身体は巽の横を通り抜けて壁に激突した。
「え……? は……?」
「他愛なし、まるで力量が足らんな『サン・ミラグロ』!」
放心状態となる巽をよそに、ギレスブイグはゆっくりと倒れる男の元へと歩を進める。
「……ま、元が乞食のようにせこせこと弱者を殺して回ってただけの男だ。このような陽も差さぬ都市の片隅で野垂れ死ぬことこそが、お似合いと言うものだろう。
ならばせいぜい喜ぶがいい、ヴォルガの殺人鬼」
「ぐ、く……!」
「終わりだ――死ね、アンドレイ・シャフライ!」
止めを差す為、ギレスブイグは丸太のような腕を振り上げる
だがその時。
「申し訳ない!
俺が悪かったああああっ!!」
アンドレイは地面に額をこすりつけ、土下座した。
あまりの変わり身の早さに、ギレスブイグは思わずその手を止める。
「どうした、さっきまでとは違って随分弱気だな?
見苦しいことに変わりはないが」
「アンタにやられて、初めて自分の愚かさに気づいた!
俺はどうしようもないアホだ! でも、罪を償うチャンスをくれ! この通りだ!」
「ふむ……」
「どうか頼む!
信じられないというのなら、ここで手錠をかけられてもいい!」
恥も外聞も投げ捨て、アンドレイは必死に許しを乞う。
(なんなんだ、コイツ……!)
性格が丸ごと変わったのかと思うほどの保身ぶりに、巽は内心唖然とする。
しかし一方で、その情けない姿はあの時の光景とダブって見えた。そう、母に向かって泣きながら頭を下げる、父の姿に。
「やれやれ……」
一方で、ギレスブイグの方は呆れたように首を振った。
「な、なら……!」
アンドレイと呼ばれた男は期待するような目つきで彼を見つめる。
「まるでダメだな、ヴォルガの殺人鬼よ。
それは私が報告で受けていたものと同じ手口じゃあないか。あまりに進歩が無さすぎるぞ」
だがギレスブイグは、再び笑って腕を振り上げた。
「ぐ……!」
「さて……改めて、死ぬがいい!」
笑みと共に放たれた拳は、風を切りながらアンドレイに迫る。
しかし、
――――ゾゾゾゾゾッ!
「……なに?」
その直前、黒い影のような何かがアンドレイの全身を包み込んだ。
「ははっ、ラッキー!」
「チッ、逃がさん!」
ギレスブイグはさらに踏み込みの速度を早めるが、時すでに遅し。
影に飲み込まれるようにして、アンドレイの肉体は地面の中へと消えていった。
「ふぅむ、逃がしてしまったか。
私としたことが不覚を取ってしまった。これでは『
猛省せねば!」
敵のいなくなった路地裏で、ギレスブイグは顎を撫でる。
「な、なぁ今のって、」
「さて、気を取り直して次に行くとしよう!
奴等を全て粉砕する為に、わざわざ沖縄からここまで北上してきたのだからな! ハッ、ハハハハハハハハ!」
「お、おい……」
巽は手を伸ばして声を掛けようとするが、金髪の巨漢は一瞥すらくれずに走り去る。
結果、路地裏には巽だけが取り残された。
「は、はは……何だよ……道端に転がるヤクザなんか、眼中にもねぇってか」
巽は乾いた笑い声を上げながら、力なく雑居ビルの壁にもたれた。
同時に言い様も無いような疎外感と悔しさが、全身を覆い尽くす。
親父のようには死んでもなりたくない――それが、ヤクザになった理由だった。
自分の妻と子ども相手に泣きながら土下座するなんて、思い出しただけでも吐き気がする。
だからたとえ虚勢でも、他人の看板でも、強者であり続ける必要があった。
弱いのは、絶対に嫌だ。
――力が、欲しい。
「…………新宿、か……」
巽の口から漏れたのは、声にならないほどの呟きだった。
――――――
――――
――
「――やぁ、おかえり『第六位』。
危ない所だったね」
「……く、」
「ん?」
「クソああああああぁぁぁぁぁぁっ!
あの筋肉ダルマ、俺を馬鹿にしやがってええええぇっ!
こっちがバカ丁寧に頭下げてるんだぞ、だったら無条件で許すべきだろうが! おかしいだろうがこんなの!」
「はいはい分かったから落ち着いて。
そもそもお祭りの前なんだからはしゃぎすぎると後が続かないよ?」
「うるせぇ!
くそっ、どいつもコイツも俺の邪魔しやがって……いつか全員殺してやる……!」
「カリカリしてるねぇ……あ、このステーキ食べる?
さっき解体したばかりの奴だけど」
「いらねぇよ! 勝手に食ってろ!」
「あれ、せっかく助けたのにまたお出かけ?」
「決まってんだろ、あの坊主のトコに行くんだよ。
確かまだ地下に結構な数捕まえてんだろ? そいつら嬲って憂さ晴らしだ」
「そ、頑張ってねー」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
十二月十八日、午後。
東京都新宿 茅ヶ崎ビル。
「予想はしてたが、すごい人だかりだな」
「……ああ」
摩天楼を囲む人だかりを見ながら、英人とケネスは言葉を漏らす。
二人は今、世界的大企業である
「殆どがマスコミ関係っぽいが、ちょこちょこ一般人もいるな」
「……『異能者』はどれくらいだ?」
「目のことも知ってんのかよ……まぁいいや、どれどれ……うーん、半々って所か」
英人は『看破の魔眼』で人だかりを観察しながら、腕を組んだ。
おそらく、どちらも昨日のテレビを見て集まったのには間違いないだろう。
『異能者』たちの目的は自明だが、非『異能者』に関してはただの野次馬、もしくは少しでも『異能者』になれる切っ掛けが欲しくてやって来た、といった所だろうか。
「……そうか。
それでどう見る、
ケネスが尋ねると、英人はしばし考え込み、
「パッと思いつく限りだと、『異能者』を手元に集めてなんかしたい、ってあたりか?
『
「……同感だな。
だが問題はどのように探りを入れるかだ」
「どうも何も、ここまで来たら行くしかないだろ」
ケネスが顎をさする傍らで、英人は軽く首を鳴らしながら歩き始めた。
マスコミ除けの為に、いつぞやかのサングラスもちゃんと掛けている。
「……正面から行くのか?」
「相手は一流企業だしな。
それに推理が正しければ、俺は憎っくき息子の仇。それが直々にやって来るんだから相手としても願ったりかなったりだろ」
「……なるほど」
「さて、いっちょ行くか」
――――――
「申し訳ございませんが、アポの無い方の入館はお断りしております」
「えっ」
まさかの返答に、思わず英人は間の抜けた声を上げた。
正面から直接会おうという目論見は、受付の段階でいきなり躓いてしまった。
「……どうやら、当てが外れたようだな」
後ろでは、ケネスがいつになく冷めた表情を浮かべている。
「あー……あっ、そうだ。
俺、実はあの八坂英人なんですよ。ほら今話題の」
だが、英人としてもこのまま引き下がる訳にはいかない。
禁じ手とばかりにサングラスを取り、顔パスを試みる。
「はい、存じております」
「……ダメですか?」
「ダメです」
だが、どうにもならず。
無表情で応答する受付嬢の姿が、余計悲壮感を引き立たせる。
「……じゃ、じゃあサインとか、どうですか?」
「それでしたら、こちらにどうぞ」
英人はすっと差し出された色紙とマジックを受け取り、サインを書いて返す。
「ありがとうございます、大切にしますね」
受付嬢は僅かに口角を上げて頭を下げる。意外と効果はあったらしい。
「どうも……それで、茅ヶ崎社長の件は」
「それはダメです」
「そ、そうっすか……」
しかしそれでもやはり、ガードは固かった。
――――――
「……見事に失敗したな」
「結局サイン一枚書いただけだった……」
茅ヶ崎ビルからほどほどに離れた路地で、英人は大きく肩を落とした。
なんらかの反応を期待して行ってみたが、まさかの門前払いだとは。しかし正面からが無理となると、自然と次の手は限られてくる。
「忍び込むか、搦手を使うか……」
「……忍び込むのはいいが、搦手に当てはあるのか?」
「これから探すしかねぇなぁ」
「……そうか。
では私の方でも何か手を……失礼」
何か連絡が来たのか、ケネスは懐から端末を取り出して確認する。
少しして、彼は神妙な面持ちで英人の方へ振り向いた。
「……済まない。
私はここまでのようだ」
「どういうことだ」
「……本国から、待機の命令が来た。十二月二十二日の会談まで、作戦行動は控えろと。
他の国との電話協議で決定したそうだ」
「……!」
英人は僅かに眉を上げた。
ケネスに来た命令の意図は、おおよそ察しがつく。
おそらく各国は、北京での会談の成功を最優先としたのだろう。つまりこの決定は、それまで互いに何もしないという紳士協定ということになる。
「……こちらから付き合わせておきながら、申し訳ない。
おそらく私が派手に動き過ぎた所為だ」
ケネスは深く頭を下げ、詫びた。
「別にアンタが謝ることでもないだろう。各国からすりゃある種当然の判断だ。
それに、茅ヶ崎HDについては俺の個人的な因縁から来てそうだからな……俺自身が何とかするのが筋だ」
「……そうか、健闘を祈る。
状況は見ての通りだが、私にも一度関わった責務がある。
もし必要な時が来れば、可能な限りの協力を約束しよう」
「ああ」
返事をすると、ケネスは「失礼」と残して静かに去った。
無表情で口数こそ少ないが、案外義理堅い男であるようだ。
「さて、俺はこれからどうすっかな……ん?」
伸びをしていると、ふとポケットのスマホが振動を始める。
画面を確認すると、
「美智子のお父さん?」
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