いちばん美しいのは、誰㊳『八坂英人って誰? 彼女は? 調べてみました!』

『なんか早応そうおう大学で滅茶苦茶なことが起きてて草。

 #バトル漫画みたいな戦い #田町たまち祭』


『なんか人間やめてね? この人。

 一応効くけどCGとかじゃないよね?

 #バトル漫画みたいな戦い #田町祭』


『やべーよなんか電気纏ってるし。マジでファンタジーの人間じゃん。

 マジで誰だコイツ、学生?

 #バトル漫画みたいな戦い #田町祭』


『ああこの人、ちょっと前もミスコンのファイナリストと仲良いってんで話題になってたなー。

 八坂やさか英人ひでとだっけ?

 #バトル漫画みたいな戦い #田町祭』


『誰?』


『八坂英人って?』


『八坂英人ってのは――』




 ――――




 午後5時20分、南校舎一階。


「『エンチャント・ライトニング』!」


 迫りくる暴徒に向かい、英人は雷撃を放つ。


「「「「ウウオオオオオオオッ! 殺セエエエエエッ!」」」


 だが感電してもなお、暴徒たちの突進が弱まる気配はない。

 それどころか、自身の命すらかなぐり捨てるような勢いで掴みかかってきた。


「無駄だ! そういう指令を脳髄に叩き込んだからな!

 もう何が起ころうと、彼等は死ぬまで踏ん張るよ!」


「チィ……ッ!」


 これ以上威力を強めたら、命に関わる。

 そう悟った英人は雷撃による気絶を諦め、近接戦闘による迎撃にシフトした。


 迫りくる暴徒の数は、視界に映るだけでもざっと百。

 これらを雷撃ナシで捌きながら、鵠沼くげぬまさとるに追いつかなければならない。


『はっ、修羅場だな後輩! いよいよ楽しくなってきたじゃねぇか! 

 いいぜ、俺を使え!』


「言われずとも!」


 英人はポケットから小型化した西洋剣を取り出し、サイズを戻した。

 その名も『魔を断ちヘイ光指し示す剣ムダル』。眩いばかりの輝きが、校舎全体を包む。


『え!?  まさかこいつと一緒に戦うの契約者!?

 わたしゃ嫌なんだけど!』


『いいじゃねぇか! せっかくの修羅場、仲良くやろうぜ!』


「いいからつべこべ言わずに行くぞ!」


 右手に『聖剣』、左手に『絶剣』。


「勢い余って殺すなよ!」


 およそ最強と思われる二刀流を以て、英人は強化された暴徒の群れに臨んだ。




 ◇




 そこからは、一進一退の攻防が続いた。

『聖剣』と『絶剣』から放たれる光と水流が、強化された暴徒の『異能』を防ぎ、一人また一人と気絶させていく。

 殺すだけならば一人当たり0.1秒も必要ないが、生かすためには相応の加減が要る。

 まさに根気と集中力の作業だ。


「おおおおおっ!」


 英人が暴徒を戦闘不能する間にも、鵠沼はさらに強化人数を増やしていく。

 とはいえ直接触手を突き刺す必要があるようで、そのペースは決して早くない。

 倒すペースに、増やすペース――この二つのペースがほぼ同じだからこそ、この均衡は生まれていると言えた。


(つまり、暴徒の数に上限がある分こちらが有利。

 だがこのペースだと全員戦闘不能にするのにどれだけ掛かるか分からん。

 復活する奴も出てくるだろうし、あまりアテにしない方がいいか)


『絶剣』の放つ水流で暴徒を流しながら、英人は鵠沼に向かって大きく踏み込んだ。

 やはり当初の目標通り、斬るべきは鵠沼悟。

 その為には一気に大量の暴徒を退け、どうにかして間合いを詰める必要があった。


「ハハハハ! 行け! どんどん行け!

 八坂英人を殺せ!」


 だがその間にも鵠沼は強化された暴徒を量産する。

 いくら接近しようとも、こうやって人の盾を作られてはどうしようもない。


 英人は歯噛みしつつも、暴徒の鎮圧を続けるしかなかった。


「どうだ、今更ながらに理解しただろう!

 このキャンパスにいる連中、全員がお前の敵なんだよ!」

 

 暴徒の後ろから、鵠沼が熱狂したように叫ぶ。

 己の安全が確立されたと確信しての行動だろう。事実、英人はこの人の壁を突破できていない。


「『英雄』気取って助けようが、意味はない! 恩なんか返してくれるわけもない!

 誰からも応戦されることなく、お前はここで苦しみもがいて死ぬだけだ!」


 鵠沼の興奮に呼応するように、暴徒が英人を取り囲んでいく。

 しかしその中で、


『……おいおい。

 お前、一体こいつの何を見てきたんだよ?』


『聖剣』が呆れたように、溜息をついた。



 その時、田町キャンパス正門前にて。


「いけぇっ! 八坂さーん!」


 美少女の集団が、声援を上げていた。


東城とうじょう瑛里華えりかに何かあったら許さないんだからー!」


 辻堂つじどう響子きょうこ


「絶対に負けないで下さい!」


 久里浜くりはま律希りつき

 

「真澄ちゃん! 八坂さん!」


 小田原おだわら友利ゆり


「勝て、八坂さん!」


 高島たかしま玲奈れいな


「……全く、謎の多い男だとは思っていたけどここまでとはね」


 さらにはいずみかおるを始めとしたファン研メンバーまで。

 八坂英人に関わってきた少女たちが、横並びになって立っていた。


「もしかして、秦野はだの君もカトリーヌ君も知ってたのかい? 彼のこと」


「え……ま、なぁ何というか……」


「ハハハ……そんな、感じです」


「何だい、私だけが仲間外れかい。

 寂しいじゃないか」


 薫は口を尖らせながら二人に抗議する。


「まぁ、そう言ってやるな薫。

 こんな現実離れした力、周囲に隠して当然さ」


「玲奈の言う通りではあるが、うーむ何か釈然としない……。

 しかし、」


 薫は腕を組みつつファイナリストたちの姿を横目に見た。


「彼女たちが全員、ここに残って応援したいと言ったのには驚いたな。

 機動隊が囲んでいるとはいえ、かなり危険だろうに」


「それだけ八坂さんの力になりたいということさ。もちろん私も含めてね。

 だがこれだけ遠巻きだと、応援も届きづらいかな……」


 玲奈はその長身をさらに背伸びさせながら、キャンパスの様子を覗き見る。

 周囲では機動隊が十重二十重とえはたえに敷地を囲んでおり、ちょっとやそっとの声援はかき消されてしまいそうだ。


 だが薫は小さく微笑み、


「なーに、ちゃんと聞こえているさ。

 そうだろう? 八坂君」





「――ああ、聞こえているとも……!」


 少女たちの声に応えるように、剣が英人の左手で眩く光った。


『英雄』の能力とは、託された思いを力に変えるというもの。

 左腕に『再現』こそしていないが、『聖剣』を通して彼女らの思いは力となって輝きだした。


 眼前に、強化された暴徒が大挙して迫る。


「負けるか!」


 だがそんなものはもう関係ない。

 英人は不退転の覚悟を胸に『聖剣』と『絶剣』を振り上げた。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 同刻、第一校舎一階。



「死ねぇえええぇっ!」


 一心不乱に近づいてくる顔に、丁寧に拳を叩き込む。

 もちろん、死なない程度に優しく。


「が……っ! く、くそ!

 お前らは糞以下の悪人だ! 全員殺してやる!」


 だがそれでも暴徒は向かって来る。愚かしくも。

 こういう時は、愛を込めて首を締めてやるといいだろう。


「が、は……!」


 するとほら、相手は当分夢の中だ。


「――おそらく、悪夢でしょうけどね」


 軽く溜息をつきながら、ミシェルは気絶した暴徒を脇へと放り投げた。


 積み重なった体で通路が埋まり、そろそろ戦いづらくなってきている。だがそれでも暴徒たちの突入は途絶える気配はない。

 機動隊の包囲で数こそ減ったが、勢い自体はまだまだ衰えていないと言えた。


「全く。際限がないですわね」


 これで、一体何度目の溜息だろうか。


 修羅場の類は何度も潜り抜けてきたが、ここまで主義のない敵は久々だ。

 失念に似た怒りが、ミシェルの中から沸々と湧き上がってきた。


「……本当、呆れ果てた人達」


「悪女め、今度は俺が相手だ!」


 雄叫びと共に向かってきたのは、肉体の厚みが通常の倍ほどもあろうかという大男。

 耳の形状から見るに、組技系の格闘技者だろう。


「早応大学アマレス部主将、全国三位、古淵こぶち二郎じろう

 正義の為に行くぞぉ!」


「……そういうのは最低でも、頂点を獲ってから名乗るべきですわね」


「覚悟ッ!」


 地を這うようなタックルが、滑らかに懐へと潜り込んでくる。


 確かにそれなりの実力はある。

 だが、『最高』からしてみれば全然だった。


「な、ぁ……っ!?」


 それは現役の選手から見ても、常識外の柔軟さと速さだった。

 古淵二郎以上の低さと速さで、ミシェルの肉体は彼の肉体の下を潜り抜ける。

 自然にバックに周り、静かに首を抱きしめた。


「嗚呼……あまりにも五月蠅く、醜い。

 そしてなにより――」


 落ちるまでに、二秒とかからなかった。


「主体性がなさすぎる!」


 ミシェルは目を見開き、渾身の力で暴徒の群れへとその巨体を放り投げる。

 女性の身体に不釣り合いなほどの馬鹿げた膂力りょりょく


 ここにきて暴徒たちは、恐怖で思わず立ち尽くした。


「正義を叫びたいのなら、魂の底から声を出しなさい! 血が沸騰するほどに!

 でなければ蚊ほどにも響かない!」


「す、すごい……!」


 あまりに圧倒的な姿に、真澄ますみは賞賛の言葉を漏らす。


 その傍らでは、来夢くるむが固唾を飲んでその勇姿を見つめていた。


「……き、れい……」


 かつて「美しさ」というものは、優れた容姿のことだけを指すと考えていた。

 それ以外の価値観など皆無だと思っていた。


 だからこそ、藁をも掴む思いで整形という手段に頼ったのだ。



『――そうか、苦労したんだねぇ。

 まさか実の両親に騙されていたなんて。なんて不条理なんだ。

 ねぇ鵠沼君?』


『ええ、まったくです』



 手術を担当した人間は、およそ医者とは似ても似つかないような、学ランを着た少年だった。

 まるでこちらの全てを見透かしたかのような視線を向けてきたのをよく覚えている。



『そ、それで有馬ありま……さん。

 私を変えてくれるのですか……?』


『うん、僕が君を誰よりも美しくしてあげるよ――』


 そうして私は、アイドル「矢向やむかい来夢くるむ」へと変身したのだ。



 改めて、目の前のパリジェンヌの姿を見た。


 確かに彼女は美しい容姿をしている。そこいらの芸能人なぞ目じゃないくらいに。

 だが、それだけではない。

 それ以上にミシェル=クロード=オートゥイユという女性は気高く、そして強いのだ。


 それは、これまで自身が持っていたものとは全く別のベクトルの価値観。

 なのに何故私はいま、彼女の姿をこんなにも美しいと思うのだろう――?


 心が微かにざわつく。


「私も……」


 来夢はそっと、戦う背中に手を向ける。

 その時。


矢向やむかい来夢くるむ、死ねええぇぇぇぇっ!!」


 目を血走らせた暴徒が数人、外壁を破って飛び込んできた。


「嘘……っ!」


「ミシェルさん!」


 二人が叫ぶより早く、ミシェルは迎撃の為に日傘を振り上げる。

 即座に吹き飛ばされる暴徒たち。

 しかし、


「なっ……!」


 その中の一人が、ミシェルの身体をすり抜けた。

 ミシェルは思わず目を見開く。


(物体透過――! わざわざ壁を破壊したのはブラフですか!

 それに、『異能』が強化されている……!?)


 通常、瞬間移動や物体透過などの能力は上位の『異能者』でなければ発現できない。

 この時のミシェルは知る由もなかったが、鵠沼によって強化された暴徒が第一校舎にも侵入してきていたのである。


「させますかっ!」


 ミシェルは驚異的な体幹で身をよじり、日傘を後ろに向かってぐ。

 その瞬時の判断が功を奏し、石突きは見事に暴徒の肋骨を砕いた。


「ぐ……っ!」


「そのまま落ちなさい!」


「オッ、オオオオオオオオオッ!  殺ス!」


 だが、それでも我を失った暴徒の勢いは止まらなかった。

 血を吐きながらも一心不乱に突進し、鉄パイプを振り上げる。


「あっ――」


 その先には、唖然とした表情を浮かべた来夢の姿があった。

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