いちばん美しいのは、誰㉟『栄光はこの手の中に』

――私、矢向やむかい来夢くるむは美男美女の家庭に生まれた。


 父はアイドル顔負けのイケメンで、母はすぐにでもドラマの主演を張れるほどの美人。

 学生時代を経ての恋愛結婚だったらしいが、それはもう周囲が羨むほどの美男美女カップルだったという。

 だから娘である私も当然、可愛かった。


 だって、芸能人レベルの顔を持つ二人が言ったのだ、「お前は可愛い」って。

 なら可愛いに決まっている。疑う余地もない。


 幼稚園、小学校と周囲には同い年の女の子が何人もいたが、自分が一番可愛いと思ってきた。

 お洒落だってそうだ。

 髪を整え、ファッションを研究し、誰よりも美の最前線にいるという自負があった。

 周りが背伸びしてやるようなことを、自分は当然のようにやってきたのだ。


 そう、私は可愛い。

 そしていつかは綺麗になる。


 一番近くで私を見てくれる美男美女がそう言ったのだ。これ以上の証拠はない。

 私にとって、この恵まれた容姿は揺るぎのない事実だったのだ




「――あのさ、アンタいい加減にしてよ!」


 中学生の時だった。

 クラスメートの女子が突然、堪忍袋の緒が切れたかのように叫んだ。


 季節は夏。

 文化祭に向けてクラスでは「白雪姫」を再構成した劇をやることに決まり、その白雪姫役を決めている最中の出来事だった。


「え、え……?」


 私も当然、白雪姫役に立候補していた。

 もちろん自分の容姿に絶対的な自信があったのもそうだが……その時王子役に決まっていた男子が、密かに片思いしていた相手だったのだ。

 だから絶対に勝ち取ってやろうと、私は他の立候補者たちを押しのける様な勢いで自身の美貌を猛アピールしていた。


「デリケートな問題だから、いままでずーーっと我慢してたけど、もう限界!

 アンタ、毎日鏡見てる!? 見てるわよね!?

 だったら何でそんな態度取れんのよ! 信じらんない!」


 その女子はズバズバ物を言う、いわばクラスの女番長みたいな立ち位置の人間だった。

 彼女はズカズカと距離を詰め、私の前に立つ。


「分かってる!? 今まで私たちみーんな気ぃ使ってきたんだよ!?

 なのにアンタはそれも分からずズケズケズケズケと! 最低限の空気くらい読んでよ!

 これじゃあ他の女子がかわいそうじゃん!」


「ちょっと、言いすぎだって……」


「いーや、クラスの為にもここは絶対に言わせてもらう!

 矢向さん、アンタはお姫様に相応しくないの! 

 決めるのはこれからだけど、少なくともアンタだけは無いってみーんな思ってるから!」


 心底軽蔑したような視線を送りながら、女番長は乱暴な足取りで自身の椅子へと戻った。



――何が何だか分からなかった。



 私は今、何を言われた?

 みんな気を使ってきた? お姫様に相応しくない?


 頭が混乱するその最中、



「――ざまぁみろ、ブス」



 クラスメイトの誰かがそう呟くのを、私は聞いた。


 これ以降の記憶は、定かではない。


 ただ覚えているのは、私がふと王子役の男子を見たこと。

 そしてクラスでに可愛かった女子と彼とが、互いに困ったような視線を交わし合っている光景だけだった。





 ――――――



 ――――



 ――





「あ、あ……!」


 まるで走馬灯のように脳裏を巡った記憶を振り払い、矢向やむかい来夢くるむは静かに瞳を開く。

 彼女は今、三人の美少女に守られていた。


 ミシェル=クロード=オートゥイユ。

 白河しらかわ真澄ますみ

 東城とうじょう瑛里華えりか


 全員がトップクラスの美女だ。

 守られている方が、むしろ惨めに感じる程の。


「ひいいいいいぃ……っ!」


 さらに目の前では、YoShiKiこと平塚ひらつか能芸よしきが頭を抱えながらうずくまっていた。

 これまでずっと芸能界を牛耳ってきた男の、あまりにも情けない醜態。


 来夢にとって、それらの光景はなんだか現実離れしているようだった。


「だ、大丈夫ですか来夢ちゃん……!」


 傍では、伝説のグランプリが抱きしめながら声を掛けてくる。

 これでも職業柄多くの美人を見てきたが、それでも彼女は別格だ。

 遠目でも分かった格別の美貌が、近くだとより鮮明に見える。


「とにかく、あの人の邪魔にならないようにしましょ」


 そしてそれは昨年のグランプリも同様。


 二人とも綺麗で、可愛くて、性格もいい。

 見れば見る程、心の奥底から黒い感情が沸々と湧いてきた。


「……もう私たちに、構わなくていいから。

 これ以上、私に惨めな思いをさせないで……!」


 来夢はギリ、と奥歯を嚙みながら言った。

 何事か、と二人は顔を見合わせる。


「い、いやでも……」


「もういいから!」


 来夢は強引に真澄の抱擁を振りほどいた。


「この人達って、私たちを狙ってるんでしょ?

 ならここで私たちが身を差し出せば、先輩たちは安全になる」


「ちょっとアンタ何言って……!」


 そう言って前に出ようとする来夢の腕を瑛里華が掴んだ。

 しかし来夢は振り返り、


「もうこれしかないでしょ!?

 こんな大惨事になって! 整形だってこともバレて!

 今更どうやって生きていけって言うのよ!

 お願いだから、もうここで死なせて!」


「馬鹿なこと言わないで下さい!」


 真澄も再び抱き着いて止めようとするが、来夢はその腕を振り払う。

 

「だからやめてよそういうの!

 なに、こうなったからって私のことを憐れんで見下してんの!? ふざけないでよ!」


 そのまま威嚇するように叫んだ。

 目尻に涙が浮かんでいるのは、来夢自身にも無茶苦茶なことを言っているという自覚があるからだ。


「何が私に任せてくださいよ! 

 私の顔見てそんなこと言える!?  ほら、ブスでしょ!? 

 どーせあんた達も内心じゃブスって思ってるに決まってる!」



 叫ぶたびに、心に亀裂が入っていくのを感じる。

 とっくに壊れているかと思っていたが、なおもヒビ割れる余地があるとは驚きだ。



「ほら、ブスって言えよ! 正直に!」



 まぁ、当然だろう。

 自分の容姿に未練があったからこそ、整形までしてアイドルになったのだ。

 あんな惨めな思いをしたというのに、本当に馬鹿みたい。

 そのおかげで今、もっと惨めな思いをさせられている。



「ほら! 言えよ! 

 ほら! ほらっ!」



 嗚呼、最初から教えてくれれば。

 最初から自分の身の程を知っていれば、こうなることはなかったのに。


「お願いだから、私をブスって言ってよおぉぉ……っ!」


――嘘でながらえる位なら、真実で殺して欲しかった。


 来夢は大粒の涙を流しながら、二人の肩を掴んだ。


「……う、ひぐ……っ!」


 うつむきながら、涙を床に落とす。

 もう二人の顔は見たくない。


 さっさと死のう――そう思った時。


「言いません」


 二人の美少女が、来夢の手を優しく掴んだ。

 それも捕まえるような強さではなく、包み込むような繊細さで。


「……なんで」


「だって来夢ちゃん、私より歌も踊りも上手ですし!

 あとマイクパフォーマンスなんかも!」


「…………は?」


 思わず顔を上げると、真剣な表情を浮かべる真澄の顔があった。

 どうやら彼女は、本気でそう言っているらしい。


「そもそも整形がバレたくらいで大袈裟なのよ。犯罪じゃあるまいし。

 それに今時のアイドルなんて、メイク剥がせばビミョーな奴ばっかりだからね。

 スタイルいい分、アンタの方が全然マシよ」

 

《いや、それってフォローになっているのか『私』よ……》


 それに瑛里華の方も、真面目な表情だった。


 二人の美少女の、心からの正直。

 晴天の霹靂へきれきのような衝撃が、来夢の心に変化を与える。


「……生きましょう、来夢ちゃん」


 真澄は嘘偽りのない穏やかな笑顔で、来夢を見つめた。


 その時、後ろから轟音が響く。

 振り返ると、ミシェルが日傘を使って暴徒たちを吹き飛ばしていた。


「ふぅ……背中越しに聞いていましたが、まぁそれなりですわね。

 マドモアゼル・シラカワ、それにマドモアゼル・トウジョウ。まだまだ粗削りですが、中々の淑女ぶりです」


「あ、ども……へへ」


 真澄は照れ臭そうに頭を下げる。


「そして矢向やむかい来夢くるむ

 貴方、過去に酷い失恋をしましたね?」


「え、は……?」


 暴徒を殴り倒しながら言うミシェルに、来夢は目を白黒させた。


「だからそんなにも安っぽく自身を投げ出そうとする。

 いけません、恋とはその未練を断ち切る所までを言うのですから。

 それよりも今の貴方には、もっと必要なものがある」


「必要な、もの……?」


 ミシェルは傘を振り、暴徒たちをぎ払う。


「ええ、それは愛。

 淑女たるもの、恋は諦めても愛を諦めてはいけませんわよ?」


「邪魔だ!

 さっさとブスを渡せえええぇえっ!」


「そして、もう一つ」


 ミシェルは日傘を地面に突き刺し、向かって来る暴徒の首を掴んだ。

 そのままみしり、と耳元に口を寄せ、


「……貴方、女性相手に本気でをおっしゃるなら、即ち殺し合いですわよ?

 分かっていますの?」


「が、あ……!」


「どうやら耳が遠いようですわね」


 暴徒を締め落とした。


「……というわけです。

 淑女に限らず女たるもの、を言われたら戦争をする準備をしておきなさい。

 泣き寝入りなどしてはなりません」


 そう言い、ミシェルは腕を組んで暴徒たちに立ちはだかった。

 それは、誰一人として後ろには通さないという意志表示。


 だが次の瞬間。


「死ね!」


 銃を構えた数人の男が、暴徒たちの隙間から飛び出して来た。


「あら?」


「ミシェルさん!!」


 真澄が止める間もないまま、秒間数十発の鉛弾がミシェルに向かって放たえる。


「「きゃあああああっ!」」


 瑛里華と真澄は来夢の身体を抱えてその場に伏せた。


 まるで永遠に感じられるほど銃撃は続き、土煙が辺りに立ち込める。

 だが晴れた後には、


「――成程、こういう準備もしていましたか。

 曲がりなりにもテロ組織ということですわね」


 広げた傘を持ちながら優雅に立つ、ミシェルの姿があった。


「な……!」


「いい機会です、わたくしの『力』をお見せしましょう」


 不敵な笑みを浮かべながら、ミシェルは傘を閉じてゆっくりと歩を進める。


わたくしの『異能』は、言ってしまえば物体の強度を上げる能力。

 そしてその条件は至って単純、」


「く、来るな……!」


 銃口が火を噴く。


「物を、握ることですわ」


 しかしその銃弾は、ミシェルの握る日傘によって弾き返された。


「う、撃て!

 撃ちまくれ!」


『サン・ミラグロ』の手によってなおも銃弾が放たれるが、第五共和国最強の霊長類は怯む素振りすら見せない。

 ミシェルは力強く帽子と拳を握り、


「あいにく、このドレスは手袋と一体になっている特注品ですの」


 その全てを跳ね返す。

 キンキン、と銃弾を寄せ付けない様子は鉄壁さながら。


「く、くそ……効かない……!」


「もちろん銃弾程度なら難なく防ぎきりますわ。

 強度と硬度と重さは、握る強さに比例致しますから」


「く、来るな!

 来るなぁぁぁあっ!」


「これこそがわたくしが一族から受け継いだ祝福であり誇り。

 その名も――」


 そのまま距離を詰め、ミシェルは渾身の力で日傘をいで『サン・ミラグロ』たちを吹き飛ばす。


「『栄光はこの手の中にグロワール・ダン・ラ・マン』。

 よく覚えておいて下さいましね?」


 その圧倒的な姿は、『最高』の名に相応しいものだった。

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