いちばん美しいのは、誰㉜『覚醒です』

「い、今の電話は……?」


 表情に不安を色濃くにじませながら、真澄ますみは尋ねた。

 窓の外では、雄叫びとも咆哮ともつかぬ叫び声が今なお轟いている。


「不味いことになった。

 早い話が観客全員、洗脳されて暴徒と化したらしい」


「は、ハァ!?」


 英人の言葉に瑛里華えりかは思わず眉を吊り上げた。


 確かに観客の様子はおかしくはあったが、それにしたって異常すぎる。

 デモとか市民運動ならまだ分かるが、ここはあくまで学祭。暴動などとは本来無縁の筈だ。

 しかし先程のステージ突入と、今響いているこの雄叫びは嫌が応にも真実味を帯びさせていた。


「とにかく、まずは籠城の準備をするぞ」


「え、えっと……まずは机とか椅子を集めるんですね!」


「それもやるけど、まずは……」


 英人は一旦部屋を出、階段の脇に走っている配線へと手を添える。


「――『エンチャント・ライトニング』」


 そのまま指先に纏わせた電力を流すと、防火シャッターが独りでに降り始めた。


「後は……」


 英人は横の非常扉にも目を向ける。

 いくらシャッターを降ろしても、こちらが開いていては意味がない。

 英人は再び指先に魔力を込め、


「『エンチャント・フレイム』」


 火力を集中させた青白い炎をまるでバーナーのように当てて防火扉を溶接した。

 ひとまずはこれで安心だろう。

 周囲を確認し、英人は再び部屋に戻る。


「よし、次はこの部屋を封鎖するから二人とも手伝ってくれ」


「はい!」


「分かった!」


 三人は急ぎ、バリケードを形成し始めた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 英人たちがバリケードの設置に勤しんでいる頃。


「く……っ!

 一体、何なんだよこれはぁっ!」


 薄っすらと霧の立ち込める廊下を、全力でYoShiKiは走っていた。


 矢向来夢の整形バレに、観客の暴徒化。

 これまで『クイーン早応』を意のままに動かす立場であったが、それでもこの状況は完全な想定外だった。

 もはや彼自身にも何が起きているのか、そしてこれから何が起きるのかは分からない。


 ただひとつ、確かなのは――


「オラァッ、何処だぁっ!」


「出てこいYoShiKi! ぶっ殺してやる!」


 後ろから迫る暴徒に見つかったら、きっとタダでは済まないということ。

 幸い補足こそされていないようだが、この決して広くないキャンパスでは時間の問題だろう。

 額に汗を浮かべながらYoShiKiは自身のスマホを手に取った。


「くそ、出てくれ……!」


 コールが鳴るたびに、額には焦燥の汗が浮かぶ。


『……どうした?』


「で、出た……っ!」


 人生で一番長い三コールだった。

 YoShiKiは一瞬だけ安堵の表情を浮かべ、すぐさま電話口へと畳みかけた。


「どうしたではないヨ!

 一体これはどういうことなんだい!

 こんなの予定には――」


予定通りだ。

 何も問題はないよ、平塚ひらつか能芸よしき


「な……っ!」


 その言葉にYoShiKiは絶句した。

 つまるところ、自分は利用されただけだと断言されたのだ。


「な、なんでだよ!

 俺はずっとアンタの言う通りにやってきたじゃないか! 今回のミスコンだって!

 なのにいまさら裏切るだなんて、ひどいよ!」


 とはいえここで引き下がるわけにはいかない。

 能芸は敏腕プロデューサー・YoShiKiとしてのキャラも忘れ、スマホに向かってまくしたてた。


『裏切るとは心外だなぁ。

 しがないADでしかなかったお前を、ここまでにしてやったのは誰のおかげだ?

 そのお粗末な能力以上の夢を見せたんだ、むしろ感謝すべきだろ』


「な……!?」


『なんだ、まさか自覚がなかったのか?

 お前が敏腕プロデューサーになれたのも、全部僕の「力」があったからだぞ?

 僕が上手く世論を操作し、お前はそれに乗っかっただけ。

 でなければお前のような無能が出世など出来るわけないだろ』


「そ、そんな……」


 能芸は力なく視線を落とす。


 確かに、以前の自分は何の力もない木っ端こっぱADだった。

 それがある時もらった一通のDMをきっかけに、瞬く間に出世街道を邁進まいしんするようになったのだ。

 その時の送り手というのが、今電話で話している相手だ。


 彼が戦略を指示し、自分がそれを現場で実行する。

 彼のくれた指示は抜群で、まるで予言かと錯覚するほどにトレンドを掴んでいた。

 お陰でヒットを連発し、今の敏腕プロデューサーと呼ばれる地位まで上り詰めることができたのだ。


 確かに彼の言う通り、自分はただ乗っかっていただけの猿回しの猿だったかもしれない。

 でも、それでもやはり、一部は自身の功績だという自負があった。

 だが彼はそれすらも否定するという。


 みしり、と心に大きな亀裂が入っていく音が聞こえた気がした。


『……よく考えても見ろよ。

 とりあえずインパクトを狙ったんだと思うが……その服装とサングラス、クソ過ぎるだろ。一体いつの時代のセンスだ?

 馬鹿なお前は気づかなかったようだが、周囲の人間は全員陰では笑ってたぞ?

 よくそんな壊滅的なセンスでエンタメに関わろうと思ったな。

 おかげで尻ぬぐいが大変だった』


「……わ、分かった!

 確かにアンタの言う通り、俺はダメだ! 無能だ!

 今の地位があるのも全部あの時アンタからメッセージを貰ったお陰だ! 感謝してるよ!」

 

『…………』


「だからこれからも、な!?」


 もうプライドも糞もない。

 彼にここで見捨てられたら、もう暴徒になぶり殺されるしかなくなる。

 能芸は頭を勢いよく下げながら、必死に電話口に向かって訴えた。

 

 だが。


『……お前さ。

 とっくに使い終えたゴミを、まだ使い続けろと?』


 聞こえてきたのは、溜め息交じりの呆れ声だった。


「い、いや……!

 ま、待ってくれ!」


『ああ、最後に一つ』



『お前が馬鹿すぎたお陰で、わざわざ「力」を使うまでもなかったのは本当に楽でよかった。

 そこだけは感謝してるよ』


「な……!

 お、おい……っ!」


 なんとか留めようと必死に声をかけ続ける能芸。

 だがそれも虚しく、通話は途切れた。


「く、くそ……っ!

 なんでこんなことに……!」


 すでに心の中はグチャグチャだが、ここに留まっているわけにもいかない。

 能芸は周囲を見回しながら、どこかに安全な隠れ場所がないかを探す。


 しかしそんな都合の良いものがキャンパス内に存在する筈もなく、


「――おい、見つかったぞ!」


 容易たやすく暴徒に見つかってしまった。


「ひ、ひ……っ!」


「追え!」


「逃がすな!」


 殺到する群衆を背に能芸は必死に走った。


「あんなブスで儲けやがって!」


「枕営業もさせてるって聞いたぞ!

 テメーは芸能界のガンだ! 死ねクズ!」


 後ろからは、容赦のない罵倒がひっきりなしに飛んでくる。

 それでも能芸は恐怖で震える足を最大限に動かし逃げたが、それでも逃げ切れるはずもなく、最後には壁際に追い詰められてしまった。


「た、助け……!」


「観念しろ、クズ!」


「ひ、ひいぃ……っ!!」


 胸倉を掴んだ暴徒の一人が拳を振り上げた時。


 人の群れが、真っ二つに割れた。


「な……どうしたんだ!」


 一体何が起こったのか。

 突然の出来事に暴徒たちは慌てふためく。


 人の割れ目に立っていたのは――


「――あら? いささか力を入れすぎたようですわね」


 白いドレスを優雅に着こなした、パリジェンヌとしか形容しようのない美女だった。


「おい!

 なにしやがるアンタ――」


 とにかく、この女が仲間を吹き飛ばしたのは間違いないだろう。

 暴徒の一人が、行く手を遮ろうと立ちはだかる。


「淑女の前を塞ぐのは、無作法ではなくって?」


「がああああああっ!?」


 しかし美女がその肩を掴んだ瞬間、まるで肉を抉られたかのような悲鳴が廊下中に響き渡った。

 微かに骨に亀裂が入る音も。


「……全く、この国の殿方は礼儀も知らないんですの?

 呆れ果てました」


「く、くそ……このアマぁっ!」


「うるさい」


「が……ッ!?」


 なおも暴徒たちは徒党を組んで殴りかかろうとするが、全く問題にならない。


 殴り、掴み、そして投げる。

 まるでバレエのような優雅さで、流れるように相手を蹴散らしていく。


 誰も彼女の歩みを止める事は出来ない。

 そのまま優雅に、そして真っすぐと歩を進め、


平塚ひらつか能芸よしき、ですわよね?

 早速ですが貴方に指示を出していた男――鵠沼くげぬまさとるについて洗いざらい吐いてもらいます。

 態度によっては少々痛い目を見るかもしれませんが……ああこれはあくまで保護ですから、どうかお気になさらず」


 恐ろしいほどに穏やかな笑みを浮かべた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……さて、これからどうするか……」


 即席で完成したバリケードを見つめながら、英人は小さく呟いた。


 部屋のドアについても溶接を行ったし、これでひとまずの時間は稼げた。

 問題は、この状況をどう打破するかである。


(……バリケードを張ったからと言って、何時間も籠城するわけにはいかない。

 キャンパスから出れない以上、どこかで根本的な解決を図る必要がある)


 英人は小さく息を吐きながら窓の外を見つめる。

 外では依然として暴徒化した来場客がひしめいていた。


「なんか、すごいことになっちゃいましたね……」


 振り向くと、真澄が苦笑しながら立っていた。


「だな。

 まさかここまでになるとは予想外だった」


「あ、でも英人さんって色々出来るんですね!

 ほらガスバーナーみたいに指からボォ~って! あれ便利ですね!」


「ん? あああれか」


「もしウチでなんか壊れた時は英人さんにお願いしよーかなー、なんて!」


「ああ、任せろ」


 明るく振舞う真澄を見ながら、英人には後悔の念が沸き上がった。


(……これも全部、俺がいらん欲を出したせいだな。

 『サン・ミラグロ』の尻尾を掴んでやろうという俺の焦りが、こんな事態を招いてしまった)


 そう。

 彼女たちや観客の安全を考えるならば、もっと確実な手はいくらでもあったのだ。

 だが英人は結局それらをしなかった。

 先の京都での事件――あの大惨事の記憶が、図らずも英人の優先順位を狂わせていたのだ。

 もう二度とあのような惨劇は起こさぬように、ここで『サン・ミラグロ』の正体を掴まねばと。


(ま、それで新たな事件を起こされてちゃ世話ないな)


 自身をあざける様に、英人は小さく息を吐いた。


《……傷心中の英人さんもイイねぇ》


「なに馬鹿なこと言ってんの。

 それよりもさっさと解決策を出しなさいよ。

 アンタ、私の潜在能力をフルに引き出したアバターなんでしょ?」


《うーん、そうだなぁ……。

 一応の確認だけど、ここの観客見捨てて脱出するというのはナシ?》


「ナシに決まってるでしょ」


 瑛里華はキッパリと言い放った。


《ふふ、聞くまでもなかったね。

 まぁ私は『私』だから当たり前だけど》


「だったら何で聞いたのよ……そりゃ私だって、これだけ沢山の人を見捨てるのはちょっと良心が痛むわよ。

 でもそれ以上に、」


 瑛里華は英人の方を向く。


「私の我儘で、あの人の信念を傷つけたくはない。

 あの人が命を諦めないってんなら、私だってやってやるわよ」


 その瞳には、揺るがない意志が宿っていた。


《…………だね。

 いや~我ながら、成長しましたなぁ》


「いや誰目線よそれ」


 瑛里華が呆れたように溜息をついた時。

 ドンドン、と建物全体が振動するような音が響いた。


「どうやらこっちにも殺到してきたか……!」


 英人が毒づく。

 暴徒たちがキャンパス内をあらかた探索し終え、遂にここに焦点を絞ってきたと言う事だろう。


「だ、大丈夫ですかね……?」


「詳しい説明は省くが、この霧には幻覚を見せる効果もある。光の屈折とかを利用してな。

 だから階段の位置を誤魔化したりとかは出来んるんだが……」


 英人は念話を使い、『神器』に宿る精霊ミヅハに声を掛けた。


『ミヅハ、どうだ?』


『今んとこ誤魔化せてる感じー。

 でもあくまで幻覚だし、人海戦術で見つけられちゃうかも。

 そもそもこの建物だって最初は幻覚で隠してたけど、こうして見つかっちゃったし』


『あとは階段を塞ぐ水壁か……』


『まぁ二階から上はまるまる水で覆ったし、パンピーなら何人来ようがまず通れないようにしてあるよ。

 問題は、やっこさんたちが形振り構わなくなった時だね』


『死なせるような真似するなよ?』


 そう言うと、念話越しにミヅハは溜息をついた。


『……はいはい、わーかりやしたよ。

 そんなヘマはしませんって。

 でもそれにこだわって無理はすんなよー?』


『分かってる……それで、犯人の目星はついたか?』


『いやぜーんぜん。

 上手く隠れてるとしたら大したもんだけど……ホントにいんの?』


 ミヅハはうーんと唸った。


絶剣・五里霧中リヴァイアス・タルタリア』は霧に魔力を帯びさせており、それを介しての索敵も可能だ。

 室外はもちろん、ある程度霧の入り込める空間なら人探しも容易なのだが……それでも見つからないという。


『ああいる。絶対にな』


だが、英人には確信めいた予感があった。


『断言するのぅ。その心は?』


『奴とは少しやりとりしただけだが……その願望ははっきりと分かった。

 それは俺が信念を曲げ、無様に敗北する姿を直に見たいということ。

 ならば奴自身が現場にいた方が、その事実はより際立つ』


『「愉悦」とか言ってたしねぇ……なんかニチャニチャと』


『ま、早い話が「黒幕である自分がすぐ近くにいたのに、見つけられないなんて英雄失格だな」と言いたいわけさ、奴は』


 解決する手段がすぐ近くあったのに見つけられず、無惨に負けていく元『英雄』――「愉悦」の使徒からすれば、恰好の餌だろう。

 だがそれは同時に、英人にとって唯一の勝機でもある。


『うわ陰湿ぅ。あたしゃ友達にはなれないね』


『とにかく、今は安全の確保が優先だ。

 引き続き頼むぞ』


『あいあい』


 ミヅハの返事を聞き、英人は念話を切った。


 防火シャッターと防火扉を封鎖し、階段自体も水で密閉した。

 部屋にはバリケードも設置してあるし、窓からの攻撃にも最大限の警戒を払っている。

 今のところ、籠城態勢は万全だ。


(後はこのまま『絶剣・五里霧中リヴァイアス・タルタリア』で犯人の尻尾を掴めれば――!)


 英人は状況を再確認しつつ、ひとまず安堵する。

 だがその時。


『――みなさん。

 矢向やむかい来夢くるむの捜索、お疲れ様です」


 キャンパス中のスピーカーから、くだんの機械音声が鳴り響いた。

 同時に教授棟の喧騒も止む。

 

『ですが今は心なき人間からの妨害に合い、さぞやご苦労されていることでしょう。

 なので僕からみんなさんの助けになるよう、特別なメッセージを用意しました。

 SNSをご覧ください』


「メッセージ……?」


 瑛里華は首を傾げる。


「……とりあえず、俺が見てみる」


 英人は神妙な面持ちでSNSを開いてみた。

 すると、とある呟きとアカウントが、瞬く間にトレンドを上り詰めている。

 その名も「真実の使徒」。


 そこでは、こう呟かれていた。


『こんにちは。

 私は「真実の使徒」と申します。

 いきなりですが、みなさんには特別な力があります。「異能」という名の、不思議な力が。

 本来であれば発現することなど稀ですが、状況は整いました、

 今こそ、その力を以て正義を為す時です』


 凄まじい勢いで、その呟きはいいねを稼いでいく。

 さらに次の言葉が呟かれた瞬間、


『さぁ――秘められた『異能』を、発現させろ』


 キャンパス全体は振動と雄叫びに包まれた。

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