己が責務を果たす者⑥『Duty』

 

「『この指、とまれ』――!」


 よろめきながらアルビノの少年、検体十二号は人差し指を天井へと向ける。

 指先に集まってくるのは、光。

 彼の『異能』は半径百メートルの可視光線全てを奪い、一点に凝縮させていた。


「……残念だったね、人質なんて意味ないよ。

 『正統スマリ』なんて組織、僕にはどうだっていいんだし」


 十二号は呟きながら、暗闇の中で目を凝らす。

 網膜を通して映る像には、発信機の在処を示す赤い光が灯っていた。


「もともと連中が取り付けた発信機だけど、改造した僕の目にも同期してるんだよね。

 だから『国家最高戦力エージェント・ワン』のおじさん、アンタは僕から逃れることは絶対にできない……!」


 十二号は静かに、その光に向かって指を指した。


 発信機が仕掛けられているのは、他でもないエヴァ=オルドリッジの身体。そのすぐ傍には間違いなくケネス=シャーウッドもいるだろう。


「このままでは、帰さない……!

 僕はここで、僕自身の価値を証明する……!」


 十二号の激情と呼応するように、指先の光球はさらに輝きを増した。


 弾丸の速度は圧縮した物体の性質によっても変動する。

 つまり光なら、光速。避けることなど不可能だ。


 赤い光は、先程から動いていない。

 おそらく音で居場所を察知していると思っているのだろう、好都合だ。

 ここで、『国家最高戦力エージェント・ワン』をる――!


「バ――」


 その決意と共に光弾を放とうとした瞬間。

 


「……!」


 十二号の背筋が、ぞくりと震えた。

 『この指とまれジョイナス』の能力で全ての可視光線を吸収したが故に、辺りは漆黒。肉眼では何も見えない。

 だが確実に、いる。


「……いるのか、そこに……!」


 その確信を持って、十二号はゆっくりと振り返る。

 だがそれよりも速く、鉄のような拳が白い顔を撃ち抜いた。


「ガハァッ!!」


 口から血しぶきを上げながら吹き飛ぶ十二号。同時に能力も解放され、暴発した光線が壁と天井を焼き切る。

 そうした光を取り戻した部屋の中央には、薄い茶髪をした長身の男、ケネス=シャーウッドがエヴァを抱えながら立っていた。


「な、なんで……!」


「……私の目は、少々特殊でな。紫外線も僅かながら捉えることができる。

 普段は見えづらいが、お前が光を奪ったお陰で鮮明になった。

 シェルターが破壊されたことで日光も僅かに差し込んでいたしな」


「あとアンタらが取り付けた発信機は、取っ払ってムガヒの身体に付けてあるわ」


 ケネスの腕の中で、エヴァは答える。

 確かに彼女を見ても、発信機の反応がない。つまりはまんまと相手の策に引っ掛かったというわけだ。


「僕は、選ばれた人間だ……『異能者』だ……!」


 完璧な敗北。だがそれでも十二号は、立ち上がった。

 理由はただの意地。

 勝手に造られ、いいように扱われてきた少年が必死に形成してきたプライドが、退くことを許さなかった。


「お前の『異能』に勝って、僕は僕を証明する……!」


「……そうか。

 しかし残念だが、私は君が羨むに値しない」


 だが目の前の男の言葉が、少年の予想を裏切った。


「な、に……?」


「……私は、『異能者』ではない。

 ただ人より少しだけ、五感が鋭いというだけの凡人だ」


「は……、え……?」


 十二号は目を白黒させながら、立ち尽くす。

 次の瞬間に顔面へとめり込んだ鉄拳は、いとも容易く少年の意識を刈り取った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 独裁者を守るための城砦が、音を立てて崩れていく。


「崩れるぞー!」

「くっ、助けてくれぇぇえぇっ!」


 シェルターの中では、逃げまどう兵士たちの悲鳴が木霊していた。

 十二号の放った光線が、偶然にも地下全体を支える基幹部分を焼き切っていたのである。

 崩壊していくシェルターに、押しつぶされていく兵士たち。それはまるで、ネイラン=スマリから続く独裁の時代の終わりを告げているかのようだった。



「か、間一髪だったわね……!」


 その中で脱出に成功したエヴァは、ケネスに抱えられながら大きく息を吐いた。

 後ろではかつてシェルターだったものが轟音を立てて地面に沈んでいっている。

 もう少し脱出が遅かったら、そのまま生き埋めにされていたことだろう。


「……そうだな」


 だがそれすら気に留めることもなく、いつも通りの平坦なトーンでケネスは答えた。

 彼にとってはこの程度のことは日常茶飯事であるらしい。


「とにかくこれで、ようやくひと段落ってことかしら」


「……ああ」


 そう呟きながら、ケネスは脇に抱えたエヴァとムガヒ、そして検体十二号の身体を降ろした。


「……結局、余分に連れて来られたのは二人だけ……か」


 そのままムガヒの身体を見下ろしつつ、何やら不満そうに呟く。


「三人も抱えて脱出できたのだから、上等じゃない。

 何が不満なの?」


「……シェルターにいた少年兵に、SASの隊員たち。

 責務ではないとはいえ、私の力不足ゆえに死んだ者も多く出た……我ながら、不甲斐ない」


「……そう」


 小さく答えながら、エヴァはケネスの横顔を見上げた。


 それはこの数日の内に何度も見た、無表情。

 だが今は心なしか、後悔の念が薄っすらと浮かび上がっているようにも思える。その無表情の裏で、彼もやはり数多の後悔を積み重ねてきたのだろうか。


「……弟なら、もっと上手くやっただろう」


 朝日に照らされながら、ケネスはポツリと呟いた。


「弟、いたんだ」


「……ああ、いた」


「ふぅん……」


 エヴァは朝日を見上げた。

 余計な遮蔽物がないせいか、日光がいつも以上に眩しいように感じた。


「でも不甲斐ないって言うなら、私もね。

 もっと早く手術を終えていれば、貴方もそこまで怪我することはなかった訳だし……ホント、改めて見てもすごい火傷と打撲ね。大丈夫なの?」


 ケネスの身体を覗き込みながら、エヴァは尋ねた。

 酷く腫れた打撲痕に、全身を覆う大火傷。おそらく骨も数本は折れているだろう。三人抱えて走れたのが不思議なくらいの重症だ。


「……心配ない、」


 だがケネスは僅かの戸惑いすら見せずに答える。


「わが国には、世界に誇る天才医師がいる……そうだろう?」


 それはエヴァが初めて聞く、彼の冗談だった。


「……ふふっ、そうね」


 エヴァは小さく笑って顔を上げた。


 その表情は、いついかなる時も鉄面皮。けどその下は意外と茶目っ気があるのしれない。

 色々と謎の多い男ではあるが、今はそれが分かっただけでも十分としよう。


 視線の先では、先に脱出したザータ村の村民たちが手を振りながら近づいてくる様子が映った。

 さらにその先では、ヘリの音も。


「……SASの増援だ」


 ケネスが呟いた。


 あれに乗れば、おそらく自分は即座に連合王国へと送還されるだろう。それでこの一連の事件は完全に終了だ。

 だが医者としての責務は終わらない。むしろ、これからもっと忙しくなる。


 何故ならまだ見ぬたくさんの患者たちが、エヴァ=オルドリッジという医者を待っているのだから。


「また、この地に戻ってこれるかしら。

 いや、違うわね……戻るわ、絶対に」


「……そうだな」


 結果としての救う救えないではない。

 大事なのは目の前の患者の為に、ただ全力を尽くすこと――彼は医者の責務を、そう言った。


 並大抵のことではない。

 それを果たしながら生きていくには、不断の努力と苦痛が伴うだろう。


 だけど私はもう少し、その理想を追い求めていたい。


「……やってみせるわ、力の限り」


 視線の先では、朝日が誰に求められるでもなく輝いていた。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 数日後。


「傷の方は如何ですか、シャーウッド卿」


「……お気遣いいただき恐縮です、陛下。

 医者の見立てによれば、完治まであと一週間程だと」


 華美な装飾が施されたカーペットの上で、ケネスは膝をついて深々と頭を下げた。


 ロンドン バッキンガム宮殿。

 彼はいま連合王国が誇る宮殿の中にいた。


「そうですか。

 しかし驚くべき治りの早さですね。結構なことですが、無理はいけませんよ?」


「……勿体なきお言葉。

 ですが一日でも早く復帰することが私の責務ですゆえ。

 それに、今回はエヴァ=オルドリッジ女史からの助力もありました」


 頭を下げながら、ケネスは淡々と事実を述べた。


 元々、連合王国には『国家最高戦力エージェント・ワン』をサポートする為の後方支援体制が整っている。

 医療体制もその一環であり、傷の治癒を促進する『異能者』等もスタッフとして在籍している。

 さらに今回は連合王国が誇る天才医師、エヴァ=オルドリッジが治療の協力を申し出たことで二週間足らずという驚異的な早さでの完治が可能となったのだ。


「そうですか、彼女が……あれほどの才能を失わずに済んだのも、ひとえに貴方の尽力のお陰です。それに『正統スマリ』の首領、ムガヒの確保についても。

 王国を代表して改めて感謝を」


「……身に余る光栄です、陛下」


 ケネスはガーゼの張られた顔をさらに深く下げた。

 それを見ながら、女王は穏やかな笑みを浮かべる。


「たとえどんなに傷を負おうとも、必ず生きて戻って来る。

 いかなる絶望、逆境に決して屈することもなく、己が責務を見事に果たしながら。

 ……かつてわが国には鉄とたとえられた女性がいましたが、主はどうやら鉄の男をも遣わして下さったようですね」


「……恐れ入ります。

 ですが、まだまだです。我が弟……フレデリックには到底及びません」


 だがなおもへりくだるケネスの言い様に、壮年の女王は溜息を零した。


「……まぁ、そういうことにしておきます。

 とにかく前置きはほどほどにして、本題に入りましょう。

 日本で起きた事件については、既に耳に入っていますね?」


「……はい。

 『サン・ミラグロ』幹部の手により、『異能』の存在が全世界に公表されたと」


「その通りです。

 現在は我が国も含め、各国の政府がその対応に追われている状況です。

 そのお陰で混乱は最小限に食い止められてはいますが……おそらく、完全に鎮まるまでには時間がかかるでしょう。

 世界は今、不安定な状況にあります。まるでいつ爆発するやもしれぬ火薬庫のように」


 憂うような表情で、女王は視線を下げた。


 連合王国は立憲君主制の政体のため、王が直接政治に介入することは出来ない。

 だがそれでも長き伝統によって育まれた権威は世論と議会の対し今なお強い影響力を持っている。それゆえ常に国際情勢と政治に目を光らせることは、女王の大事な責務でもあった。


「そしてもう一つ、今回の事件ではっきりと致しました。

 国際テロ組織『サン・ミラグロ』、彼等の目的は……日本です」


「……あの男のいる国ですか」


 ケネスの言葉に女王は深く頷き、椅子から立ち上がる。


「連合王国『国家最高戦力エージェント・ワン』、ケネス=シャーウッド卿。女王の名において貴方に任務を言い渡します。

 傷が完治し次第、日本へと渡りなさい。

 そこで情報を収集し、そして王国の仇敵である『サン・ミラグロ』を討つのです」


 威厳と権威、そして慈悲の混じった視線がケネスを見下ろした。


 連合王国においては『国家最高戦力エージェント・ワン』に任務を与える時、直接王から行うというのが伝統だ。

 ゆえに両者ともに慣れた儀式。だが今回ばかりは、言葉と視線にいつも以上の重さが宿る。


王国は貴方がその責Kinsdom expects thatを果たすことを、期待しますyou will do your duty


「……御意」


 しかし、ケネス=シャーウッドは臆することも動じることもなかった。


 非力だろうと、『異能』がなかろうと関係ない。

 たとえどんなに困難な任務であろうと、命じられたのなら全身全霊を持って全うする――それが連合王国の『国家最高戦力エージェント・ワン』だからだ。


「大いなる責務の下、必ず」


 己が責務を果たす者は、静かに視線を上げる。

 瞳には、揺るがぬ覚悟だけが宿っていた。





                        ~己が責務を果たす者・完~



――――――――――――――――――――――――――――――――

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これにて「己が責務を果たす者」編は完結です! 

 頂いた☆や♡やフォロー、それにコメントは大変励みになっております!


 今回は『国家最高戦力』の紹介ストーリーということで、これまでのキャラが一切登場しない、いつもとは全く異なる場所でのお話になりました。本章を通じてこの物語における世界の空気がどのようなものかが伝わってくれれば幸いです。


 そして次章からは再び、英人の物語に戻ります。

 舞台はもちろん日本。クリスマスムードの中、少しだけ有名になった元『英雄』が活躍します!

 タイトルは…………『■■異能大戦』!

 更新予定は4/10(土)です! お楽しみに!

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