新宿異能大戦⑦『息子さん!?』

 カトリーヌからの突然の報告に、英人は目を見開く。


「!! マジか……距離は!?」


「タブンですが、ここから150メートルくらいです!」


「分かった!

 カトリーヌ、今週の残り時間は!?」


「マダ身体強化は使ってませんので、五分全部あります!」


「じゃあ二人の護衛頼む!」


 そう答えると英人は『脚力強化』の魔法を使い、勢いよく飛び上がる。

 突然の行動に周囲は騒然となるが、今は関係ない。

 瞬時にトップスピードに入った英人の身体は、風のように歌舞伎町の空を横切って行った。


「……いやぁ直接見るのは初めてだけど、すごいな。

 あれなら大抵の『異能者』は倒せてしまいそうだ。さすがは我がファン研唯一の男子メンバーだね」


 その様子を見ながら、薫は感慨深そうに顎を撫でた。


「モシモの時は私が守りますから、離れないで下さいね?」


「なぜ秦野はだの君じゃなくて私の方を見ているのかはちょっと釈然としないが……まぁいいか。

 それより私たちも、彼の後を追おう。いくら強いと言っても万が一があるかもしれないからな!」


「構いませんけど、あまり英人さんの邪魔はしない方がいいですよ……」


「君たちは私を何だと思ってるんだい!?」


 思わずツッコむ薫。

 とにかく三人も、小走りでその場所へと向かうのだった。




 ◇



 果たして事件の起きていた場所は、カトリーヌが指し示した通りの位置だった。


「ははっ、いいねぇ……これが『異能』って奴か」


 そこは大通りから一本脇に逸れた、車一台分ほどの幅の路地。

 繁華街ゆえにそれなりに人通りがあったが、その隅では明らかにヤクザと思しき男たちがたむろしていた。


「ぐ、く……!」


 彼等の視線の先には、白スーツを着たこれまたヤクザと思しき男が尻もちをついて倒れている。

 年齢は二十半ばあたりだろうか、彼を囲む若衆に比べ三~四歳は年上のようだった。


「つまり俺は選ばれた人間つーわけかぁ?

 そんでアンタは何の力もねェただの凡人……兄貴面出来んのも今日までみたいだなァ、兄貴ィ?」


「テ、テメェ……! よくも……!」


「そんな怖い顔しないで下さいよ、兄貴ィ。

 極道の世界は強さこそが正義――そう言ってたのは兄貴っスよ?

 俺たちゃそのありがたーい教えを守ってるだけですって」

 

「ギャハハハハハ!」


 路地内に、若衆たちの笑い声が響き渡った。


「だからって、テメェの親やカシラまで殺していい道理になるわけねぇだろ……!

 テメェ等全員、俺がここでブチ殺す!」


 兄貴分の男は立ち上がり若衆、もとい彼等を取りまとめている舎弟に向かって突進する。

 しかし、


「だから、凡人のアンタじゃ無理だって」


 男の拳は空を切り、代わりに舎弟の拳が男の腹にめり込んでいた。


「ガ、ハ……っ!

 クソ、なんでさっきから……!」


「なんでも何も、そういう能力だからっすよ。

 『未来視するほど仲が良いツー・カー』……俺と近しい人間になればなるほど、その人の未来の行動が読めるんです。

 兄貴相手なら五秒くらいは余裕っすね…………ん?」


「おおおおおおっ!」


「だから視えてるって言ってんのに……」


 だがなおも殴りかかってくる兄貴分に対し、舎弟は呆れたように息を吐く。

 次の瞬間、まるで示し合わせたかのようにその膝は兄貴分の腹にめり込んでいた。


「ぐ、は……っ!」


「ったく、一応は兄貴分だし特別に生かしておいてやろうと思ったのによォ。

 あーめんどくせぇー、もう殺しちゃおっかなー。

 てか別にいいかぁ! 俺たちコイツより強いんだし!」


「おーやっちまおうゼェ!」

「いいねいいね!」


 周囲では、取り巻きの若衆たちが湧きたつ。


「んじゃ行きまーす。

 ……あ、俺アンタより強いから恨まないでくれよ?」


 舎弟は懐から拳銃を取り出し、兄貴分に突きつけた。

 そのまま引き金に指を懸けた時。


「……ん、死んでない?」


 瞳に映った五秒後の兄貴分の姿に、舎弟は首を傾げた。

 だが次の瞬間、


「――強いってのは、まさかお前らのことじゃねぇよな?」


 舎弟の手から、拳銃が消えた。


「な……!」


「まさか、暴対法が施行されて久しい現代で銃持ったヤクザに会えるとはな……さすがは歌舞伎町」


 声の主は、おそらくは三十前後の、やや陰気な顔立ちをした男だった。

 服装はラフだが、体格はそれなりにしっかりしているように見える。だが右手に持つ拳銃が、彼が只者ではないことを証明していた。


「て、テメェ……何者だ!

 まさか俺たちと同じ『異能者』か!?」


 舎弟はそのまま男に食って掛かろうとした時、取り巻きの一人がその肩を掴んだ。


「ま、待て! こ、こいつ八坂やさか英人ひでとだぜ……!」

「あぁ? 誰だそいつ?」

「ほ、ほらこの前の事件で大暴れしてた……」

「え? それって――」


 ハッとした表情を浮かべながら、舎弟は再び男の姿を見た。

 言われてみれば、確かにその特徴は早応大学で大太刀回りを演じたあの姿と合致する。

 だがそれ以上に今の舎弟の目には、


(……こ、のままだと、全員やられる……!)

 

 英人に思い切り吹っ飛ばされる、取り巻きたちの数秒後の姿が映っていた。


「く……っ、逃げるぞお前等!」

「え……?」

「急げ!」


 舎弟先頭に、すぐさまその場を走り去る若衆たち。

 未来を覆す選択としては、確かにこれ以上のものはなかっただろう。

 しかし、今回の相手は八坂英人だった。


「……もう遅ぇよ」


 彼は小さく息を吸い、肩を回す。

 五秒後、未来は無事現実となった。



 ◇



「――ま、こんなもんか」


 パンパンと手を払いながら、英人はふぅと息を吐く。

 周囲では若衆たちが四人、こと切れたように路上に転がっていた。


「嘘、だろ……?」


 その後ろでは、彼らの兄貴分だった男が目を見開いく。

 『異能者』四人を瞬殺したという事実に、理解が追いついていない様子だった。


「とりあえずコイツらに関しては義堂ぎどうあたりに連絡とって……おっと、まずはこっちからだな。

 大丈夫だったか、アンタ?」


 英人はゆっくりと歩み寄り、兄貴分に手を差し伸べる。


「あ、ああ……助かった……」


「な――!」


 だがその手を取ろうと兄貴分が顔を上げた時、英人は目を見開く。




『――創二そうじさん、それってご家族の写真ですか?』


『んん? はは、少し恥ずかしい所を見られてしまったね。

 ああこれは、家内と息子さ』


『へぇ……映ってる創二さん、お若いですね。

 結構前に撮ったものですか?』


『うん、巽……息子が小学校の頃の写真だね。

 もう十年以上も前になるか。今は二十二かな?』


『じゃあ、俺より二つ下ですね――』




「……まさか、たつみ……君か?」


「な、何で俺の名前……」


 山北巽――それは、英人にとって見覚えのある顔と名だった。


「やっぱりそうか……君は、山北やまきたたつみ君だろ?

 山北やまきた創二そうじさんの息子の……!」


 異世界にて英人と共に戦った『英雄』の一人、山北創二。そしてその一人息子の巽。

 見たのが小学校の頃のそれとはいえ、人の顔の造形というのはそう大きく変わるものではない。完全記憶能力によって刻まれた顔立ちが、英人に大きな確信を与えていた。


「俺、君のお父さんに助けられて……」


「な、なんで……! くそっ!」


「あっ……お、おい」


 しかし対する巽は何を思ったのかその手を振り払い、その場を走り去る。

 英人は追いかけようとしたが、


「おーい八坂くーん! 大丈夫だったかー!」


 後ろから聞こえた薫の声がそれを阻んだ。


「……代表」


 英人は息を吐きながら、腕を静かに降ろす。

 山北巽のことも気になるが、今は倒した四人の引き渡しと彼女らの安全が最優先だろう。


「おー無事かーって、おお!? 何かヤーさんっぽい人達がノビてる!?

 まさかの抗争かい!? よもや歌舞伎町のドンにでもなるのか君は!?」


「いやいやそんな大したもんじゃないですって。

 それより、警察よんで後処理済ませちゃいましょう」


「ああ、そういうことならすでに110番しているから安心し給え」


 薫はドヤ顔で胸を張る。

 英人としてはなんだか釈然としないが、手間が省けてありがたいことには違いない。


「んじゃ後は警察が来るまで待機か……後は大丈夫そうか、カトリーヌ?」


「ハイ! もう反応はありません! 解決です!」


 満面の笑みでカトリーヌは頷いた。


「やはり、今の騒動も『覚者かくしゃ』関係なのでしょうか……」


「分からん……が、最近発現した『異能者』であることは間違いなさそうだ」


 英人が呟きながら顔を上げると、警察官が走って向かって来るのが見える。

 ひとまずは、これで一件落着だろう。だが、新たに出た問題もある。


「山北巽……か」


 英人はそれを反芻するように、小さく呟いた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 人民共和国、北京。


「……会談の件、各国からの返事は?」


「はっ。合衆国だけは返事を保留しておりますが、それ以外の国は概ね。

 しかし十字教の教皇みずから出席するとなれば、合衆国についても近くなんらかの対応をするかと」


「そうか……まぁ『国家最高戦力エージェント・ワン』についての条件までつけたのだ、即日の返事は厳しいか。

 ご苦労だった」


 そう言って壮年の男が手を上げると、秘書は小さく礼をして足早に会議室を後にする。

 バタンと扉が閉まる音と共に、男はテーブルを囲む党幹部たちへと視線を向けた。


「……聞いてもらった通りだ。来週の十二月二十二日、この北京で教皇及び各国の外相を招いた会談を行う。

 アフター早応後初の会談であり、おそらく合衆国も出席する可能性が高い。

 つまりこれは我が国の力を内外に示すまたとない機会であり、万が一にも失敗はあってはならない……そうだな、上将?」


 男が視線を移すと、厳つい軍服に身を包んだ軍人が自信に満ちた笑みを浮かべて立ち上がった。


「はっ、解放軍の威信に懸けても警備には万全を期す所存であります。

 ですのでご安心して会談に臨んでいただければと」


「大した自信だな、その根拠は?」


「説明するより、見てもらった方が早いでしょう……入れ!」


 上将が声を上げると、会議室の扉が開いて百人以上もの兵士たちが続々と入って来た。


「こ、これは……!」


「解放軍で独自に選抜と訓練を施した、『異能者』で構成された部隊です。

 今この場に呼んだのは一個中隊ですが……当日は総員、つまり大隊規模にて護衛の任に就きます」


「おお……!」


 席からは、幹部たちの期待感の混じった声が漏れる。

 大隊規模で編成された『異能者』部隊というのは世界でもほとんど前例がない。それはまさに人民共和国の強大さを表したような威容だった。


「そしてその指揮にあたるのは、解放軍最強の『異能者』。

 『国家最高戦力エージェント・ワン』のりょ秦明しんめい中佐です……中佐、前へ」


「はっ」


 現れたのは、いかにも軍人の型にはまったような男だった。

 埃ひとつない軍服を綺麗に着こなし、背筋も脚を上げる角度も真っすぐで、足音の感覚も均一。まるでただひとりでマスゲームをしているような精密さで会議室を歩いていく。

 もちろん立ち止まり方と敬礼も、手本からそのまま抜き取ったように精密。


「――呂秦明中佐であります。

 以後、お見知りおきを」


 だが唯一、浮かべる表情だけは不敵なものだった。

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