いちばん美しいのは、誰㉝『君たちは包囲されている!』

「な……っ!?」


「な、なんです……!?」


「嘘……!?」


 大地震を思わせるかのような地響きに、英人たちは驚愕した。


「ひ、英人さん!

 いったい何が……!?」


「分からん。

 だがおそらく……このキャンパスにいる暴徒全員が、『異能者』にされた」


「い、『異能者』……!?」


 一体何が何だか、といった表情で真澄ますみは尋ねた。


「早い話が、超能力を持った人間の事だ。

 俺のようにな」


「えええええええっ! 

 マズくないですか、それ!?」


 英人の言葉に、のけ反るほど驚く真澄。

 リアクションはオーバーだが、素直に聞き入れてくれるのは英人としてもありがたい。


 その時、再びキャンパス中のスピーカーが鳴った。


『そうだ! これが貴方たちの本当の力だ!

 今こそ悪である矢向やむかい来夢くるむ、そして愚かにも彼女を庇う八坂やさか英人ひでと白河しらかわ真澄ますみ東城とうじょう瑛里華えりかを打ち倒すのです!』


「「「「「――うおおおおおおおおおっ!!!」」」」」」


 機会音声による宣言が引き金となり、暴徒たちの士気はさらに上がる。

 その勢いは雄叫びだけでも教授棟を震わすほど。もはや興奮のピークすら超越し、群れを成して一気に英人たちへと迫った。


『マズいぞ契約者!

 奴さんたち、ドンドン水壁を突破してきてる!』


『「異能」を使ってか!?』


『多分!

 異様に泳ぐのが早かったり空気を纏ったり、色んな方法を使ってきてる!

 どうする、契約者!?』


『とりあえず水壁内で流れを作って、上ってこれないようにしろ! 少しでも時間を稼ぐんだ!

 あと霧の濃度も上げて視界を塞げ!』


『あいあい!』


 ミヅハが返事をすると、キャンパス全体を覆っていた霧が急速に濃さを増していく。

 物理的な意味は薄いが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


《『私』よ、外壁からも来ているぞ!》


「うそ!?」


 瑛里華が窓から下を覗くと、十人以上の人間がまるでヤモリのように外壁を這い上ってきていた。


「くっ……ちょっと、外壁からも上がってきてるみたい!」


「分かった、今対応する!

 ミヅハ!」


『分かってるよ!』


 ミヅハがそう叫ぶと、霧によって外壁に付着した水分が変質し、まるで油のようにぬめり始めた。


「ぐっ、すべっ……!」


「うわああぁぁっ!」


 壁面を滑落しながら、『異能者』と化した暴徒たちは次々に脱落していく。

 だがそれでも諦めようとはせず、


「死ねぇぇぇぇえっ!」


 今度は『異能』を使い、資材やら机やらを発射して来たのである。

 英人は即座に『魔法』を行使した。


上級水障壁ハイ・アクアガード!』


 それは数ある防御魔法においても最高峰の代物。

 この状況ではやや過剰防御ぎみだが、大事だいじをとるに越したことはない。

 だがそれも束の間。


「「「――うおおおおおっ!!!」」」


「な……っ!?」


 暴徒たち自身が、水壁目掛けて突っ込んできた。


「ええぇぇっ!?」


「脚力上げる『異能』と、あとは誰かが身体ごとぶん投げたのか……!」


 対処する間もなく、砲弾となった暴徒たちが次々と水壁に突き刺さっていく。


「がああああああっ!」


「ぐううううううぅっ!」


 あくまで超高圧の水で出来た壁なので即死こそしないが、それでも生身の人間が直撃してよいものではない。

 その証拠に、障壁に阻まれた暴徒たちの表情は苦痛に歪んでいた。


(どうする……!?

 このままだと、こいつら全員死ぬぞ……!)


 英人が焦る間にも、水壁には次々に椅子と人が突き刺さっていく。


「くっ……!

 『エンチャント・ライトニング』!」


 苦肉の策とばかりに英人は水壁に雷撃を纏わせ、全員を気絶させた。

 そのまま中庭へと降ろし、水のクッションで暴徒たちの肉体を保護する。

 しかし。


『マズいぞ契約者!

 奴等、どんどん数を増やしてきてる!』


『く……っ!』


 英人がミヅハの視界を借りて教授棟内を見ると、おびただしい数の暴徒たちがすし詰めになって廊下内を進む光景が映った。

 あのまま放置していれば、この建物は遠からず暴徒の波に飲み込まれるだろう。

 あまりの無秩序ぶりに、圧死する人間が出る可能性だってある。


「うわあああああっ!?

 外からもどんどん物が投げ込まれてきます!」


「……っ! こいつらまだ壁を登るのを諦めてない!

 人間ピラミッドみたいに身体を積み上げて……!」


『契約者! とうとう水壁を突破する奴が出始めた!

 どうする!? ちょっち危険だけど水流の勢いを強めるか!?』


 周囲からは、次々と危機を知らせる報告が響いてくる。


『異世界』において、部隊を率いて籠城をした経験はあった。

 だがそれはあくまで『魔族』との戦いで、殺すか殺されるしかない戦い。

 そして、これは殺してはならない戦いだ。あまりにも勝手が違う。


 英人は時計を見る。

 午後4時21分。

 騒ぎを聞きつけたとしたら、もうそろそろかもしれない。


(……俺に出来るのは、信じることだけだな)


 英人は顔を上げ、二人の方を見た。


「……真澄、瑛里華」


「……英人さん」


「アンタ……」


 戸惑ったような、心配するような表情を二人は向ける。

 どうやらこの少女たちは、自身の身の安全よりも八坂英人という人間の心を気にかけてくれているらしい。


 本懐な事だと思う。

 ……だからこそ、絶対に護り切らなければならない。


 英人は僅かに息を吸い、口を開く、



「――俺に、命を預けてもらえるか?」



 同意を得るのに、時間も言葉も必要なかった。

 頷く二人と、依然としてうつむく一人を抱えて英人は窓へと急ぐ。


 飛び込む先は、暴徒のいる中庭のど真ん中。

 これから彼は少女三人を守りながら、これまでの人生で最も過酷な戦場へと身を落とす。


「――行くぞ」


 英人は脚に力を込め、勢いよく跳躍した。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 午後4時28分。

 第一校舎一階。


「――死っ、ねえええぇぇぇぇっ!」


「全く、語彙力が少なすぎますわね。

 教養の程が知れます……わ!」


「がはァっ!?」


 鳩尾みぞおちに鉄拳を叩き込まれ、暴徒が廊下の上を転げまわる。

 YoShiKiを確保してから二十分近く、ミシェルは迫りくる暴徒の群れを次々に捌いていた。


「ひいいいいいっ!」


「さっきからうるさいですわね……あまり喚くと絞めますわよ?

 しかしこの霧といい、湧いて出る暴徒といい、面倒な事この上ありません。

 さっさと退避してカフェオレでもたしなみたい所なのですが――」


「この女……手強いぞ!」


「囲め囲め!」


「本当、節操のない方たちばかりで困りますわ」


 ふぅ、とミシェルは大きく息を吐いた。

 だが暴徒たちはなおも攻撃の手を緩める気配はない。


「こうなったらさっき手に入れたこの『力』を使って……!」


 中の一人が『異能』を行使しようとした時、


「邪魔だっ!」


 三人の少女を抱えた男が、雷撃と共に暴徒の群れを蹴散らした。


「あら、ムッシュー・ヒデト。

 両手どころか脇にも花だなんて、少々欲張り過ぎではなくて?」


「別に、持てるだけ持ったらこうなっただけだ!」


 言いながら、英人は雷撃を纏った手足で暴徒を気絶させていく。

 中庭へと飛び降りてからこれまで、英人はこれ一本で暴徒の群れを凌いでいた。


「貴方にしては、随分と効率の悪そうなやり方ですのね」


「籠城してたが、埒が明かなくてな!

 こうして黒幕を探しつつ暴徒たちを気絶させてる!」


「あらそうでした……かっ!」


 言いながら、ミシェルは白いシルクの日傘を横に薙いだ。

 華奢きゃしゃなフレームはまるで鉄筋のように暴徒の脇腹にめり込み、周囲の数人を巻き込んで吹き飛ばした。


「おいおい」


「なに、根性があれば死にはしません。

 それよりも第二波が来ますわよ」


 ミシェルがひらりと手向けた先では、目を血走らせた暴徒の群れが殺到していた。

 英人はゆっくりと三人を地面に下ろす。


「一旦ここで数を減らすか……二人とも、彼女を頼む。

 あと俺の傍から離れるなよ……!」


「はい!」


「分かった!」


 二人は来夢を挟むようにして英人のすぐ後ろに立った。


「さて、初めての共同戦線ですわね。

 合わせられて?」


「安心しろ、貴族との共闘には覚えがある」


「あらそれは――」


 ミシェルは飛び掛かる暴徒たちを見据え、


僥倖ぎょうこうですわね!」


 鉄拳でその全員を地面に叩き落としつつ微笑んだ。



 それからは、一方的な戦況が続いた。


 元『英雄』に、『国家最高戦力エージェント・ワン』。

 この二人の猛者を前に、『異能者』と化した暴徒たちですらも全く歯が立たない。

 気絶した肉体が、ただただ無情に積みあがっていく。


「フフフフッ! 便利ですわね、その電撃!

 貴方の『異能』ですの!?」


「そんなとこだ!

 そっちこそ、そのやたら頑丈な傘は特注品か!?」


 暴徒を捌きながら英人が聞くと、ミシェルは一気に三人ほどを吹き飛ばし、持っている傘を見せつけた。


「ええ、わたくしみずからオーダーメイドした特注品ですの。

 お気に入りですわ!」


「そうかい!」


 英人は手から雷撃を拡散させ、周囲の暴徒たちを気絶させていく。

 だがそれでも一向に暴徒の波が途切れる気配はない。

 元が数万人に及ぶ観客である為、単純に数が多すぎるのだ。


「しかし、キリがありませんわね!

 これがそこいらの雑兵であればとっくに退いている筈ですが、彼等にはそれがない。

 我を失った蛮勇というのも、万を超えれば厄介というわけですか」


「とはいえ元々は素人だ。連携はつたないし、一人一人は大したことはない。

 どんどんいくぞ」


 言いつつ、英人は一歩前に出た。


「……今更ですが、どこまで貫くつもりですの?」


「何をだ?」


 英人は背を向けたまま、答えた。


「むろん、暴徒に対する手加減です。

 分からないと思いまして?」


「……ま、そりゃ分かるか」


「あえて言います。この状況、殺してしまった方が幾分か楽ですわよ?

 少なくとも貴方が身を削ってまで、彼等を生かす義務はないはずです。

 むろんわたくしとがめません……それでも貫きますか?」


 背中越しに響く、ミシェルの問い。

 眼前では我を忘れた暴徒たちが殺意そのままに突進してくる。


「……確かに、義務はない。

 だが、それは俺が戦わない理由とイコールにはならない」


「死ねぇぇええっ!」


 飛び掛かる暴徒。


「――俺はよ、まだ何一つ納得してねぇんだ」


 それを雷撃で弾き返しながら、英人は続けた。


「俺は、人を超えた強さを手に入れた。

 生きるため、そして守るためにそいつが必要だったからだ。

 そしてそれを積み重ねてきたからこそ得たものがあったし、今の俺がある。

 今更、義務だのなんだのでそいつを出し惜しみすることが許されるかよ。

 それは仲間と、助けてきた命と……何より過去の自分を裏切る行為に他ならない」


「英人さん……」


「要は欲張りてぇのさ、俺は。

 なまじ力を手に入れたからこそ、安直に切り捨てたりなんてしたくない。

 力ある限り、目の前の命を拾い続けて見せる」


 英人は雷撃を放ち、衝撃で土煙が舞う。

 

「……少なくとも、俺の仲間達はそうしてきた」


 浮かび上がる背中は、不動の覚悟そのものであった。


「……成程。

 だからまだ殺さないと?」


「ああ。

 もう少しだけ、ここにいる命を欲張らせてほしい……ダメか?」


 英人が振り返ると、ミシェルは小さく溜息をついた。


「仕方ありませんわね

 ……ですが、限界点があるというのもお忘れなく」


「分かってる。

 彼女たちだけでも守らんといけないからな」


 英人が軽く首を鳴らすと、今度は第三波とばかりに大量の暴徒が押し寄せてきた。


『さぁ皆さんどんどん行ってください!

 一つの目的の為に命を惜しまない、これこそが正義のあるべき姿だ!

 自身の命などかえりみず、一心不乱に突き進め!』


 スピーカーから流れる機会音声がさらに暴徒たちの士気を鼓舞する。

 黒幕もここが詰めの一手だと考えているようだ。


「……ふぅ。

 しかしこうも守り一辺倒というのも、あまり興が乗りませんわね。

 何か良い策はございませんの?」


 暴徒を吹き飛ばしつつ、ミシェルが呟いた。

 その額には薄っすらと汗が浮かびつつある。


「策という程でもないが……俺たちのどちらかが黒幕の捜索に当たるのが絶対条件だ。

 頭を取らない限り、俺たちに勝ちはないからな」


「ですがこの暴徒の数、『サン・ミラグロ』は私たちに攻める機会を与えないようですわね。

 せめて、もう少し数が減ってくれれば……」


「それなら、心配ない」


「……?」


 英人の言葉にミシェルは僅かに眉を上げる。


「俺には信頼できる仲間がいる」


 その瞬間、キャンパスの周囲にけたたましいサイレン音が鳴り響いた。


「な、何……!?」


 それも、十や二十ではない。

 この田町キャンパスを十重二十重とえはたえに囲いつくす程の圧倒的な量だった。


「――田町キャンパスに立て籠る暴徒に告ぐ!

 君達は機動隊によって包囲されている!

 破壊行為を止め、今すぐ投降しなさい! 

 その意思がないというのなら直ちに突入を開始する!」


 響いてきたのは、聞き慣れた親友の声。

 警察庁異能課所属の警視で、この国の『国家最高戦力エージェント・ワン』――義堂ぎどう誠一せいいちが機動隊を引き連れてやって来たのだ。


「成程、これを待っていましたのね」


「ああ、二日前に出動準備を依頼しててな。

 何かあったらすぐに動けるようにしてもらってた」


 観客が暴徒化してより数十分。

 黒幕とて、ここまで迅速に部隊が展開されるとは思っていなかっただろう。


 まさにそれ如実に示すように、暴徒たちは混乱したままその場に立ち尽くしていた。


『警察がどうした!

 我等罪なき一般市民に、その矛先を向けるなんて言語道断!

 迎え撃て! 正義はこちらにある!』


「「「……お、おおおおおおっ!!!」」」


 機会音声が響くと、暴徒たちはまるで再起動したように行動を再開し、機動隊へと突っ込んでいく。


「投降の意志はないとみなす!

 総員突入! 暴徒達を確保せよ」


 対する機動隊は盾を構え、暴徒の群れを迎え撃った。

 同時に英人のスマートフォンが鳴る。


『悪いな八坂、待たせた』


『なに言ってんだ、予想以上の早さで助かったよ』


『とりあえず暴徒たちの大部分はこちらで引き付ける。

 後は頼むぞ!』


『ああ!』


 英人は電話を切り、眼前の暴徒たちを見つめた。


「……さて」


 いまだ数こそ多いが、機動隊の包囲によってかなりの兵力は削がれた。

 つまり、今こそが攻めに転じる好機。


 英人は深呼吸で息を整え、


「反撃開始だ」


 静かに笑みを浮かべた。

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