いちばん美しいのは、誰㉒『ああ逃れられない!』
時間は少し遡り、とある修練場にて。
「――生きているか? 義堂よ」
「な、なんとか……」
肩にかかる砂塵を払いながら、義堂はよろよろと立ち上がる。
合衆国の『
野球スタジアム程度はあろうかという空間は穴と瓦礫だらけになっていた。
「それは
見たところ大きなケガもなし……さすがに筋がいいな。
かなり加減をしてるとはいえ、昨日に引き続き私から三十分も生き残れるのは大したものだ」
「そう、ですか……」
肩で息をしながら義堂は膝をついた。
この三十分で、死線をいくつ超えたか分からない。ただただ逃げることだけに必死だった。
懐にはかつての『
まずは素の力を鍛える必要がある。
義堂は己に活を入れ、ゆっくりと立ち上がった。
「く、う……まだ……!」
「ほう……」
ニヤリと笑うリチャード。
再び引き金に手を駆けた時――
「はいはいーい、そこまでっスよー」
パンパン、と手を叩く音が室内に響いた。
振り向くと、そこにはグレーのスウェットにサンダルという、部屋着のような恰好をした男がいた。
「おや、少しやり過ぎてしまったかな?
ミスター
「いやいや一目瞭然でしょこんなの。
今日もこんなに穴空けちゃって……これ、直すの疲れるんスよねぇ。
それにそもそもがぶっ放し過ぎ。この島を地図から消す気っスか。
……まあ元々地図には載ってないスけど」
「それなら安心し給え。
その辺りはちゃんと計算して撃っているさ」
「え、やっぱ全力出せばこの島ごと消し飛ばせちゃうの……?」
「フ……」
「いや怖……、何スかその笑い……」
物部と呼ばれた男は頬を引きつらせる。
義堂はその男に対し遠巻きながらに頭を下げた。
「すみません、物部さん……もしかして檻の方まで響いてましたか?」
「音と振動はバッチリ響いてたっスね。
それより義堂さん、敬語はやめてくださいよ。俺の方が年下ですし、階級も上っスから」
「しかし『異能課』では貴方の方がずっと先輩だ……
義堂はよろよろと歩きながら頼明に笑いかけた。
さらにはこの絶海の孤島、『
その主たる仕事はこの島、もとい『異能』犯罪者を収監する監獄の管理、監督で物部家は代々この島と任務を受け継いできた。
元を辿れば『
しかし江戸時代を迎え急速に関東の人口が増える中、当時の次男坊が徳川家に引き抜かれる形で江戸へと移住。その際に物部の姓と『
以来、現在にいたるまでこの島は対『異能者』用の監獄として使われ続けているのだ。
「先輩、といってもなぁ……。
俺看守っスから、別に事件とか解決したことないし……まぁいいスか。
それより今日はここ直すのに専念するんで、さっさとはけちゃって下さい」
「明日には直るか?」
「まぁそれは……てーかそもそもそんなヤワな造りになってないはずなんスけど。
相変わらず無茶苦茶っスね」
「ハハハハ!
なぁにそうやって徐々に島を頑丈にしていくのさ! 歴代の当主たちもそうだった。
体も力もそうやって成長していくものだよミスター物部」
リチャードは大袈裟に笑いつつ、頼明の肩をポンポンと叩く。
「それじゃあ私たちは出るとしようか、義堂」
二人は地下二階、『特別修練場』を後にした。
――――
その島の中は、まるで洞窟のように空気が重く、かつ果てが見えなかった。
「いつ来てもここの
こういう施設を好む人種を、この国では廃墟マニアと呼ぶのだったかね?」
「多分違うと思いますが……やはり何度もここに?」
躓かないように
「それなりに、な。
少し昔の話ではあるが、我々の国の犯罪者もここに収監されることがあった」
「そ、そうだったんですか……」
リチャードの言葉に義堂は目を丸くする。
合衆国の凶悪犯罪者が海上とは言えこの日本国内に存在していたことになるのだ。普通なら考えられないことだ。
「それだけここは頑丈ということさ。
何十代も積み重ねてきた『異能』の力は伊達ではない……おそらく島のそこら中に歴代当主の遺骨や血が巡っているのだろう。
特に牢屋の中にはね」
言いながら、リチャードは岩の露出した壁にさらりと触れた。
そう、ここは言うなれば島全体がひとつの『異能』。
その能力と機能は多岐にわたるが、その最大のものは『島内における全ての異能の発動を封じる』である。
例外はあるが、それは先程の『特別修練場』と当主である物部頼明の二つのみ。
その領域と人物だけは特例として『異能』の使用が可能である。
また島自体は『異能』によって通常よりも強度を増しており、さらには損傷しても再生が可能。
加えて物部頼明の目を通して島全体を監視することも出来るが、それらの代償として当主は一生この島からは出ることは出来ない。
看守も罪人も、誰一人として脱獄することが叶わない――それがこの『冥獄島』という領域である。
「地下の牢獄……四百年以上の歴史で脱獄できた者は誰一人としていないとか」
「ああ、確かにそうらしいな。
私もそんな話は聞いたことがない。まさに脱獄不可能の牢獄だ」
「それは貴方の力でも?」
義堂は興味本位で尋ねる。
「……フッ、そうでもないさ」
耳たぶをさすりながら、リチャードは笑った。
地下の廊下を抜け、鉄の門扉を開くと、見慣れた光景が目に入った。
薄暗い灯に照らされた、白色のフロア――警察庁本庁地下を通る廊下である。
そう『冥獄島』は此処と直接道が繋がっているのだ。
むろん島自体は実在するので船やヘリで向かうことも可能だが、周囲の海流は安定せず、またヘリポートや空港の類もないので近づくのは至難の業。
実質ここが島との唯一の出入り口となっている。
(……いつ潜り抜けても、頭がこんがらがりそうになる)
そう思いつつ、義堂はゆっくりと門扉を閉めて顔を上げる。
すると今度は後ろから、聞き慣れた声が響いてきた。
「おう義堂、『
なかなかスリリングだったろう?」
「長津課長」
「シャワー浴びてさっさと課に来い。
――昨日お前が言ってた『田町祭』の件、さっそく動きがあった」
呆ける義堂に『異能課』課長、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
キャスター付きの長机を挟み、二人の男が対峙する。
一人は青のシャツにチノパンといういかにも学生風な出で立ちで、もう一人は星形のサングラスにピンクのパーカーといういかにも業界人な風体。
そして片方は真っすぐと立ち、もう片方は脚を投げ出して座っている。
まるでコインの表と裏のように対照的な光景だった。
「その口ぶりだと今朝のニュースは耳に入っているようだな」
「モチのロン。
これでも芸プロだからねぇー、今朝のニュース拾うくらいのアンテナはなくっちゃお話にならないっしョ」
YoShiKiはニタニタと口を横に広げながら英人を見上げる。
表情の大部分がその訳の分からない形をしたサングラスに覆われていて分からないが、どうせろくでもないことを考えていること位は分かる。
心の中で静かに深呼吸をし、英人は口を開いた。
「じゃあ話は早いな。
炎上はもはやSNSどころかテレビにまで燃え広がった」
「うんうん、それで?」
「あんた芸プロだろ?
ならそっちの方にもそこそこ顔が利くはずだ」
「んー?
まあ、ボチボチってところかナ?」
飄々とした態度で首を傾げるYoShiKi。
英人はそれを見、
「……力を、貸してほしい」
静かに頭を下げた。
「…………ヘェ」
その姿にYoShiKiは思わず感嘆の声を漏らし、周囲のスタッフは息を呑んだ。
室内の空気がより緊張を増していく。
当然だ。先日YoShiKiとあれほどやり合っていた男が、素直に頭を下げているのだ。それも自分の為でなく、誰かの為に。
さぁこの申し出を受けてYoShiKiは一体どう出るか――自然、周囲の視線は英人の前に座る軽薄な男へと集中した。
数秒、流れる沈黙。
果たしてYoShiKiの答えは――
「……あー、別にイイヨ。
ボクちゃんオールオッケー」
随分とあっさりした肯定だった。
スタッフ達はみな脱力したように溜息を吐いた。
「……感謝する」
「いえいえどういたしましてェ!
つーかウチらとしてもあのスキャンダルはさすがに看過できないし?
裏アカとかパパ活はまだしも、殺人となると……うーん、下手すりゃ『クイーン早応』が壊れちゃうZE!」
ハハハ、と大きく笑いながらYoShiKiは手を叩く。
「分かった……それで具体的にはどうする?」
「もちロン僕の知り合いに働きかけるよぉー。テレビ関係とか特に友達多いしね。
すぐとは言わないけどニュースの量は減らせる筈さ。
それより問題は、」
「この会場の方だな。
混乱は避けられないだろう」
「そうそう、ザッツライト!
ま、こっちも色々と伝手をたどって警備の人員を増やしてみるヨ……で、八坂さん家の英人くんはどうすんの?」
YoShiKiは腕を組み、不敵な笑みを浮かべて英人に尋ねる。
どことなくいつもよりさらに得意げになっているように見えるのは、決して気のせいではないだろう。
(……まぁ、分かってたさ。
コイツが喜んでこの申し出を受けるだろうことは)
英人にはYoShiKiがこれから行うであろう戦略が手に取るように分かった。
それは芸能界にいる人間だからこそ出来る、芸能界らしい戦略だ。後は彼の独壇場だろう。
あまり好ましくはないが、打てる手は現状これしかない。
朝一で足を運んだのはせめてもの足掻きで、下手に足元を見られないようにするため。
なにより、今は小田原友利のことが最優先だ。
英人は踵を返し、ドアへと振り向く。
「……俺は俺で出来ることをやるさ。
とりあえず協力感謝する」
「はいはいーい」
ひらひらと手を振るYoShiKiを背に、英人は本部を後にした。
「――ふっ。
やっぱりね」
「
階段を降りる途中、
もちろん今日の待ち合わせ場所はここではない。
「ほら言ったろう、
あのニュースを見たら絶対本部へ直談判に行くって。彼はこういう男だ」
やれやれと首を振りながら薫は傍らの
二人が友人同士なのは知っていたが、このツーショットを見るのは初めてだ。
「なるほど。
これまでもそうだったが、私の想像以上にフットワークが軽いようだ。
しかし私もファイナリストである以上一応は当事者なのだから、ひと声かけて欲しかったな。
年下とはいえそんなに頼りなく映るかい、私は?」
玲奈は困ったように首をかしげる。
どうやら彼女は頼られたがりというか、寂しがり屋なのかもしれない。
同じお嬢様でも美智子が猫なら、玲奈はさしずめ犬といった所だろうか。
「はいはい、ウチの部員に色目を使うのは禁止だぞ」
「え、いや別にそういうわけではないのだが……。
純粋に力になりたかったというだけで……」
「その手口で一体何人の男共を勘違いさせてきたというんだい?
八坂君なんかは単純なんだから、すーぐ引っかかってしまうぞ」
「いやいやいや」
英人は手を横に振りながら否定する。
というより薫にそう思われていたのか……と思った矢先。
「――なら、
突然響いた声に、三人は一斉に振り向く。
その先には、
「私、見た目より頼りがいがあると自負しておりますの。
なんと言っても最強の霊長類で御座いますから」
第五共和国が誇る『
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