いちばん美しいのは、誰㊲『日本最高の男』
ネット上で政治家や芸能人に対するデマやスキャンダルを広め、社会的に貶める。
正式な職業名こそなかったが、「炎上屋」――その稼業は俗にこう呼ばれていた。
元々彼はどこにでもいるような、普通の人間だった。
普通の学校に通って普通の成績を修め、家庭環境ももちろん普通。
特徴があるとすれば、生来の暗めな性格と容姿により学校でのカーストはやや下だったことくらい。あとは、幼馴染がいたことも特徴と言えば特徴なのかもしれない、
「よう悟! 今日も暗いな!」
その幼馴染は、鵠沼とはまるで正反対のような男だった。
幼稚園の頃からの付き合いだが、明るく、快活で、高校でも陽キャグループの中心人物だった。
「……そんなことないよ」
「そうかぁ?
まぁとにかくもっとテンション上げてこーぜ!」
幼馴染は笑いながらドン、と肩パンする。
「……うん」
肩に響くそれは、地味に痛かった。
教室に入った後、二人はそれぞれの席に着いた。
「おい、おめー昨日のメール返せよー」
「あ、わりぃ寝落ちしちまった!」
「はぁ? またかよー」
席に着くなり、幼馴染はグループの男女に囲まれる。
対する鵠沼には特になにもない。
まぁ、彼等が特殊なだけで普通はこんなものだろう。
別にイジメられたりしてないだけマシというものだ。
そう思いながら、鵠沼はふと振り向いた。
朝の教室で、友人たちとワイワイ騒ぐ――そんな彼は、心なしかいつも輝いているように見えた。
勉強もそれなりに出来て、運動神経も良い。当然女子からもモテる。多分自分は一生、彼のようにはなれないのだろう。
長い時間を共に過ごしてきた幼馴染だというのに、生きている世界、そして生まれ持った物が違い過ぎる。
「……」
肩はまだ、じんわりと痛かった。
それからしばらくして、事件が起こった。
「おい! どういうことだこれは!」
幼馴染のカバンから、女子生徒の体操着が見つかったのである。
さらには彼が女子更衣室に入ろうとする所を撮影した写真も、メールを通じて同時にクラス中にバラまかれた。
「いや、ちが……!」
「違うも何もあるか!
じゃあこの画像は何だ!」
「そんなの、知らねぇよ俺……!」
「いいから職員室まで来い!」
担任に引かれ、教室から連れ出される幼馴染。
「マジかよアイツ……」
「サイッテー……!」
当然、クラスメートたちの視線もこれまでとは一転し、侮蔑や軽蔑ばかりと冷ややかなものになる。
「てーか鵠沼のヤツ、机に突っ伏してるけどもしかして泣いてんの?」
「さぁ?
まぁアイツら幼馴染だったらしいし、思うとこがあんじゃね?」
(やった……! やった……!)
その一方で、鵠沼は必死に込み上げる笑いを堪えていた。
あいつのカバンに体操着を入れたのは、自分だ。
あの画像についても、自分が加工してクラスメートたちにバラまいた。
クオリティはぶっちゃけイマイチだったが、警察が解析でもしない限りバレはしない。
そもそも、この程度の事件が警察沙汰になる可能性は限りなく低いのだ。まず加工だとは分からないだろう。
(それにどうせ、コイツ等も画像の隅々まで見はしない。
あいつが女子更衣室に入ったという事実だけ確認できればそれでいいんだから……!)
肩を震わせながら、鵠沼は先程の光景を思い出す。
クラスの中心人物として輝いていた人間の、絶望の表情。そしてクラスメートからの軽蔑と侮蔑の視線。
それは何とも――甘美な光景だった。
これまで人気、人望の全てを一瞬にして失ったのだ。今ごろさぞや絶望していることだろう。
彼のような人間だからこそ、その落差がまた魅力的なのだ。
(見たい! また見たい!
あいつのように、輝く人間が落ちていく姿を!)
それ以降、鵠沼悟は『愉悦』の魅力に
誰にもバレず、さらには手を汚さずに、表舞台の人間を奈落の底に突き落とす。
人の不幸は蜜の味――彼にとってこれ以上の幸福はない。
(もっと、もっと、輝いている人間を……!)
彼が「炎上屋」としてアングラに名を馳せるのに、そう時間は掛からなかった。
――――――
――――
――
午後5時11分、南校舎一階。
西洋剣の切っ先が、真っすぐこちらを向いている。
まるで
「く……!」
人外と化した体が、思わず冷や汗を流す。
「殺意」――それは鵠沼悟という人間が、人生で初めて目の当たりにする感情だった。
「……来ないんだな?」
英人が静かに、問いかけてくる。
だが鵠沼が答える間もなく、
「なら行くぞ――!」
一直線に突進してきた。
「……や、『八坂英人を倒せええぇっ』!」
鵠沼はコードの先端をスピーカーに変化させ、暴徒たちに指令を送った。
鵠沼悟の能力は『
その能力は文字を介して人の意識を誘導するというもの。
最初は自身のネット上の書き込みに注意を向け、信じさせやすくするといった程度の『異能』だった。
しかし、有馬による強化を受け効果は飛躍的に向上。音声による能力の発動も可能となり、また段階こそ踏むものの最終的には人間を自在に操る事すら出来るまでになった。
そして今、完全に『
「『
だが英人は『絶剣』より大量の霧をバラ撒き、校舎内を一気に包んだ。
視界を塞がれ、暴徒たちは思わず戸惑う。
「「「「おおおおおおっ!!!」」」」
だがそれも束の間、今度は百人以上の八坂英人が霧の奥から飛び出してきた。
(分身……! いや幻覚か……!)
『八坂英人を倒せ』と指令した以上、暴徒たちにとっては彼の姿こそが何よりの目印だ。
だがそれが一気に増えたことでかえって混乱をきたし、暴徒たちはフリーズしたかのようにその場に棒立ちとなる。
これでは、戦力にならない。
「ぐ……っ!
『僕を守れええぇっ』!」
それを悟った鵠沼は瞬時に指令を変更し、あくまで自身の防御を優先した。
暴徒たちは瞬時に鵠沼の周囲を固める。
「『エンチャント・ライトニング』!」
しかし彼等もまた、即座の内に雷撃の餌食となった。
「く……っ!」
「ここまでの攻防でようやく加減も分かってきた。
いくら周りを一般人で固めようと、壁にはならん……!」
人の壁を跳ねのけながら、元『英雄』が迫る。
「お、おお……!」
このまま彼の接近を許せば、即ち死。
何としても距離を取らねばならない。
(ならば……っ!)
鵠沼は苦し紛れに背中の触手を伸ばし、暴徒達の脊柱に次々と突き刺した。
「おおおおおっ!」
先程はスピーカーを使い、キャンパス中の暴徒を『異能者』化させることには成功した。だがそれはあくまで音声を介しての指令に過ぎない。
つまり効力が弱く、『異能』を完全に発現させられたとは言い難かった。
(音声では足りない……ならば、脳に直接指令を送るのはどうだ?)
その考えを元に鵠沼は脊髄に接続された触手を介し、大量の文字データを暴徒に送信した。
『潜在能力の全てを、解放しろ!』――このフレーズを、秒間一万回を超える速度で繰り返す。
「……あ、ああああああああああっ!」
「ぐうううううううっ!」
触手に繋がれた暴徒は白目を向きながら、全身を痙攣させる。
脊髄から直接送られる膨大な量のデータに、暴徒の脳内は一気に書き換えられた。
「ははっ、いいぞこれだ!
『その力を以て八坂英人を倒せ!』」
そして鵠沼による指令が下った瞬間、強化された暴徒たちは一斉に英人に向かって飛び掛かった。
「死っ、ねぇええええええぇぇっ!」
「ぐ……っ!」
その凄まじいまでの勢いに、思わず英人は防御に回った。
身体能力の向上に、『異能』の強化。明らかにこれまでの暴徒とはその脅威度が違う。
「アッ、ハハハハハハハハハハ! いいぞ! 段違いだ!
これでお前を奈落の底に叩き落としてやる!」
鵠沼はさらに触手を伸ばし、次々と周囲の暴徒を強化していく。
「さぁ来いよ元『英雄』!
来れるものなら!」
ニヤリと浮かぶその笑みは、まさに『愉悦』そのものだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後5時14分、田町キャンパス正門。
「押せええぇぇぇっ!!!」
キャンパス内で最もひらけた門扉の下で、暴徒と機動隊は一進一退の攻防を続けていた。
「あっ……!
右翼、数人抜けたぞ!」
無論それは機動隊の高い統率力があってこそだったが、戦線を維持している要因はもう一つ。
「はいはい駄目駄目。
こっちの許可なく外に出るのは御法度だよ」
「!? しゅ、瞬間移動した……!?」
それは『異能者』で構成された対異能部隊こと、異能課の存在があった。
彼等は自身の卓越した能力を駆使し、機動隊が対処できないような『異能者』を即座に処理していたのである。
「成程、どうやら『異能』の発現具合にも個人差があるようだね。
大体は精々が一般人に毛の生えたレベルか……
「了解!」
隊列に入った亀裂を埋める為、義堂は一気に暴徒の群れへと突入した。
迎え撃つ為に殺到する暴徒たち。
それを見た義堂は静かに木札を握りしめ、深紅の陣羽織を出現させて腕に巻き付ける。
「『
するとそれは深紅の籠手となり、義堂の両腕を覆った。
西金神社、ひいては先々代『
「はぁっ!」
深紅の籠手に覆われた両腕は暴徒からの攻撃を防ぎ、
そこに無駄な力みはなく、無理な動きもない。
千年に渡り積み重ねられた武術の片鱗を前に、暴徒たちの前進が一旦停止した。
「今だ! 隊列を立て直して下さい!」
「り、了解した!」
その隙を縫い、隊列を割っていた亀裂も元に戻る。
これで戦況は一気に有利へと転じた。
「どけ! 俺たちがやる!」
だが、暴徒たちの方もこれで終わりではない。
怯んだ群れを分け入る様に、巨漢たちの一団が現れた。
「学ラン……体育会か」
「早応大学ラグビー部、行くぞぉ!」
まるでバッファローの群れのように、巨漢の男たちは一糸乱れぬ統制でスクラムを組んで突進を開始した。
おそらく『異能』の恩恵も受けているのだろう。味方を巻き込み、さらには衝撃波を放ちながら猛進してくる姿は圧巻だった。
あれでは、機動隊では防げない――そう悟った義堂は、静かに構えを取った。
「義堂!」
「まだ煙はここまで来てない……私が止めます」
迫りくる猛獣を見据え、冷静に間合いを図る。
彼我の距離は既に10メートルもない。
しくじれば、そのまま轢き殺されるだろう。
リスクを考えれば後ろの機動隊を避難させ、合気道の要領で受け流すのが正解なのかもしれない。
だが。
『後は、任せたぞ』
俺の超えたい背中を、超える為には。
『警察組織を良くしたいんだろ?
だったらこれぐらいで悩むな、上に向かって進め』
俺が並びたい肩に、並ぶ為には。
「――これくらい、止められなくてどうする!」
義堂は真正面から、その突進を受け止めた。
「うおおおおおおおおっ!!」
瞬時に脚にも『無双陣羽織』を部分展開させ、踏ん張りを効かせる。
アスファルトを割りながら、後ずさる体。
だがその速度も徐々に落ちていき、
「おお、お……っ!」
遂には拮抗した。
義堂はそこから渾身の力を込め、一気に放出する。
「おおおおおおおおおっ!」
咆哮と共に、大男の集団が宙を舞った。
「な……!」
「嘘だろ……!?」
それは、およそ信じられないような光景だった。
機動隊も、さらには一部の暴徒も、その勇姿に思わず釘付けとなった。
煙草を咥えながら、純子は小さく笑う。
「今の内によーく顔を拝んどくんだね。
あれが、日本最高の男だよ」
それは苦しそうな、汗だくの顔だった。
だがそこには、揺るぎのない信念があった。
最高の男は静かに、キャンパスに向かって拳を上げる。
「行け、八坂。
ここは俺が絶対に守る……!」
それは日本の『
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