新宿異能大戦⑧『もっとやれ』
十二月十七日、朝。
(
昨夜の事を思い出しながら、英人はいつもの通学ルートを歩いていた。
ちなみにあの後は無事警察に『異能者』たちを引き渡し、そのまま解散。つまりほぼ徒労に終わったわけだが、そもそもが噂話レベルの都市伝説なので仕方ないと言えば仕方ない。
「ま、気長にやっていくしかないか……」
「ですね!
何のことかはよく分かりませんけど!」
「ああそうだな、」
「……ん?」
英人はふと違和感を覚え、声の方へと視線を向ける。
「おはようございます、英人さん!」
するとその先には、栗色の髪をした絶世の美少女。
英人の実家のお隣さんであり、かつ妹分でもある早応大学三年生、
「……いやいや、田町キャンパスじゃないの?」
英人は思わず手を横に振りながらツッコむ。
普通であれば、三年生が通うのは都内にある田町キャンパスのはずだ。
「まぁ本当はそうなんですけど、この前の事件からまだ復旧していない教室があるらしくて。
キャパ確保の為に一部の講義を港北キャンパスでやることになったんですよ」
「ああ、そういや大学のホームページにそんなこと書いてあったな」
英人は納得したように頷いた。
確かに、あれだけの騒動の後であればそれなりに支障は出るだろう。
「ええ、ですので英人さんのお宅にサプライズ訪問をしようと思ったのですが、こちらの想定より早く英人さんが自宅を出てましたので、ここでバッタリと会ったわけです」
「サプライズする必要、ある……?」
英人は怪訝な表情でドヤ顔の真澄を見つめた。
ともあれ、彼女がこういうややぶっ飛んだ行動をすることは稀によくある。ある意味ではいつものことだ。気を取り直して話題を変える。
「……そういや、怪我はもう大丈夫なのか?」
「はい! バッチリです!
後遺症とかも全くありませんでしたし、やっぱり
「そうか」
英人は安心したように頷く。
先の田町祭の事件において、真澄は生死の境を彷徨った。
それを覚醒したばかりの『異能』を使って奇跡的に助けたのが、事件を引き起こした張本人の一人でもあるミス早応ファイナリスト、
彼女の力が無かったら真澄があのまま死んでしまったであろうことは想像に難くない。もしそうなれば、英人としても悔やみきれなかっただろう。
「いや本当に、よかった……そうだ、跡とかは残ってないか?」
「英人さん?」
「失礼」
そう言って英人は真澄の前髪をさらりと上げ、額を確認する。
「あ、あ……!」
「まっさらだな。皺の一つもない。
いや、でも少し赤いか……?」
英人がさらにもう少し顔を寄せてみると、うっすらと赤くなっている様子が見えた。
それも額というより、顔全体が。
「いや、これは傷跡のせいじゃないれふ!
単純に私の血の巡りが良くなっているだけですからお気になさらず!」
「お、おう……」
明らかにおかしくなっている様子に戸惑いながら、英人は前髪から手を離す。
「ふー、唐突なラブコメイベントはもっとやれ、じゃなくてビックリしました」
「わ、悪い」
「いえ、ご馳走様です」
「???」
思わず首を傾げる英人。
どうやら今日の彼女は、いつにも増してテンションが高いらしい。多分クリスマスシーズンだからだろう。
「とりあえず、跡になってないみたいで安心したよ。
やっぱ女子ってこういうの気になっちまうもんな?」
「え、ああ今日の夕飯ですか? もちろんチャーハンですよ。
英人さん家で一緒に食べましょうね!」
「……どうにも噛み合わない気がするが、まぁいいか」
げんなりとしながら溜息を吐く英人。
とにかくこんな感じで、二人はキャンパスまでの道中を行くのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後。
「――では今日の講義はここまで。
次回もレジュメは月曜にアップするので、事前にダウンロードお願いします」
三限終了のチャイムが鳴り、チョークを持つ教授の手が止まる。同時に学生たちが俄かに騒めき出した。
どうやら講義終了直後の空気は、事件の前と後でも特に変わりはないらしい。
「……ふぅ」
周囲に
「じじくさいわね、何か嫌なことでもあった?」
すると右耳に、聞き慣れた少女の声響いてきた。
「そういうことなら、」
英人は返答がてら、伸びをしながら大教室の中を見渡した。
必修の講義だけあって、学生の入りはいい。しかし英人たちの周囲だけ穴が開いたように誰もいない。ただ一人を除き、まるで英人を避けているように。
「こんな状況で隣に座られると、気が散ってしょうがないんだが?」
釈然としないような表情で、英人は隣に座る
つまり状況を纏めると、今まで英人は周りに学生がいない中で、瑛里華と二人きりになって講義を受けていたのだ。
「別に、一応ひと席ぶん開けてるでしょ?」
しかし瑛里華は「文句ある?」と言わんばかりに髪をかき上げる。
「荷物置くためにな。
本当に真隣に座ってきたら俺が逃げるわ」
「別にそんなことはしないわよ。
私がここに座ったのって、空いてるからってのもあったからだし」
《はーい、ここで私による判定を行います……うーん、これは嘘w! 真っ赤な嘘w!》
「うるさい」
瑛里華が冷めた表情でバッグを小突くと、中からは「ふぎゃ!」と小さな悲鳴が響いた。
どうやら瑛里華の『異能』である「そいつちゃん」もいつも通りいるようだ。
「……ま、お前さんが俺に突っかかってくるのはいつものことか」
「なんか引っかかる物言いね……そんなに不満?」
瑛里華は机に頬杖をついて英人を見返した。
その時さらりと揺れた黒髪と隙間から不敵に覗いた円らな瞳は、彼女が紛れもなく大学でトップクラスの美女である事を示している。というより四月辺り比べても、その美貌はさらに磨きが懸かっているようにすら英人には感じられた。
「不満ってことはないさ。
お前なりに気使ってくれてるんだろ? ありがたいよ。
でも――」
「やべ、あそこの熟年カップルが気になり過ぎて講義集中できんかったわ。
後でノート見してくんね?」
「やっぱこういうのって有名人同士がくっつくモンなんだなー」
「いがみ合っていた二人がいつしか、ってリアルでもあるんだ」
「尊い……」
「時と場合は、考慮に入れてくれるとありがたい」
「……そうね」
ただ唯一耳まで真っ赤になっているその顔色だけが、台無しだった。
◇
荷物を纏めて校舎を出ると、いつものようにキャンパス内は学生でごった返していた。
「今日はこの後何かあるの?」
人の波を避けながら二人で歩いていると、ふと瑛里華が英人に尋ねた。
「決まった予定はないが、やらなきゃならんことはあるな」
「何それ?」
「何というか、ちょっとした調査みたいなもんだな」
少々表現をぼかして英人は答えた。
さすがに新宿の件に関しては、
「……そう。ま、無茶はほどほどにね」
すると瑛里華は何か言い含んだように答えた。おそらく、察してくれているのだろう。
英人は申し訳なさそうに息を吐き、
「悪いな、何か」
「別に今更でしょ。
でも出来るだけ無茶は控えて欲しいっていうのは、私の心からの本音。
だって今の貴方の周りには白河先輩を始め色んな人達がいるんだから」
「……ああ」
「その人達は英人さんが有名になったとか関係なく、慕ってるわけなんだし悲しませないようにしないと」
《あ、もちろん『私』もその中の一人だよ?》
バッグの中からひとりでに声が響くが、さっきと違って瑛里華がツッコミを入れる様子はない。
他ならぬ本心だということなのだろう。
「ふっ……とにかくその言葉、大事に心にしまっとくよ。
お前の言う通り、俺だけの命じゃないもんな……にしてもお前、」
「ん、何?」
瑛里華は英人の方へと振り向く。
「前と比べて随分と、いい感じになったな。
角が取れたというか、器がでかくなったというか」
「ま、外見に関してはほぼ完成に近いからね。
今は内面を磨くことにしてるってわけ……よりイイ女になるためにね」
英人の言葉に、瑛里華は悪戯っぽく笑って返した。
◇
そこからさらに歩いていると、なにやらしきりに声を上げている団体が目に入った。
どうやら、新興サークルの勧誘らしい。
「異能研究会でーす!
貴方も異能者になってみませんかー!」
「ただいま食堂のたまりで異能の実演やってまーす!」
「……異能研究会だぁ?」
「ま、時勢が時勢だしこういうのが結成されてもおかしくはないわね。
この時期に勧誘するのはルール違反だけど」
瑛里華は腕を組みながらその光景を遠巻きに見つめた。
彼女の言う通り、大学では大々的なサークル勧誘は四月上旬の新歓シーズンのみと定められている。なのですぐに職員が駆けつけて解散させられるだろうが、それでも『異能』というタイムリーな話題なだけあって周囲ではかなりの人だかりを形成していた。
「ま、自分も特別な力が欲しい! っていうのは誰でもあるわな。
俺も一般人だったらちょっと興味持ってたかも」
英人も顎を撫でながらその人だかりをしみじみと眺めた。
『異能』と聞くと思わず身構えてしまうが、話を聞く限り内容は自己啓発の類と同じ。カルト的な怪しさもないようだし、わざわざ目くじら立てる必要もないだろう。
そう思って英人が再び歩き始めようと時。
「あ! 貴方は八坂英人さんですね!
是非とも我がサークルに!」
その中の一人が、目を輝かせながら英人の方へと向かってきた。
「い、いや興味ないんで……」
「どうかそんなこと言わずにまずはお話だけでも!
『異能』を研究するために立ち上げた以上、大学でいちばん有名な『異能者』である貴方には是非とも参加して欲しいんです!」
英人は拒否するが、部員たちは声を上げながらずいずいと距離を詰めてくる。
まぁ確かに彼等としては英人に入ってもらいたいだろうが、英人にも英人の都合がある。
「俺もう別のサークル入ってるから」
「もちろん兼サーでも大丈夫です!
本当に月に一回、いや数ヶ月に一回とかでも構いませんので、顔を出して色々とご教授頂ければ!」
「いやだから……」
「是非! 是非!」
しかし、なおも詰め寄る部員たち。
周囲では学生たちが大挙してその成り行きを見守っており、もはや逃げ場はない。
どうしたものか、と英人が思った時。
「……失礼」
一人の男が、英人の前に立った。
これだけの喧騒の中、静かに、そして当然のように。
「え、あの……」
「……そちらの話は既に終わったと判断した。
次は私の番だ」
男は部員の言葉を遮り、冷めた瞳で英人を見下ろす。
「……お前は、」
英人はその顔を、写真で一度だけ見たことがあった。
連合王国直属の『
「ケネス=シャーウッド……!」
「……お互い自己紹介は不要か。
帰還者、
「知ってるのか……」
目を見開く英人をよそに、ケネスは言葉を続ける。
「……早速だが、新宿の件について話がしたい」
それは意外な申し出だった。
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