新宿異能大戦②『有名税』

「尾行……ですか?」


「ああ、それも複数いるな」


 前を向き続けながら英人は答えた。

 とはいえ不自然になり過ぎないように、時折並木や店のショーウインドウにも視線を移す。


「パパラッチの類でしょうか?

 私たち、どっちも有名人ですし」


「その可能性も十分あるが……今回は多分違うな。

 殺気、とまではいかないが、視線にこちらを狩ろうっていう意志を感じる」


「狩る、って……」


「はてさて、どうするか……」


 尾行している連中の目的は、十中八九襲撃であることは明らか。

 問題は、それが誰の差し金なのかということ。『サン・ミラグロ』なのか、はたまたそうでないのか。

 英人が対処の方法を考えていると、楓乃かえのが身体を近づけてきた。


「ん?」


「危ないから先に逃げてろってのは、ナシですから。

 今日は一緒にいるって決めたので」


「別に最初からそうするつもりはねぇよ。

 安全考えたら、むしろ目の届く範囲にいてもらった方がありがたい」


「……へぇ、そうですか」


 英人の言葉を聞き、楓乃は満足そうに微笑んだ。


「あんまヘラヘラすんな。

 こっちが不審者みたいになる」


「……なんだか、急に尾行している人達を応援したくなってきました」


「何でだよ」


 溜息をつく英人。

 そのまま二人は人込みの中を歩いていくのだった。




 ◇



「……裏路地に入ったぞ」

「尾行に気づかれたか?」

「分からねぇ。だがチャンスだ、行くぞ。お前らは裏から回って出口塞げ」


 そう答えながら、髪を派手な金に染めたチンピラ風の男は大通りを曲がって裏路地に入った。

 八坂やさか英人ひでとがそこに入ったのは、ほんの十秒前。中には間違いなくいるはずだ。

 しかし、


「い、いねぇ……!?」


 裏路地には、誰一人としていなかった。


「ど、どういうことだ……!?

 奴等、確かにここに入って……!」


 チンピラは首を大きく振り回して周囲を見渡すが、それでも誰もいない。

 あるのは室外機やゴミ箱くらいで、人どころか野良猫すらいない。


「よっ」


「――っ!!?」


 だが後ろから声が響いた瞬間、背中への衝撃と共にチンピラの身体は大きく吹っ飛ばされた。


「ぐ、が……っ!」


「俺らを尾けてたみたいだが、何か用か?」


 背中を押さえながら、チンピラは声の主へと視線を上げる。

 そこには彼が目的とする人物である八坂英人が、桜木さくらぎ楓乃かえのを抱えて立っていた。


「い、いつの間に後ろに……まさか、瞬間移動か!?」


「違う違う、もっと単純だよ。

 ビルの上階にあるダクトにジャンプで掴まって、お前が路地に入って来るのを見てから飛び降りた……それだけだ」


 英人は楓乃を降ろし、人差し指を立てて上を指す。

 見てみると、件のダクトに加えてパイプや窓枠などがあった。確かにあれなら掴まる箇所に事欠かない。

 それよりも問題は、英人が二十メートルはあろうかという高さまでジャンプして待機していたということだ。


「……八坂、英人……っ!」


 チンピラはじり、と英人から間合いをとる。

 単独ではとても勝てない、と判断してのことだ。


「尾けている以上、こちらの素性は当然知ってるか。

 それに瞬間移動とか言ってる辺り、『異能』関係ってことでいいな?」


 英人が言うと、チンピラは待ってましたとばかりに口角を上げた。


「ああ、そうだ……!

 お前ら、ここで仕留めるぞ!」


 合図と共にチンピラの後ろからは二人、さらに英人たちの後ろからはもう二人の男たちが姿を現す。


「……加えて裏に隠れているのがもう一人、合計六人か。

 一応聞くが、目的はなんだ? もしかして俺の首に懸賞金でも懸かってる?」


「行くぞぉっ!!」


 チンピラは質問には答えず、叫ぶ。すると前後から合計五人の男たちが挟み撃ちの形で迫って来た。

 今のところ目的、所属ともに不明だが迎撃するしかないだろう。


「答える気ナシか……ぴったりくっついてろよ、桜木」


「はい……!」


(手早く済ませよう……が、色々と晒すのはナシだ。

 つまり、)


 英人はゆっくりと、静かに両腕を上げる。


「一気に畳みかけるぞ!

 おおおおおおっ!」


 そしてチンピラが飛び掛かってきた瞬間、


「――っ、ガハァッ!?」


 その身体は、後方に勢いよく吹っ飛んでいった。

 思わず立ち止まる男たち。


「徒手空拳で、行かせてもらう」


 彼等の視線の先には、拳を構える英人の姿があった。


「……ひ、怯むなドンドン行け! まだこっちが有利だ!」


 だが残りの四人は、すぐに立ち直って再び英人に向かって走り出す。

 

 対して静かに間合いを測る英人。

 だが前方にいる男の中で、凄まじいスピードでこちらに向かって来る……いや、滑ってくる者がいた。


「ん、速いな……」


「いっくぜぇえええっ!」


 まるでスケートのように、男は一気に間合いを詰める。


「おおらっ!」


 その勢いのまま、英人の顔面を撃ち抜こうと拳を振り上げる。

 英人もカウンターを狙うべく右ストレートを放ったが、


――キギィッ!


 間合いに入る直前、靴底がこすれる音と共に男の身体が急停止した。


「ははっ、かかったな!

 俺の『異能』は滑るだけじゃねぇ! あ――」


「足裏の摩擦力をいじる事で、滑るも止まるも自由自在……だろ?」


「え……?」


 予想だにしなかった英人からの返答に、男は思わず目を見開く。

 その前ではさらにもう一歩踏み込んだ英人の姿があり、


「じゃあな」


 放たれた拳は、男の動体視力で到底追い切れる速度ではなかった。


「がっ!」


「……これで、残り四人」


 構え直しながら、英人は向かってくるチンピラたちを眺める。


 壁を這う者。

 腕を弱体化させる代わりに脚力を強化して迫って来る者。

 背中から出た、ペラペラの龍と虎をけしかけてくる者。

 この路地を外から目立たぬようにしている者。


「蜘蛛のように壁に貼りつく能力。

 身体の一部分の筋力を弱めた分だけ別の部分の筋力を強化する能力。

 刺青の絵柄を身体から分離させ、操作する能力。

 そして最後に、一定のエリアに対し人の意識を向けなくさせる能力……か」


 だが右目に『再現』した看破の魔眼は、その能力全てを明らかにしていた。

 対『異能』において、これ以上のものはない。


「……来い」


 英人は小さく息を吐きながら、拳を鳴らした。




 ◇



 十秒後。


「ぐ、あ……!」


 五人のチンピラ風の男たちが、うめき声を上げながら汚れたアスファルトに突っ伏していた。

 対する英人は、息すら上がっていない。


「ひぃ……!」


 圧倒的なまでの差を目の当たりにし、陰に隠れていた残りの一人がその場から逃げようとする。

 しかし、その足元は既に氷で覆われていた。


「な、なんだこれ……!?」


「『大和撫子千変万化アクト・アクター・アクトレス』。

 愚図が、こんなオイタをしておいて逃げられるとでも思って?」


 それは桜木楓乃が持つ『異能』、『大和撫子千変万化アクト・アクター・アクトレス

 演技している間、その役柄の能力をそのまま使えるという能力である。ちなみに演じているのはお馴染み人間と雪女のハーフという設定のアメコミヒーロー、『ダイアモンド・ダスト』ことD・D。


「ああ、目立つのも面倒だからその『異能』はまだ解除したらダメよ。

 もし言いつけを守らないようなら……分かるわよね?」


 言いながら、D・Dこと楓乃はコツコツと路地を歩く。

 突き刺すような絶対零度の瞳に、男は無言のまま頷いた。


「悪いな桜木、助かった」


「本当にそう思っているのなら、一生私にかしずきなさい」


「いやリターンが釣り合わな過ぎだろ」


 ツッコミながら、英人は男を見下ろした。


「……さて、いまいち動機はよく分からんが、俺に色々と力を使わせたかったってことでいいんだよな?」


「な、なんでそれを……!」


 英人の言葉に、男は驚く。


「単純に態度に出過ぎなんだよ。誘うならもっと上手くやれ。

 で、何でこんな偵察みたいな真似をした?」


「ぐ、く……!」


「さっさと吐かないと足先から凍傷で壊死させるわよ。

 その歳で車イス生活は嫌でしょう?」


 楓乃が言うと、足元を覆う氷が厚みを増した。

 ハッタリではないと悟ったのだろう、男は慌てたように身を乗り出して口を開く。


「分かった分かった話す! い、依頼を受けたんだ!

 アンタが力を使う様子を撮影して送れば、『異能』を強化してもらえるって……!」


「誰からだ?」


「それは、分からない……!」


「へぇ?」


 間髪入れずに氷が下半身全体を覆う。


「ほ、本当だ! 本当に分からないんだ!

 確かに依頼は受けたけど、その依頼主は声だけで名前も姿も知らないんだ!

 でも前金代わりにそいつから『異能』をもらったのは事実だし、その上依頼を果たせば『異能』をさらに強化してくれるって……!」


 男は必死に、自らの持つ情報を喋った。

 その様子を見る限り、嘘を言っているようには見えない。それに彼等の行動が明らかに鉄砲玉のそれである以上、大した情報もないだろう。

 とはいえ、英人にとって耳を引くワードがあったこともまた事実だった。


「『異能』をもらった、ね……」


 英人は顎を撫でる。


「可能なの? そんなこと」


「厳密には本人の持つ『異能』を発現させたということだろうが、それなら理論上は可能だ。

 ま、俺も詳しいことを知っているわけではないがな」


 『異能』に関しては、現代の科学技術を以てしてもまだまだ未解明な部分が多い。

 分かっていることと言えば本人の性格や気質、またはその時の心情に関連した能力が発現しやすいこと。さらには大量の魔素を摂取することで発現の可能性が高まる、ということくらいだ。


 一応人類すべてが『異能』の種となるものを持ってはいるが、それを発現させるとなるとそのハードルは大きく上がる。というのも『異能』の発現については先天的な部分に多くをっており、後天的に発現するにしても本人の心理状態や魔素量に大きく依存するからだ。

 特に魔素に関してはこの世界においては量も少なく、またコントロールする手段も乏しい。京都にある『護国四姓ごこくしせい鹿屋野かやの家の扱う呪術ですら、長い時間をかけて周囲の『魔素』を吸い上げた樹木を利用しなければ行使できないのがそのいい例だろう。


 つまり他人の『異能』を自由に発現させる――その一点において、男の言う人物はおよそ尋常ではなかった。

 

「おい」


「は、はいっ」


 英人が尋ねると、男はビクリと震えながら背筋を正す。

 いい加減身体が冷えてきたのだろうか、その顔色は紫に染まっていた。


「『異能』を発現させた人物が不明ってのは分かった。

 じゃあお前らはどこでそいつと接触した? 場所はさすがに分かるだろ」


 その問いに男は冷たくなった息を呑み、

「……し、新宿だ……」と吐き出すように答えた。


「新宿……」


 東京都新宿区新宿。説明するまでもなく、日本最大級のの都市である。

 人ひとり探すとなると骨が折れるだろう。


「ちょっと前から、噂にはなってたんだ。

 新宿には能力をくれる『覚者かくしゃ』がいるって……!」


「『覚者かくしゃ』、ねぇ……都市伝説みたいなものかしら?」


「そういう類のもんは尾ひれがついていくのが相場だが、実際に『異能者』は誕生しているようだしな……」


 英人が腕を組むと、男は再び身を乗り出してくる。


「こ、これで知ってることは全部話した!

 だから助けてくれ!」


「ああ、もちろん助けてもらうさ……警察にな」


「え……っ」


 男が反応する間もなく、英人の拳がその鼻っ柱を打つ。

 男はダランとその場に項垂うなだれた。


「桜木、氷はもういいぞ」


 英人が言うと、楓乃は眉を吊り上げる。


「はぁ、なにそれ。

 まさか私に指図してるワケ?」


「いちいち面倒くせぇなその『異能』……まぁいいや」


 溜息を吐きながら英人はポケットからスマホを取り出し、義堂の番号を表示して通話ボタンをタップする。

 耳元で鳴る呼び出し音。


「新宿、それに『覚者かくしゃ』か……」


 ふと漏れた呟きは、ビルの間でやけに響いた。

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