いちばん美しいのは、誰㉑『再びの対峙』

「……は?」


 起き抜けにその呟きを見た瞬間、英人は思わず唖然とした。


 現在時刻午前7時30分。

 メッセージアプリには『助けてください英人さん』という真澄からのメッセージに、件の呟きが添付されている。


 ミス早応ファイナリスト・小田原おだわら友利ゆりの父親は元暴力団だった――あまりにもパンチが効きすぎている煽り文句だ。

 本人のことではないとは言え、スキャンダルの度合いで考えたら裏アカやパパ活とは比べ物にならない。


(二度あることは三度ある、ってか?)


 英人はベッドから飛び起き、洗面所で顔を洗って一気に意識を覚醒させる。


「『支度したらそっちの家に行く』……と」


 素早く返信を送り、着替え始めるのだった。




 ――――




「ごめんくださーい!」


「はいはーい」


 数分後、白河家の玄関を開けるとリビングからは真澄の母がエプロン姿でやって来た。

 どうやら朝食を作っている途中だったらしい。


「あ、おはようございます」


「うんおはよ。

 真澄から大体の話は聞いてるから。

 今は二階で友利ちゃんの面倒見てる」


「ありがとうございます」


 礼をしつつ、英人はスリッパを履いて階段へと足を掛ける。

 すると、


「ふふっ、本当優しいわね。英人君って」


「え?」


 振り返ると、真澄の母は頬に手を当てて微笑んでいた。


「こんな朝から駆けつけてくれるなんて……私があの子なら辛抱たまんなかったかも。

 我が娘ながら、羨ましいなぁ」


「は、はぁ……」


 何て返答してよいのか分からず、英人は戸惑う。


「ふふっ、引き留めちゃってゴメンね。

 お詫びに後で朝ご飯ご馳走するから……あの子たちのこと、ヨロシク!」


「はい」


 その暖かいエールを受け、英人は二階へと上がった。




 階段を上がって真澄の部屋に入ると、うずくまる友利の傍らに真澄が寄り添う姿が目に入った。


「あ、英人さん」


「ああ、おはよう……」


 英人はゆっくりと歩きつつ、友利の正面に座る。

 僅かに身をかがめてその表情をみると、いつもの穏やかな笑顔は微塵もなく、明らかに焦燥しているようだった。


「なんつーか、大変なことになっちまったみたいだな……」


「すみません……」


 零すように、友利は謝罪の言葉を述べる。

 それは誰の何に対する謝意というより、ただそれ以外の言葉が見つからないような言い様だった。


「友利ちゃん、起きてからずっとこんな感じで……。

 何とか私の部屋まで連れては来れたんですけど……」


「そうか」


 英人は頷き、同時に少し安堵した。


 このような状況になった時、一番不味いのが人との接触を拒んで引きこもってしまうことである。

 実際ここが友利自身の部屋であったのなら、そうなってたいたに違いない。あくまでここが他人の家だからこそ、彼女も引きこもらずにいてくれたのだ。

 前もって白河家に避難させていたことが別の意味で功を奏したと言える。


「……ごめんなさい、私の所為で迷惑かけちゃって……」


「何言ってる。罪を犯したのはお父さんの方だろう?

 この家に泊めるのを提案したのも俺からだし、君が俺たちに謝る必要なんてない」


「そうですよ、友利ちゃん」


 真澄は宥めるように一生懸命友利の背中をさする。

 しかし顔色は依然として曇ったままだった。


「……少し、日の光を入れるか」


 英人はおもむろに立ち上がり、薄ピンクのカーテンをそっと開く。

 しかし外の景色を見た瞬間、一気に眉をひそめた。


(まさか、とは思ったがな……)


 それはいつぞやの夜の光景を、さらにひどくしたような光景だった。

 臆面もなくこちらにスマホのカメラを向ける人、人、人。

 視界に映るだけで十人はいようか。全員が何かにとりつかれたように撮影とSNSに勤しんでいる。

 直接的な危害はないだろうが、こんな状況で外に出ていくのは相当な精神的負担となるだろう。


「……とにかく、しばらくここでゆっくりしてた方がいいな。

 おばさんが朝ご飯作ってくれてるみたいだし、まずはそれを食べてから考えよう」


「ですね」


 真澄は頷くが、その表情には不安が滲んでいる。

 とにかく、まずは腹に何か入れてからだ――真澄の母からの呼びかけがあるまで、三人は無言で過ごしたのだった。



 ――――



「わぁ……!

 このオムレツ、いつもよりフワフワでおいしい!」


「ふふん、そうでしょ?

 色々と勉強したからねー。私もまだまだ発展途上よ。

 英人君はどう?」


「ええ、おいしいです」


「ふふ、よかった」


 真澄の母は笑みを浮かべながらティーカップを持ち上げる。

 今日の朝食はオムレツ、ウィンナー、ロールパンとまるでビジネスホテルのようなラインナップだ。

 ちなみロールパンはホームベーカリーによる自家製と言う力の入りようである。


「英人君とこの日葵ひまりさんが調理師免許持ちだからねー。

 お隣さんとしてはあまり負けてもられないでしょう?

 ねー真澄ー?」


「な、なんで私に振るんですか……私だって日々腕は磨いてますし……」


「でも舌が肥えているのが相手だと、胃袋掴むのも難易度高いぞー?」


「む、むう……お母さんたら……!

 私はむしろそう言うのに燃えるタイプなんですよ……!」


 と、ちょっとズレているような親子の掛け合いを聞きながら、朝の団欒が進んでいく。

 こういうときでもいつも通り振舞っているのはありがたいし、そう言う意味では二人ともある意味大物だ。

 チラリと友利の方を見ると、スプーンでちびちびとオムレツを食べている様子が映った。


「旨いな、このオムレツ」


「は、はい……」


 話しかけると、焦ったようにオムレツの塊をスプーンに乗せる。

 罪悪感からの行動だろう。まずはそこからほぐしてやらねばならない。


「別にゆっくりでいい。

 俺も真澄ちゃんも、今日は特に予定ないしな」


 本当はファン研メンバーと一緒に回る約束をしているのだが、キャンセルすればいいだろう。

 そうおもいつつスマートフォンをポケットから取り出そうとすると、


『えーこちらは今朝入りました速報です。

 現在早応大学の学祭にて行われているミスコン、クイーン早応のファイナリストの小田原友利さんですが、その父親が元暴力団の組員で殺人の罪で現在収監中、ということです。

 ことの発端はSNSでの暴露であり、現在ネットを中心に大炎上。コンテストへの影響も避けられない事態である模様……と。

 えー皆さん、こちらどう思いますか?』


 午前のワイドショーでちょうどその件が取り上げられた。

 それを見た英人は一瞬固まった。


(まさか、こんな早くマスコミに取り上げられるとは……。

 芸能人でもあるまいし、そもそも全国ネットで取り上げるネタでもないだろう……何故だ?)


 理由として考えられるのは二つ。

 単純にその炎上具合に飛びついただけか、もしくは業界に顔の利く誰かが働きかけたか。


 そもそもを考えれば、発端となったSNSでの炎上具合が既に常軌を逸している。

 芸能人でもないのに、普通はこうはならない。しかしその炎上具合は加速度的に拡大しており、もはや今のSNSは一種の無法地帯だ。

 辻堂響子に久里浜律希――二日間の炎上騒ぎが、SNSの環境をここまでガラリと変えてしまった。


 とはいえこんなものを本人の前で長々と映しているわけにはいかない。

 英人はリモコンを手に取って急いでチャンネルを変更した。

 しかし友利の方へと向き直ると――


「…………っ!」


 彼女はスプーンから手を放し、先程以上に青ざめた表情を浮かべていた。


「友利、ちゃん……」


「……ごめんなさい。

 もう、お腹いっぱいです……」


 そして目を伏せたまま、そそくさと二階へと上がっていく。


 ドアの閉まる音。友利の宿泊している部屋からだ。


 テーブルの上には食べかけのオムレツが虚しく残されてる。


「……ここは私が行ってきます」


 少し間を取った後、真澄は意を決したように二階へと向かった。

 その背中を見ながら、真澄の母は溜息をつく。


「……何か、いやな時代になったわねぇ。

 あんな穏やかでいい子なんだから、父親がどうとかなんて関係ないでしょうに。

 ねぇ、英人君?」


「……ですね」


「まぁここはとりあえずあの子に任せてみましょう。

 友達ってのはこういう時のためにあるんだから。

 ささ、英人君はゆっくり食べてって」


「ええ……」


 頷きながらオムレツを口に運ぶが、どうにもあの二人の様子が気になってしまう。

 とはいえ母の言う通り女同士の友情に任せるのがいいだろう。


 ならば俺のやることは――


「ご馳走さま。美味しかったです」


「あら、もう食べちゃったの?」


「少し、用事がありますんで。

 ちょっと行ってきます」


「…………そ。行ってらっしゃい」


 微笑む真澄の母に小さく礼をしつつ、英人はリビングを後にする。

 玄関で靴を回収し向かった先は――二階のベランダ。

 窓の外では野次馬がさらに数を増やしている。


「……ホントこういう時、『世界の黙認』は便利だよな」


 そう呟き、英人は全身に魔力を放出させる。


「『エンチャント・ライトニング』――!」


 その日、白河家から飛び出した雷光は誰の目にも留まることなく街を駆けた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 午前9時30分。

 人込みにもまれながら、英人は目的地へと着いた。

 途中『エンチャント・ライトニング』を解除し、交通機関を乗り継いで向かった先は早応大学田町キャンパス。

 一昨日と昨日に引き続いての、『田町祭』の会場である。


 ファン研メンバーとの待ち合わせ時間まではまだもう少しある。

 先程はキャンセルの連絡をしようと思ったが、鉢合わせしても困るしこのままでいいだろう。

 そう思いつつ、英人は真っすぐに南校舎へと向かった。



 校舎の階段を昇りつつ、英人は考える。


 今回の件は犯罪、しかも殺人という法的にも社会的にも深刻なタブーとなる問題。

 最早、いち学生がどうこう出来るレベルを超えている。

 昨日のような小手先の演出だけではとてもじゃないが挽回など出来ない。


(そう、解決するには力が要る。

 それも腕っぷしじゃあなく、より多くの人を惹きつける力。

 そしてその力を持っている人間を俺は知っている。

 ……できれば関わりたくはなかったがな)


 そう、目指すは二階。クイーン早応本部。

 もっと言えば、その中で座っている――


「――オゥ!

 やっぱり来たねん真澄チャンの幼馴染!

 ご用件は何かなー? 今のボクちゃんは機嫌がいいから何でも聞いてあげちゃうちゃう可愛い中型犬、ってカンジィ?」


 芸能プロデューサー『YoShiKi』こと、平塚ひらつか能芸よしきだった。 



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