いちばん美しいのは、誰㊱『数多の敵、斬るは一人』
午後4時58分、大学図書館三階。
「――チッ、ここでもねぇか!」
そう吐き捨てながら、英人は迫りくる暴徒を
『頑張るねぇ、後輩。
ま、この程度の修羅場、お前さんならなんとかなるだろ』
「ったく、急に喋ると思ったらこれかよ。
御託並べてねぇで少しは力を貸したらどうだ……っ!」
暴徒に押されて倒れる本棚を躱し、英人は窓を破って外に出た。
先程よりポケットに入っている『聖剣』こと『
正確にはそれに宿っている『原初の英雄』、
『まさか。俺ぁあくまで武器だぜ?
力を貸すとかじゃなくて、お前が俺をどう使うかだ』
「じゃあ黙って見てりゃいいだろう」
『別にいいじゃねぇか、ここまで静かにしてたんだからよ。
お前さんの活躍、面白く見させてもらったぜ?
それもこの時代ならではの戦い方って奴をな』
「そうかい……っ!」
英人は飛び掛かる暴徒を次々に気絶させ、今度は南校舎へ向かって跳躍する。
『看破の魔眼』で見る限り今のところ怪しい人物は見当たらないが、実際行ってみるに越したことはない。
飛び蹴りの要領で窓を蹴破り、室内へとお邪魔する。
そこはクイーン早応の本部として利用されていた教室だった。
「……事の発端がクイーン
『灯台下暗し、なんて言うが、さすがにここまで分かり易い所にゃいないわな』
『聖剣』の言葉を聞き流しつつ、英人は室内を見回す。
破かれたファイナリスト用の衣装に、破壊された機材。
本来なら田町祭において盛り上がりの中心となる場所であったのだが、今は見る影もなかった。
英人にとって、ここには特に思い入れがあるわけではないし。
むしろYoShiKiのせいであまりいい感情をもっていない。
だが改めてこの光景を見ると、虚しさが無性に込み上げてきた。
「ここか!
死ね、八坂英人!」
しかしそんな感傷に浸る間もなく、暴徒たちは押し掛けてくる。
「……行くか」
振り向きざまに雷撃を軽く浴びせながら、英人は廊下へと出た。
『――なぁ後輩、こいつぁ俺の勘なんだがな』
そのまま校舎内を駆けていると、不意に『聖剣』が話しかけてきた。
「なんだ?」
『今回の黒幕――
「目立つ場所?」
階段を上りながら、英人は聞き返す。
『なんとなーくだが、ああいう手合いの気質が分かるのさ。
ありゃあ役者を冷やかしつつも、誰よりも舞台の上に憧れている類の人間だ。
つまりは日陰モンだが、同時に目立ちたがり屋でもあるのよ』
「なるほど、分からんでもない」
英人は小さく頷いた。
確かにこの状況に置いて、「隠れる」という行為は鵠沼悟にとっての勝利条件に等しい。
だが同時にキャンパス内に留まったり度重なる放送を行ったりする等、矛盾した行動をしているのも事実。
隠れつつ、目立ちたい――突くとすれば、その歪みかもしれない。
「このキャンパスで目立つ場所、か……」
英人は『千里の魔眼』でキャンパス全体を一望した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
キャンパス内某所。
『いやー今SNS見てるんだけどさ、すごいね! 滅茶苦茶炎上してるじゃないか!
まさに「愉悦」の本領発揮だね!』
「いえ……これも有馬様が力を授けて下さったお陰です」
国際テロ組織『サン・ミラグロ』総裁、
『謙遜謙遜。
いくら力があったってそれを活かす手腕が無ければこうはならないよ。
いやー、やっぱり君をウチに引き入れといて正解だったね』
「あ、ありがとう御座います……!」
主と仰ぐユウに褒められ、陰気なはずの表情はますます恍惚に染まる。
かつてこれほどまでに自身の能力を高く、そして好意的に評価してくれた存在はいなかった。
『ひとまずの目標は達成したし、この調子で頑張ってよ。
期待してるからさ』
「はい!
……それで、あの男のことは」
『ああ、そうだね……やれそうならやっちゃっていいよ。
君の手腕に任せる』
そう言い、ユウは画面越しにニコリと笑った。
無邪気を極めたような、あまりにも純粋すぎる悪意の表情に鵠沼は歓喜を濃くさせる。
「……!」
そうだ、この笑顔こそが欲しかったのだ。
もっと、もっと。
「あの男……八坂英人も、僕に任せてください。
必ず絶望の狭間に突き落とし、心を壊してご覧にいれます」
「おーそりゃあすごい。
そういうことなら君に任せるよ。頑張ってね!」
「はい!」
そのままユウの笑顔を最後に、テレビ電話は切れた。
鵠沼は顔を上げ、別の画面へと視線を配る。
そこには
「……はは、さすがに崩れないなぁ。まだ不殺を貫いている。
さすがは『異世界』の元『英雄』、正直腹立たしいよ」
吐き捨てながら、鵠沼は蜂蜜をふんだんに塗ったバームクーヘンを
「まぁでも、これくらいの方が『愉悦』のしがいがあるというもの。
強大な力に、折れぬ心……嗚呼、最高のトッピングだ」
先程から、込み上げてくる笑みが止まらない。
甘物が進む。
苦しみの際にいる人間を、安全地帯から見る――彼にとってそれ以上の喜びなどないのだ。
「ああ早く殺してくれ、殺されてくれ!
僕を見つけられずに、自身の無能に苦しみながら!
僕は不幸の蜜の味が好きなんだ!」
機動隊の出動という予想外の出来事はあったが、作戦に大きな支障はない。
このまま彼に『異能者』と化した暴徒共をぶつけ続ける。さすればあと少しで、崩れるだろう。
「ああ、こういうのは待つほどいいものだが、やはり急いてしまうな。
……かつてはもう少し慎重だったというのに、『力』を得たお陰かな?」
鵠沼はドーナッツにチョコレートソースを足し、頬張る。
普通なら見ただけで胸焼けしそうな光景だが、まるで水でも呑むかのように次々と口に詰め込んでいった。
「ネットで根も葉もない事実をひたすらにでっち上げ、扇動し、追い落とす……ただの炎上屋でしかなかった僕に、あの人はこれだけの大舞台をくれた。
それも今度の相手はそこいらの芸能人や政治家なんて目じゃない、本物の『英雄』だ!」
「画面越しでも十分すぎるほど分かるよ。
長い年月かけ身体を鍛え、さらには相当の修羅場を超えて、栄光を掴んで来たんだろ?
脇目も降らずに、光だけを見続けながら」
そう言い、鵠沼は口元のチョコレートソースを拭った。
「甘い……だがこれをも上回る極上の甘さを、お前は持っている。
人の不幸は蜜の味。『愉悦』の徒だからこそ、君の苦悩は最高の糧となる!
……おお、」
鵠沼は思わず眉を吊り上げる。
画面では、暴徒たちに包囲される英人の姿が映っていた。
「ははは、いよいよ進退極まったか。
さぁどうする? 殺すか、殺されるか。
お前はどっちだ?」
まるで「待て」をされた犬のように、鵠沼は画面に
あともう少し、あともう少しで――!
そんな下卑た期待は飢えとなり、
「見せろ、見せろよォおおお……っ!」
その瞬間を、絶対に見逃すものか。
暴徒たちから贈られる数千の映像全てに神経を尖らせた時。
鵠沼の背筋に、冷たいものが走った。
「――!」
何だ、今のは。
誰かが、こちらを狙っているのか?
鵠沼は身体を起こし、周囲を見回す。
右、左、前、後ろ……だが、そのどれでもない。
「まさか、上――!?」
『……おや、バレたか。
ま、ああいう手合いほど無駄に勘が鋭いからな』
『聖剣』が言葉を聞き流しながら、英人は静かに『
周囲に暴徒はいない。
何故なら彼らは今――
「『
大ステージの真上にいるからだ。
――ドオオオオオオオッ!!!!!
「うっ、おおおおおおっ!?」
瞬く間に土台を叩き潰す圧倒的な水量に、鵠沼は思わず悲鳴に似た叫び声を上げる。
「ぐっ……!
何故だ! さっきまで奴は暴徒に包囲されて……!」
急流に流されながら、ふと視界に入った画面に目を凝らす。
そこでは暴徒に囲まれていた筈の英人の姿が、霞のように消えていく様子が映った。
「幻覚か……っ」
思わず吐き捨てるが、時すでに遅し。
鵠沼の体はそのまま、数多の機材と共に濁流に飲み込まれていった。
――――
「……っ! ガハァッ!
ハァッ、ハァッ、ハアアアァ……ッ!」
水を吐き出しながら、鵠沼はゆっくりと身体を起こす。
どうやら英人の技による水は引いたらしい。
周囲を見るに、おそらくは南校舎の一階。
鵠沼は水浸しとなった廊下でよろよろと立ち上がった。
(有馬様からの手で身体を強化されていなかったら、ヤバかった……!)
あれだけの急流、常人なら大怪我を負うか下手をすれば溺死だろう。強化された身体を以てしても痛みが強く残っているのがいい証拠だ。
しかし、自分はまだ生きている。
暴徒たちもまだまだ残っているだろう。
(そもそも、ステージ下に隠れたのも見つからない為、というよりかは其処が一番キャンパス全体の状況を把握しやすかったからだ。
暴徒がいまだコントロール下にある以上、どうとでも出来る。
今度こそ奴を絶望に……!)
「ふ、ふ……!」
髪から水を滴らせながら、鵠沼はニヤリと笑う。
だがその時。
「――誰よりも舞台の上に憧れる、か。
だとしたら大ステージの真下ってのは、おあつらえ向きの隠れ場所だな」
後ろから、声が響いた。
「……八坂、英人ぉ……っ!」
「初めましてだな、鵠沼悟」
振り向いた先にいたのは、学生らしい服装に身を包んだ元『英雄』だった。
彼こそが、鵠沼悟が心から破滅と絶望を願った相手。
「……どうした?」
前触れもなく、鵠沼の体が震えだす。
それは恐怖からか、それとも歓喜からか。
だが今はとにかく――
「……お、」
見たい。
「さっさと来いよ」
「おおおおおおおおおおおおっ!」
この男の破滅が見たい!
その姿を視界に収めた瞬間、鵠沼の中の『愉悦』が
「『
そう叫ぶと同時に地中からはコードのような黒い線が飛び出、体中に巻き付く。
やがてそれらは、一つの悪魔の姿を形作った。
背中、腕、脚――身体のあらゆるところからコードが伸び、触手のように周囲に漂う。言うなれば、電子機器という概念を擬人化したような出で立ちだった。
「『来い、暴徒ども! 八坂英人を倒せ!』」
鵠沼が叫ぶと同時に、暴徒たちが瞬く間に英人の周囲を取り囲む。
能力が強化されたのだろう。その迅速さは凄まじく、既に校舎全体を埋め尽くす勢いだ。
「なんだ、来ねぇのか」
「当たり前だろう。
馬鹿を利用して苦しめる……最も効率のいいやり方さ。
それにお前も、コイツ等には苛立っているんじゃないのか? 正直に言えよ」
人込みの中から、鵠沼はまるで見透かしたかのように鼻で笑った。
「殺せ!」
「あんなブスを庇いやがって!」
「こいつの次はクイーン早応の連中を殺るぞ!」
英人は周囲に目をやると、先程にも増して目が血走り、我を失っている様子が映った。
それは扇動に流されるだけ流され、至ってしまった境地。
おそらく今の彼等は何の
何より、彼等の呟きの為に彼女たちがどれほど翻弄されてきたことか――!
英人は再び、鵠沼へと視線を戻す。
「もちろん、思うところはあるさ。
彼等の言動と、その流されやすさにはな」
「ほう?」
「だが、元凶はお前だ。お前ひとりだ。
この事件は全部、お前ひとりの意志から始まったんだ。
だから彼女たちの怒りも、涙も、苦しみも――」
英人は静かに、『絶剣』の切っ先を鵠沼に向けた。
「お前が一身に受け止めろ」
周りの暴徒には目もくれず、元『英雄』の瞳は悪魔の姿だけを捉え続ける。
「――斬る」
それは鵠沼悟が生まれて初めて突きつけられる、本物の殺気であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます