新宿異能大戦⑨『自然を愛する父親』

 十二月十七日、午後3時。


「……悪いな」


「……いや」


「………………」


 六畳ちょっとの部屋で小さい丸テーブルを挟み、ケネスと英人が向かい合う。

 その横では、瑛里華えりかが落ち着きのない様子で二人を交互に見た。


 突然の邂逅から、およそ二十分。

 三人は今、港北キャンパスから少し離れたマンションの204号室――つまりは英人の自宅にいた。


「ここまで付いてきちゃって言うのも何だけど……私、ここにいていいの?

 もしヤバそうな話なら外すけど」


「……問題ない。

 一般人ならとにかく、君もれっきとした『異能者』のひとりだ。彼とも近しいしな」


「そ、そう。

 というか私のこと知ってたんだ……貴方、いったい何者」


「……調べたのは私ではない、本国の情報部だ」


「いやそういう意味で聞いたんじゃないんだけど……」

 

 瑛里華は苦笑いをしながらツッコんだ。

 寡黙な人間であろうことは外見だけでも明らかではあるが、感性の方も常人とは少々異なるらしい。


「とりあえず、本題に入るか。

 新宿の件ってことは、『覚者かくしゃ』のことでいいのか?」


「……ああ」


 ケネスは小さく答えながら、懐からタブレット端末を取り出した。

 画面に表示されているのは英語で書かれた文書ファイルだ。


「これは……何かの取引記録か?」


「……正統スマリ、という反政府組織は知っているな?」


「ああ、確か最近指導者が捕まったんだったな。ムガヒ大佐とかいう」


「……これは奴を捕らえた後、そのアジトを本国の情報部が調べていた時に出てきたものだ。

 取引内容は武器、そして人工『異能者』……」


「人工『異能者』……!」


 ケネスの言葉に、英人は目を見開いた。

 人工『異能者』という話自体は、義堂からの連絡で聞いていた。日本にその工場があったことも。

 だが改めてそれが実際のものとして生産され、さらには商品として売買されている証拠を目の当たりにすると、どうしても声が漏れてしまった。


「……だが、問題の本質はここではない。

 取引相手の名前を見てみろ」


 ケネスに言われるまま、英人はその箇所へと視線を移す。

 文章の殆どが英単語かスマリ語の固有名詞だったが、その中にひとつだけ不可解な文字列を見つけた。


「Kakusya……『覚者かくしゃ』か」


 あまりにもタイムリーな言葉に、英人は目を細める。

 まさか、こんな所で繋がってくるとは。


「……そうだ。

 そして此方で独自にその取引先を洗ったところ、僅かだがとある日本企業の資本が入っている痕跡を見つけた」


「それは?」


茅ヶ崎ちがさきホールディングスだ」


「……!」


「そ、それって……!」


 その単語に英人は再び目を見開き、瑛里華は思わず口を手で覆った。


 茅ヶ崎HD、それは創業者であり現社長の茅ヶ崎ちがさき十然じゅうぜんが一代で築き上げた、日本を代表する世界的大企業である。

 その主な事業は環境関連全般。最初は太陽光パネルの販売・設置事業から始まり、その後は着々と規模を拡大しながら現在では様々な再生可能エネルギーの開発に着手している。

 しかし多岐にわたる事業の中でもっとも特筆すべきは、その豊富なノウハウと技術を生かした環境コンサルタント事業だろう。

 CSR改善に悩む企業のニーズにいち早く注目し、環境企業としての知識とブランド、人材を直接売り込みにかかったのである。企業としては対応の難しい環境問題についてのアウトソーシングが可能となり、また茅ヶ崎HDとしてもCSR改善を入り口とした省エネ設備やシステム等をパッケージで販売出来るようになった。

 その結果、会社の規模は国境を超えて急速に拡大。もはやこの世界で「環境」を語る上で、「チガサキ」というブランドは外せないほどになっているのである。


 そんな超有名企業である茅ヶ崎HDだが、その名は英人と瑛里華の二人にとって少し特殊な意味を持っていた。


「茅ヶ崎か……」


 茅ヶ崎ちがさき圭介けいすけ

 それは新藤しんどう幹也みきやをクロキア=フォメットへと引き合わせ、『吸血鬼ヴァンパイア』へと転生させる原因を作った男の名である。

 性格や言動は絵にかいたような七光りのバカ息子で、自ら部長を務めるテニサーでも権力に物を言わせて恐怖政治をいていた。幹也を欺いたのも、彼が圭介のやり方に反発したからである。

 しかしその後はクロキアに用済みと判断されたのか彼自身も『喰種グール』となり、最後は英人の手によって浄化された。そう言う意味では、英人とも因縁のある相手ではある。


「確かアイツって茅ヶ崎十然の息子よね……まさか、息子が死んで自棄になったってこと?」


「……その口ぶりからすると、やはり七月の事件に関わっていたか」


「知っていたのか」


 英人が言うと、ケネスは小さく頷いた。


「……状況証拠からの推測だ。

 記録に残っていたそれぞれの行動から、絞った。むろん茅ヶ崎○○の死亡についてもな」


「成程。それよりこれ、もう日本政府の方には知らせたのか?

 もし事実なら早急に対処した方がいいぞ」


 険しい目つきしながら、英人は資料を丸テーブルの上に置いた。

 世界有数の経営者が『サン・ミラグロ』関係者となれば、看過は出来ない。


「……いや、知らせてはいない」


 だがケネスは静かに首を振った。


「……つまりあれか? 日本の上層部にスパイがいると踏んだってことか?」


「……それもあるが、そもそも彼自身が経済界を中心に大きな影響力を持っている人物だ。どこに目を光らせているか分からない以上、政府筋には下手に情報を流したくない。

 だからこの情報については、他言無用でお願いする」


 ケネスはそう言うと、鋭い眼光で二人の顔を見る。

 本気だということだろう。


「な、なんか問題ないって言うから聞いてたのに、いつの間にかとんでもない情報掴まされちゃったんだけど……」


「これからは茅ヶ崎関係に近づかないようにしとけばいいさ。

 しかし、となると茅ヶ崎十然の目的は差し詰め『サン・ミラグロ』を使っての仇討ちって所か?」


「……分からんが、今からそれが判明するかもしれない。

 ……そろそろ時間だな、少しテレビを借りるぞ」


 ケネスはテーブルの上のリモコンを持ち上げ、電源ボタンを押す。

 表示されたのは、午後の生放送トーク番組。かなりの長寿番組で、芸能人に限らず各界の著名人もゲストとして招くものだ。

 そして今日のゲストは――


『さぁ本日お越しいただきましたのは誰もが知る超有名企業、茅ヶ崎ホールディングス創業者、茅ヶ崎十然社長です。

 まさに今の世界を牽引する経営者の方でありますが、どういったお話が聞けるのでしょうか。

 では茅ヶ崎さん、宜しくお願いいたします』


『ええ、宜しくお願いします』


 白髪をオールバックに纏めた壮年の男、茅ヶ崎十然だった。



 ◇



『――そう言えば、茅ヶ崎さんはつい先日まで各国を歴訪されていたとか。

 具体的にはどんな所に?』


『ええ、南米や東南アジアさらにはアフリカを転々としておりました。概ね赤道以南の地域ですね。

 あの辺りはアマゾンの密林やサバンナを始め、雄大な自然が残っていますが同時に開発も激しい。現在我々は現地の経済発展を阻害せずにそれらを保護する方法を模索していますが、その為にも私自身の目で見た方がいいと感じ――』


 番組が開始して二十分。画面では進行役と十然とのトークが穏やかな雰囲気の中で続いている。

 しかし話の内容は今のところ特に目を引くものはなかった。


「……言ってることは至極普通だな。

 ところで実際の所、そちらはどれくらいの確率でクロだと睨んでるんだ?」


「……茅ヶ崎HDの関与はほぼ確実だと考えている。

 『サン・ミラグロ』がここ半年の間に活発を急拡大させた理由は謎だったが、茅ヶ崎HDの資金が入ったというなら説明がつく」


 ケネスはテレビ画面を見つめながら答えた。


「後は社長である十然自身がどれだけ関わっているか、か」


「……ああ」


『――いやぁ、すごいですねぇ。

 失礼ですがお齢は?』


『61です』


『61! それで社長としてのお仕事だけでなく、プライベートでも色々な環境保全活動や慈善活動を行っているのでしょう?

 本当、アグレッシブですねぇ』


『はは、まぁ年齢については騙し騙しでやってるだけです。

 それに今の活動を始めたきっかけも別に高尚な理由ではなくてですね……元が田舎育ちだったお陰で、自然が好きだったんですよ。だから半分趣味みたいなものです』


『でもご自身の好きなことが世の為人の為になるって、とてもいことだと思います』


い、ですか……』


『ええ……おっと、気付けばお時間も迫ってきましたね。

 最後に何かおっしゃりたいことがあれば』


『では、ひとつだけ……』


 十然は小さく咳払いをすると、進行役ではなくカメラの方へと顔を移した。

 それはまるで、画面の向こうの誰かを見るような視線だった。


『先日の早応そうおう大学の事件より、「異能」という特殊な力が世界に広く認知されるようになりました。

 人間に宿りし無限の可能性……わが社は今、この神秘の力に強い興味を持っております』


『え、えと茅ヶ崎さん……?』


『もしかしたらこの力は、環境問題やエネルギー問題を一挙に解決する福音足り得るかもしれない。いや、それだけではなく食糧問題、貧富の格差、差別、まさにあらゆる問題を解決する可能性を秘めている……。

 ならばこれを有効に活用しない手はありません』


 十然は立ち上がり、身振り手振りを交えながら演説する。

 それはさながら自社の新商品をプレゼンしているようだった。


『茅ヶ崎HDは今、「異能者」を求めています。

 国籍、人種、年齢、経歴、宗教は問いません。当社との接触についても、メール、電話、直接のご来訪、どれでも結構です。

 我々の理想に力を貸してくれる「異能者」の方のご参加を、心よりお待ちしております。共に、よりより地球環境を作っていきましょう。

 以上、本日はありがとうございました』

 

 言葉を終えると、十然はカメラに向かって深く頭を下げる。

 スタジオの空気は今、完全に彼に支配されていると言っていいだろう。


『あ……えと、ごきげんよう! また来週!』


 進行役がまるでおまけのように雑に最後を締めた後、画面はCMへと切り替わった。


「「……」」


 室内では、余韻のように英人と瑛里華が無言テレビを見つめる。


「……厄介だな」


 その中でケネスの独り言だけが、虚しく響いた。

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