幕間 ピザ・チョコ・キノコ①『キノコだって喋るときは喋る』

 十二月初旬。

 秋も終わり、本格的な冬に差し掛かった頃。


「連絡事項は以上です。

 あと休校は終わりましたが、まだまだ世間は物騒ですので、皆さん気を付けて帰ってくださいね?

 それでは級長、礼を」


「きりーつ、きをつけー、礼!」


「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」」


 帰りの号令と共に、教室内では女子高生たちが足早に教室を後にし始めた。


「一週間ぶりに学校は始まったけど、部活はまだ禁止かぁ……。

 別にどっかに入ってる訳じゃないけど、これはこれでさみしいですなー。

 ね、つづみん?」


「……確かに、そうだねぇ」


 その中で早応そうおう女子高等学校二年生、都築つづき美智子みちこは席を立った。

 その青みがかったショートルーズウェーブの髪型と、モデル顔負けのクールっぽい出で立ちはいつもの通り。変わったところと言えば、春ごろと比べて学生カバンが参考書でやや膨らみを帯びるようになってきたことぐらいだろうか。


「と言いつつ、つづみんも支度早いね。

 帰って勉強すんの?」


「まぁ私に出来ることなんて、今の所これくらいしかないしね」


 美智子が溜息交じりに言うと、クラスメートである綾瀬あやせ彩那あやなはわざとらしく身体をのけ反らせた。


「う、うひゃー!

 まさかつづみんからそんな優等生発言が飛び出すとは……人間、変わるもんですなぁ!

 八坂やさか英人ひでとの力、恐るべし」


「なにその含みのある言い方……」


「じゃあ恋愛パワーで」


「ちょっとダサい……」


 うげ、と美智子は眉をひそめる。


「そんなこと言ったって、わたし現代文イマイチなんだからしょーがないでしょー。

 それに、今時はこういう直球なネーミングの方がバズりやすいって」


「はいはい……それより、さっさと出よーよ。

 早くしないと先生うるさいよ?」


「へーい」


 彩那もぶーたれながら席を立ち、そのまま二人は教室を後にした。




 ◇




「……それでは美智子様、私は車庫に入れて参りますので」


「うん。

 ありがとね、瀬谷せやさん」


 瀬谷の運転する車を見送り、美智子は自宅の玄関前で軽く伸びをした。


「んん~っ、車ってたまに乗ると疲れる~っ!」


 都築家お抱えの運転手である瀬谷の車で送迎してもらうのは、五月以来久しぶりだ。

 それまでは美智子も他の学生と同じように電車通学をしていたのだが……先週のあの事件以来、しばらくは車での送迎ということになった。

 事件とはもちろん、田町たまち祭での暴動のことだ。


 早応大学における騒乱――『異能』という超常の力を世に知らしめたその事件は、世間を大いに騒がせた。


 ニュースでは今なおそれ関連の話題で持ちきりであり、政府も毎日のように『異能』に関する声明を発表している。また早応女子についても、田町キャンパスにほど近い立地ということもあって今日まで臨時休校となっていた。

 なので都築家としても万全を期し、しばらくは電車通学を控えようということになっていたのだ。


「あとせんせーも、今週はナシかぁ。

 つまらないなー……」


 ちなみに美智子の家庭教師である八坂英人も、今週いっぱいはお休みである。

 理由は単純、色々と忙しいからとのこと。

 まぁあんな大きい事件に巻き込まれて、さらには世間にその名が知れ渡ってしまえば無理もないが……。美智子としてはどーにも置いてけぼりを食らった感じがして面白くなかった。


「……とりあえず、おやつ食べたら今日の復習でもしよっかな……うん?」


 そう独り呟いていると、美智子は視界の端で何やら蠢く影を捉えた。

 目を凝らすと、狼と見紛うような立派な白い毛並みをした大型犬が、何やら地面の辺りを突いている様子が見える。


「ピザチョコ」


 それは、都築家で長年飼っている犬だった。

 ちなみに名前をつけたのは幼き日の美智子で、由来は当時の好物の組み合わせである。


「どしたの?

 そんなに地面突いて……」


 首を傾げながら、美智子は愛犬の元へと向かう。


 そもそもこのピザチョコであるが、いかつい見た目に反してあまり活発な犬ではない。

 貫禄があるとでも言うのだろうか、いつもは寝そべっているか散歩のように庭をゆったりと歩いているかだけなのだ。

 ちなみに英人のことは気に入らないのか、彼が家庭教師でやってくると決まって専用の小屋に引っ込んでしまう。

 だからそんなピザチョコが、ここまで何かに興味を示すのは珍しいと言えた。


「――ぐぉっ!? なんでいっ!」


「ん?」


 近づいてみると、なにやら陰からは声が聞こえてくる。


 なに、まさか泥棒?

 そう思いつつ覗き込んでみると――


「くそったれ、このワン公!

 俺ぁキノコだが、別に食ってもうまかねーぞ!」


「…………え?」


 腕を生やした、高さ40㎝ほどの喋るキノコが、生えていた。




 ◇




「いやー助かったぜ嬢ちゃん!

 ありがとな!」


「う、うん……」


 律儀に頭を下げてくるキノコ(仮)に、美智子は頬を引き攣らせながら返答した。

 そもそも、これは一体何なのか。

 なんか可哀そうだったので一応ピザチョコを引き離してあげたが、それでもこの目の前の生物は不思議過ぎる。


(京都にいた『怪異』って奴の仲間なのかな……?

 湊羅そらが言うには、妖怪みたいなのが多いらしいけど……)


 と分析もしてみたが、専門家でもないので結論が出る筈もない。

 手持無沙汰になった美智子はピザチョコの首元をわしわしと撫でた。


「……とりあえず、知らないキノコに手出しちゃダメだからね、ピザチョコ」


「おいおい、知らないキノコとはなんでぇ……おっと、そういや自己紹介がまだだったな。

 俺ぁマッシュマンだ! 宜しくな!」


「よ、よろしく……」


 美智子はとりあえず返事を返した。

 その傍らでは、ピザチョコが絶えずジーっとその不思議キノコを見つめている。


「んでお嬢ちゃんの名前は?」


「ん、私?」


「おうよ」


 頷くマッシュマン。

 正直得体の知れない生物相手に気軽に名乗るのは気が引けたが、家まで来られている以上いまさらな気もする。


「……都築、美智子だよ」


 美智子は観念したように自身の名を言った。


「……ツヅキ、ミチコ……?

 ほーん、こっちの世界の人間ってのはそんな感じの名前なのかい」


「こっちの世界……?」


 その不可解な言葉に、美智子は思わず首を傾げた。

 『こっちの世界』、それはまるで世界がひとつだけじゃないとでも言うような響き。


 それっていったい――と、美智子が尋ねようとするよりも早く、


「ん? なんだ知らねぇのか。 

 『異世界』だよ『異世界』」


 マッシュマンはさも当然のようにその事実を言い放った。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「いやー、すまねぇな嬢ちゃん。

 部屋まで上がらせて貰っちまってよ」


「それは別にいいけど……」


 短い脚で器用に胡坐あぐらをかくマッシュマンを見ながら、美智子は自身の椅子に座った。

 部屋の隅では、珍しく付いてきたピザチョコも一緒だ。


 あの後、使用人である青葉あおばに見つかるのも面倒だと思って美智子は独断で自分の部屋に連れ込むことにしたのだ。

 ちなみにこのキノコは地面の下にはちゃっかりと脚が生えており、ここまでまさかの二足歩行で来た。「意志あるキノコなんだから、歩けるに決まってるだろ嬢ちゃん」とは彼の談だが、いまいち謎な理論である。

 さらにはかなり律儀で礼儀を重んずる性格なのか、「人の家に土足で上がれるかい」と家に入る前にわざわざピザチョコ用の洗い場で体の泥を落としてもいた。


「しっかし、すっげぇなぁこの屋敷。

 年季はそこまで入ってないが、かなりのこだわりと金を感じるぜ。

 新興の貴族様って感じか?」


「いやいや、そんなんじゃないよ。

 お金持ちではあるけど」


「成程ねぇ……こっちの世界の身分も色々かい」


「まぁそんなことよりさ、なんであんなトコにいたの?

 まずはそれが気になるんだけど」


 美智子が尋ねると、マッシュマンは遠い目をしながら語り始めた。


「……俺ぁ、根っからの根無し草でよ。

 一つの所にゃ長くいられねぇ性質なのよ」


「さっきめっちゃ地面に埋まってたじゃん……」


 美智子は突っ込むが、マッシュマンは気にする素振りすら見せずに自分語りを続ける。


「それに、男と生まれたからにゃまずは冒険だろ?

 だから俺は故郷の森を離れ、旅に出たのよ……。

 男一匹、そりゃあ苦難の連続だったぜ。

 『魔族』には襲われ、『魔獣』には危うく食われかけ、しまいにゃドラゴンのブレスでソテーにされそうになった時もあった。

 それでも俺ぁめげずに旅を続け、そして気づいた時には――この世界にいたってわけさ」


「気づいた時には……」


 それはまるで、道に迷った末に世界を超えてきたような言い方だった。

 世界うんぬんについては美智子が知る由もないが、そんな簡単に超えられるものなのだろうか、とも思う。


「最初は苦労したぜ? なんせ文字通り別世界だからな。

 地面は殆どが黒い砂利みたいなので固められてるし、そもそも自然も少ねぇ。

 どこか休める場所は……と土と緑を探していたら、ここを見つけたってわけよ」


「へぇ……」


「ん、何だそのイマイチな反応は。

 俺の冒険譚はそんなに退屈だったかよ?」


「いやそういう訳じゃないけど……」


 美智子はうーん、と視線を上げる。

 別に彼の話に全く興味がなかった訳ではないが、それ以上に気になることがあったのだ。

 聞けば後戻りできなくなりそうな気もするが、一度そうなってしまったら仕方ない。


「じゃあ次はさ、その『異世界』のこと教えてよ!」


 美智子は視線を戻し、尋ねた。


「『異世界』のこと、ねぇ……。

 嬢ちゃんには恩があるし話すのは別にいいが、はてさてどっから話せばいいのか……」


「まぁ何でもいいから!

 じゃあ歴史とか!」


「はいよ。

 じゃあまず――」


 マッシュマンはゆっくりと、『異世界』の歴史を語り始めた。




 ――――――


 ――――


 ――




「……とまぁ、ここまでが大体今から十年前の話だ」


 即席の歴史授業も粗方が終わり、マッシュマンは疲れたように息を吐いた。


 それは、創造以上に長い歴史だった。

 まずは『創造主』による創造神話から始まり、そこからの小国家勃興と第一次魔族大戦からの大陸統一、さらにはその分裂まで。

 今は五つの大国が大陸を割拠しており、戦乱の時代が長く続いた所に復活した『魔族』の軍勢が攻め込んで来ているという。


「へー。

 っていうか滅茶苦茶ピンチじゃん、そっちの人類」


「実際、あのままだと今ごろ人界は滅んでいただろうな。

 そこに現れたのがあの『英雄』たちなんだが……っと」


 マッシュマンは立ち上がり、ぐぐっと大きく伸びをする。


「いやさすがに疲れるなぁこりゃ……人生の三割分くらいは喋ったぜ」


「あと十年なんだし、もう少し頑張ってよ」


「そうは言っても、こっからが長いんだって……ちょっと休憩させてくれや」


「ま、しょーがないか。

 じゃあ少し休憩ねー」


 そう言い、美智子は暇つぶしにスマートフォンをいじり始めた。

 するとマッシュマンはその様子を興味深そうに覗いてくる。


「お? 嬢ちゃんもそのよく分からん板切れ持ってんのか」


「板切れ……?

 ああスマホのことね。気になるの?」


「まぁどいつもこいつもそれ片手に歩いてたからな。

 ちなみに何に使う道具なんだ?」


「何って……電話したり、ネット見たりだけど」


「んー、いまいちよく分かんねぇな。

 せっかくだしちょっと見せてくれよ!」


 マッシュマンはぴょんぴょんと跳ね、軽い身のこなしで机の上に着地する。


「ちょ……」


「どれ何があるんだい、っと……?」


 覗き込むと、表示されていたのはSNSのとある呟きだった。

 画像が添付されており、その中央にはなにやら二本の剣を持って暴徒と戦う男の姿がある。

 というより、これは――


「げぇぇっ! こ、こいつ『ユスティニアの英雄』じゃねぇか!」


 マッシュマンは目を見開き、わなわなと震えながら画面を指さす。

 そこに映っていたのは、『異世界』にてその名を轟かせた『英雄』、八坂英人だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 次回で幕間は終了です。


 そして遅ばせながらですが、この物語もついに百万文字を突破いたしました!

 ここまで続けてこられたのも、読者の皆様がたのお陰です。本当にありがとうございます!

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