いちばん美しいのは、誰㉞『私は一向に構わん!』
現在時刻、午後4時35分。
暴徒の減った第一校舎の廊下で、ミシェルと英人は一息ついていた。
「……とりあえず、これで条件は整いましたわね」
「ああ、これで『サン・ミラグロ』の捜索にあたれる。
問題はどっちが行くかだが――」
「なら貴方が行きなさい、ムッシュー・ヒデト。
彼女たちは私が守護します」
ミシェルはシルクのハンカチで汗を拭いつつ言った。
「いいのか?
数が減ったとはいえ、暴徒どもはまだまだ来るぞ。
俺が奴を見つけるという保証もない」
「それでも、ですわ。
理由は三つ」
ミシェルは白の手袋に覆われた指を三本立てた。
「一つ目は単純に役割分担の問題から。
私の『異能』はどちらかと言えば防衛向きですし、見たところ機動力に関しては貴方の方が何枚も上手。
ならば貴方が攻めに回るのは必定でしょう。
そして二つ目は、貴方自身の責任です」
「俺の?」
英人は首を傾げる。
「当たり前でしょう?
あんな大言を吐いたんですもの、男なら何が何でも実現させてみせなさい」
有無を言わさぬ視線を前に英人は小さく息を吐いた。
「これは手厳しい。
で、三つ目は?」
「淑女の
少女に手を振り上げるような愚かな民草には、教育を施して差し上げねば」
「……なるほどね」
英人は苦笑しつつ、静かに呼吸を整える。
役割が決まった以上、後は専念するだけだ。
「とにかく貴方はご安心して捜索に専念なさい。
一族と、『
「分かった。
俺もなるべく早く済ませるようにする」
「英人、さん……」
「というわけだから
見ての通り、このパリジェンヌはとんでもなく強い。だから万が一にも傷つくことはないよ」
言いながら、英人は軽くストレッチを行った。
おそらく、すぐにでもここを発つのだろう。
「あ……」
真澄は思わず、背中に向かって手を伸ばしたくなるような欲求に駆られた。
あの時のように、どこか遠くに行ってしまうような気がしたから。
だがそれをすぐに振り払い、
「
「ああ」
跳躍する英人の後ろ姿を、満面の笑顔で見送った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同刻、田町キャンパス正門。
「何とか封じ込めには成功したか……」
マイクを片手に、警察庁異能課兼『
眼前では、迫りくる暴徒の集団を構えた機動隊の隊列が巧みに防いでいる様子が見える。
「全く京都の件の最終報告もまだだってのに、今度は東京で事件とはね……。
年度末辺りにゃこの国ぶっ壊れちまうんじゃないかい?」
振り向くと、異能課課長の
「長津さん」
「おう。
まさか『
しかも単独どころかこれだけの頭数を揃えての大作戦、お
「京都の件があったからということでしょう。
私が『
「私が思うに、組織ってのは突出した個人に振り回される位がちょうどいいと思うけどね。
……特に、アイツらを見ていると」
ふぅ、と純子は煙を吐き出す。
「他国の『
「ああ。
連中、揃いも揃って個性と呼ぶのも馬鹿馬鹿しいくらいのイカれ具合だ。力も、その思考も。
リチャードなんかその典型だ」
「確かに……」
義堂は遠い目をしながら合衆国の『
思考はともかく、彼の力は常軌を逸している。もはや『異能』の範疇に収まらないくらいに。
(八坂は『魔法』だと言っていたが……)
義堂が視線を落とすと、純子が煙草に火を点けた。
「とはいえ、奴が参加してくれりゃ話は早いんだけどね……。
今回はお偉いさんからストップかかっちまったよ」
「前回は京都でしたが、今回は東京ですからね。
いくら同盟国といえど、さすがにここまで介入を許してしまっては面子が立たない。
……新たな『
「まぁそういうことだ。
やれるか? 義堂」
「分かりません。ただ……」
義堂はスーツの上から懐の『
京都の件を経て
あらゆる精神干渉を無効化する『不動の信念』があるとはいえ、どれほど動けるかは未知数なのだ。
「アイツが……八坂が今、戦っています。
だから俺は少しでも助けになってやりたい、ただそれだけです」
「成程……八坂君ね」
「そういえば課長、誕生日プレゼントは何かあげたのですか?」
義堂が尋ねると、純子はバツが悪そうにそっぽを向いた。
「……どうにもあれ以来、プライベートで顔を合わせづらくてねぇ。
やっぱり公私でキャラを分けすぎるの、止めた方がいいかねぇ?」
「ど、どうでしょう……」
義堂は苦笑する。
だがその時、正門の方から爆発音が響いた。
爆薬やガソリンなどによるものではない。それは生身の人間――『異能者』から放たれたものだった。
「くそっ、なんだこいつ等!? 手品か!? 隊長!」
「狼狽えるな! 爆発の規模はさほどではない、盾で十分防げる!
とにかく隊列を乱すな!」
「「「「了解!!!」」」」
機動隊も一時は隊列を崩すが、即座に修正してジリジリと距離を詰めていく。
さすがにこの辺りは普段の練度が如実に出ていた。
その様子を見ながら、純子は軽く肩を回す。
「……さて、餅は餅屋。
私らも出るとするかねぇ」
「えぇ。
ですが我々の目的は、あくまで暴徒たちをキャンパス外苑に押しとどめること。
つまりは中にいる八坂とミシェル=クロード=オートゥイユの支援ですからね?
倒すよりも出来るだけ多くの暴徒を引き付けるようにしてくださいよ?」
「分かってるって。
周囲の人払いも済んだし、上から『異能』使用の許可も出ている。
そっちこそ糞みたいな出し惜しみはすんじゃないよ? 『
「承知しています。
それで裏門の方は?」
「
純子がピンマイクに向けて叫ぶと、一拍遅れて二人分の返事が返ってきた。
どうやら裏では異能課の二人が控えているらしい。
純子はニヤリと笑いつつ肩を軽く回す。
「よし、じゃ行くぞ……警察庁異能課、出動!」
「了解!」
二人は暴徒たちへと突入を開始した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後4時40分、田町キャンパス南校舎。
「くそ、中々いねぇな……!」
迫りくる暴徒を気絶させながら、英人は一人毒づいた。
もし今回の事件の黒幕――
というわけで急いで中庭突っ切って南校舎に来たわけだが、手がかりすら見つかる様子はない。
「一応向かうついでにそれぞれの校舎を『看破の魔眼』で見たが、それっぽい人物はいなかったしなぁ……。
ま、そもそもどの建物も人ばかりで誰それの判別が難しいんだけどよ……っ!」
英人は暴徒をひらりと躱し、廊下を急ぐ。
外から見ても分からない以上、中に入ってみて相手の動きを誘うしかない。
少なくとも近くに来れば、何らかのリアクションは起こす可能性はある。その仮定の元に、英人は凄まじい早さで校舎内を爆走していった。
「待てぇッ!」
「行かせるか!」
後ろからは、『異能』に目覚めた暴徒達が雄叫びを上げながら追ってくる。
「チ……、思ったより増援が早いな。
ぼちぼち統制も取れるようになってきたってとこか」
呟きながらチラリと後ろを向くと、スマホのカメラをこちらに向けている暴徒がちらほら映った。
おそらくあれを通して仲間や鵠沼と情報を共有しているのだろう。
「なるほど、ここの全員が目と耳ってわけね。
となると鵠沼本人は見晴らしのいい場所にいなくともいいってか?」
探索範囲を広げる必要があるな、と英人が考えた時。
『すばらしい、本当に素晴らしい!
皆さんから上がってくる呟きと画像、本当に素晴らしいものばかりだ!』
再びあの機械音声がキャンパス中に響いた。
『そうだドンドン撮ってドンドン拡散してくれ!
我々一般市民には、「異能」という特別な力があるということを!
そして我々こそが正義であるということを!
全世界に向かって叫び倒すのだ!』
抑揚が乏しいながらも興奮した口調で、暴徒たちを扇動する。
暴徒たちも、まるで神の啓示でも受けたかのように一斉にスマートフォンをいじり始めた。
「うお、めっちゃ撮ってくる……。
撮影に関しちゃ今更だが、スマホいじりながら襲ってくるとかコイツら器用だな」
片手にスマホ、もう片手に鉄パイプやら角材。
なんとも珍妙な光景だが、追撃の手が止む気配は一向にない。
だが今はそれよりも、
「『異能』の存在が、
こちらの方が大きな問題と言えた。
「そうだ! 俺たちには特別な『力』がある!」
「もっと解放しろ!」
「この『力』で悪を倒す!」
力を得た人間は得てして増長し、苦しみ、暴走する。集団であれば猶更だ。
だからこそ歴史は『異能』の存在を危険視し、封印し続けてきた。
しかしSNS全盛の今、その存在が公になることは半ば必然的だったろう。
それは、いつか来るはずだった未来。
「それがまさか今になるとはな……!
目的が俺の苦悩とか言っときながら、しっかり考えてんじゃねぇか! おい!」
英人はさらに速度を上げ、暴徒の中を突っ切る。
『異能』が公になれば、間違いなくこの現代社会には大きな変化が訪れる。
しかし今はそんなことを考えている余裕はないし、己だけで結論を出そうとも思っていない。
それに――
『そのまま暴れ続けていいのかい?
世界の皆が見てしまうよ、君の姿を』
不意に、暴徒の持っているスマホのスピーカーから声が響いた。
キャンパス全体ではなく、英人ただ一人に話しかけようというのだろう。
英人は静かに足を止める。
周囲では、数えるのも馬鹿らしい程のレンズがたった一人に向けられていた。
そう、この事件によって明らかになるかもしれない事実はもうひとつ――それは他ならぬ英人自身のことであった。
『せっかく平穏な日常を手に入れたんだ。その力、秘密にしておきたいんじゃないかい?
ただの一般人として、自由気ままに生きたいという願望はないのか? ん?』
『世界の黙認』がどれ程の効力を発揮するかは分からないが、もはや元通りは望めないだろう。
『魔法』はともかく、
だが。
『――ははっ。
そんなもの、「
ああ、全くそうだ。
俺の全てが世界に知られようと、そんなもの――
「
迷いなく、英人は答えた。
代わりに機械音声の方が僅かに揺れる。
『何……?』
「確かにお前の言うように、俺も平穏な生活ってのを望んではいたさ。多少な。
だが大切な人達を危険に晒してまでそいつを貫いちまう程、鈍った覚えはない。
元々が注目集めてナンボの職業だったしな」
英人は纏う魔力を強め、一歩前に出た。
眼前には、襲い来る暴徒とカメラの群れ。
「……だからいいぜ、撮るなら撮れよ。じゃんじゃん撮れよ」
英人は雷撃を放ち、それらを一気になぎ倒す。
「――その代わりお前の負ける所も一緒だ、
その瞳は闘志で燃え盛っていた。
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