新宿異能大戦①『木を隠すなら森』
――田町祭の事件から、
「あ、あのっ!
これ受け取って下さいっ!!」
「お、おお。ありがとう」
「あ、ひ……こちらこそ、受け取ってくれてありがとうございますっ!」
英人が一通の便箋を受け取ると、紺のセーラー服を来た少女が一目散に走り去っていく。
季節は十二月中旬、自宅に向かう道のりでの出来事だった。
「……なんだかなぁ」
そう溜息交じりに呟きながら
こういう類の物をもらったのは、こっちの世界では生まれて初めてだった。
『おーう、いいねぇ色男。
そりゃ恋文だろ?』
「どっちかっていうとファンレターの類だな、これは」
頭に響いてくる声に英人は素っ気なく返事した。
先代の『英雄』、
八坂英人の名が世に知れ渡るようになってからというもの、聖剣『
それに対抗してか『
『ふぁん、れたぁ……?
なんじゃそりゃ』
「平たく言えば有名人を応援する手紙だな」
『ほぉ……、まぁとにかくお前さんの名が知れてきたってことかい。
いいねぇ、英雄ってのはこうでなくっちゃよ。
それより早速読んでみてくれよ、中身どんなだ!?』
「外で開けるわけないだろ……後でしっかり読むから黙っててくれ」
英人がファンレターを鞄にしまいながら視線を上げると、通行人たちがチラチラと此方を見ている様子が映った。
さすがに
「……ちょっとだけ、昔を思い出すな」
『異世界』からの帰還より、既に二年以上。
八坂英人は今や、知る人ぞ知る有名人になっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
東京都港区、某喫茶店。
「……で、私に会いに来たというわけですか。八坂先輩?」
コーヒーの入った紙カップ片手に、灰色の髪の美女は目を細めた。
「まぁ、せっかく有名人が知り合いにいるんだし色々アドバイスをもらっとこうと思ってな。
というわけでなんか心得とかあるか、桜木?」
テーブルを挟んだ向こう側では、若干不自然なサングラスを直す英人の姿。
彼はいま日本が誇るトップ女優『
「まったく久々の休暇にいきなり誘ってきたらと思ったらこれとか……。
まぁ先輩らしいと言えば先輩らしいですけど」
「俺からすりゃあまさか翌日すぐに会えるとは思ってなかったけどな。連絡したのもダメもとだし。
ハリウッド進出だかで忙しいっつってなかったか?」
「早応大の事件のせいで撮影が延期になったんですよ。
おかげでちょっとだけ暇というわけです」
灰色の髪をかき上げながら、楓乃は紙カップに口をつけた。
その姿は生来の美貌も相まって、もうそれだけで雑誌の表紙を飾れそうな存在感を放っている。
英人にとっては勝手知ったる高校の後輩だが、世間的に見れば今の彼女は紛れもなく国を代表するスターであった。
「ああ、なるほど。
まぁ教皇の来日も延期になったし当然か。あれはそれだけの事件ではある」
「つまりは先輩のせいですね」
「えぇ……」
無茶苦茶な責任転嫁に英人は顔をしかめた。
しかし楓乃の抗議するような視線を見ていると、確かに一理ある気がしないでもない。こういう時役者というのは厄介である。
「それにそんなこと言ってますけど、私を誘った理由もそれだけじゃないですよね?」
「え?」
「だって、アドバイスを聞くだけならメッセージアプリで済むじゃないですか。
なのにわざわざ会おうとしたのには理由がある……それも、私の考えじゃかなーり下らない理由が。違いますか?」
すさまじい圧を放つ目線に、英人はたじろぐ。
ここは観念するしかないらしい。
「まぁ……お前の隣にいた方がかえって目立たないかなと。
ほら有名人を隠すなら、有名人の傍ってな感じで」
「やっぱり」
楓乃は呆れ顔を浮かべながら、わざとらしく椅子の背にもたれた。
「よく分かったな」
「実は昨日、ちょっとだけ私の『
『昼間寝子は夢の中』の主人公、
「そういや、ちょっと前まで探偵役やってたんだったか……」
『昼間寝子は夢の中』は映画化もされた人気テレビドラマシリーズである。
主人公の昼間寝子は夢の中で推理をするという特殊な力を持つ人間であり、それを楓乃が見事に演じ切ったことで話題になった。
「ですから今後、私に隠し事とか嘘は無駄というわけです。
そもそも先輩は女に期待させるだけさせておいて肩透かし食らわすのが得意ですからね。こちらも対策練っとかないと」
「お、おう……」
楓乃からそこはかとなく発せられる圧に引きながも、英人は頷いた。
「それより、ファンレターの中身ってどんな感じだったんですか?」
「別に、普通だったよ。
要約すれば『貴方の戦う姿に惹かれました! これからも頑張ってください!』てな感じ」
「ふぅーん……」
どことなく冷めた目で英人を見つめる楓乃。
「やっぱこういうのって返事とかした方がいいのか?」
「まぁ内容は普通そうですし、返事するかしないかは先輩の自由ですけど……」
楓乃は腕を組みながらうーんと唸った。
「何だよ?」
「いや何と言うか……まさか先輩がこういうのをもらう日が来るとは……」
「俺自身思わんでもないが、はっきり言うな」
楓乃の言い様に英人はツッコんだ。
正直英人自身、この世界でもこのように注目されるとは思ってもみなかった。
「まぁ冗談はとにかく、日常生活の方は大丈夫なんですか?
自宅に突撃されたりとか……」
「それは今のところ大丈夫だな。
住んでるマンションの大家さんも分かる人物だし、それに俺の戦っているシーンが拡散された訳だろ?
暴徒を蹴散らすような人間にわざわざちょっかい掛けようと考える奴もいないって訳だ。あと……」
英人はおもむろに振り返り、店内に設置されているテレビを眺める。
そこではお昼のワイドショーが流れていた。
『――それでは引き続き「異能」関連のニュースについて話していきます。
先日、各国の首脳の会見でも度々でてきたワード「
日本では警察庁所属の警視である
『優秀な人材だと聞いております。
非公式ではありますが、これまでの功績が認められて就任した形のようですね』
『ああ、確か七月の横浜でも機動隊を指揮していたみたいでしたね』
『ええ、その他にも京都での任務、さらには田町祭でも陣頭に立って暴徒たちを押さえこんでいました。
まだ28歳と若いですが、実力と実績それに人格面は申し分ないと思いますよ』
『では我が国の「異能」問題に対しては問題ないと?』
『まぁ現状が現状ですので断言は難しいですが……日本は質量ともに他の先進諸国に劣らぬシステムを構築していると言っていいでしょう』
『なるほどー。
それでは次のニュースですが、来日延期に伴い教皇が人民共和国訪問の日程繰り上げを――』
「……今、世間は俺よりも義堂の方に注目しているようだからな」
小さく笑いながら、英人は再び楓乃の方へと視線を戻した。
田町祭の一件以来、義堂は英人以上に時の人だ。
「確か先輩の幼馴染の人ですよね?
どのニュース番組でも『異能』関連とセットで必ず報道されますし……実はここだけの話、私あてに対談企画のオファーも来てるんです。
……本当プロパガンダってくらいに露出してますよね」
「実際プロパガンダだろうな。
『異能』という存在の発覚に、先日の騒動……混乱する世間を落ち着かせるには、分かりやすい象徴を作るのが一番手っ取り早い。
今回はその役が、義堂に回って来ちまったってことだ」
「私は直接会った訳ではないのでよく分からないんですけど……義堂さんってどういう方なんですか?」
楓乃が尋ねると、英人はこれまでを思い返すよう様に虚空を見ながら口を開いた。
「……名前の通り誠実で、それでいて正義感の強い奴だよ。
警察官としても滅茶苦茶優秀だ」
「そうなんですか?」
「ああ。再会してから半年近く、ずっと助けられてきた。
色々と事件はあったが、被害を最小限にしてこれたのは義堂がいたからこそだ」
カップに口をつけながら、英人はしみじみと語った。
半グレ大量殺人、『異能』犯罪グループとの対決、クロキアによる『
確かに『異世界』帰りである自分には、人を超えた力がある。だがこの現代社会において、力だけで解決できることは限られてくるのもまた事実だ。
彼がいなければ、ここまで綺麗に解決はしてこれなかっただろう。
「ふーん……」
「なんだよ」
「いや別に」
楓乃は少しそっぽを向きながらコーヒーを口に含む。
だがふと何かを思いついたかのように視線を上げ、
「……あ、そう言えば、先輩の小学校時代ってどんなだったんですか?」
「どんなつっても別に、普通の小学生だったよ。
昼は学校行って夕方は遊んで……その繰り返しだ」
「義堂さんも?」
「ああ。でもあいつは昔から正義感が強かったな……おかげで色々と助けられたこともあった。
なんつーか、俺の人生何やかんやであいつに助けられてばかりだ」
自嘲するように英人は言う。
だが楓乃はそれを見て意外だ、と思った。
何故なら、彼はこれまで沢山の人達を助けてきたのだ。楓乃自身がそうであるし、おそらく知らない所でも多くの人を救ってきたに違いない。
なのにそんな人間が口にする言葉が、「助けられてばかり」だとは。
今更ながら、この男は本当にお人好しなんだなと痛感する。
(……そして私は、この人のそういう部分にたまらなく惚れているって事実もね)
楓乃はその思いを飲み込むように、カップに口をつけた。
「……ぼちぼち時間だな。
そろそろ出るか、桜木?」
「ですね……で、次はどこ向かいます?」
「どこって、何?」
英人が尋ねると楓乃はわざとらしく首を傾げ、
「? 何って、デートの続きですよ?」
「は?」
「だって理由はともかく、傍にいたいんですよね?
だったら離れたら意味ないじゃないですか」
楓乃はそう言い、そそくさと会計を済ませて英人の前に立つ。
見上げると、ただでさえあった存在感がさらに増していた。まるで今までは抑えていたと言わんばかりだ。
その証拠に、店内が俄かに騒めき始める。
「先輩の為にも、今日は離れるわけにはいきません……ずっと一緒にいましょうね?」
怖いくらいに穏やかに笑う楓乃。
『……重い、重くない?』
頭の中では『聖剣』の呟きが響いたが、英人は必死にスルーした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……そう言えば、世間はもうクリスマスシーズンなんですね」
「だな」
喫茶店から出てより数分。
二人は大通り沿いの並木道をゆっくりと歩いていた。
よく見ると、木々には電飾が絡まっており当たりの店の装飾は赤と緑が多くなっている。典型的なクリスマスの装いだ。
「『異能』関連の件でそれどころじゃなくなると思ってたが、こういうイベントはしっかりやるあたり世間も大概
ま、下手に混乱するよりかは万倍いいな」
「普通の人からすれば眉唾ものですからね、実感が湧きにくいんでしょう。
話題にはなるけど、いつもの生活を変える程でもない……実際、私もついこの前クリスマス関連のCM撮りましたし」
「ふーん……」
軽く相槌を打ちながら、英人は楓乃と歩幅を合わせながら歩く。
「うわ、あれってまさか……水無月楓乃!?」
「やっぱ東京って有名人いるんだな」
「隣にいるのはマネージャーとかか?」
周囲を見てみると、『水無月楓乃』に注目する人間はいても英人に注目する人は少ない。完全な思い付きではあったが、「有名人を隠すなら有名人」作戦はそれなりに功を奏したということだろう。
楓乃の言う通り、今日はこのまま一緒にいるのもアリかもな――と英人が思った時。
「……桜木、今から俺が言うことに絶対動揺するな」
「え?」
英人は突然、表情を変えぬまま口を開いた。
いったい体何、と楓乃は思ったが英人の横顔を見るやいなやすぐに口を
女優であるからこそ、英人が真顔を装っていることを察したのだ。
「……それで、なんですか」
楓乃も一瞬で表情を整え、尋ねる。
「……どうやら俺たちは今、尾行されているらしい」
英人の口から出たのは、意外な一言だった。
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